彼は、どうしようもない恋に溺れた
同じ、この空間に存在を許された。
たとえ、一瞬でも
「何をしに来た?」
いくらアッシュと言えど、ルークがダアトまで来たことは予想してはいなかったのであろう。
驚きのあまりかどうかは良くわからないが、しばらく押し黙っていたが、しかめた顔をしつつぶっきらぼうな言葉をルークに投げた。
歓迎の意図なんて微塵も見せる気配はない。
「まずは謝りたくて…ごめん。そして、色々とありがとう。」
謝罪と同時に、感謝の言葉も出る。
アッシュが、ルークの意識を取り戻そうとした理由は大体わかっていた。
それでも…自分のために駆け回ってくれたことがうれしかった。
そう思う自分は、汚いのかもしれないけど。
「礼を言われる筋合いはない。共倒れするのも、俺だけ生き残るのも、癪だっただけだ。」
別にルークの為にやったわけじゃないがの如く、言い放った。
「うん。わかってる。でも、やっぱりありがとう。」
アッシュがそう返すことは、ルークは何となくわかっていた。
アッシュがアッシュの為にやったことだろうと、ルークがうれしかったのだから。
お礼は言いたくて、その言葉を繰り返す。
「だから、また髪を切ったのか?」
ルークの度重なる礼に特に答えるつもりはない。
少し視線をルークにうつして、出た言葉はそれだった。
やっぱり気になることなのであろうか。
アニスや他のみんなにも言われたことを、アッシュにも言われた。
「ああ。これで全てが許されるだなんて思ってはいないし、過去の俺と完全に決別したわけじゃない。受け入れて受け止めたつもりだ。」
新たな決心を、今度はアッシュの前ではっきりと口にする。
アクゼリュスのことはルークの精神的外傷として深く刻まれている。
だが、あくまでルークは加害者なのである。
被害者の苦痛を認めなくてはいけない。
逃げることは許されないのだ。
「記憶を失くしていたときのことを覚えているらしいな。お節介なおまえの仲間が、わざわざ伝書鳩を飛ばしてきた。」
「え…あ、うん。」
どんな内容だか詳細まではわからないが、自分の意識が戻ったことをティアがアッシュにも伝書鳩を放ったのだろう。
そう問われるのは少し意外であったが、戸惑いつつもルークは肯定をした。
その苦い思い出に音が下がる。
「覚えているなら、もういい。一回殴ったから、気もすんだ。おまえは、さっさと屋敷に戻るんだな。」
呆れたように、アッシュはその拳の力を抜いた。
記憶を失くしたルークをグランコクマで殴ったときは、まだ力が有り余っていたがさすがにそれは萎えた。
ルークが自殺しようとしたことには、その一回でもうケリはつけたつもりであったし、記憶を自ら失ったことも覚えていて反省の意図があるならもうよかった。
「アッシュは………もう屋敷には戻らないのか?」
ティアから、アッシュが再びローレライ教団に身を置く理由は聞いた。
一応は、ルークも納得もした。
しかし、アッシュが望めば幼少の頃にあったキムラスカを治めるという本来の道を真っ当することが出来るのだ。
ヴァンに誘拐されて止まってしまった十年前より絶たれた道を、改めて歩むことが出来る。
アッシュの決断と行動の早さには敬服さえもするが、以前のように時間がないというわけではない。
もっとじっくりと考えからでも良いと思った。
「屋敷には戻らない……そう言ったはずだ。」
その言葉をあくまでも繰り返す。
ルークの記憶を失った際に仕方なくバチカルの屋敷に再び足を踏み入れたが、あれも一時的な物であり、そのまま居座るつもりは毛頭なかった。
アッシュにとってあの場所は、十年前のあの日から戻るべき場所という認識から外れてしまったのだから。
「今更、キムラスカの国政に感知するつもりはないし、おまえがやりたければ勝手にやればいい。」
アッシュとルークの二人の存在でキムラスカ・ランバルティア王国の王位継承権などが曖昧になってしまった。
そういったものを逸脱するために、アッシュは正式に国に王位継承権の返上をした。
ルークに全てを譲り渡したというわけではないが、もうアッシュはその地位に固執するつもりはなかった。
