システム開発      ル フ ラ ン     


鏡 に う つ っ た 約 束  7












それは いつか当たり前になる















陸上装甲艦タルタロスの運航は、おおむね順調だった。
ジェイドはピオニーにも側近の部下にも、その全てを話しはしなかった。
ただ、ルークをケテルブルクで見かけたという、偽の情報のみを提示する。
任務内容はルーク捜索という名目ではあったが、それはマルクト軍が本来行なうような任務ではないため、あまり人員を割くことは出来ない。
そのため、タルタロスの最大定員は約六百六十名ではあるが、今はタルタロスを動かすのに最小限の乗組員しか乗り込んではいなかった。
危機的な支障があるというわけではないが、乗組員の数が少ないとやることも多い。
機関室は忙しく回っている。
オールドラントの海は比較的穏やかではあるが、海域には雷雲が発生しておる場所もあり安易なルートは選択出来ない。
渦潮にも気をつけながら少し大回りをし、ケテルブルク港への航路をとる。
海図を見ながら、ジェイドは乗組員たちに現状維持の平行走行を指示する。
安定が約束され甲板へ出ると、風は寒く肌を刺すようになる。

遠い海上に雪が、ちらつくのが見えた。

















ガチャ
ジェイドはいつものように、彼の様子を見るために部屋の扉を開けた。



静まり返った空間に、彼は立ち瞳を閉じて集中していた。
その表情は、どこまでも硬く紛れることはない。
表情がそれほど悪くもなければ、瞑想でもしているようにも思われたが、多分それは違うであろう。
しばらくその様子は続いていたが、ジェイドが入って来たことで終焉を迎えた。

「ジェイド、そろそろ着くのか?」
「いえ、もう少しかかります。
珍しく黙り込んでいるから、てっきりアッシュかと思いましたよ。」
さすがのジェイドとて、オーラのようなものでルークかアッシュか判断できるわけではない。
しゃべったり動いたり…とそういったことから、どちらか見極めている。

「アッシュに用か?なら、代わるけど。」
相変わらずルークに切り替えの所有権はなかったが、アッシュは望めば自力でルークから代わることが出来るようだった。
タルタロスに乗ってケテルブルク港を目指しているわけだが、何度か自発的にアッシュと切り替わっていた。
ジェイドが何か話をしようともしているらしいが、ルークが第三者的に話を聞く限りでは「俺は何も答えない。」の一辺倒であるらしい。
「いえ、別に代わらなくて結構です。最近、ルークが多いですね。」
「そう言われてみればそうかもな。でも、ここにいたってアッシュは何もすることないだろうし、意図的なのかな。」
戦艦であるタルタロスは、あくまで戦争を想定しての武装をしており、内装もそれにともなって簡素だった。
待機や休憩が出来ればいいという設備のみが整えられている。
船室はたくさんあるのだが、乗組員が少ないため現在使用している箇所はそれほどなかった。
ルークは、艦長室に近い高官たちが滞在する船室に居る為、部屋自体は狭くはないがやはりやることもなかった。
逃げたがっているアッシュにとっては、牢獄生活みたいなものでただの苦痛でしかないだろう。

「それは、どうですかね………
ところで先ほどは、何をしていたのですか?」
ルークも暇だということはよくわかっていたが、立ったまま瞳を閉じている行為は寝ているとも思えない。
船窓の近くにきちんと、ある程度豪華なベッドが配置されているのだから、寝るならそこで寝るべきだった。
「アッシュとの回線をつなげる訓練をしていたんだ。結果は…相変わらずだけどな。」
「まあ、同調フォンスロットでの回線は、人の意識下で巻き起こることですからね。あなたの努力は認めますよ。」
ルーク自身が出来るということで、進展は一向になかった。
だが、それでも何かをやらざるを得ない。
立ち止まっているだけでは、喪失感に駆られるばかりだから。





「俺…贅沢なんだ。
生きているってだけでよかった筈なのに、アッシュに会いたいんだ。
その存在を確かめたいんだ。」

わかっていることだが、あまりにアッシュと会えないのが切ない。
誰よりも気高くもあり、誇り高くもあるアッシュを思い焦がれる。



「人間は、あざとい生き物です。一つ手に入ると、次はあれが欲しい。これが欲しい…となります。
しかし、飽きという感情があるからこそ、より高みに登れるのです。」
純粋な欲求。
そう、それがあったからこそ、人は進歩してきた。
そしてそれは、これから永遠に潰えるものでもないであろう。
満足をしていまうと、駄目になってしまいそうであるから。
ジェイド自身も研究者である。
その探求にも終わりはない。
「うん。望むことは、いいことだって思いたい。アッシュにとっては…迷惑かもしれないけど。」
思うことさえも罪なのだろうか。
今の、二人は一つの存在なのだから。
それでも、二人の身体は近いのに、心は遠すぎた。








