栄光という名の昔こそ 輝かしく聞こえる
「起きろ。」
変な起こされ方をされた。
かつてルークは、こんな露骨な起こされ方はされたことがない。
寝起きがそれほどよくないのはわかっているが、メイドたちはもちろんこんな起こし方はしない。
ただの乱暴な言葉だけにも聞こえるが、何かが違う。
膜が張られた空間の内側から揺さぶられるように、脳裏から声は響いた。
聞き覚えがとてもある、その声。
自分が聞く自分の声と、他人が聞く自分の声は違うというが、その声はまるで同じに聞こえる。
なぜだかルークはわからない。
「おい。あいつはどこにいる?」
「はぁ?あいつって誰だよ。」
「おまえだ。」
「俺はここにいるっつーの。」
「おまえもおまえだ。だが、おまえだけを望んでいるわけじゃない。」
夢の中なのに会話が成立する。
はっきりと、ルークは自分が意思を持って話がしていることがわかった。
これは、夢じゃない。
でも、現実でもない。
夢と現実の狭間だ。
本当に自分が知るべきなのは、その間。
そう意識すると、ルークのセピア色の世界が途絶えた。
ぱちくりと目を開くと、また同じ部屋にいた。
冷たい感触が背骨を伝わるので、むくりと起きると周りにいる人物も変わらないのだとわかった。
やっぱり夢ではなかったのかとルークは思い、少し落胆の色を見せた。
あまり寝ていなかったようで、検査用の硬いベッドに寝ていたのに身体はそれほど痛くない。
現実逃避の為のフテ寝でもあったので、熟睡できたとしたらそれはそれで怖いかもしれない。
「どうして、出て来ない?」
さっきと少し違う声色が聞こえた。
今度は姿が見えるので、少々の違和感を持つ。
発するのは目の前の、アッシュ。
「さっきの声、あんただよな。」
話がとても自然過ぎた。
未だ続く話のようなアッシュの口調に、ルークは反応する。
わからないことがたくさんありすぎたが、これだけは確認しなくても何だかわかる気がする。
なんでだろう。
自分の中に自分の知らない場所があるという感覚を、ルークは味わった。
そして、アッシュの問いには答えられなかった。
コン コン コン
少し急ぎめに、検査室に金属音の独特なノックが叩かれた。
音を反響する機械の多いこの部屋に、その音はよく響いた。
「はい。何か?」
対応したのは検査室の主である軍医で、重い扉を少しだけ開いて顔を覗かした。
「カーティス大佐に、火急の用の方がいらっしゃっています。」
「私宛ですか。今、忙しいです。後で対応します。」
自分の客だとわかると、ジェイドは少し離れたところから声を投げた。
ジェイド自体が忙しいということではないのだが、この状況に全く関係のない水を差したくなかったため、後回しにするつもりだった。
「それが…ガイラルディア伯爵様でして。」
その言葉は終わらずに、ギィと無用さに扉が開かれた。
「おい、ジェイド。
タルタロスでの、コーラル城周辺のバチカル海域無断横断の理由書をピオニー陛下が………」
何をやっているのは知らなかったがさっさと終わらしたい為、捲くし立てて検査室に入って来たガイは拍子抜けした。
持っていた書類に加わっていた力が失せて、バサリッと豪快に床へ落下する。
「ルーク!!……………と、ルーク!?」
ガイは、ルークとアッシュの双方を、左右に何度も首をひねって顔を見合った。
ルーク一人なら、非常に驚いたという構図だけが展開されただろうが、二人も居たとなると唖然とするしかなかった。
「ガイ!」
長年の親友であるガイの姿を発見し、だるそうに座っていたベッドからルークは飛び降りた。
アッシュの横をすり抜け、ガイの近くに駆け寄る。
「ルークが二人!?」
いないと思って探しまくっていたのに、二人もいるだなんてガイの想像を超えていた。
あまりの出来事に近寄って、子供のようにはしゃぐルークに声をかける余裕もない。
驚きも一入だが、疑問だけがガイに残る。
「やれやれ。とうとう、バレてしまいましたか。」
少し罰の悪い顔をしたジェイドが、ため息混じりにそう言った。
ジェイドに事情を説明されたガイは、正直驚きの連続であった。
「ルークが、記憶障害ね。」
一通りのジェイドの説明が終わると、自分自身へ納得させるようにガイは呟いた。
実際、以前のルークだったらアッシュが近くに居るというだけで喜ぶ筈であるから感じが違うし、ジェイドが嘘をつくとも思えなかった。
ルークとアッシュが生きていてくれたことは大変喜ばしいことではあるが、ルークの記憶が欠如していると聞かされたら、複雑な顔しか出来ない。
「タタル渓谷で再会したときに、記憶があることを喜んでいたのにな…」
二年前にエルドラントで見失ったルークを見たのは、タタル渓谷でのほんの僅かな時間である。
その短い会話の中で、ルークは記憶が無くなりたくないと言った。
それなのに対面するように、皮肉なものになってしまったのは悲しいことだった。
「なんだよ。ガイまで、俺が記憶障害だって言うのかよ…」
