歩み寄るということは、どちらか片方が努力しても結局は叶わない
バチカルへ向かうという話になったから、さっさと行くのかとアッシュは思っていたがそうではなかった。
意外と早く検査室に戻ってきたジェイドに連れられて、ピオニー九世陛下やらゼーゼマン参謀総長やらノルドハイム将軍やらその他諸々のお偉いさんに会わされた。
沢山いすぎて、正直名前はうろ覚えである。
「おい。まだ、これは終わらないのか?」
ルークと共にお偉いさん周りをさせられているアッシュは、その多さにうんざりする。
これも、もしかしたらルークの記憶が戻るキッカケかもしれないということで、我慢はしていたのだがそろそろ限界だ。
ルークとは違う意味で、さっさとバチカルに行きたいという気持ちが立った。
「早く終わったとしても、まだ船の準備が整いませんので出航は出来ませんよ。」
説明のために付き添っていたジェイドも、内心はそんなにこれを好いていない。
アッシュと同感ではあったが外面は良い為、表情を崩さずに言った。
「…準備は、そんなにかかるのか?」
「本当は、タルタロスが使えればいいのですけどね。あれは、軍用艦ですから。
バチカルへはグランコクマ港から一般の船に乗って行きますので、もう少し手配に時間がかかります。」
三国同盟締結より、オールドラントに国間の争いということは遠ざかった。
しかし、マルクト帝国とキムラスカ・ランバルディア王国の今までの認識は敵国同士だったわけであり、ルグニカ平野での戦争の爪あとは未だ深く残っている。
そう簡単に首都に他国の軍用艦が乗り入れるということは叶わない。
ジェイドのように未だ軍人をしているのがいい例である。
二年という歳月の全てが、友好に向かったわけではない。
「たしか、グランコクマからバチカルへの航路はまだ開かれていなかったな。」
「ええ。ですからケセドニア経由となります。」
元々なかった航路ではあるが、国を越えるとなるとそれなりの拠点を通らなければならない。
カイツールやケセドニアのように旅券を提示して、国境を通過する必要があった。
その時間も距離も長く遠い。
つきたくもないため息が、アッシュに漏れた。
一方のルークは、複雑な心中だった。
今まで、マルクト帝国に対して、全然良いイメージというのをもっていなかったのだが、ルークが生きているということで本当に手放しに喜んで接してくれるので、見るからに固そうな軍人達は悪いようには見えなかった。
特にピオニー陛下に関してはとても気さくで、自分の伯父であるインゴベルト六世とは随分印象が違うので、この国の最高権力者なのかと本気で疑ったくらいではあったが、一番ルークが戻ってきたことを歓喜してくれた。
みんなが自分を知っていて、自分だけみんなを知らないなんて最悪かも知れないと、このときばかりはルークは思った。
「ルーク様の記憶が戻られることを、心より祈っております。」
やっと出航の準備が整い、見送りに来た…今はガイの屋敷に居るといったペールに会った時には、記憶がないことを散々嘆かれた。
やっぱり記憶は必要だとは思うが、ルークは自分がよくわからなかった。
こんなこと、今まではなかったのに…
ケセドニアに立ち寄った際、ついでにアスターも会ったが変化なし。
会う人、会う人の全てが口々にルークの記憶がないことを嘆かわしく言ってくる。
何もかもが、じれったく感じた。
最初は新鮮味を感じて、興味深く子供のようにはしゃいだ海も今はつまらない。
初めての海を適当に満喫した後は、飽きてガイとだべっていた。
最初に殴って来たのであまり良い印象を持てないアッシュには、微塵も近寄らない。
海上で何かしらの変化があるわけもなく、時間だけは無常に立ち去っていく。
長い船旅に反比例するように、その進展はなかった。
ようやくのことバチカル港に着くと、沢山の兵士が整列しているのが見えた。
「これが、バチカル?」
ルークが今までずっと住んでいた街ではあるが、自由を与えられた場所はファブレ公爵邸のみである。
壮大な港や人々の往来激しい街並みなど、写真や絵の世界でしか見たことがない。
それでも、ほのかに懐かしい感じがした。
でも、それさえも何だかよくわからない。
「お待ちしておりました。よくぞ、ご無事で。」
おそらく伝書鳩を受け取ったナタリアが伝えたのだろう。
事情が事情なだけに、手放しに熱烈な歓迎というわけにはいかなかったのだが、アルマンダイン伯、ゴールドバーグ将軍、セシル将軍などが敬礼をして港で出迎えた。
エルドラントから帰還した仲間はルークは生きていると主張をしたが、現在一般的に認知されているのは自分の命を銘打って世界を救った英雄である。
悲劇なことに、ルークは死をもって本当の英雄と称えられたのだ。
生きていたとしてもそれに変わりはなく、手厚い迎賓のような扱いを受けた。
そして、人垣の中に道が開かれた。
「「「ルーク!!アッシュ!!」」」
甲高い女性の声がハモる。
ティアとアニスとナタリアが、声を上げて翔って来た。
目尻には微かな涙がきらめく。
ルークはもちろんのこと、ルークより一歩下がったところに居たアッシュさえもそちらへ身体を向けた。
「おわっ…ナタリア、久しぶりだな。ティア、アニスも。」
