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鏡 に う つ っ た 約 束  27












すきだよ
だからこその“さよなら“もあるよね















ピシッと適度に糊のきいた正装に、ルークは身を通していた。
余す光を全て取り込むような白地の軍服めいた正装は、短くなった紅蓮の髪にもよく映える。
縁を彩る金糸の刺繍が、更に煌きを増していた。
普段は公爵子息としてというより、気軽な動きやすい格好をしていたので、たまに着る正装に窮屈を結構感じる。
そんなことにも、これからは慣れなくてはいけないなとルークは思った。





アルバイン内務大臣にナタリアとの結婚の意志を告げたルークは、次に屋敷に戻り両親へと同じ事を告げた。
理由は何も言わなかった。
でも、インゴベルト陛下が倒れていることや、城下町での騒動は両親の耳にも周知入っていたので、ルークの心中は察しされていた。

まったく後押しをされていないのか、と聞かれたら嘘になる。
自分に出来るのだろうか、本当に務まるのだろうか、と思っていた。
いや、やらなくてはいけない。



念を押してシュザンヌが心配している間、夫であるファブレ公爵は終始無言であった。
どうしてもルークの意志は変わらないと判断したファブレ公爵は

「本当にお前が選んだ道ならいいだろう。後悔をしないならば。」
と言葉の餞だけを放った。

それが、ありがたかった。








正装への着替えを着々と済ませ、最後に白い手袋をはめる。
本当に極限になると緊張という状態は通り過ぎて、心が整然としすぎていて何だかおかしい感じがした。

準備は整った。



あとは城に行き、そして
望まれた未来が待ち受ける。








自室を出ようと、振り返ろうとしたときだった。

「何だ…これ?」

窓際に整然と置かれているノートが脳裏に入る。
結構乱雑に物を置いてしまうルークだが、そのノートだけはきちんと配置されるように存在していた。
自分が置いたという記憶はないし、こんな置き方もしないとわかっていたので、誰かが置いたものであろう。
捲り難いので一旦手袋を外し、そのノートを持ち上げた。
それはおぼろげに見覚えがある装丁で、diaryとフォニック言語で書かれた文字を見てやっと思い出した。

「あのときのか。」
閃いて、納得の呟きが漏れる。

随分と前だがアッシュとルークが一つの身体にあった時、何とかアッシュと交信したくてルークが思いついた手段。
返信がなく落胆だけを覚えた、あの日記だった。
タルタロスでケテルブルクやアブソーブ ゲートの移動中に書いていただけだったので、それ以上に色々なことがありすぎて記憶が奥の方に追いやられてしまっていた。
記憶喪失…というか自分で記憶を閉じ込めていた間、この日記がどうなっていたのか知らないが、タルタロスに置きっ放しにしていたので大方ジェイドが、気を使って届けてくれたのであろう。
今度会うことがあったら一言礼を言おうと思いつつ、ルークは表紙をめくった。

あまり長々と書くような日記ではなかったため、どの日も端的に書いてあるが、その内容を全て覚えているわけではない。
今となっては随分とまた馬鹿なことをしていたと苦笑しつつ、ルークはページを捲っていった。
パラリと紙が重なり合う音が鳴る。



内容が薄いから読み返す時間は短い筈なのにその規則的な音が、ピタッとあるページで止まった。
あまり書いていない日記の、ルークが最後に書いた日のページだった。

“会いたい”

そう書いた、アッシュに会いたくて堪らなかった最後の日の文末に
見慣れない簡素に書かれた流麗な文字が、綴られていた。

自分の文字ではない。
それだけしかわからない筈なのに、なぜか誰が書いたのか、すぐにわかった。








“おまえ自身にその価値を見つけたなら、考えてやってもいい”



思わず声を外に出さないように、口をルークは手で覆った。
うれしくて、どうしようもなくて、穏やかだった気持ちが一気にかき乱された。
もう揺らぐことはないと思っていた決心が、僅かに揺れる。