まだ納得の言っていないルークは、ふてくされる。
ルークにとっては説明を受けたのがジェイドだったというのが、少し悪かった。
ジェイドと共に行動を一緒にするのは、キムラスカ・ランバルディア王国とマルクト帝国の平和条約締結の為に利用されたとも取れるような状況あるからして、完全に仲間だとは思えていなかったから。
しかも、ジェイドはマルクト帝国の軍人である。
幼少の頃の記憶がないのは、マルクト帝国に誘拐されたからだと刷り込まれているルークにとっては未だジェイドは信用に値する人物ではなかった。
「ルーク。俺もまだ全部の状況がわかったわけじゃないが…少しずつ認めていこうな?」
ルークにとって記憶障害は二度目かもしれないが、前とは明らかに違う。
本当に無くなったのは、過去じゃない。
近い未来なのだから。
「…わかったよ。」
しぶしぶとルークは、ガイの言葉に沿う意思を述べた。
「で。ルークの記憶を取り戻す良い方法はあるのか?」
ガイも納得したとはいえ、現状が良いとはさすがに思えない。
自分も女性恐怖症になってしまった経緯を忘れていたという過去はあるが、あれは本当に一部分の記憶が欠如していたという例である。
ルークのように何年もの歳月を忘れているというわけではないので、記憶を取り戻すという方法としてはそれほど参考に出来るとは思えなかった。
「そうですね。ショック療法という手段もありますが…あまり良くない結果を生むかもしれません。
だんだんと思い出すように仕向ける方が良いと思います。」
根本的解決にはなっていないが、そもそも記憶障害というのは脳に異常が見当たらなければ当人の精神問題に占める割合が多い。
根気よく、長期戦も視野にいれなければいけなかった。
「ガーイーー。俺、バチカルに帰りてぇよ。」
さっきからガイもジェイドも自分の記憶を取り戻すために話をしているのだが、ルークとしても記憶を取り戻す努力というのはわからない。
何だか色々と過去にはあったようだが、元々は超振動とやらでティアと共にマルクト帝国に吹っ飛ばされて、それでバチカルに帰るというのがルークの本筋にある。
地理にうといルークではあるが、カイツールを抜けてやっとキムラスカ・ランバルディア領に入った筈なのにマルクトの首都にいるというのが心地悪かった。
「バチカルですか。たしか、旅でルークが書いていた日記はファブレ公爵邸に置いてありましたよね?」
「そうだな。確かにあそこでは色々在ったし、何か思い出すかもしれないけどな……」
ルークの記憶があろうがなかろうが、バチカルのファブレ公爵邸は本来ルークが戻るべき場所である。
記憶の手がかりや取っ掛かりも豊富にあるだろうし、ルーク直筆の日記もあるのでそれを読めばルークの気持ちも多少変わるかもしれない。
「……アッシュは、バチカルに向かうので構わないか?」
ひとまず区切っていた言葉をガイは続けた。
眉間に少し皺を寄せて黙りこくっていたアッシュに、快諾への言葉を流す。
ルークの記憶に一番近いのはアッシュである。
この先、ルークの記憶が戻るまである程度行動を共にすると思われるが、アッシュはバチカル…というかファブレ公爵邸を好いていない。
ルークに強要されたような形で一度だけ両親と再会はしたがその帰り際でさえ、二度と戻らないと言い切った。
本来ならば未だに近寄りたいとは思わないであろう。
「…ここに居ても仕方がないからな。」
このグランコクマで出来ることは、もうやり切った。
次の段階に移らなくてはいけないのは明白だったので、硬い表情は崩さずアッシュは了承した。
「では、私はピオニー陛下に報告をしてきます。」
話もまとまった所で、ジェイドは素早く行動を開始する。
ガイに話が漏れたとなれば、ピオニーへも報告しなければならない。
それに、本来なら軍属のジェイドがバチカルに向かうともなれば、その承認も得なければならなかった。
「あ、ジェイド。ティアとアニスとナタリアに伝書鳩飛ばすけど、構わないよな?」
遠回りになってしまったが、共に旅をしたみんなはルークを待ち望んでいる。
そして、死んだと思われていたアッシュも生きているのだ。
ナタリアはバチカルに居るので公務にでも行っていない限り会うだろうが、ティアとアニスはユリアシティとダアトに居る。
全てが良い知らせというわけでもないが、早い連絡を望んでいるだろう。
「バチカルに向かうとなれば、もう隠し通せませんからね。そうして下さい。」
ルークとアッシュがバチカルに向かうと知れば、きっとティアもアニスもバチカルに向かうであろう。
かつての仲間が、バチカルに終結する。
白い伝書鳩が、ルークの記憶を集める為に高らかに飛び立った。
アトガキ
ガイの登場で、ジェイドオンリーの出張りがやっと終わります。
2006/02/22
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