懸賞      ル フ ラ ン     


鏡 に う つ っ た 約 束  5












望むのだから、その代償として全てを差し出しましょう















権力というものは、単純に好きになれるものではない。
だが、やはり今まで自分が築いてきたものでもあるから、有効利用しても罰は当たらないなとジェイドは心に留めた。
マルクト軍基地本部の、宿直室を一部屋貸しきった。
緊急時には多くの兵が詰める為、宿直室もいくつか用意してあるので、一部屋借りたところでそれほど軍に不便はない。
暫定的にはあるが、しばらくルークにはここにいてもらうことにした。





「おはようございます。おやっ…こちらはアッシュですね。」
食事を運んで来たジェイドに、ほとんど様子を示さない彼を見て判断する。

本部の入り口でいきなりぶっ倒れたルークをここまで運んで来たが、意識はなかなか戻らなかった。
意識の入れ替わりや身体状況がどうなっているのかは、本人たちもあまりよく掴めていないのだろう。
やっと起きたと兵から報告を受けて、ジェイドは動いた。



カチャン
と、食事の乗ったトレイをアッシュの座っている前のテーブルへと置いた。
やっぱりそれにもアッシュは興味を示さない。

宿直室は本来、人が嬉々として生活するような場所ではない。
楽しいことなど何もないだろう。
アッシュはずっと、壁に掛けられている何の変哲もない古ぼけた時計を見ていた。
秒針が一定に刻まれるのが、永久に続く。










「時間などという、人間が勝手に定めた定義に拘束されるのはよくないと思いますよ。」

そのジェイドの言葉にも反応は薄い。
だが、流石に気に触ったのか、ふっと視線をずらした。
それでも時は進む。



「…何をしている。」
しばらくしてやっとアッシュは喋ったが、それも不快面を全面に押し出してだった。
相手はもちろんジェイドで、彼はトレイを置いてから少し距離の離れたところでアッシュをじっーと見ていた。
アッシュはジェイドに対して背を向けているが、それでも嫌な視線が突き刺さるように感じた。
気色悪いし、もちろん気味も悪い。
「観察です。非常に興味深い実験体でもありますので。」
一つの身体に二つの意識が目の前にいるなど、研究者にとっては喉から手が出るほど珍しい研究素材であるかもしれないが、全然動きもしないアッシュを観察する必要があるとはあまり思えない。
それとも無理に喋らせるための、ジェイドなりの作戦なのだろうか。
ともかくジェイドの行動は、アッシュの不快感を増させた。
「出て行け。」
別にこの部屋の主がアッシュになったというわけではないが、ジェイドはこの部屋からアッシュを出す気はないであろう。
なら、こう言うしかない。

「一応、協力して頂きたいことがあるのですけどね。」
潔く、ジェイドは本題を切り出した。
「俺は協力しない。何かしたいなら、あいつを使え。」
前にもそう言った筈だ。と付け加える。
「そう言うと思いました。では、また後で来ます。」
立ち上がり、部屋を後にした。
















数時間後、ジェイドが再び部屋を訪れると、そこにいたのはルークだった。
もう、自分がどのような状況だかよくわかって来たようで、目が覚めたルークに動揺はなかった。
ジェイドが入ってくると軽く挨拶をし、ずっと考えていたことを言った。



「落ち着くまで、俺が生きているってことを黙っていて欲しいんだ。」
と。

「黙っている…というのは、ティアやアニスやガイやナタリアも含まれるのですか?」
タタル渓谷で再会した仲間は、ルークをとても探している。
本来の仕事の合間をぬって情報を収集し、何か手がかりはないかと東奔西走をし、身を削っている。
そんな彼らの努力をジェイドはよく知っているし、自分もある程度はそうして来たつもりだった。
「うん。みんなには、凄く悪いと思うんだ。
でも、今の俺って凄く不安定で、こんな状態で生きているって言っても将来どうなるかわからない。
ぬか喜びさせたくないし、しっかりするまで心配をかけたくないんだ。」
みんなには会いたいし、色々と感謝も述べたい。
でもそれは同時に気を使わせたり、迷惑をかけることでもある。
ジェイドに迷惑は、それは多大にかけているのだがこれ以上大規模にして欲しくない。
大手を振って帰れる日まで。
それがいつに成るかもわからないし、一生ないかもしれない。

「後でみんなに怒られるのは私ですよ。もしものことがあろうと、なかろうと。」
「ごめん…嫌な役させて。」
やっぱり迷惑をかけてばっかだ。
「嫌われたり恨まれたりするのは、慣れていますけどね。
わかりました。ちょうど、ナタリアからの手紙に返信しなければいけないのですが、進展なしと記載しておきますよ。」
「助かるよ。」
そう言い、安堵の息を吐き出す。

