彼と彼の距離を測るものさしは、短すぎた
まるで、誰かが呼んでいるようだった。
いままではぼんやりと意識が覚醒していたのだが、今回は無理やり意識を引きずり出されたような気がした。
意識がないときのことはあまり覚えていないが、夢とは違いふわりふわりと浮かんでいるだけであまり心地よくはない。
それが終息を向かえ、ルークはその瞳を開く。
「ん…」
よく状況もわからなくて、慣れない眩暈が舞い起こる。
それでも横たわっていた身体を奮起させ、ルークはその身を上げた。
「…あ…れ……ジェイド?どうしたんだ、珍しく考え込んで。」
未だ少し頭を抑えているような模様でもあったが、ルークの視界に飛び込んで来たのはジェイド。
今まで目が覚めたときに辺りに人が居るということはなかったのでそれにも少しばかり驚いたが、ジェイドが悩んでいるような描写を見せるというのを今まであまり見たことはなかった。
意外という言葉が当てはまる。
「ルーク………ですか。目が覚めたのですね。」
さすがに口調で、どちらかはわかる。
アッシュが口調を偽るなど有り得ないことではないのだが、彼の最後の言葉を聞く限りではそのような要素は少ないと思うし、偽るなどという行為をアッシュが気に入るわけがない。
「そうだ。俺、何かへんなことしなかった?」
「ええ、まあ…あなたがしたというわけではないのですがね。」
身体は一応ルークのものでもあるのだが、あの暴れまくったのはアッシュだった。
正直、駐屯する兵が完全に無傷だったとは言いがたいが、ともかくルーク自身は何もしていない。
「何だよ…その曖昧な言葉は。ちゃんと説明してくれよ!」
納得いかなくて、ルークの口調は少し荒々しくなった。
ジェイドにそう八つ当たりのようにするのは、お門違いだと思う。
でも前にジェイドは、自分は逃げたと言った。
無意識のうちに何かを仕出かしてしまうだなんて、とても嫌なことだがわからないのだ。
何をしたかささえも、自分がどうなっているのかも。
「そうですね、話しましょう。落ち着いて聞いて下さい。」
最初に、ワンクッションを置く。
これから言うことをルークが信じないとは思わない。
だが、だからこそ冷静になって欲しかった。
「まず、アッシュは生きています。」
明確な答えから言った。
「…アッシュが生きている?」
ルークは目を見開いた。
驚いた。本当に驚いたときは、ろくな言葉も出せない。
「そうです。あなたの中で…」
「俺の中?まさか………」
ジェイドは単刀直入には言わない。
漠然としたものの中で、掴み取れるものは想定だけ。
「さすがに、彼にことに関しては察しが早いですね。あなたの意識がない状態…とでも言えばいいのですかね。その間は、彼があなたの身体の持ち主として君臨しています。」
「…アッシュが生きている………」
その言葉を繰り返す。
噛み締める。
この胸の中を実感する。
どうしよう…本当にどうしようもないほどうれしかった。
「俺は…俺の存在がアッシュの存在を消したんだと、ずっとずっと思っていた。」
アッシュとルークは別の存在だ。
しかし、世界の情理から考えると同じ存在が二つあることになる。
一つの存在しか生きられないのだとしたら。
あの、エルドラントでルークが一騎打ちに負けて、アッシュの代わりに残っていれば…
やはり生き残ったのはアッシュだったに違いない。
目が覚めるといつも違う場所にいて、人とも会えないことは寂しかった。
満月・上弦の月・三日月・下弦の月
自分の見ることの出来る光は月と星ばかりで、太陽が恋しかった。
それは、アッシュを消してしまった自分の断罪なのだと思っていた。
彼も生きている。
たとえ、触れ合うことも話すことさえ出来なくても。
それだけで、ルークの世界が救われた。
「ありがとう。ジェイド。」
「別にお礼は言わなくていいです。あなたがここに来なければ、わかりえなかったことですし。
それに、あなたとアッシュの現状を素直に喜んでいる場合でもないと思います。」
そう…たとえ現状を理解し把握したといっても、それはそれだけのことで行動をしなければ何も変わらない。
生きていること自体は、大変喜ばしいことかもしれないが、これが一概に幸せだとは思えない。
「そう、だよな。アッシュはどう思っているんだろ…やっぱり俺と同じ身体だなんて嫌だと思ってはいるだろうけど。」
「その身体は元々アッシュの身体らしいですから、居心地が悪いとは思ってはいないでしょうけどね。
私はアッシュではないですから、アッシュの本心はわかりません。
でも、あなたは…あなただからわかることもあるとは思いますよ。」
「俺が?そうかな…アッシュ、俺のこと毛嫌いしてると思うんだけど。」
ルークはアッシュの存在を知らなかった。
アッシュはルークの存在を知っていた。
それは基本能力の違いから生まれた差異かもしれないが、ルークがアッシュなら何らかのコンタクトを取ろうとすると思う。
意思は通じなくても、方法が全くないわけではないと思う。
