彼は死んだ 世界は救われた
何もかもが解決したというわけではなかった。
でも、たしかに世界は再蘇への道へと進んだ。
犠牲の上に成り立って
彼がいない、二年という年月はあまりにあっさりと過ぎてしまった。
タタル渓谷に集まった各々は、終始無言だった。
とくに集まる約束をしていたというわけではないが、みんながいたということには誰もが驚きはしなかった。
そんな中、ティアの発する大譜歌だけが月に向かうように、渓谷にこだましていた。
月夜に照らされて、両脇に光る岩壁に風が通り抜けていく。
夜にしか咲くことのない月光花であるセレニアの花の白さだけが地面を覆い、まるで月の光を集めているように煌きすぎて眩しかった。
エルドラントの残骸が残されたままの遠方は、どこまでも無常だった。
「そろそろ帰りましょう。夜の渓谷は危険です。」
大譜歌が歌い終わると、みんなの存在を確認する会話をいくばかか交わしたが、ジェイドが帰りを促す言葉を出した。
無言で了承して、ティアは座っていた岩を降りた。
その言葉に全員も従うように、後ろを向いた。
カサッ
掠れるような僅かな音がした。
それは、自分たちが歩いたから発生したのではなく、違う方向からの音だった。
サクッ サクッ
小さな足音が聞こえたのだ。
たしかに
ゆっくりと、でも確実にやってくる。
確かめる為に振り返ると目を見開いて、誰もが動けなくなった。
「どうして ここに」
震えた声でティアは尋ねた。
本当はもっと一番に言いたいことがたくさんにあった筈なのに、これしか聞きようもなく、声が出ない。
その存在を確信に変えたくて、なんとか振り絞った。
「ここからなら、ホドを見渡せる。それに…約束してたからな。」
月をバックにしていた影が現実となった。
彼がいた。
ただそれだけで月がどこまでも綺麗で、もうそれで十分だと思った。
ある者は涙して駆け寄る中、ジェイドだけがうっすらと肯定の笑みを浮かべた。
祝福の風が辺りを撫でて回った。
世界は彼を見捨てなかった 助けた
「ルーク!」
久しぶりに名前を呼ぶというのが、これほどうれしいことはなかった。
彼がいない世界で彼の名を呼ぶことは、まるでいないことを認めたことのようだったから。
「ずっと…ずっと、ずっと待ってた。」
「うん、戻ってきた。」
長かった。
でも、必ず戻ってくると信じていたから…耐えられた。
「んもう!遅いよ。」
「全くだ。待ちくたびれたぜ。」
「やれやれ。随分と時間がかかりましたねえ。」
「私をここまで待たせるなんて、覚悟は出来ておりますわね?」
「ごめん。」
ああ、いつものみんなだ。
俺はここに戻って来たと、ルーク自身が今度は確信をした。
「んで。お前、二年間何やってたんだよ。」
「二年?あれから、そんなに経っているのか。」
互いの存在を確かめあった後、尋ねたガイの言葉にルークは驚愕した。
「今日はあなたの成人の儀なのよ。ルーク。」
「つーことは、俺二十歳なわけ?」
意外な年月の進みに驚くと同時に、身体をぺたぺた触ってみた。
成長しているのだろうか…正直、よくわからない。
とりあえず、髪は断髪をする前と変わらないほど伸びてはいるが、さして気にも留めてなかった。
「まさか、今までずっーと死んでいて、戻って来たのが今なわけ?」
たとえは悪かったかもしれないが、アニスが的確に突っ込みを入れる。
そんなことはありえないと思うが、あのルークが戻ってきたのだ。
絶対ということは絶対にない。
「それは違う…と思う。言われてみれば、二年は経っているかもしれない。」
「なんですか。その曖昧な返事は。」
矛盾をも生み出すようなルークの答えは、答えとしてうまく成立していなかった。
謎が謎を呼びすぎた。
「もう少し詳しく話して頂けませんが?あの後のことを。」
第二超振動を使用してローレライを解放して、ルークは生きられる筈がなかった。
ただでさえ、レムの塔で死ぬと思われていたのだ。
レプリカであるルークは、第七音素で出来ている。
ローレライを解放するまで何とか持ちこたえていたのは、閉じ込められていたとはいえまだこの世界にローレライがいたからだった。
そう何度も奇跡と呼ばれるものが集うものなのだろうか。
それとも、ルークに奇跡があつまるのだろうか。
