認めようと思う程度で認められるなら これほど簡単なことはない
延々と続くと思われるような晩餐会にも、いつかは終わりが訪れる。
奏楽も区切りついた会場には歓談が立ち込めていたが、やがて時が経つにつれて別れの挨拶が交じった。
主催側も突発的なパーティーだったことを自負しており、お開きという名目は済ませている。
段々と人々の足並みが途絶え、賑やかとなったファブレ公爵邸はいつもどおりの静かさに包まれていった。
「眠い…」
あくびは一応押し殺したが、ルークは疲れはありありと表面にだした。
来賓も少なくなったところで、堂々とその言葉を口にする。
一気に色々なことが在り過ぎて不安定だったし、前日までは船旅でそれほど心地の良い眠りを得られたというわけではなくそろそろ身体もいっぱいいっぱいである。
ちやほやと持てはやされるのは悪くはないが、精神と肉体は別物で身体は正直だった。
「ルーク。」
人もまばらなので、たるそうに突っ立っていたら声をかけられた。
「ティアか。何だ?」
「私たち今日は宿屋に泊まるから、明日の朝また来るわね。そのとき、今後のことを話し合いましょう。」
「今後?ああ。俺、記憶がないんだっけ?いまいち、忘れてた。」
この屋敷に戻ってきたことで、ルークの中では全てが元通りに見えた。
しかも、今までのように軟禁生活を強いられることはないようで、今後は自由らしい。
ヴァン師匠がいないことは本当に残念だが、外に出ることが出来れば剣術以外にもやることが出来ると思うし、いつものように適度に勉強してやがてはこのファブレ家を継ぐんだろうなというくらいしか、ルークの認識にはなかった。
二度目の記憶障害とかW記憶喪失というくらにしか思っていないルークは、記憶に対して無関心だった。
そんなルークの様子を見て、ティアはひとつ寂しそうに息を落とした。
「あなたの部屋に…あなたが書いていた日記が置いてあるわ。それを読んで、そうすれば少しは……」
寂しそうに、名残惜しそうに言葉は続かなかった。
記憶がなくなって一番戸惑っているのはルークかもしれない。
それでも…
訴えかけるような瞳を残した後。
「じゃあ、また明日。」
と言って、ティアは去ってしまった。
「お、おい。ティア!」
何を言おうとしていたのか、ルークには良くわからなかった。
何で、そんな目で俺を見るんだ?
記憶を無くしてかわいそうなのは、俺じゃねーかよ!
そうやって、心の中で叫んでも鬱憤は冷めなかった。
一人だけ取り残されて、置いてけぼりにされたようだった。
むしゃくしゃした胸中は後を引く。
心配していた両親に、寝るとだけ単に言ってさっさと自室に向かう。
必ず通るべき場所である中庭をとてとてと歩いていると、視界の片隅に墓が入った。
「うげー。マジで墓があるじゃねーかよ。」
晩餐会で、さらりと耳で聞いたとおり、墓があることを目で確認して鬱な気持ちになる。
墓の前で一度は足を止めたがやっぱり長居などしたくはなくて、もう一つの墓には目もくれず自室へと足を向けた。
部屋に入ると、すぐさまベッドにダイブした。
このベッドが最高というわけでもないし、ルークは枕が替わっても寝れるタイプではあるが、七年間就寝を共にして来た部屋に愛着はある。
必要最低限に清掃はしていたようであるが、基本的にこの部屋はルークが出て行ってから何も変わってはいない。
ルークにとっては、変わったのは自分ではなく周りが変わったようにしか見えなかった。
それに着いて行かなければいけないようなのは、何だか面倒だ。
だらんとうずくまったベッドから這い出し、手を伸ばして窓際に置かれている日記を取った。
寝る前に書くという習慣がついているための行動ではあったが、いつもの日記とはまるで違うように見えた。
「何か書いてあるって、言ってたな。」
ティアに言われた微妙なことを思い出し、仕方なく最終ページを開くのではなくもっともっと前のページを開き、ルークは読み始めた。
バタンッ
と少し音を立てて、ルークは少し使い込まれた日記を閉じた。
どうしても釈然としない。
日記には、ジェイドに説明を受けたようなことがもっと事細かく書いてあった。
今までルークが書いてきた日記は殺伐としたものだった。
屋敷の中の生活にはそれほど変化はないのであまり書くことはないし、それにルーク自身もあまり重要には捉えていなくて真面目に書いていなかった。
この日記は、自分の字で書いてあるのは確かだが、他人が書いた日記のように感じた。
ミュウあたりが書いたんじゃねーのか?と、現実逃避さえしたくなった。
ドンッと日記を荒く戻し、ルークはシーツに包まった。
何も考えたくない。
意識を無理やり飛ばした。
「起きろ。」
また、同じように無骨に起こされた。
そしてまたあの世界には囚われたくなくて、会話が始まる前にルークはさっさと目覚めた。
「んあ?」
やっぱりあまり寝ていないようで、薄いカーテンの引かれた窓の外は暗いまま。
時間が経つことだけを望んだ、朝ではない。
そして目の前にいる男も、別に望んだわけでもない人物だった。
むしろ苦手意識満載である。
「おい、屑。何か思い出したか?」