「さて。私も怒られる度合いを高めたくはありませんからね。早く打開策を見つけましょう。
ベルケンドのシュウ以上とは言いませんが、マルクト軍一の軍医に待機してもらっています。まずは、あなたの身体の状況を把握しましょう。」
そうして、本部内にある医務室へと連れて行かれた。














音素フォニム固有振動数検査・血液検査・超音波検査・同調フォンスロット検査
身体の構築に関すること。
特に第七音素セブンスフォニムに関連する検査は全て受けた。
完全な専門ではないとはいえ知識のあるジェイドは、軍医と一緒になにやら話し込んでいる。
薬剤投与検査も在った為、結果が意外と時間がかかるらしい。
検査室の外のソファで、診断結果が出るまでルークは待機していた。

「俺、どうなっちまっているのかな…」
ぼそりと呟く独り言。
ジェイドはあまり動揺を見せないタイプであるからあまり参考にはならないのだが、検査中に軍医の方は何度も息を呑むのを見た。
ジェイドからある程度ルークの症状は聞いているだろうに、これだ。
結果を聞く前にルークは少し滅入ってしまいそうだった。



「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
そう呼ばれて、ルークは検査室に入っていった。











白衣を纏った軍医の目の前の椅子に座るように促されて、その丸椅子へルークはちょこんと座った。
「検査結果が出ました。カーティス大佐にはもうお話したのですが、あなたにはもう少し噛み砕いて説明しますね。」
「はい。」
「身体機能は完全とは言えませんが、正常に機能しています。日常生活にさほど困ることはないでしょう。ただ、このようなケースは初めてで…というより、存在していることが信じられないというのが私の本心です。」
そう言うと、軍医は机の脇において置いた透かしの入った紙を、机上のライトに照らさせた。
ライトの光によって、紙には不条理な螺旋が浮かび出た。

「これは、何ですか?」
示された紙に映し出されたものは、残念ながらルークには意味不明であった。
「これは、あなたの音素フォニム固有振動数の解析結果です。」
「俺の…ですか。」
そう言われてもルークはいまいちピンとこなかったのだが、何かが引っかかったような気がして紙をマジマジと見つめた。
振動数の動きが線によって示され、一定の間隔でうねっている。
音素フォニム固有振動数というのは、本来一つの振動が存在し、波を打っているものです。
ですが、これを見ると…」
「振動が二つある?」
螺旋は規則的に示されているが、一つの線に寄り添うように、もう一つの線が存在をしている。
「そうです。しかも、一つの振動は正常な音域ですが、もう一つの振動は弱々しい。」
軍医の示すように、二つの線の太さが明らかに違った。
線を比べなくともわかるように、寄り添っている線の方は合間合間がぶつりと切れたりして表記されている。
これが、俺とアッシュの状態なのか…とルークは本能で悟った。

「何とか、ならないですか。」
これが安定な状態だとはとてもではないが、思うことは出来なかった。
「残念ながら…今の医学では治療方法どころか、このような症状を見ることさえもままなりません。」



まざまざと見せ付けられた現実。
結論は否定だった。
















その後も色々と説明を受けたが、あまり頭には入らなかった気がする。
ルークは、ふらりふらりと部屋に戻った。
バタンッ



「話は聞きましたか?」
待っていてくれたらしく、ジェイドが確認の言葉を促した。
「うん…なんか、絶望気味っぽい。」
医学のことに関しては専門外…どころか、さわりさえも知らない。
だから、どうこう言うつもりはルークにはなかった。

「……質問をします。よろしいですか?」
「あ、…うん。」
少し反応の薄いルークだったが、一応返事を返した。








「あなたは…アッシュを助けたいですか?」

「当然だ。」
これだけは何があっても変わらない。
いや、変わりようがない。
迷いさえ一辺倒も見当たらない、確信の言葉でルークは返した。










「ルーク………
あなたが生きて欲しいと思っているのは、あなた自身ではなくアッシュなのでしょう?」

同じようで違う質問をした。
走る沈黙に、ルークはひたすら口を噤んだ。
沈黙という名の肯定をルークが知っているかはわからない。
だが、否定の言葉を出さないということだけは、釈然とした事実として落ちてきた。


















「……いいでしょう。
非常にお勧めしたくない方法ですが、あなたたちの状態を何とかする方法が思い当たります。」


彼の揺ぎ無い信義を受けて、一つのカードを用意した。




















アトガキ
ジ アビス専門用語の解釈は全く自信ないです。
2006/01/26

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