あと、一体どれだけの代償を支払えば良いのですか?
「おーい。同調フォンスロットって何だよ?なんか夢でそんなこと聞いたような気も、すっけど。」
本当にどうしたらいいのであろう。
押し黙るアッシュとジェイドを尻目に、ルークの言葉だけが響いた。
もちろん、ルークの問いに答える術は持っている。
しかし、それを単に話すだけでは、到底収まりきれるようなことではなかった。
駄目だ。
今のルークに何を言っても意味がない。
「おい!本当に、こいつの身体は正常なのか?」
八つ当たりに近い物言いだったが、アッシュは不満を軍医にぶつけた。
これが正常であるだなんて、思えない。
思えというのか?
心が劣化しているのだから。
「身体機能は、正常な筈ですが……記憶障害ともなれば、脳波に異常があるかもしれません。
念のため、もう一度検査をしますか?」
「ああ。」
検査はあくまで検査である。
これで単純に、改善へ向かうというわけでもない。
だが、何もやらないわけにもいかなかった。
「勝手に検査とか決めんなよ!それに、俺は医者が大嫌いなんだよ。嫌だぜ。」
自分のことなのに自分抜きで話が進んでいてルークは、ふくれた。
かつて記憶障害と診断された際、その記憶を取り戻すために散々カウンセリングと称して何人もの医者に長々付き合わされた。
バチカル中、いやオールドラント中の名医をどこからともかく屋敷につれてきて、片っ端から診断された記憶はあまりうれしいものではない。
記憶のないルークを不憫に思ったファブレ夫妻が取った手段ではあったが、ルークに取ってはありがた迷惑であった。
しかも結局効果はなく、トラウマになりつつもあった。
「これは、あなた自身のためなのです。少し、我慢して下さい。」
ぶーぶーと文句を言うルークを、ジェイドは諭した。
「ちっ、しゃーねーなぁ。」
嫌々を全面に押し出したままではあったが、しぶしぶルークは了解した。
検査が終わったと言われたアッシュは、再び検査室に入った。
当初ルークの再検査に立ち会っても別に構わないと軍医に言われたのだが、とてもそんな気分ではなかったから部屋の外で待っていた。
あのルークを眼前にしているよりは、こうして一人で通路にいた方が、頭は冷静になれた。
「お待たせしました。やはり脳波に異常はなく、それ以外にも目立った外傷は見あたりませんでした。」
うれしくもあり悲しくもある結果を言い渡された。
推測はしていたが実際に言われると、嫌な現実が落ちてくる。
「他に原因と考えられると言えば………なにか精神的ショックな出来事とかありませんでしたか?」
尋ねる軍医に答えることは出来ない。
思い当たる節がありすぎたから。
やはり原因は、アブソーブ ゲート下での地核での出来事なのだ。
追い詰めて自分を殺したルークの。
これは、ルークの心がもたらした結果であった。
ルークは、本当の意味での記憶障害を味わった。
「なんだよ。俺、また記憶障害なわけ?きちんと説明しろっつーの!」
検査中はしゃべるわけにはいかないので黙っていたルークだったが、相変わらず無言で話が進んでいて我慢できなくなる。
話の断片から拾ったとしても、到底理解できるわけがなかった。
「そうですね、説明します。アッシュ、構いませんね?」
説明したとしても、記憶が戻るとはあまり思えなかったので、話してもいいものか決めかねていたジェイドだったが、アッシュがべらべらと話すような性格ではないことは知っている。
説明役を買って出るが、一応了承を取った。
「好きにしろ。」
ふいっとアッシュは視線を外した。
それほど長い話ではなかったが、順を追ってのジェイドの説明は観点を短くまとめて的確なものであった。
あの一年の出来事を、本当はこんなに漠然と語りえられるようなものではないのだが。
同時に抱いた様々な感情が交差した。
「フォミクリー?完全同位体?音素乖離?コンタミネーション現象?大爆発?
