自分が望む想いと、周りに望まれた想い
どちらを選んだほうが幸せですか?
半強制的にひっぱられて行きと同じようにダアトを出たルークは、寄り道も休憩もせずにアニスと共にダアト港へ足を運んだ。
本当に経由だけを目的したかのごとく立ち寄り、そして予め手はずしてあったらしい船へと足早に乗船を果たす。
乗り込むとノンストップで船は発進をし、バチカルへと帆を上げて向かった。
ダアト港からバチカル港まではほぼ一直線且つ障害物もないので、運航は穏やかだ。
訳もわからぬまま連れてこられた変な疲れと息切れに、ルークは覆われた。
「アニス…そろそろ事情を話してくれないか?」
やっと落ち着けた船上の一室にて、ルークはその言葉を口にした。
船に乗るまでに何度か理由を聞いたが、アニスはその度に口ごもって急ぐとだけ言っていた。
誤魔化す様にテンションだけはいつものように高いが、肝心なことはだんまりとなってしまう様子はとてもいつもの様子とは思えなかった。
それに、本来ならばアッシュも一緒にバチカルへと向かう予定だったかのような発言も気になる。
アッシュがルークと共にバチカルへ来てくれるかどうかはわからないが、本当にそのような状況に立たされたとしたら辛いと思うから、傷口に塩を塗るような痛みがなくてほっとするような気もした。
しかし、反面にはもしかしたら拒否をされたけどアッシュの傍に僅かにでもいられることが出来たかも知れないという感情もあった。
一体自分は、いつからこういう感情を都合よく持ち合わせるようになってしまったのだろうか。
嫌悪感に苛まれた。
人のいないがらんとした船室だが、アニスは一応あたりを見回した。
一通り確認をすますと、やっとルークの方を見た。
「さすがに、大丈夫かな。
本当は、私なんかが伝令役ってありえないんだけど…正式にやってると時間はかかるし、たまたま私がナタリアと伝書鳩のやり取りしていたから頼まれて………」
そこまで区切ってアニスは一旦、息を飲み込んだ。
そして、もったいぶるとかそういったレベルではないほどの重い口を開けた。
「インゴベルト六世陛下が病に倒れたって。
それで、ルークと出来たらアッシュをバチカルに向かわせるように言われたんだ。」
「陛下が!?どうして。」
本当に想定さえもしていなかったことで、ルークは声を荒げて驚いた。
ユリアの預言は第六譜石まではほとんどが的中し、後日に外れたと明確に言えるのは第七譜石だけだった。
外れることのないと思われていたユリアの預言によって死ぬことを望まれたが、誰だって死ぬことを良いと思えるはずがなかったし、国のために決断したのだから一概に悪いとも言えない。
そしてレプリカである自分をも甥と認めたインゴベルトに、家族と同等の親をルークは抱いていた。
「元々体調が悪かったらしいけど、私も詳しくは聞いてない。」
酷な事実だけしか、わからない。
そういえば、記憶のない自分の晩餐会に参加が出来ないということをナタリアが言っていた気がする。
何でそのときに、素早く気を回すことができなかったのであろうか。
今更、悔やんでいてもしかたがない。
「…わかった。バチカルに戻ったら、急いで城へ直行する。」
親類を呼ぶような事態ということが、ルークにも全くわからないわけではない。
不安に駆られながらも一蹴をして、気持ちだけが焦っていった。
とんぼ返りしたバチカルは、出たときと変わりはなかった。
港も街もいつもどおりの色を見せる。
国の王が病に倒れたなどということは、そう簡単には公表できることではない。
病状が安定するまで、公言は法度とされる。
だから、アニスも船上という場所を選び、漏れに気をつかった。
翔って城へと向かうと、待ちかねたかのごとくメイドが一室へとルークとアニスを案内した。
さすがに城内で走るという行為は出来ないが、かなり早足で廊下を歩いた。
「「ナタリア!」」
その後姿を見て、少し大きめな声をルークとアニスはした。
「ルーク………アニス…」
振り返って弱めの音を出したナタリアは、いつもの煌びやかな衣装とは違って必要最低限の身を整えているだけであった。
いつもは気丈に立ち振る舞う様子を見せるのに、その目尻は赤く染まり、蒼白の顔色を見せる。
「陛下の容態は?」
通された部屋に、インゴベルトはいなかった。
顔も見ることができないほど不味い状態なのだろうか、とルークは落ち着かなかった。
「それが…医師団によりますと、意識もありませんし原因もわかりませんの。もしかしたら、うつる病かもしれないから近くで励ますことも出来なくて…」
そこまで口に出して、ナタリアは影を落とした。
「ナタリア様、少しおやすみ下さい。もう三日も、ろくに寝てはいらっしゃらないではないですか。」