でももう後戻りは出来ないから、これが糧となる。





「背中を押してくれて、ありがとう。」

届くわけがないとわかっていたが、それでも壁にでも向かってでもルークは言いたかった。



この思いが叶わなくても、道が定まって、いつか彼に認めてもらえるなら。

そしたら…また、会うことが出来るかもしれないから。








さあ、足を進めよう。

俺の道は…王族としても、一人の人間としても、この国を守る。

彼も守ろうとした、この国のために。民のために。



自分で決めたのだから、誰かのせいにはできない。
何かを犠牲にしたとも、もう思いたくはなかった。





















未だ、インゴベルト陛下に回復の兆しは見えないらしい。
もちろん考えたくはないが、崩御してからでは何もかもが手遅れになってしまうかもしれない。
キムラスカ・ランバルディア王女であるナタリアと、オールドラントを救った英雄でもありキムラスカ国軍元帥の子息でもあるルークの結婚は、本来ならば大々的に告示され国の総力を挙げての式の取り決めがおこなわれるものではあるが、それでは時間がかかりすぎた。
内々の儀としてだが、秘密裏に式の準備が早々と進められた。








バチカル城の礼拝堂横の待機室にて、その時を待つルークに、バタバタと騒がしい音が耳に入った。
音を十分に吸収する上等な絨毯の上での、足音だった。



コン コン コン

「ルーク様、失礼致します。ナタリア殿下を、お連れ致しました。」
そう言って入って来たのはアルバインで、言葉違わずにナタリアを伴っていた。



「ルーク、一体どういうことですの!私とあなたが結婚だなんて。」
アルバインを少し押しぬけるぐらいの勢いで入ってきたナタリアは、そう叫ぶように言った。

直前になって告げられたのだろうか。
いつものナタリアの服装よりは派手さはないが、それでも確実に花嫁とわかる純白のシルクのドレスに身を包んでいた。
怒りを少し含んだ様子で来たらしく、隙間なく結わえられた髪が近くに寄らないとわからない程度の乱れがあった。
インゴベルトのことがあり冷静な状態にはなれなかったようで、その軽い錯乱状態に新たに混乱が混じる。

「ナタリアが、こういうことが嫌いだとはわかっている。
でもこれは必要なことだから、突然でごめん。」
ナタリアの反応は、尤もであった。
こんなに突然に未来が決められるだなんて、火急だとも思うであろう。
でも、耳には聞こえない筈の、城下町の騒々しい音が入ってくる幻覚。
みんながナタリアを望んでいる証だ。
それを潰す訳には行かない。
ここでキムラスカが躓いたら、折角守ってきたオールドラントに小さな亀裂が入る。
それはやがて大きくなり、取り返しがつかなくなってしまってからでは遅かったから。



「私は、玉座につくために国に尽くしてきたわけではありません!」

偽りの王女だと知って、血の存続のことを考えたことが全くないというわけではなかった。
いずれかは考えなくてはいけないこととして、心の隅のわだかまりとしてあったもの。
心の一番弱い点を突かれて、ナタリアは高音を上げた。
「わかってる。だから、ランバルディアの血を引いていない王女だとしても、今まで誰もがナタリアを認めてきた。だからこそ、やっぱりナタリアはこの国に必要なんだ。」



「…私はそれでもかまいません。でも、あなたはそれで本当によろしいの!?」
王室に入れば、嫌でも国に縛られる。
長年の監禁生活、レプリカの世界を阻止するための旅、それが終わって、死んでしまったかと思ったら生きていて。
やっと自分の手で未来をつかめるのに、また自分を犠牲にするような道を選んだルークに、ナタリアは最後の問いかけをした。

「ああ。
頼りないかもしれないけど、俺も精一杯手伝うから。」

ルークは腹を割って、わりきった。
そう決めた以上、出来る限りのことはやる。
それでオールドラントの平和が保たれて、自分が殺めてきた命が少しでも報われるなら、これ以上のことはないだろう。



国を思う気持ちは一緒だから、きっとうまくやれる。








「真実を知っても、私が本当の立場を弁えずに甘んじてしまったのが、そもそもの原因なのですね。巻き込んでしまって、ごめんなさい。」

こんなことになるとわかっていたら、もっと色々と何とかしていた。立ち回っていた。
インゴベルトの娘として居たかった自分の傲慢が生み出した結果がこれなのだと、ナタリアは深い後悔に溺れそうになった。



「そんなことを言ったら、俺だってアッシュのレプリカで本当じゃない。それでも、望まれて必要とされるなら。俺はそれに答えたい。」

お互いの傷を舐め合うような真似はしたくない。
だから前向きに、進みたかった。

周りの期待に、必ず応えなくてはならないというわけではない。





でも、ルークが本当に叶えたいものは、もう過ぎ去ってしまったから。








これが…これで、いいんだ。


















「さあ、行こう。」








ギィ

その扉を、ルーク自らが開いた。

















さ よ な ら




声にならない最後の叫びを、心の中で放つぐらいは

…許してくれるだろうか






















アトガキ
次は、式です。
2006/04/13

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