「なんか所々が曖昧なんだけど…ローレライの鍵を突き立てると譜陣が発生して…そのまま飲み込まれていったんだ。
そしたら、アッシュが落ちてきて、俺はそれを受け止めて……」
そう言って、ルークは一度言葉を区切る。
泣きたいくらいに辛かった。
この後のことはわかっているのに、記憶がそれを拒否していた。
心もそれを認めていたが、深く沈んだ記憶を引っ張り出すように掴み取り、再び話だした。
「…アッシュは、酷く冷たかった。
俺が生きているから、アッシュはここにいないのかな。だったら…」
オリジナルだ。レプリカだ。と全てがそれではないとわかっている。
でも、俺が生まれなかったら…とどうしたって考える。
「ルーク!そのような考えをするのは、およしなさい。
アッシュの最後を看取ったのがあなたなのだとしたら、それはアッシュが望んだことだと、私は思います。」
「ナタリア…ごめん。」
気丈には振舞うナタリアではあったが、内心はわかる。
二年という年月は、そんなに簡単に心の整理がつくような時間ではないのだから。
「話を続けるよ。
音符帯へ行く前の最後に、ローレライが俺に語りかけてきた。
それを見送ると、どんどんとエルドラントが崩れてきて、それと一緒に俺の身体も崩れていくような欠けていくような感覚がした。
音素が分解していって、どんどん違うところに囚われるような感覚がわかって…ああ、バラバラになるなと思った。
でも、朦朧とする意識の中に光があったんだ。
それを掴むと、死ぬとか生きるとかそういう感覚とはべつの感じがして………
気がついたらどこかにいたんだ。」
「どこか?」
最後の部分だけ、まるでルークは他人事のように言った。
「自分はここにいる…とはっきりわかったのは、つい最近なんだ。
それまで色々なところには、行ってたみたいなんだけど。わからないんだ。」
これ以上は…とルークは断言をして話を止めた。
話を聞く限り、ルークの身に間違いなく乖離現象は起きている。
それなのに、なぜ今ここにいるのか。
それを知りえる鍵をルーク自身は持ち得てはいなかった。
「何とも言いがたい話ですが、記憶が飛んでいる……ということはあるかもしれません。」
「では、大佐。ルークはこれ以降も記憶が無くなることがあるということですか?」
レプリカだと知る前のルークは、記憶障害だと思われていた。
しかし実際は違い、元々昔の記憶はなかったのである。
本来ならば、記憶が頻繁に飛ぶということは無い筈であった。
「それは詳しく調べてみないとわかりませんが、最近になって治って来たというならば改善の方向へと向かっている兆しなのではないでしょうか。」
「そっか、良かったよ。折角戻ってきたんだ。みんなのことを忘れてしまうなんて、ごめんだ。」
過去の記憶があるという当たり前のことでさえ、うれしい。
それは未来を紡ぎだしていくものだから。
そう…この時、ルークを含め誰もかもの心は満ち溢れていた。
だから、この後のことが信じられなすぎて……すぐさま動くことが出来なかった。
「痛っ…」
眉間に一瞬寄せた後、ルークは左手を額に当てて苦痛に顔を歪めた。
頭が痺れるような、あの独特の眩暈がおこった。
「ルーク?」
何が起こったのか周りにはよくわからなくて、とにかくティアはルークに近づき、心配そうに名前を呼んだ。
「触るな!!」
近づいてきたティアを振り払う声。
信じられなかった。
これを言ったのはルークなのだ。
正常ではない音が聞こえて来て、それさえも受け入れることが出来なかった。
やがて身を少し屈めていた彼が立ち上がり、言い放った。
「ルーク・フォン・ファブレは死んだ。忘れろ。」
それだけ言うと、まるで野生にでも戻るかのようにその場を立ち去ってしまった。
ふいをつかれたからだろうか。
それとも安心しきっていたからだろうか。
あまりの出来事に、ガイが気を取り直して彼を追跡した時はもう既に姿をおぼろげにも見えないところまでになっていた。
彼は 姿を消した
「一体…どこでくるった?」
誰もかもが何も言うことが出来ない中、ジェイドだけが一人呟いた。
アトガキ
アシュルク連載。これからよろしくお願いします。
2006/01/14
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