そのあまりの様子に、側に控えていたメイドが、差し出がましいとは思いつつも声をかけた。
主人が弱っていく様子を何も出来ないで、見るのは耐え難いことだったから。
「いえ。こんなときこそ、お父様のかわりに私がしっかりしないといけませんから。」
メイドの気遣いにナタリアは表面上だけ強がってみせた。
それは誰の目からも、見るに忍びなかった。
「陛下が元気になったときに、ナタリアがこんな状態だったら悲しむに決まってるだろ?心配なのはわかるけど、本当に休んだ方がいいと俺も思うよ。」
「そーだよ。ナタリアまで倒れちゃったら、どーするの?」
何とか身体を休めて貰おうと、ルークとアニスは立て続けにナタリアを説得にあたった。
なんとか「うん」と言わないナタリアの首を縦にふらせようとする。
「…ルーク様、お時間よろしいですか?」
そんな折にルークに声をかけてきたのは、キムラスカ王国の内務大臣であるアルバインであった。
いつもインゴベルトの側にいたアルバインがやって来て、ルークは身体をそちらへ向けた。
「アニス。ナタリアについて行ってやってくれ。」
「うん。わかった。」
そしてもう一度精一杯ナタリアを諭して、ルークはアルバインの元へと向かい部屋を退室した。
アルバインに通されたのは城の奥に位置する一室で、元からその場には誰もおらず、部屋には二人きりとなる。
誰が待ち構えるわけでもない、ただ話をするための部屋。
「ナタリア殿下から、インゴベルト陛下のご容態はお聞きになられたようですな。」
「ああ。本当に、陛下は…」
ルークは、言葉が続けられない。
そんな最悪な言葉を口に出すのも、本当は考えることさえもしたくはないのだから。
話をしているのに相手の顔を見ながらという状況を保てなくて、目下の嘆美な絨毯へと視線が追いやられた。
「このような事態になった以上、我々はルーク様にご決断を求めたいと思っております。」
この場では、アルバインただ一人しかいないのに使われたのは複数形で、何かの総意であることを物語っていた。
「決断?」
慣れない言葉にルークは聞き返しをした。
「現在、ナタリア殿下が第一王位継承者であり、インゴベルト陛下がご崩御されたらナタリア殿下が王位を継ぐことになります。」
はっきりと、その言葉を口に出した。
「今、そんな話…」
説明から入ったその言葉は故意ではないだろうが事務的にも聞こえて、余計に気分が落ちた。
インゴベルトが亡くなる前提の話なんて、縁起でもないことだったから。
まだ決まったわけでもないその事を口に出すのに、ルークは咎めた。
「酷なことかもしれませんが、我々は常に最悪の可能性を考えなくてはいけません。」
もちろんインゴベルト陛下が健在であることが、最善で最良である。
しかし、もしもという現実は迫っているからして、こういったことは早めに取り決めしなければいけない。
大臣や側近たちだって、悲しんでいるばかりでは駄目なのだ。
感情だけでは、確かに国は動いていかない。
「ナタリア殿下は、民衆の支持もあり自他共に認める立派な方です。ですが……」
「何か問題があるのか?」
揚々とルークを呼びつけたわりに、アルバインは話すのをためらった。
それを促すために、ルークは尋ねた。
「ナタリア殿下はキムラスカ・ランバルディア王家の血を引いてはおりません。
そのままでは、永きに渡ったキムラスカ・ランバルディア王家の血が途絶えてしまいます。」
そうだ。ナタリアは本当は、乳母の娘であるシルヴィアとラルゴ…バダックの娘。
赤ん坊のころに取り替えられて、インゴベルトの娘としてキムラスカ・ランバルディアの王女として国やオールドランとの為に尽力してきた。
「でも、血なんて…」
ランバルディア王家の証として、伝えられている節がある。
いにしえより ランバルディア王家に 誕生する正当な後継者は
赤い髪と緑の瞳を 併せ持つものだけである。
その証を以って ランバルディア王家の一族と認め
これを王位継承の最優先事項とする
血に拘ることが大切なのか?
ルークも王族の一員として育てられてきたが、実感がわからない。
でも、確かに歴史をつぶすこともできない。
「ですので、ルーク様にご決断なさって欲しいのです。」
説明は終わり、アルバインは再びその言葉を繰り返した。
瞳をきちんと開いて、結末の言葉への序章が終わった。
「一体、俺に何を求めているんだ?」
最後の確認の言葉をルークは放つ。
何を言われるのか冷静なら少しは想像がついたかもしれなかったが、頭の中が真っ白になった。
「ルーク様には、ナタリア殿下とご結婚なさって頂きたいのです。」
周りが望む道が あった
アトガキ
2006/03/30
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