人にどんなに左右されたとしても、結局最後に選び取るのは自分
「俺が…ナタリアと」
結婚?
あまりのことに、その言葉をルークは口に出すことが出来なかった。
軽く頭の中がパニックになる。
やがて言葉が頭にじんわりと浸透していったが、だからといってすべてが解決の道には進まなかった。
「動揺されるお気持ちはわかります。それに本当ならば、アッシュ様がというのが本筋でしょう。」
続けて話す理由が追い討ちをかけるように、アルバインはアッシュの存在を思い出させた。
「そうだ。アッシュじゃなくて…俺?」
ナタリアと釣り合うような年代のキムラスカ・ランバルディアの血を引く男児は、たしかにアッシュとルークしかいない。
エルドラントにてルークもアッシュも生死不明となってしまい、婚約などというしがらみは一旦無くなったであろうが、二人とも生きているとなれば永続の話が出てきてもおかしくはない。
ナタリアの婚約者は、元々オリジナルである“ルーク”のアッシュである。
先とか後とかそういう簡単な問題ですませられるようなことではないが、条理を考えればアッシュがということに行き着く先があった。
「そうです。アッシュ様のご動向は、こちらでも確認させて頂きました。今はローレライ教団にてレプリカ保護に努めているとか。行き違いになり、今回の事態の連絡がアッシュ様にまだ届いていないのは、むしろ好都合です。」
「どういうことだ?」
アルバインはアニスの報告を聞いたのだろうが、まだアッシュにも連絡がついていないというのは、ルークとしては驚きだった。
他の者が、火急に連絡をしたのだと思っていたから。
いくらベルケンドへ向かったとはいえ、連絡手段はいくつかある。
キムラスカ・ランバルディア王室の力をもってすれば、本気になれば容易いだろう。
なぜ、それをしないのか。
「正直なところ、アッシュ様でもルーク様でもどちらでもいいという意見はありました。しかし…
その命を張って、瘴気の脅威やエルドラントの侵攻からこの世界を救ったルーク様こそ相応しいと、我々は考えております。」
熱くその胸のうちを語った。
「あれは、俺だけの力じゃない。アッシュがいなかったら…仲間がいなかったら、出来なかったよ。」
レムの塔で死ぬと決めたのは、確かに自分かもしれないけど。
あれは、アッシュが死んでしまうなら。死んでしまうから。
そういう選択肢だったのもあったから、素直にそう言われても期待に応えられるような気持ちにはなれなかった。
自分ひとりで出来ることなんて、本当にちっぽけで。
最終的に世界を救うなんてことにはなるとは思わなかったし、世界のために死のうとも思ったわけではない。
「それでもです。」
アルバインはきっぱりと即答した。
「……ナタリアは、なんて言っているんだ?」
もちろん、ルークは決めかねていた。
結婚というものは建前上、両性の同意が必要である。
ナタリアがルークのことをどう思っているのかはわからない。
死んでいたと思われる二年間もあった。
だが、心の片隅には将来の自分の立場を視野に入れて考えたことがあるであろう。
全く同じ立場とは言えないが、どう考えているのか聞いてみたかった。
「インゴベルト陛下のこともあり動転していると思いますので、まだこのことはお伝えしておりません。しかし、国に民が一番望んでいるのはナタリア殿下であることは事実です。その時がくれば、ご決断して下さると信じております。」
ナタリアは、こういったことは嫌いだと思う。
“ルーク”の婚約者になったのも幼少の頃で、本人の意思ではないだろう。
それでも守るべきものがあるならば…どう動くのかと考えると、結論は見据えられるかもしれない。
「少し、考えさせてくれ…」
今のルークにはそれを言うのがやっとであった。
どちらとも、何も言うことが出来なくて、声を絞り出した。
容易く決断できるようなものではない。
「…実は、ルーク様とナタリア殿下のご結婚には、古参の大臣や貴族内でも一部反対派がおります。お早目のご決断を、お願いいたします。」
時代は常に、新しい風がくるのを拒む。
そのことに釘を刺して、話が最後の終わりになった。
ぐらりと揺れる身体を押して、おぼつかない足取りでふらりとルークは城を出た。
比較的強風の部類に入る風が外を旋回し、木々の葉を揺らす。
どんなに綺麗な風にさそわれても、ルークの頭は清々とはならない。
屋敷に戻って、両親と相談しようかとも思った。
でも、両親は…結婚を強要したりはしないだろう。
なんとなく言われることがわかって、でも自分で決めなければいけないことだから、ルークは一人になることを選んだ。
昇降機を一つだけ降りると、見晴らしのよい場所にでた。
空気が澄み渡っていて本当に遠くまで見ることができたけど、それでもこの国のすべてを見渡すことは出来ない。
広大なキムラスカ・ランバルディア王国の領土。
この国を背負うことが出来るのだろうか。
そして、本当に見据える先はキムラスカだけではない。
オールドラント全体をも視野に入れなければならなくなる。
今までは、死ぬと思っていたから特にこれからを考えてはいなかった。
でも、生きていてこうやって漠然と選択が与えられて、覚悟がまだ足りなかったのだろうか。
アクゼリュスの罪は未来永劫償っていくつもりだ。
オールドラントの平和のために尽力すれば、アクゼリュスの二の舞も再来しないだろう。
それも、償いの一つの道であることは確かだ。
力量はないかもしれないけど、思いがあれば…