「俺は……」
ルークはその言葉を続けることが出来なかった。
進む道は未だ定められていなかったから。
いや、進むべきと望まれている道はある。
屋敷に戻ってファブレ子爵として公務を全うし、キムラスカ・ランバルティア王国への尽力を尽くすことであろう。
戦乱の酷さをこの目で見たルークは、二度と戦争を起こそうとは思わない。
キムラスカ・ランバルティア王国を正当に治めることが、オールドラント全土の平和にも繋がる。
ルーク・ファン・ファブレという場所は確立した。
だけど、アッシュ・フォン・ファブレという場所もあるのだ。
オリジナルであるアッシュとレプリカであるルークが世界を救ったのは、誰もが認めている。
二人の存在は、世界に認められたのだ。
だから、出来ることなら一緒にいたかった。
「父上や母上は…表面上は納得しているけどやっぱりアッシュには戻って来て欲しいと思ってる。それでもか?」
アッシュの決断を寂しそうに受け入れた両親。
ヴァンの手によってではあるが、入れ替わったオリジナルとレプリカを見抜けなくアッシュの存在を軽んじて見てしまったことは永遠の罪である。
一度手放してしまった子供をもう一度引き戻す権利はない。
だから甘んじて受け入れた。
それでも、やはりアッシュはファブレ公爵とシュザンヌの子供なのである。
親にとって、子供はいつまでも子供なのである。
いつかはひとり立ちをしてしまうものだとはわかっているが、アッシュと触れ合った時間はあまりに短かった。
出来ることならやり直したい、という気持ちが蔓延していた。
「別に、父上や母上に不満があるわけじゃない。」
両親のことは、さすがのアッシュでも気が咎める点であった。
度重なる再会にて、何度も謝られた。
ユリアの預言を遵守させるために、死の道を歩ませようとしたこと。
親らしい態度で接することが出来なかったこと。
入れ替わりに気づけなかったこと。
だから、もうそれで十分だった。
いつまでもあの過去を引きずりたくはない。
「なら、俺に不満があるのか?俺がいるから、駄目なのか?」
本来生まれるべき道ではなく、生まれてきたルーク。
アッシュのレプリカとしての存在でしかなかった筈なのに、アッシュと同等に存在が認められてファブレ子爵としての地位も得ている。
オリジナルのアッシュから見てそれは、気に入らないのだろうか。
やはり相容れぬ存在なのだろうか。
アッシュとルークが同じように共に過ごすのは。
「俺もおまえも生きている。もう、それで十分だろう。俺にかまうな。」
生きていさえすれば良いと思った。
失っていた記憶も戻った。
もう…アッシュがルークに望むものは、何もない筈だった。
だから、ルークがアッシュに望んでいるものもない。と盲目していた発言だった。
アッシュとルークの意識は繋がっている。
でも、わかるのは表面的な視覚などの五感だけである。
その心までわかるわけじゃない。
なぜこんなにも、ルークがアッシュに付きまとうのか…
アブソーブゲート下の地核にて、ルークが死を選んだ本当の理由もアッシュはわかろうとしなかった。
「かまうよ。」
すぐさま、ルークは異を唱えた。
ルークにとっては、自分とアッシュが生きているだけでは駄目だった。
より、望んだものがあるから。
この想いを告げれば、どうなるかわかっていた。
でも、この湧き出る感情を押しとどめるのは不可能だった。
「俺は、アッシュのことが好きだから。」
続けて出た言葉が、望んだものだった。
他の誰でもない…アッシュのことが好きだ。
ココに存在する理由がないように、好きなことにも理由はない。
アッシュがココにいるから、ルークもココにいる。
ただ、この感情が心にあった。
これだけが、紛れもないルークの気持ちだった。
口に出して、伝えて…
想いは、更に無限に広がっていった
彼が好きで恋しくて、もう…どうしようもなかった
アトガキ
次は、返事編。アッシュ視点かな…
2006/03/19
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