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鏡 に う つ っ た 約 束  2












これが、神が望んだ結果なのか?















マルクトの首都グランコクマの夜は、昼間の壮大さとはまた違う印象を与える場所だった。
水上帝都の名に恥じぬ構築物の数々は、まるで自発するように輝き滝の音を反射させる。
初めての者はその水音に馴れないかものかもしれないが、やがてそれは当たり前で欠かせないものとなってくる。
夜の水音は、昼間とは違い深々と響き渡り、心地よかった。
しかし、一概に夜だからといって、すべての人々に平等に安息が与えられているわけではなかった。
マルクト軍基地本部にいるジェイドもそれに該当し、自身の執務室にて思慮にふけていた。



かさりっ
一人きりの部屋にジェイドが読んでいる手紙の紙すれの音だけが、静かに響いた。

「あちらも収穫は、なしですか…」
独り言を言うような性格ではなかったが、それでも漏れてしまったのは状況が状況だからであろう。
手紙の送り主は、キムラスカ・ランバルディア王国の王女であるナタリアであった。
個人的付き合いで手紙のやりとりを行うということがあっても、別におかしい間柄というわけではないのだが、今回の手紙はほぼ公式のものであった。



ルーク・フォン・ファブレ捜索の結果。
手がかりはなしという…



そして、ジェイドの手元にも同様の結果が舞い込んでいた。

ルークの成人の儀の日にタタル渓谷で会ったこと。
あれが幻だとは、誰も思うことはできなかった。
彼はあの時、たしかにあの場所にいた。
間違いなく、自分たちの見知っているルークなのだと。
あの場あの限りのことであるとは、思いたくもない。
いや、思えるはずがなかった。
消え去った彼をキムラスカ・マルクト両軍の力を使い探し出したが、結果はこれだった。

はあ
と、慣れないため息を一つジェイドはついた。
そう、手紙を読み返しても何もかもが変わるわけではない。
ナタリアも想定しているだろうが、同じく結果を送らなければならない。
ジェイドは引き出しより、使い慣れた万年筆を取り出した。









ガタンッ ゴトン
夜には似つかわしい物音と、それに混じる人の声が聞こえた。
夜とはいえ、緊急時を考慮して昼間よりは少ないが、マルクト軍基地本部には兵が詰めておる。
全く人がいないというわけではないが、人は夜なら静かに歩くし、ましてやジェイドの執務室は本部の比較的奥に位置する。
騒がしいということは、今までなかった。

コン コン コン
それに比例して、叩かれる急ぎめのノック。

「はい。どうしたのですか?」
入室を促す発言をすると、行き着く間もなく兵が入ってきた。
「カーティス大佐。夜分遅くに失礼いたします。
実は、大佐にお会いしたいという人物が本部にやってきておりまして…」
「何者ですか、その方は。」
現在の時刻は日付を既に越えている。
このような時間の来訪者というのは、常識的にもおかしいし不審であった。
「そ、それが…名前も明かさないですし、どうやら衰弱しきった様子でありまして。」
明らかに不審者の様子であった。
「この騒ぎは、その方のせいですか。
まあ、いいでしょう。こちらに呼んで下さい。拒否をしても解決するものではないですからね。」
不意をつかれるのならともかく、ある程度の疑惑のまなざしを向けて会うというならば、たとえジェイドに身の危険が及んだとしてもそう心配することでもない。
それを踏まえて返した返事だった。
「はっ。わかりました。」
ジェイドが了承してくれて助かったのか、兵は敬礼をしてその場を去った。










「失礼します。お連れしました。」
ほどなくしてやって来たのは、先ほどと同じ兵と……
一人の男性だった。

「ジェ…イド………」
身を隠すような纏を身につけた、その男性の顔や体型を明確には判断することは出来なかった。
だが、その声で何者かと直ぐにわかった。
探していたものだったから。



「まさか…」
ガタリッと立ち上がったジェイドのイスが床へと転がった。
それとは対照的に男性はまともに立ってはいられなかったらしく、男性は床に散らばる本の数々の小山へと雪崩こんだ。
「あ、おい。」
今まで男性を支えていたのは兵だったらしく、いきなり倒れこんだことに驚き男性の腕を掴み取った。
再び立ち上がらせようと、引っ張るが効力は薄くその腕も力なく落ちた。

「いいです。後は私が対応します。あなたは、戻りなさい。」
「は、はい!」
別に悪いことをしたつもりはないのに、後ろからジェイドの厳しい声が聞こえた。
その凄みに驚いて、兵は半分飛び上がりつつ返事を返した。
何かここにいてはいけない。
そんなオーラが蔓延して、あわてて短い敬礼をすると兵は執務室を後にした。