アッシュなら、どうしただろう。
アッシュなら迷わないで、選んだのかもしれない。
もし、もしも。
アッシュとナタリアが結ばれたら…
そのこそ、ルークの身は引き裂かれるであろう。
だから、この状態をほんの少しだけホッとしている自分は、やっぱり嫌なのかもしれない。
そうやって、ルークは目線を下に落とした。
「ん?なんだろう…」
特に視野に何かを入れるつもりではなかったのに、城下町の異常に目が追いやられた。
いつも賑わいのあるバチカルの城下町ではあるが、普段の賑わいとは違う騒がしさと人ごみがあった。
ここでこうやって、上から見下ろしただけじゃわからない。
さらに下に降りる昇降機へと、ルークは足を急がせた。
ガタンっと昇降機が到着すると、言い争いとは違うが不安に満ち溢れた声が、城下町に溢れていた。
店を開いて商売をしている店主たちさえも、そちらをないがしろにして話に加わる。
母親に連れられているのであろう子供は、事態をわかっているのかわからないのかは判断しにくいが、静かに黙って立っていた。
何があったのか、とルークが原因を探ろうと昇降機を降りた時だった。
「あの。もしかして、ルーク様ですか?」
と、女性に恐る恐る尋ねられた。
「え?」
いきなり声をかけられてきょとんとしてしまいルークは、はいともいいえとも言えなかった。
直接姿を見せなくとも、赤い髪と緑の瞳を持っているルークの一般認識度は、ルーク自身が思っているより高い。
ましては上から降りてきたこともあり、拍車がかかっていた。
「これは、本当なのでしょうか?」
王族を騙るのは罪とあたる。
はっきりとした返事をしなかったルークの反応を見て本物だろうと思った女性は、ビラをルークにおずおずと差し出した。
それは本当に簡易な紙で、書かれた文面も端的であったが。
問題はその内容であった。
「なっ…」
驚いて開いた口を、ルークは咄嗟に押さえた。
号外というより、卑俗な内容―――
インゴベルト陛下が病に伏せっていることや、ナタリアが王族の血をひいていないので王位を継げないかもしれないことが赤裸々に書かれていた。
どれも王室には非好意的な書き方で、不安だけを煽る要因としてしか成し得なかった。
「今、街ではそのうわさで持ちきりです。事実なのでしょうか?」
続けての疑問の声を女性が出して、ルークははっとあたりを見回した。
大量に配られたのであろうビラは街の至る所の地面にさえも撒かれていて、一部の人間だけが見たという状況では収まりきれないことを示していた。
しかし、ここでルークが見るなと言うわけにもいかない。
たとえ本当のことだろうとも、言えることではないのだから。
「悪いけど、これ一枚貰うから。」
それだけ大急ぎで女性に言って、ルークは城に戻った。
「アルバイン大臣!街でこんなビラが…」
つい数十分前に出て行った部屋にまだアルバインはいた。
しかし、今度は一人きりではなく数人の兵が共で、小難しい顔で話し込んでいた。
「ルーク様……我々もたった今、確認いたしました。」
おそらくそのことを報告しにきたのであろう兵士を部屋から下がらせつつも、アルバインはルークのほうに向き直った。
先ほどの緊迫した表情がより一層悪いものとなっている。
「一体誰がこんなことを…」
見せる必要が無くなったビラを、ルークは無意識にぐしゃりと握り締めた。
インゴベルト陛下が病に伏せっているなど、一般市民が容易に知り得られるようなことではない。
簡単な物とはいえ、あれだけ多くのビラを撒くというのは、何らかの組織か首謀者がいる筈だった。
「おそらく、反対派の仕業だと思います。
ともかく混乱が国外に洩れないように、何らかの対策を検討しています。これを期にマルクトとの関係が崩れたりしたら大変なことになりますので。」
「そんな…………マルクト…ピオニー陛下が、それで何かなんてしない。」
三国同盟は締結されたまま、均衡を守っている。
特にピオニーは、同盟締結前からキムラスカ・ランバルディアに歩み寄ろうとしていた。
いくらインゴベルトが倒れたからといって、また以前のような戦争が起こりうるような悪関係に戻るとは思いたくはなかった。
「ピオニー陛下はそうかもしれませんが、混乱に乗じて何かが起きてからでは遅いのです。」
恐れていた事態が起きてしまったと、アルバインは汗をぬぐった。
確かにバチカルだけでも、今はあの状態だ。
このまま放っておけば、民衆の混乱はキムラスカ全体にあっと言う間に広がるであろう。
頂点が崩れれば、土台だって被害をこうむる。
キムラスカ・ランバルディア王家がしっかりとした体制を取らないと、国の不安定に繋がる。
「つっ………」
ルークは言葉を詰まらせた。
ナタリアとの結婚を拒否しても、直接的にルークを責めるものはいないであろう。
でも、それでその後は?
この国の行く末は、どうなる?
俺が…俺が感情を押し殺せば
我慢が出来なくて、ルークはぎゅっと目を瞑った。
ごめん…
そう、心の中でいろいろなものに謝った。
本当に一番に謝ったのは、自分自身の気持ちへだった。
「わかった。俺が、ナタリアと結婚する。」
迷いの消失した瞳を開き、ルークはそう進言した。
そう決めても、アッシュが好きだという気持ちは変わらなくても
アトガキ
このお話は、アシュルクです。主張しとかないと、さすがに怖くなってきました…
2006/04/07
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