道はいくつあれども 行き着く場所はただひとつ
「何とかする方法があるのか?」
ルークは聞き返した。
ジェイドの言葉は、わざと曖昧にしてあったから。
驚きという感情よりも確かなものを得たくて、質問をするという行為の方が先に発生する。
「理論上は可能かもしれないというだけです。どんな結果を生み出すかまでは、保障しません。
それでも、あなたは選びますか?」
提示はするが、背中は押さない。
あくまで選択をし、決めるのは本人たち次第である。
そう思い、ジェイドは可能性だけはルークに示すことにした。
「選ぶよ。お願いだ、教えてくれ。」
安易ではないルークの心底は、やはり変わらなかった。
どれだけ可能性が低くても構わない。
可能性という名のものがあるのなら、藁にもすがる想いであった。
「わかりました。では、まず一番ベストな状態は何だと思いますか?」
「俺もアッシュも、一人のヒトとして存在を持つことだと思うけど…」
また、前みたいにオリジナルとレプリカという状態では、どこか安定感がない。
それでも、一つの身体に二人が入っているような状態よりはマシかもしれないが。
「そうですね。そして、それを成し得るには問題があります。必要な身体が、一つしかないのです。
アッシュは言っていました。ルークの身体はローレライと共に乖離した…と。」
そのことは、アッシュの言葉を聞かなくても大体想像が出来ていたことだった。
よくローレライ解放まで持ちこたえた、と思うくらいだったのだから。
「そっか、やっぱり俺の身体は死んじまったんだな。」
ルークに身体の死という実感は、あまり感じなかった。
死というより消える……消滅して、本当に元からなかったかのようなものにも感じ取れたから。
そう…痛みさえない。
自分の身体は本当のヒトという認識ではなかったのだと、死ぬときにわかったことだった。
「ルークの魂は、その身体と一緒で乖離しやすい。だから、こんな現象が起こったのだと思われます。
そして、それこそがあなたたち二人を何とか出来る方法に繋がります。」
それこそが前途。
「どういうことだ?」
「ある程度こちらで補助をすれば、ルークの魂は他の身体に移動することが出来ると思います。」
「魂は何とかなるとしても、身体はどうしよう……
俺、さすがに死体とかに入るのは嫌なんだけど。」
身体だけではなく、ルークの構築物のほとんどは第七音素で賄われていることは、ローレライの宝珠を体内に取り込んでしまったときに説明を受けて何となくはわかった。
だが、実際の仕組みとなるとなかなか理解しがたいものばかりで、頭では出来るかもしれないという思惑しか残らない。
贅沢かもしれないが、目の前の男は死霊使いであるし、そう言われたらどうしようかと、ルークは先に保険を言った。
「それについては、フォミクリーを使います。」
「もしかして、もう一度レプリカを作って…俺の魂をそっちに移すってことか?でも、ローレライを解放してから、第七音素って減り続けているんだろ?」
第七音素は数年間は持つだろうとは言われていたが、所詮限りある存在である。
もう作られてしまったレプリカから第七音素が漏洩するということはないであろうが、大気中に存在する第七音素は、以前のように活発には成しえないであろう。
やがて安定という形を取るとは思うが、それは不確定要素でもあった。
「レプリカの素材に第七音素が適していたというだけで、第七音素だけがレプリカの構築物に成りえるというわけではありません。
私が初めて作ったレプリカ……ネビリム先生は他の音素も用いていました。」
彼女の名前を出すところをジェイドは一瞬区切ったが、直ぐに話を進めた。
過去は何も変えられないのだから。
「そういえば、レムとシャドウの音素を探していたって言っていたな…」
かなり前の出来事だったので、ルークも記憶を引っ張り出してきた。
「ネビリム先生を作ったときの私は、まだ知識に乏しかった。だから、彼女は暴走してしまったのです。
この二年間、医療転用の為に私はフォミクリーの研究を続けていました。
今なら、第七音素だけに頼らずとも暴走のしない身体を作れると思います。」
それこそが示された道だった。
「うん、わかった。俺、ジェイドを信じるよ。」
はっきり言って、フォミクリーやらレプリカやらそういったことはルークには原理さえもよくわからない。
わからないこと。
