食材      ル フ ラ ン     


鏡 に う つ っ た 約 束  8












頭で思い描いただけでそれが叶うとしたら、人は無力になる















海岸にも降り積もる雪を肉眼で確認すると、いよいよ到着地のケテルブルク港へと着いた。
シルバーナ大陸の雪は止まらない。





ルークの意識に切り替わったときに、ジェイドはタルタロスを停泊させた。
ケテルブルク港からケテルブルクまではそれほどの距離はないが、やはり寒さがこたえるため、辻馬車を使う。
今の意識はルークだが、もしアッシュに意識が切り替わったとしても直ぐには逃げられないようにするためでもあった。
今までのルークに自分の身体以外の荷物はなかった。
その身体さえ、運命共同体であるアッシュのものでもあったから、やはり心しか彼の持ち物はなかったのかもしれない。
それに、あの日記であるノートが加わった。

往来のあるべき街道は、ほんの少し雪が除雪されていたがあまり道らしい道ではなかった。
辻馬車に揺られながら、ルークはその表紙を捲った。





アッシュからの返信はなかった。

最初からうまくいくなんて思ってはいない。
ただ、自分を落胆させるだけの結果に終わっても良かったのかもしれない。














やがて、馬が止まり馬車も止まった。
ケテルブルク港より深く積もる雪の街ケテルブルクへ着いたと、言われて降りた。

昼間のケテルブルクは、まさに代名詞である銀世界を思わせるように美しい。
太陽の光はほとんど差し込まないが、それでも別の明るさがあった。
降りしきる雪を払いはするが、このまま心身ともに解けていくような感覚にも陥った。
踏みしめた雪の足跡は、更に降ってくる雪によって後を消される。
まるでその存在をも消すかのように。

「さて、一応ディストの家があるのでそちらに行きましょうか。」
嫌々感は相変わらず全く濁らせずに、ジェイドは生まれ故郷でもあるその街をさくさくと歩いた。
ジェイドは慣れているのだろうが、ルークは寒い…という感覚がやっぱりある。
一応、防寒着を一枚羽織っているが、バチカルは比較的温暖な気候な場所である為、早々いつもどおりというわけには行かなかった。
どんどんと歩いていくジェイドの後をルークは追う。
ケテルブルクには何度か来たことがあったが、意外と階段が多用されていることに気がつく。
滑らないように足元が良く見えるよう昼間でも街灯が灯されているのは、やはり雪の街の特権だなとルークは思った。






そうして随分と登った階段の先に、一軒の屋敷があった。
雪が降るせいであろうが、ケテルブルクの建造物はみな強固な造りをしている。
その屋敷も周囲に違えぬ、いやそれ以上の立派な屋敷だった。
ジェイドの足が止まった。

「ジェイド、入らないのか?」
止まったのだから意図があり、多分ここがディストの家なのであろう。
だが、ジェイドは立ち止まったまま、その扉を開こうとはしなかった。
「嫌な予感がします。こういった種の、私のカンは外れたことがないんですよ。」
さり気無く自慢を言っているようにも感じられたが、やっぱりジェイドは動かない。
「そうか?俺は何も感じないけど。」
「ルーク、もう少し扉から離れてください。」
ルークの立ち位置はジェイドの後ろで、既に十分扉からは離れていたとは思っていたが、ジェイドが少しキツイ言い方をしたので、ルークは素直に従いもう少し後退した。
それを確認して、やっとジェイドは動いた。
鍵のかかっていない、その扉をカチャッと少しだけを開けて、素早くジェイドは避けた。



「げほっ!げほっ!!はーはーーー。」
途端、咳き込む凄い声が聞こえた。
その声には聞き覚えもあった。
「ちょっと…ヤバイんじゃねーか?」
声の主は元々尋常じゃない人物でもあるが、さすがにそのままにして置くような悲惨な心の持ち主ではルークはなかった。
動かなくなったジェイドの横をすり抜け、ルークは屋敷の中へ入った。

