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鏡 に う つ っ た 約 束  3












真実を知らないほうが、その場限りでは幸せなときの方が多い















その名前を口にすることを、ジェイドは過信だとは思わなかった。
そう…彼に表情という名の反応があったから。
だが、それさえも気がつかせぬよう彼の取り繕いは早く、微動さに動かない状態を保ったままだった。





「沈黙は、肯定と捉えますよ。」
流れる大気が静かすぎた。
返事を待つという溜めをも十分に超える一刻が過ぎたが、それでも彼は答えない。
その素振りさえも見せなかった。



「手を離せ。」
あくまでこの言葉を繰り返す。
頑なにまで突っ撥ねる要望。
だが、彼もジェイドの喉仏に立てた短剣を引きはしなかった。

ジェイドは、仕方なくその手を離した。
危機を感じ取ったからというわけではない。
このままだと進展が薄いと判断したからだ。
ふっと、ジェイドの力が緩むのを速やかに感じると、彼は空を断つ勢いで思いっきり手を振り払った。
やや落ちかかった体制からすぐさまソファより直して飛び起きると、目の前にいるジェイドを追いやっての執務室を後にする。
ジェイドは何もしない。





バタンッ!
乱暴に扉を開き執務室を出ると、扉の前には兵が警備に当たっているのが見え、目線が被る。

「貴様は……さっきの!」
異常な扉の開かれ方や、先ほどから執務室から毀れた激しい物音などの状況から見ても、平和的にお帰りいただけるような相手と認識できるわけがない。
兵は、次の扉へと駆け寄る人物を引き止めるべく、足を忙しく動かした。

「邪魔をすんじゃねえ!どけ。」
彼は、素早く後ろ腰に帯刀していた剣を左手で引き抜き、右手へと持ち替えた。
一歩間違えれば威嚇をも超える勢いで、寄ってきた兵をなぎ倒す。
当てられた兵は、まさか剣で払いのけられるとは思わず、それは青銅色の鎧に当たりガシャンッとにぶにぶしい音を立てて倒れこんだ。
それほど酷い衝撃が与えられたわけではなかったが、出し抜かれた状態になったためバランスを盛大に崩す。
その物音は、静寂一辺倒だった本部内に豪腕に響き渡り、詰めていた兵たちに異常のサイレンを慣らした。
宿舎で寝ていた兵が本能と共に異常を察知し、一斉に起き出してその場を目指す。
何人かの単独兵を払いながら逃げる彼が、いくつかの扉を隔てて出口に向かおうとするが、もう随分と多くの兵に囲まれている。
いくら、人を斬るのも厭わない度量と技量を兼ねそろえていても、多勢に無勢は明らかになった。
合間を見るが斬りこめる場所を見出せず、いったん立ち止まる。





「やれやれ。ここをどこだと、お思いです?
あなたが、迷い込んだのはマルクト軍基地本部ですよ。タタル渓谷の二の舞は踏みません。」
ゆったりとやって来たジェイドが、彼に向かって宣告する。
手を離したのはこれを狙ってであり、またむざむざと逃げられるほど前の免疫がないわけではない。
いくら彼の剣術が素晴らしかろうと、マルクト軍基地本部に駐屯する兵たちは厳しい戦いを勝ち抜いてなることの出来る選りすぐりの者たちである。
そう、簡単に突破口が見つけられるわけがなかった。
それでもジェイドの言葉によって火種がついたのか、彼は強行突破をすべく剣を出口への兵士たちへ向けた。
身体を向けられた兵たちは身を構えて、それに備えた。

キンッ!
噛み合いの悪い剣の音が響く。
兵と兵の隙間を縫って割り入ろうとするが、それは盾によって防がれる。
陣形の取れた攻防は、やがて兵たちに軍配を約束する。
しかし、不利を承知でも彼は止まらない。
「やむをえませんね。いくらあなたが強いとはいえ、私を自由にした方がやっかいですよ。」
ガキンッ!
相変わらずの金属がぶつかり合う音だけはやまない中、ジェイドの詠唱が静かに始まった。



「炸裂する力よ……エナジーブラスト!」

輝ける光の譜陣がジェイドの発生した瞬間、狙っていた人物の足元にピンポイントに小規模な爆発が起きた。
その右足に直撃とまではいかないが、確実にヒットさせる。
「ぐ……」
この場を突破することが第一で、足元にまで注意はいっていなかった彼は、そのままよろめき手前の兵士の隊へと突っ込んだ。
ガシャンッと衝撃によって落ちる剣が、青緑の床に傷を作った。
武器が落ちたのを見計らって、兵たちは一斉に彼の周囲に人壁を作る。

「私はあなたの力を見くびってはいませんよ。これくらいはしないと、止まらないですからね。
連れて行きなさい。」
「はっ!」
取り囲んでいた兵の何人かが、彼の身体を掴み上げ床を引きずり連行していった。




















ガチャン
鈍い音と共に錠の鍵が解かれる音がする。
「狭い部屋ですみませんね。少しは落ち着きましたか?」
数時間後。
頃合を見計らって、ジェイドは彼が軟禁されている部屋へと入って行った。
元々は兵の待機室であるそこは、余計なものは殆ど置かれておらず少しは広さを感じ取ることも出来るのだが、位置的に窓もなく元来が狭い場所である為、圧迫感を感じる。
目的の彼は、冷たい壁に背中を押し付けていて、入室してきたジェイドを睨んだ。