しかも、自分の今後の運命を左右するようなことを頼むのは、ジェイドがフォミクリーに関する知識を持っていて出来るからというだけではない。
ジェイドは間違ったときはたまに怒り、褒めてくれたことは一度だってない。
だからこそ、そんな彼を信じて任せられるのだ。
「そんなに、信頼しきって大丈夫ですか?あなたを実験体にしてみたいだけかもしれませんよ。」
そう、微笑を蓄えて言った。
「そしたらそしたでいいよ。俺に、人を見る目がなかったって事なんだからさ。」
ルークもジェイドにつられて、笑った。
「さて、ではまずはレプリカ情報が必要ですね。なるべく、最近のがあればいいのですが…」
少しジェイドは記憶を探る。
「最近のか…この身体じゃ駄目なのか?」
アッシュでもあり、ルークでもある元祖オリジナルの身体。
それに胸を当て、ルークは問いかける。
「レプリカ情報を抜くのには負担がかかります。
間接的な要因ですが、それでアッシュは亡くなったようなものです。」
ああ、やはりアッシュの死の要因は自分なのだな…とルークは改めて感じた。
そして、今はこんな状態を招いている。
どこまでお荷物なのかと…自分を悔いた。
絶対に何とかしなければならない。
たとえ、自分はどうなろうと…
ルークはあまり冴えない頭を活発に動かし、必死に記憶をたぐり寄せた。
「……深淵のレプリカ施設で、六神将のレプリカと戦ったよな。あの時、アッシュとディストはいなかったけど…そのデータってないのかな?」
ワイヨン鏡窟のさらに奥に広がっていた深淵のレプリカ施設では、フォミクリーの設備が多数備え付けてあった。
もう、破棄した後とおぼしきものではあったが、六神将のレプリカやさらに強力なレプリカとも戦った。
ディストは自分が研究者であるから、死を伴うかもしれないレプリカ情報抜きを自分にはやらないであろう。
だが、アッシュはどうだろう。
他の六神将があったのだから、彼のデータはあるかもしれなかった。
「確かに…ディストはコレクション精神が昔から高かったですから、彼ならアッシュのデータを持っているかもしれません。」
「アッシュのレプリカが、深淵のレプリカ施設に居るって可能性はないかな?」
施設内は、膨大に広かった。
シバに協力してもらい、粗方は装置を壊し、網羅したとは思うがもしかしたら自分たちが会わなかっただけで、アッシュのレプリカが生きているということも考えられた。
「それはないと思います。生物フォミクリーは繊細です。ディストがこまめに世話をしていたなら話は別ですが……」
ディストが世話をする…そんな情景を思い浮かべてしまってルークは少し複雑な気持ちになった。
それはないなと、決め付ける。
「ディストは、今どこにいるんだ?やっぱりダアトか?」
ルークが覚えている限り、ディストに最後に会ったのはグランコクマだった。
しかし、本来はローレライ教団の神託の盾騎士団六神将である。
総本山である、ダアトにいるというのが単純な頭の流れだった。
「いえ、ディストはローレライ教団の査問会にかけられて処罰の結果、ローレライ教団を無期限に除籍されました。今は、ケテルブルクにいます。おとなしくしていれば、いいんですけどね。」
そう、もちろんの如く嫌そうに言った。
その表情を見て、ルークはまだ仲が悪いのかと再認識した。
昔から親友なのかというのはよくわからないが、少なくとも幼馴染であるというのは聞いている。
自分はジェイドじゃないから、過去のこと全てがわかるわけでもないが、今までの話を聞いていると歩み寄れる部分があるのではないかとも思う。
「仕方ありません。非常に嫌ですが……ディストからレプリカデータの所在を聞きに行ってきますよ。」
嫌という気持ちを切り替えて、それでもやはり嫌という言葉はでたが、ジェイドはケテルブルクに行くことにする。
ルークレプリカを作ったヴァンはもうこの世にいないし、データを持って居そうなのはたしかにルークの言うとおり、ディストしかいなそうだった。
用があっても、あまりディストには会いたくないのだが、今回は本当に仕方がない。
「俺も行く!」
そんなジェイドの鬱が澄み渡る中、ルークの声が張った。
「あなたもですか?しかし…」
気持ちはわかるが、今のルークは平時の時の様な状況ではない。
「何もしないのが……いや、何も出来ないのが怖いんだ。」
二年間の空白。
ルークは何も出来なかった。
身体が思い通りにならないということはあったが、それでも訳がわからなく漠然と過ごしすぎてしまった。
もう、遅いのかもしれない。