今回のように、人を通じてということだって出来る。
でも、アッシュはそれを全くしなかった。
二年という永きに渡り。
それがアッシュの本心で全てかもしれない…と思うと、やはりルークは落ち込んだ。
「アッシュはルークに協力はしないと言いました。
しかし、アッシュが言っていることには、未だ掴み取れないものがあります。」
アッシュは全てを語らないし、色々と腑に落ちない。
もう一人の存在――ルークのことを、口ではどうでもいいと言ったが、どこまでもどうでもいいと心の奥から思っているとは見れない。
本当にそう思っているのなら、今まで夜にしか出て来れなかったルークに無理やり切り替えたりはしないだろう。
「そっか、やっぱりアッシュと話がしてみたいんだけど…無理かな。」
「以前のように…離れているときよりは近いのですから、何とか回線をつなげられないのですか?」
「こういう状態になって、それは毎回やってたけど…無理だった。」
二年間、ルークの世界は夜だった。
それも最初の頃は本当に出ていられる時間は少なく、何も出来なかった。
不条理な自分の身体にだんだん実感が湧いて、何とかしようともした。
そして、アッシュは生きている…そのことだけを信じて、探し、彼を求めた。
やることが他になかったわけじゃないが、意識があるときは必ず回線を開いてみようとした。
でも、何の反応もなかった。
「念のため、もう一度やってみるよ…」
そう言い、ルークは呼吸を整える。
意識の集中を、身体を動かすのとは違うものへと索道させた。
自分の中のもう一人の存在へと意識を飛ばす。
しかし、伸ばしたか細い糸は繋がらなく、ぷつりと切れた。
「……………やっぱり駄目だ。」
わかっていたことだが、僅かに期待してしまった。
結果というものは、人の心など見通しはせず儚い。
「今までも出来なかったのだから、当然と言えば当然ですが…
あなたに力がないのか、アッシュがあなたを拒否しているのか、どちらかでしょうね。」
「どっちも酷い結果だ。」
どうしようも出来ない。
だから、自分が情けなくてルークは自嘲気味に笑った。
ルークとアッシュは完全同位体で、しかも同調フォンスロットを無理やり開いたため、回線は繋がっていた。
だが、ルークからアッシュへの呼びかけが正常下で成り立ったことは一度もなかった。
元来出来なかったことが、そう簡単に出来るとは思えない。
「まあ、アッシュはアッシュなりに、打開策を模索しているのかもしれません。」
「うん。アッシュのことだから、そうだと思う。
でも、それじゃ駄目なんだ。俺には何も出来ないのかもしれない。だからと言って、アッシュに頼りきりで何もしないのは絶対に嫌だ。
俺は、俺の出来ることを見つけるよ。」
もう一人の彼の存在は遠い。
だったら、自分で手繰り寄せるしかない。
未来は、自分の手で掴み取るものなのだから。
ズキンッ
すっと立ち上がったせいか、少し頭痛がした。
意識を失うのはまた違う、鈍い痛みと気だるさがルークを支配する。
「少し、食事か休養をとりましょう。あなたは、まだ慣れていないようだ。」
調子が万全ではないルークの様子を見て、ジェイドは話を止めた。
「え……へ、平気だよ。」
突然、話を止められて戸惑う。
心配してくれるのはありがたいが、早くというあせりも同時に生み出す。
「これから何とかするのでしょ?肝心のあなたがこれでは、何も出来ません。」
「……わかった。
あのさ、その前にちょっと外に連れて行ってくれない?」
納得の代わりのように、その願いをルークは差し出した。
「外に、ですか?」
その言葉にジェイドはいぶかしむ。
その要望は、まるでアッシュが望んでいるようなものだったから。
「逃げたりしないよ。ちょっと確認したいことがあるんだ。」
「わかりました。こちらに、ついて来て下さい。」
ジェイドの後について扉を何枚か越えると、やがて見知った場所へと出る。
マルクト軍基地本部内は、エルドラント攻撃の際に来たことがあるがそれほど熟知しているわけではなかった。
途中の扉に配置されている兵は、ジェイドに「ご苦労様です」と敬礼をしていく。
そして、あと一枚で本部から出ることが出来る扉の前に立った。
ギィ
と、よどみなく扉を開けた。
最初は篭れていた光が、やがて全体に。
太陽が眩しく照らす。
日は、常に平等に人々に光を与える。
そう…実に二年ぶりの光がルークを包み込んだ。
「ジェイド……朝って、本当に綺麗だな。
でも、それ以上に俺はアッシュが生きていることの方がうれしいんだ。」
ああ、うれしいと人って涙が出るのだなと、ルークは震撼した。
太陽に輝ける涙は頬をつたう。
涙が、暖かかった。
そうして、彼は安堵したように意識を飛ばした。
アトガキ
次からやっと少し話が進みます。
2006/01/23
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