その意思は、思いは、皆平等。優劣があるとしたら、それは人間が勝手に決めた定義。
吹き抜けの高い天井より、光が来迎する。
天のステンドガラスが七光りを屈折し更なる彩を加えて、礼拝堂内に無数の光を降り注がせる。
壁や椅子にかけられた白い花は、花婿と花嫁を祝福するもの。
凛とした空間。
神が本当にいるとしたら、こういった場所に光臨するのだろう。
本来ならもっと盛大なのだろうが、式はしめやかな雰囲気に絶えずつつまれていた。
顕著に忍んで参列するのは、僅かな高官と式典用の装飾が刻まれた白銀の甲冑に身を纏う警備の兵だけであった。
礼拝堂内は、神々しさを伝える音楽が鳴り響き、それに伴った賛美歌が厳かに歌われている。
耽美な彫刻が施された神木の祭壇の前で待ち、式の中心人物としているのはルークとナタリア。
静かに、その時を待つ。
ゆったりとした白い法衣をまとった司祭の進行により、式は問題なく着実に進んでいく。
礼節に則り祈祷を捧げると、次に重厚な聖書の朗読が終る。
そして、とうとう誓約の儀が始まりを告げる。
読んでいた聖書を、音を立てずに軽く閉じる。
それを祭壇の傍らに置き、司祭はルークとナタリアに向けて進言した。
「それでは先ず始めに、新郎に結婚の誓約をして頂きます。」
司祭は少し身体をルークに向けて、言葉を続ける。
さあ、始まりだ。
この祭壇の前で誓いを立てれば、それで結婚という契約の証が成立する。
「ルーク・フォン・ファブレ。
あなたは今、この女性と結婚し神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなときも、病めるときも、豊かなるときも、貧しきときも、この女性を愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り、堅く節操を守ることを約束いたしますか?」
問われた言葉。
祈りは必ず届くように、肯定すればいい。
応える言葉はたったの五文字。
全てを言い切るのに、時間と名のつく時間は必要ない程、簡単な。
最後に一度だけ目を瞑る。
そうしてやっと極限まで高まる心臓の伴いを抑えて、ルークは口を開いた。
「誓いま………」
本当のさよなら、の筈だった。
「その式、待ったをかけさせてもらうぜ。」
ルークが最後までその言葉を言ったのか、それはルーク自身にしかわからないこと。
静止の、清々とした別の声が礼拝堂内に響き渡った。
思いもよらぬ音に場がざわめき、警備の兵は辺りを必死に見渡した。
「トゥエ レイ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ … …」
次の瞬間にはルークとナタリアにとっては、聞きなれた歌が聞こえた。
これは、ユリアの第一音素譜歌。
これを歌えるのは今となっては唯ひとり。
条件反射のように、ルークとナタリアはとっさに耳を覆った。
慣れているとはいえ、まともにこの歌を聴けばどうなるかは一目瞭然。
ナイトメアによる浅い眠りが礼拝堂内を襲った。
動揺しながらもその深淵の底へと導く歌を聴いてしまい、この場にいる大方の人間が立っていられなくなる。
強固な意志を貫くはずの警備の兵でさえ、ぐっと膝をつきそうになった。
「何者だ!?」
辛うじて立っていたアルバインが、突然の侵入者たちに向けて声をあげた。
「「みんな、どうして!」」
答えたのは当の侵入者たちではなく、ルークとナタリアで。
式のことを知らせもしなかった仲間の登場に、素で驚きの声を放った。
ゆっくりと彼らは、近づいて。
「本来ならば、公に告知をして行わなければならない式を、このように極秘に行うなど認められていません。」
譜歌を歌い終えたティアが続けて高らかに、礼拝堂内に高らかに進言した。
歌よりも効力のある真事が、清く通る。
「本当だよ。祭事を司るローレライ教団にも、何も言わないでさ。
勝手にそんなことやっちゃっていいと思ってるわけ?」
普段の口調を保ちつつ、アニスも声を揃える。
「インゴベルト陛下は意識を取り戻したぜ。反対派が、食事に毒を混ぜていやがった。
ジェイドの調合した薬がなかったら、危ないところだった。」
最初に待ったの声をかけたガイが、再び声をあげる。
「いやー。ガイがバチカル城内に熟知していて助かりましたよ。
反対派の方々は、白光騎士団に押さえて頂きました。王族ではないナタリアがなれるとしたら、あわよくば自分が王座に座ろうだなんて馬鹿げています。
ルークとアッシュが生きていたから焦っただなんて、つまらないことをほざいていましたよ。」
こんなときにも変わらずのいつもの余裕口調で、ジェイドが淡々と状況を話した。
キムラスカ・ランバルディア王国の者ではないとはいえ、彼らがこの場の言い逃れのために、嘘をつくわけがなかった。
「そんな…そんなことまで……」
語られた真実が衝撃的すぎて、アルバインは呆気の言葉に捕らえられる。