「ぜーー!はあ〜〜〜」
部屋の中心で息を切らしているのは、やはりディストであった。
厚手の絨毯が轢かれた床に膝を付き、狼狽している。
「バカがうつります。危険ですから帰りましょうか。」
ルークが屋敷に入ったので仕方なく入ってきたジェイドだったが、ディストの様子を見てくるりと後ろを向こうとしてそう言った。
「うつりませんよ!!実験に集中していて、危うくストーブで一酸化炭素中毒になりかけただけです!」
マトモにしゃべれるぐらいディストは復活したらしい。
口惜しくも、反論を交えてジェイドへ向けた。
「そのまま亡くなったほうが、世の中の為だったですね。惜しいことをしました。」
残念だと、ジェイドは深々と溜めて言った。
「何ですって!」
「おやっ、命の恩人に対してその言葉はなんですか?」
「誰も助けて欲しいとは言っていませんよ!何の用です?あなたがここにくるなんて。」
二人の関係の悪さは当人同士こそが熟知している。
今更、仲良くしましょう。なんて関係になるとは微塵も思わなかった。
「いやーー相変わらずバカな研究をしていないか見に来ただけです。」

「相変わらず嫌味しかその口は言えないのですか?
で、そこにいるのかオリジナルですか?レプリカですか?」
本質を言わないジェイドではあったが、ルークと一緒に来たということで大体のことをディストは悟ったらしい。
ジェイドとディストの掛け合いに入ってこれなくて、少し呆然としているルークに指をさし質問をした。
とりあえず、ディストに人に指をさしてはいけないということは良くわかっていないようだ。
「お、俺!?
えーと……強いていうと両方かな。」
突然話題を降られて、びっくりするがルークは何とか答えた。
アッシュなのかルークなのか…そう問われてどちらかだなんて、教えて欲しいのはこっちの方だった。
融合したということではないので、完全に二人は一つになったとは言いがたかった。
だが、漠然と二人とも居ると考えた方が、ルークとしては自然に思えた。

「あなたまで、私をバカにするつもりですか!?」
ジェイドに小バカにされたのが、まだ糸を引いているらしい。
子供のように駄々をこね、ディストは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「あなた如きを、バカにするために時間を費やしたりはしませんよ。」
もう少し潔く察しなさい。と、宥めた。



「………それでは、やはり大爆発ビックバンですか?」
「いえ、少し違うようです。」
断言は出来ないことだった。
ジェイドは肯定を示さず不明瞭にした。
「詳しく説明しなさい。」
その答えに、ディストが満足出来る訳がなかった。
大爆発ビックバンについては、自分がずっと研究していたことでもあるのだから。

「私は説明するのが苦手なので、ルークお願いします。」
至極、当たり前のようにジェイドは言った。
「俺かよ。でも、あんまりわからないんだけど。」
いつもの説明役であるガイが居ないため、その十八番はルークに回ってしまった。
正直、大爆発ビックバンという代名詞を聞くのだって初めてなのに、うまく説明できるとはあまり思えなかった。
「状況だけ言えば結構です。補足は私がします。」

それは、ルーク自身が自分を改めて知るためも必要なことだから。
ルークはその始まりから、話を始めた。


















「…オリジナルとレプリカがほぼ同時に死ぬ。だからこんな現象が起きたのかもしれませんね。」
ルークの話を聞き終わったあと、神妙な面持ちでディストは言った。
名目はアッシュが先に死んで、ルークとの時間差はかなりあった。
コンタミネーション現象は間違いなく起こったと推測されるが、大爆発ビックバンの状況を考えると、色々と検討しなおさなければいけなかった。
「それに、ローレライの介入も絡んできていると思います。」
アッシュもルークも第七音素セブンスフォニムと代わらない存在であった。
完全同位体というのも非常に稀ではあるが、その完全同位体とも、また症状も違うであろう。
ここが、ジェイドの頭を悩ませる箇所でもあった。



「俺はこの状況を何とかしたい。それには身体が必要なんだ。
ディスト、アッシュのデータ持っているんだろ?それを渡してくれないか?」

そう、このためにここに来た。
未知に対する一筋の希望。








「アッシュのデータですが…残念ですけど、私はそんなもの持っていませんよ。」

ディストは、はっきりと言った。


















世の中、思い通りに出来てはいない























アトガキ
2006/01/31

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