薄暗い夜でもわかる、しかめた顔をしてアッシュは問いかけた。
「あーもう。うぜえなあ。あんた、そればっかだな。何も知らねえっつーの。
つーか、便利連絡網だっけ?それ、使うのやめてくんない。なんかキモい。」
とりあえずの不満をぶつけておく。
便利連絡網とアニスは名づけたらしいが、勝手に頭の中にやって来られるなんて、ルークにとっては迷惑以外の何者にも感じ取れなかった。
前々から偏頭痛もちではあったが、明らかな原因がいるとムカつく。
別にやりたくもないが、自分からはアクセス出来ないらしい。
尚更、一方通行なのが不満であった。
「それに、屑って何だよ?名前を呼べよ。」
屑などいう固定名詞が、色よい言語だとはさすがのルークも思えはしなかった。
ルークは、ルークという名前以外で呼ばれたことがない。
身に覚えのない、嫌なあだ名は付けないで欲しかった。
「俺は、おまえを認められない。」
元からその意思はないとはいえ、この状態では更に認めてやることなんて到底できない。
認められない者に呼ぶ名前はなかった。
かつての自分の名前でもある、その名前を…
ルークとしても、アッシュに別に認めて欲しいわけじゃなかった。
こんな奴に…
それなのに、勝手に心が痛んだ。
自分の心の筈なのに、違う気がする。
どこまでも、最悪だ。
「なあ…俺、何で自殺なんてしたんだよ?あんたのためだったんだろ?」
好き勝手に意思を持っている心を何とかして欲しかった。
聞いた原因では、アッシュが死ぬからルークも命を絶ったと…自分のオリジナルってそこまで大切なものなのだろうか?
確かにオリジナルがいなければレプリカは生み出されない。
でも、オリジナルもレプリカも生まれたら個々の存在である。
生は伴っても、死まで伴うというのがわからない。
ルークは、無くなった記憶の自分が納得できない。
同じ自分の筈なのに記憶のない間の自分は、嫌な存在にしか聞こえなかった。
「そんなこと、知るか。俺が知りたいくらいだ。自分で思い出せ!」
それこそ、アッシュがルークに問い詰めたいことだ。
本人以外は馬鹿な行為だと、笑われてもおかしくないはないことにしか思えなかった。
「なんかさあ、まだ信じられないけど。記憶無くした間の俺の人生って辛そうじゃん。
だったら、忘れていたほうが気楽じゃね?」
ルークとしては、もう散々であった。
全ての取り巻きを取っ払いたくて、自暴を含めてそう言った。
「てめえ、ふざけるな!!!」
物凄い怒気をはらみ、アッシュは怒鳴った。
「な、なんだよ…」
その音質の悪さに、慄きながらもルークは聞き返した。
ルーク自身に、それほど悪いことを言ったなんて認識はない。
「どんな記憶でも、忘れることが許されるとでも思っているのか!?
生きている限り、俺とおまえは罪を背負って生きなければなんねえんだよ!!」
無鉄砲なルークに、アッシュは限界だった。
言って良い事と悪い事がある。
もう、配慮なんてしてやれない。
過去を忘れたとしても、全てが水に流されるわけがない。
忘れるという名で逃げて、許されるわけがない。
このルークに、新しい記憶を詰め込めばいいのかもしれない。
でもそれは、あのルークではない。
これが…この存在が
あのルークである筈がない。
ガシッ!
ルークの左腕の手首を、アッシュは強引に掴み取った。
「来い!」
そして、ほとんど引きずるように、その腕をぐいぐいと引っ張っていった。
朝が明けた。
宿屋に部屋を借りた、ティアとジェイドとアニスとガイの目覚めは早かった。
昨晩は旅の疲れもあるだろうからとルークに配慮して、記憶に関しては深く追求しなかったが、いつまでもあの状態にしておけるわけがない。
失礼にならないギリギリの時間になると、宿屋をチェックアウトしてファブレ公爵邸へと向うと、屋敷の前でナタリアと合流した。
やはり、皆考えることは同じらしい。
肯きと苦笑をして、特に言葉は交わさずに屋敷に入っていった。
「皆様、よくおいで下さいました。
あいにく、ルーク様もアッシュ様もまだ起きられてはおりませんので、しばしお待ちを。」
「ルークはともかく…アッシュが寝坊?」
それほど早朝というわけでもないこの時間帯で、食事の準備が整うという最中である。
寝起きのよくないルークは仕方がないにしろ、アッシュに至ってはそれが当てはまるとはあまり思えなく、対応した執事のラムダスの言葉に違和感を覚えた。
「気になるな。ちょっと、様子を見に行ってくるか。」
かつてはずっと使えていたこの屋敷内。
熟知しているガイは、許可をもらって起こしに行こうとした。
「いえ。今、メイドが起こしに行っておりますので…」
「た、大変です!!」
走りにくい独自のメイド服に身をまとったメイドが、駆け足で叫んできた。
慌てふためいて息を切らしてもいる。
「ルーク様もアッシュ様も、お屋敷内に姿が見られません!」
その言葉が屋敷内に、響いた。
二人は 姿を消した
アトガキ
よく、場所移動する話なんです。
2006/02/27
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