他にも何か言いたいことがあるのだが、口をぱくぱくとするだけで音が出てこない。
「もっと身辺は綺麗にすべきだったな、この国は。」
それに追い討ちの言葉をガイは加えた。
式は完全に、崩れた。
参列する者の中にも盛大に衝動が駆け巡って、「まさか」の声や「もしかして」の声も入り混じる。
「大変です!」
そんな中に、ガシャガシャと鈍い甲冑の鳴り響く足音と共に、兵の一人が騒ぎを伝える。
神聖な式の真っ最中で、本当ならここで声を上げるなんてとても出来ないことではあったが、黙っているわけにもいかず伝えに来た。
「今度は、何事だ?」
ジェイド達の登場と言葉に混乱状態だったアルバインだったが、何とか振り絞って言葉を上げる。
本当なら、無礼者!と叫ぶところであったが、そこまで冷静に頭は回らなくて状況確認に意識が飛ぶ。
「城の外に、民衆が!!」
慌てふためき、兵は二の句を次げた。
「…遅いですよ。やっと連れてきましたか。」
ボソリと呟いたジェイドの小声は、次の喚声によって見事にかき消された。
「私たちはナタリア様が、キムラスカ・ランバルディア王国に名を連ねるから、支持してきたわけじゃない!」
「ナタリア様は、貴族じゃない俺たちを一人の人間として見てくれた。
だから、俺たちもそう思ってきた。」
「ナタリア様を認めろ!」
「再び、血筋に縛られる結婚は、断固反対だ!」
城の外からなのに、確実に現実に聞こえる民衆の叫声が、様々に響く。
老若男女問わずに入り混じる、本当の声。
誰が導いたのはわからない。
でも、偽の王女疑惑で湧いたバチカル事件と同等…いやそれ以上に民衆も湧いた。
これだけは、譲れない。決まった気持ちが確かにココにある。
その意思と思いを、自らの口で放つ。
「ええい。警備の兵は、何をやっている!?」
あまりの総崩れに、アルバインが苦し紛れの叱咤を投げた。
無理に推し進めた式だという認識は確かにあった。
でも、これも国の為と国を思いやったこと。
キムラスカ・ランバルディア王国の繁栄を願いやったことは全て裏目に出てしまったなど、そう簡単に思いたくはなかった。
「申し訳ありません。ですが、兵士という職務があっても我々も民の一人です。気持ちは同じです。」
頭を下げつつ、自分もまた民衆の一人として兵士は真意を口にした。
民を止めることは出来なかった。
「頭を上げて下さい。」
その兵にナタリアは静かに、歩み寄った。
「ナタリア様…」
兵は少し頭を上げて、ナタリアを見上げた。
「皆さん…ありがとうございます。私の信じていたものは、間違っていなかった。」
誰が悪いなんてことはない。
ただ、色々と食い違いがあって、自分自身も判断が正確には出来ていなかった。
でもこれだけは、確実に言える。
血筋が全ての時代は、終わった。
皆、同じ人間なのだから。
「国が民を治めるのではありません。民が国を治めるものなのですから。」
民が居なければ、国は成り立たない。保つことは出来ない。
それを忘れていた。
深層で抱いていた思いを、やっとナタリアは思い出した。
「ティア!ジェイド!アニス!ガイ!」
近づいてきた仲間達の名を今度はきちんと呼んで、ルークは近寄った。
「ルーク、早とちりしすぎだよ〜」
間髪いれずに、アニスが咎め言葉を言う。
最初にルークにインゴベルトのことを伝えたのは、自分であった。
状況が状況だったので、仕方が無いのかもしれないが、まさかここまで急な行動を取るとは思わなかったから、心底驚いた。
「ごめん。それと、ありがとう。でも、どうやってみんなが…」
みんな一度は各々の職務に再び追われるために、バチカルを離れた筈だった。
悪いとは内心思ってはいたが、結婚のことを話さなかったのは、当然反対されると思っていたから。
仲間に納得のいくような理由を、ルークは用意出来なかった。
それで後で怒られるとはわかっていたけど、まさかこんな形で怒られるとは思っていなかった。
「私たちを堂々と、パシリにしてくれた人がいましてね。彼に呼びつけられました。」
「その本当に感謝すべき相手は、まだここには来てないわ。」
「そうだな。でも、あっちの先導も終ったと思うから、そろそろ来るぜ。」
「え?」
仲間の言葉口々に上がる人物が誰だかわからなくて、考えることが出来なくて、ルークは戸惑いの声をあげる。
この一癖ある仲間たちをまとめあげた、人物がいるとするならば。
それは…
ギィ
礼拝堂の入り口の、その大きな扉は巨体に比例した音をかもし出す。
ほんの少し前にルークがそうやって入って来たときのように、入ってくる人物がいた。
ああ………
これが夢なら…早く覚めて欲しかった
瞬く間に、その瞳に溺れてしまうから
なぜ
ここにいるのか、ルークには全くわからなかった
彼はここにいる。
アトガキ
主役は遅れて登場する者……ベタ展開で、行きます。
2006/04/20
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