ルークの記憶では、ナタリアと共に旅をしたことはすっぽり抜けている。
ファブレ公爵邸以外で会うのは初めてで、ティアと共に飛ばされからと考えるとかなり久しいという印象を受けた。
一方のアッシュは視線だけそちらに目をやり、特に言葉を発しなかった。
別にアッシュ自身が彼女らに会いたかったわけではない。
仕方なくという様子がありありと見えた。
「アニス、背伸びたな〜」
アッシュの反応の薄さなど気にも留めず、ルークは言葉を続ける。
アニスとはそれほど長い時間を共にしたわけではないが、それでも変化というものが目に取れて素直に言葉にだした。
「うわぁ、マジでルークもアッシュも生きてたんだ。」
本心では喜んでいるだろうが、アニスの驚きの言葉は率直でもある。
しかも中身は、親善大使様一歩直前且つ超我が侭おぼっちゃんだというのである。
本質は違うとは分かっているが、それでもなかなか実感できない。
ルークは、女性陣たちとの少し噛み合わない会話をこなすと、一向は港を後にした。
「父上、母上。只今、戻りました。」
ファブレ公爵邸の概観など見たことはなかったが、それでも中に入ると帰ってきたという実感が湧く。
記憶のないルークにとっては、ここが全て。
本当の本当に懐かしいと感じ取ることが出来る、執事やメイドなどの使用人の面々を納得した後、意気揚々とファブレ夫妻の私室に向かった。
長年の軟禁生活を強いられたことや過保護過ぎる事が目にあまり、正直この両親をそれほど慕っているわけではなかったが、それでも自分を育ててくれた両親である。
会えることが嬉しくないわけがない。
「ああ、二人とも…よく、無事に戻りましたね。この日を信じておりました。」
「二人とも、よく戻ったな。帰ってくるのを待っていたぞ。」
無くした筈の二人の息子が、いっぺんに帰ってきた。
その感嘆に、シュザンヌは元よりファブレ公爵も表情を緩めた。
外れたことのないユリアの預言により死ぬことを前提として生まれてしまった息子。
その結末を知るが故に、ファブレ公爵は息子に思いを費やすことは出来なかった。
愛情を持って接すれば接するほど、失ったときが怖い。
だから今まで厳しく接したし、酷いとわかっている超振動の実験も強要した。
しかし、ルークはその運命から解き放たれた。
自分たちの力でその運命を取っ払ったのだ。
生きて帰って来てくれた。
これ以上に嬉しいことなんて、他にはなかった。
どこまでも豪勢な音楽を奏でて、ファブレ公爵邸で晩餐会が開かれた。
ナタリアから知らせを受けて、早急に準備したものではあったが、それでもファブレ公爵邸の名に恥じぬ晩餐会であった。
あいにく、インゴベルト陛下は体調が優れないらしく総代理としてナタリアが席つく。
他にもバチカル王室に名を連ねるものや、軍の重鎮たちが無事の賛辞を述べるために集まった。
城からは花火も打ち上げられ、バチカルの人々は英雄の生還を心より祭った。
輪の中心に居るのは常にルークで、覚えはないが称えられることをそれほど悪いとは思わない。
満足に対応していた。
「ガイ。アッシュはどこに行きましたの?」
メインの主賓として挨拶に対応していたナタリアではあったが、本当ならもっとルークやアッシュとゆっくり会話をしたかった。
そのルークは未だ話の真っ只中に居るので、気軽に話をすることは叶わない。
そして、もう一人の主役である筈のアッシュの姿が見当たらなかった。
「中庭に行った。しばらく一人にしてやった方が、いいかもな。」
なるべく目立たないように振舞っていたアッシュは、一通りのことを終えると晩餐会の行われている応接室から足を退けた。
その様子をガイは確認していたが、呼び止めはしなかった。
「そうですわよね。記憶のないルークの姿、それほど見たいものでもありませんものね。」
祝賀ムードが漂う晩餐会。
出席する仲間たち全員の気持ちは、複雑という意識で統一された。
あの旅のルークを知ってしる面々からすると、今のルークはルークであってルークでない存在である。
こんな結果を素直に喜べるはずがない。
ルークの記憶が無くなってしまった経緯は聞いた。
理由も、何となくわかる。
だから尚更、どこでなにを間違ってしまったのだろうと思う。
アッシュとルークの心は遠いまま。
思いは交じり合わない。
視線さえも交差しない。
このすれ違いの最初の原因はアッシュなのかもしれない。
でも、本当はどこからやってきて、どこへ辿り着くものなのだろう。
Luke fone Fabre ND2000〜ND2018
Asch fone Fabre ND2000〜ND2018
手入れの行き届いた中庭の片隅に並んで置かれた、二つの墓。
元より中庭には端正な花が並べられているが、墓にはより多くの美麗な花が羅列している。
その前に、アッシュはいつまでも立っていた。
孤影だった。
「これが、おまえの望みなのか?」
かつての、ルークに話かけた。
忘却の彼方から舞い戻らない、彼を想う。
誰が望まなくとも、夜は更けていく。
アトガキ
じれったくて、すみません。次、やっと二人の会話編ですから。ようやく、話が進みます。
2006/02/25
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