ドサリッ
男性の身体を持ち上げて、ジェイドは近くの簡易ソファに身をおかせた。
「…ありがとう。ジェイドって意外と力があるんだな。」
そうやって、悪態つく姿を見たのは本当に前で。





「ルークですね。」
ジェイドはやっとその名前を口に出来た。
「うん。ごめん。騒がしくして。」
ソファに横たわるルークにそう安易な改善はなかったらしいが、すぐさま身だけは立ち上げた。
どこかに痛みがあるらしく、その左手は未だに額につけたままだったが、何とか言葉を出した。



「あなたは…また逃げるおつもりですか?」
「逃げる?ああ、また勝手にやっちまったのか。」
自己納得して、繰り返しの言葉を当たり前のように口にした。
「また?とは。」
「ジェイド…前に会ったとき、二年経過しているって言ってたよな?」
ルークは答えず、質問に質問で返した。
「そうです。そして、あなたは覚えがないと最初に言った。」
ローレライを解放するという人外の行為をしたのだ。
酷なことかもしれないが、何らかの影響が残っていないことのほうがおかしいくらいだ。
もう、何が起きても驚きはしない筈だった。





「俺は、ローレライを解放してから夜しか見たことがないんだ。」
自虐気味にルークは笑った。



「夜だけ?」
世界が変わったということはなかった。
そう、変わってしまったのはルークだけ。

「時間の感覚はわかるよ。今、何時ぐらいだとか何分くらい経過したとかさ。
でも、決まって頭がはっきりしているのときに太陽を見たことはないし、人が回りにいるっていうこともなかった。」
「では、今まで人に接触をしてこなかったと?」
「うん。自分の身体がおかしいとはわかっていたけど、気がつくといつも違う場所にいて…
今日は、テオルの森にいたから何とか記憶にあって…ここまできた。
助けて欲しいんだ。俺にはわけがわからなくて。」



二年間の全容を今の話だけでジェイドは、知りえることは出来なかった。
それでも、それでも……
誰にも会わず夜という孤独の中に生きているとしたら、どれだけの寂しさを得ていたことだろう。
世界は彼によって救われた。
その彼に対する仕打ちはあまりにも惨かった。








「わかりました。まずはあなたの自身の状況を掴むことから始め……」

「つぅ…あ……」
ジェイドの言葉は尻切れとんぼになった。
問題のルーク自身が身を悶え始めたからだった。
この状況は、どう見ても前と同じ状況だった。
そう、豹変として逃げ去ったあの時と。
だが呆然と前と同じ結果を繰り返すというほど、ジェイドは愚かではなかった。
苦しんでいるルーク自身には悪いが、これは彼の為である。
空いていたルークの左手を掴み、離さないように束縛した。





ルークのこめかみが最奥でズキンと痛んだ。
痛みが止まった。
のように、見えた。

「離せ!」
彼は叫んだ。
だが、予期していたことであったから、ジェイドはすぐに対応できた。
「そうはいきません。」
もちろん命令形で言われたからって、離してやるような義理もなく手首は掴んだまま離さない。
決して彼の力が弱まっているという様子ではなかった。
さきほどの衰弱気味の様子とは違い、荒々しく腕を振った。
しかし、ジェイドはそれを技で妨げて離さなかった。

「ちっ…」
次の瞬間、ジェイドの喉元に突きつけられたのは短剣だった。
それは、垂らしていた髪を何本かハラリと落とした。
接触とまではさすがにいかないが、間一髪のところまで素早くとめられた。
何か簡単な衝動でも起きれば、間違いなくその鋭利な刃はジェイドの喉に突き刺さるだろう。
「やれやれ。そこまでしますか。」
呆れた様子でそういうが、あくまで腕は離さない。
「離せ。」
形勢逆転というべく、立場が翻り再び彼はこの言葉を発する。

「いいでしょう。離します。
でも、その前に一つだけ質問に答えて下さい。」

不利な立場に追い込まれようが、ジェイドは常に淡白だった。
彼は自分に害を及ぼさない。
そうわかっていたから。
実際、彼の剣技の高さは今まで一緒に戦ってきたのでわかる。
本当にジェイドが邪魔と認識しているのなら、彼は間違いなくその短剣を押し立てるであろう。
それもしないし、彼はジェイドの言葉に答えもしなかった。

だから、













「残念ながら、ルークとの付き合いも長くなってしまいましたからね。わかりますよ。
あなたは……アッシュですね?」










その眼差しが証拠で

もう一人の彼の名前を呼んだ。




















アトガキ
これからしばらくは、ジェイドの出張りが多くなると思われます。
2006/01/16

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