「……………その剣、左利きのあなたが取りやすいように結わえてありますね。」
「え?」
いきなり話題を変えられて、ルークは最初何のことだかよくわからなかった。
剣というフレーズが、頭に入って少し反応する。
なんでそんなことを聞くのだろう…と思いながら、ルークは腰の後ろに備え付けてあるローレライの鍵である剣を触った。
服は何度か着替えたりもしたのだが、ローレライの鍵だけは常に身においていた。
グランコクマに来てから、剣がないと危険があるというわけでもなかったが、習慣としてそのままつけておいたものだ。

「おそらく、魔物に出会ったときあなたが直ぐに対処出来るようにというアッシュの配慮だと思いますよ。」
「アッシュが…」
そう言われてみれば、あまりに自然すぎて気が付かなかった。
二年間、ルークがいた場所は大抵魔物がいるような森や洞窟だった。
もちろん、縄張りや住処に無断で入られたと思われて魔物に襲われることも多々あった。
それほど凶暴な魔物には出会うことはなかったが、それでも丸腰では到底太刀打ち出来なかったと思うし、以前はアッシュと切り替わると頭がぼんやりとして直ぐに行動にうつせるような状況ではなかったため、軽い怪我を負うこともあった。
自分の身体に怪我があるのが不満であった為であろうか。
それでも、この身体にはアッシュが出てくることの方が多かった。
割合的にアッシュが使いやすいように、右利きように結わえてある…と考えるのが彼の身から考えると当然だった。

「ここまで頑なに、アッシュがルークを拒む理由はわかりません。
ですが、彼があなたのことを口で言うように本当にどうでもいい…と思っているとは私は思っていません。」

憎むべき存在なら、憎むべき理由がある。
拒むなら、拒むべき理由がある。
全ての行動には理由が付き物だ。
ルークもアッシュではないから、アッシュの真意は掴み取れない。
それでも、近づこうとすることに罪はない。
少なくとも罪と罰は違うものなのだから。













「それと…言われたとおり、ノートを持ってきましたよ。」
「ありがとう。」
それほど厚くないシンプルなノートを、ジェイドはルークに手渡した。
「また、日記でもつけるのですか?」
記憶障害…と診断されてルークは最初は半嫌々ながら日記をつけていた。
本当はレプリカで再び記憶障害になるということはないのだが、習慣でその後もずっとつけている。
残念ながらその日記はここにはない。
亡くなったと思われているルークの日記は、バチカルのファブレ公爵邸に遺品として保管されていた。
その続きを書くことは出来ない。

「うーん。そうだな、ある意味日記みたいなものかな。
何とか、アッシュとコンタクト取りたくてさ。俺がこれ書いていたら、もしかしたらアッシュも何か書いてくれるかもしれない…と思って。」
そう言いながら、ルークは机の端に立てられていた万年筆を取った。
「つまり交換日記、ですか。アッシュが、そういうことをするようには思えませんけどね。」
「俺もそう思うよ。」






何も書かれていないノートの表紙に、ルークはさらりとdiaryとフォニック言語で書いた。
続いて表紙を開け、一ページ目にあたるところに一文だけ文字を書いた。
そして、ルークはノートを閉じた。

「とりあえず、こんなものかな。」
書き終わったあと、少しだけ考えたがやっぱりこのままでいいと判断した。
「そんなに短くでいいのですか?」
ジェイドに人の日記を覗き込むような趣味はない。
なので、ルークがそこに何と書いたかまで読み取りはしなかった。
しかし、俗に言う日記というものはその日の出来事を連ねるものであり、よほど書くべきことがないかぎり、もう少し書いてもおかしくはなかった。

「長々書いても、何だかうまく伝えられない気がするからさ。最初はこれでいいんだ。」



たった一文。

いや、だからこそそれに全てをかけることが出来る。

















話がしたい





全身全霊が渇望する、たった一つの望み























アトガキ
乗っているのがタルタロスなので、アルビオールみたいに早く着きません。次がケテルブルクです。
2006/01/29

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