だからと言って、可能性はあるのにただ待っているだけというのは絶対に嫌だった。
自分の足で走り、自分の手で掴みたいものがあるのだから。
「……準備に少し時間がかかります。付いてくるのなら、勝手な行動だけは慎んで下さいね。」
説得しても無駄だと悟ったジェイドは、注意だけは促した。
それから…ルークにとっては、しばらくという時が過ぎた。
二人合わせると、少し長い時間が流れた。
「お待たせしました。準備に手間取ってしまいまして。」
そう言い、ジェイドは久しぶりにルークの居る部屋の扉を開けた。
「大丈夫。ジェイドが忙しいってことちゃんと判ってるし。俺ひとりじゃ、こんな身体だからケテルブルクに行こうにも難しいから。」
あれから、また何度かアッシュと意識が切り替わった。
慣れたのかはよくわからなかったが、以前のような頭の痛みや気分の悪さというものは段々と薄れていったようだった。
だが、今までと同じく覚えてもいないし、感覚という実感は皆無だった。
切り替わる周期とか時間とかは最近とくに曖昧でわかりにくいが、そんな状態でグランコクマを出るわけにも行かなかった。
「まあ、ピオニー陛下から、ルーク捜索の許可は直ぐ出たのですがね。
では、こちらに。」
軽く身支度を整えると、ルークは随分と世話になったその部屋を出た。
「港に行くんじゃないのか?」
てっきりマルクト軍基地本部から外に出るのだと思っていたのだが、ジェイドの足取りはどんどん本部の地下の方へ進んで行く。
グランコクマ港からケテルブルク港を経由して、ケテルブルクへ向かうのだとばかり思っていたルークは疑問の声をあげた。
「民間の船を使いますとね。あなたからアッシュに代わった瞬間、彼はたちまち脱走を企てると思いますよ。」
グランコクマにいるときは、ジェイドがその権力をフル活用して軟禁の場所を得ていたが、民間の船に乗り込むとなるとそうもいかない。
たしかに、船上に逃げ場はないが、それでも全く事情の知らない一般人を巻き込むかもしれないと考えると、あまり選択できる方法ではなかった。
「やっぱりまだアッシュは逃げたがっている?」
「そう、とことんね。」
その苦労を思い出し、ジェイドはひとつため息をついた。
しゃべらない。
食事をしない。
ジェイドに言う言葉は「ここから、出せ」のみ。
良く言えば、芯の強い男。
悪く言えば、諦めの悪い男だった。
まあ、今はアッシュのことをとやかく言っている場合でもない。
さっさとジェイドは足を進めた。
しばらく冷たいと感じる床を歩くと、吹き抜けの空間があった。
そして、目的の場所である船渠へ辿り着いた。
船渠内にはあちこち水が張り巡らされており、単純に天井とは呼べない天が高い。
涼しいというより少し寒い。
マルクト軍基地本部の中枢にも近いそこは大勢のマルクト兵がおり、あるものは警備にあたり、またあるものは作業に追われていた。
譜術に長けていると言われているマルクト軍には、少し似つかない譜業機器が大勢並べられており、作業をする掛け声や合図が飛び交い少々騒がしい。
でもそれは決して、うるさいとかそういったことを感じるようなものではなく、真剣に物事へと取り組んでいる証でもあった。
兵たちは夢中で作業をしているため、ルークが間近を何気なしに通っても全く機がつかずに集中している。
そして足を止め、ジェイドは言った。
「これに乗って、ケテルブルクに行きます。」
「これは……タルタロス?」
ジェイドが示した先にあったのは、とても見覚えのある陸上装甲艦タルタロスであった。
相恩たる佇まいは、相変わらずに存在している。
星の地核に沈めた筈のタルタロスは、ひどく懐かしいしお世話になったため、込み上げてくるものもあった。
「元々タルタロスは、七艇作られたのですよ。私の師団が所有していたのは、ご存知のような結果になってしまったのですがね。
頭の固い上層部から、これをもぎとって来るのは一苦労でした。」
そう言って、ジェイドは疲れたというオーバーリアクションをした。
彼らしい仕草だった。
「失礼します。出発の準備が整いました。あちらの桟橋からお乗りください。」
兵に促されて、タルタロスへと乗り込む。
今度は、自分の意思でこれに乗る。
そうして、彼に繋がる大いなる第一歩を踏み出した。
アトガキ
色々難しい。
2006/01/28
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