「俺を離すと言っただろう。」
「あなたは質問には答えなかった。それに私は、手は離しましたよ。兵たちが勝手にあなたを捕まえただけです。」
そう、いけしゃあしゃあと口にする。
たとえ、質問に答えたとしてもそのまま逃がす気など毛頭もなかったが、そんな本心は語らないし、それは彼にもわかったのだろう。
嫌々仕方なく、ジェイドの方に向きなおってやった。
あくまで身体を向けるだけ、距離は縮めない。

「俺に、何か用か?」
次にジェイドが何を聞くかわかっているからこそ、短く言葉を切る。
さっさとしろという暗示でもあった。
「あなたは、アッシュですね。」
そして、ジェイドもそれに答え、数時間前と同じ言葉を出す。
今度は疑問系などつけてはやらない。
認めてやらせる為に、また聞いた。

「……………そう思いたいのならば、そう思えばいい。」
やはり、ふっと視線を下にずらした。
「あなたと話していると、平行線が多そうですね。せめて、現状くらいは説明してください。」
そもそも会話というものさえ、成立しなそうなタイプなのだが、それをとやかく言っている場合でもない。
このままでは限りなく後退に近い現状維持はあっても、進展がないのだから。
現状打破が最善だ。

「あいつから、話は聞いただろ。」
やっと出た言葉。
それも、アッシュなりに抽象的に霞をかけたつもりだった。
「おや、こちらはルークの存在を知っているようですね。」
アッシュの口ぶりから素早く察する。
ルークからそれほど会話を得たというわけではないが、少なくともルークは自分の現状を理解していない筈だ。
だからこそ、今回無理をしてジェイドに助けを求めたのだと思うし、もしアッシュの存在がわかっているのならそれは既にこちらに話しているだろう。
わからないことさえもわからないルークが、アッシュの存在を話すことを忘れるわけがない。
これも被験者オリジナルとレプリカの差か…
だが、二つの人格が存在するなどということ自体が、想定できることではない今、断定できる要素は少なかった。



「ここから出せ。」
アッシュは、そればかりを希望する。
扉の鍵はかかっていないが、たとえ今ジェイドを倒してこの部屋を出たとしても、また先ほどのように兵がアッシュを捕まえようとするだろう。
しかも、今度はマルクト軍大佐殺傷の罪というオマケまでついてしまう。
ジェイドが肯定の頷きをしないと、アッシュ自身の現状打破はない。
「お断りします。やはり、私の問いに答えるまでここからは出しません。」
当然といえば当然だが、軟禁を解いたら瞬く間にアッシュはいなくなるだろう。
数時間前の脱走行動の荒々しさを見れば、その後また今回のように再び姿を現すとは微塵も思うことが出来なかった。
そう易々と、さようならとはいかない。

「ちっ……………何に答えればいいんだ。」
不満そうに顔を横へずらし、アッシュは言った。
少し観念し気味になったアッシュに、やっとジェイドからの質問権が与えられた。
「まず…その身体のことです。元々は、誰のものですか?」
人格は二つ。
身体は一つ。
一つの身体に二つの存在が、明らかな不釣合いに共生をしている。
意識のことは何となくはわかったが、これが何か特定しないと、何も始めることは出来ない。



「これは、俺の身体だ。」

「アッシュ……の身体ですか………」
その言葉にジェイドは意想外そうに反復しながら、言葉を濁した。
表情がいつもより余裕がないのが、それほど付き合いの長くないアッシュにも読み取れた。

「なんだ。死霊使いネクロマンサー殿でも意外なことがあるのか?
あいつの身体は耐えられなかった。唯一の鎖であるローレライを解放しした時に、一緒に乖離したからな。」
身体は、属に肉体と呼ばれる産物である。
しかし、フォミクリー技術から創り出されたレプリカは、身体という概念が薄い。
第七音素セブンスフォニムで出来ている為、完全には不完全な状態なのだった。



「…もう一つ質問です。
あなたは、タタル渓谷で私たちに”ルーク・フォン・ファブレは死んだ“と言いましたね。
あれはどういう意味です?」
「そのままの意味だ。おまえたちが知っているルークはもういない。忘れろ。」
たしかに、二年前の状態とは変わってしまった。
しかしそれでも、すべてが変わってしまったというわけではない。残っている。
アッシュのその考え方は、怒髪的すぎるように感じた。
「あなたは、このままでいいとお思いなのですか?」



「……思っている。」
少し、間を空けてアッシュは肯定を示した。

「あなたの意見は、それですね。でも、ルークはどうです?」
アッシュがアッシュならば、それでもいいだろう。
まわりがいくらとやかく言っても、本人の自由である。
だが、アッシュでもありルークでもあるその身体のルークはそれを望んでいないのだ。





「あいつのことは、どうでもいい。
あいつが何かやりたいなら、あいつで勝手にやれ。俺は協力しない。」

ぶちっと強制的に回線を切り替えた。
視界が真っ暗に、フィードアウトした。










まだ、彼は何かを隠している。



















アトガキ
アッシュside、ひとまず終わり。次、ルークside。
2006/01/19

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