専門用語連発すんじゃねーよ。わけわかんねーよ!」
途中、何度かルークが癇癪を起こしたが、それでも根気よくジェイドは噛み砕いて説明をした。
そうして紆余曲折あったものの、ようやくジェイドの話全てが終わった。
「うさんくさっ。そんな一気に情報をぶち込まれてもわかんねーっつーの。つーか、信じられないことばかりだ。」
最初から半信半疑で聞いていたルークは、うざそうにいじっていた髪をかきあげた。
「事実です。受け止めてください。」
「ヴァン師匠もイオンも死んじまったってのか?信じたくねぇ。」
心から信頼と尊敬をしていたヴァンや、アクゼリュスのことがあってもルークのやさしさを信じていたイオンがいないことは、ルークにとっては信じたくないことであろう。
しかし、もう起きてしまったことである。
彼らは彼らなりに散っていったのだ。
それだけは認めてもらわなくてはいけない。
「んで、こいつが俺のオリジナル様ってわけ?」
ヴァンやイオンのことをいつまでも愚痴っても仕方がないと思ったルークは、そう言い怪訝そうにアッシュを見上げた。
もちろん、不信の目で。
ルークにつられたように、視線を向けられたアッシュも表情を悪くした。
通常の感覚で、オリジナルとレプリカの関係を漠然と説明されて、自分はレプリカだと言われたらいい気分を持つわけがない。
実際、アクゼリュス崩壊後のユリアシティでアッシュの口からそれを聞いたルークは、憤怒した。
あのときのような突発的状況ではないため、今のルークは暴れたりはしないが、それでも払拭できない思いはあった。
「アッシュとは、タルタロス襲撃時とカイツールで会ったでしょう。覚えていませんか?」
アッシュが一方的に襲うという形ではあったが、コーラル城で同調フォンスロットを開く以前にアッシュと接触は果たしている。
良い印象を持つとは到底思えない状況ではあったが、それでも初対面というわけではない。
「顔見てねーから、覚えてねーよ。つーか、こいつと身長も違うし顔つきも微妙に違わねえか?」
レプリカということが本質でわかっているわけではないが、そっくりだというような説明を受けたのになんだか違う点がある。
ベッドから立ち上がり、ルークはアッシュと背比べした。
たしかに、ルークより幾分アッシュの方が長身であった。
鏡の中の自分の姿をそれほどマジマジと見るような趣味もないが、それでもアッシュとは感じが違うがした。
「それは、ルークが十七歳の身体でアッシュが二十歳の身体、だからですよ。」
「そうなのか?だーもーやっぱ、納得いかねぇ。」
がしがしとルークは、頭を掻いた。
先ほどのジェイドの説明にそれも含まれていたような気もするが、何しろ膨大な量の情報をいっぺんに言われたのだ。
自分で体感したようなことでもないし、いちいち全部覚えてはいない。
「疲れた。俺、寝るわ。起きたら、夢かもしんねえし。むしろ、そう思いてぇ。」
ごろんっ
喚いて、ルークは簡易ベッドに横になった。
確かにいろんなことが起こりすぎてパニックになるのはわかるし、元々は自分の身体であるとはいえ慣れない身体で動いたりするのは疲労を感じるであろう。
でも、そんな我が侭を言っている場合ではなかった。
ジェイドが咎めの言葉を言おうと、既に瞳を閉じたルークに近寄るが既に寝息が聞こえた。
ルークは受け入れずに、殻に閉じこもった。
夢だと思いたいのはこっちの方だった。
「ルークにも困ったものですね。この状態とは…」
夢の世界に入ってしまったルークを見て、ジェイドは呆れた。
「おい。こいつの記憶がないのはわかるとしても、なんでコーラル城の記憶で止まっているんだ?」
精神的ショックで、記憶が飛んでいるということは仕方がないが納得してやった。
しかし、コーラル城までの記憶というのがアッシュにはあまり理解できなかった。
「身体自体には記憶はありませんので、魂が漂着するのに最も適応したといと考えたほうがいいのかもしれません。」
記憶が退化するというのは考えられなかったし、前の記憶を引き継いだという状況ではない筈である。
それに、ルークがこうやって意識を持っているということは魂の移動が失敗したとは考えにくかった。
「これが、あいつが望んだ結果だとでも言うのか?」
ルークは死を選んだ。
咄嗟の出来事であったとはいえ、それには相当な覚悟がいる。
人間は死を選ぶように出来ているわけではない。
それでもルークは選んだのだ。
心が帰ってこないのは、本人の意思も含む。
全てが、精神的ショックのせいと決め付けは出来なかった。
「今のルークは、あなたの知っているルークとは違います。
あのルークは、もうここには居ない。」
求めてしまうのは仕方がないことである。
あの旅で、ルークは変わった。
それは、誰もが思うこと。
変わる前のルークが一概に悪いというわけでないが、変わった後のルークを知っている人間にとっては、やるせない気持ちになるものであった。
性格的に以前と同じように捉えられるわけがなかった。
「いや……あいつは、いる。必ず、引きずりだす。」
なぜ、そんなことが分かるのかと聞かれたら、アッシュだから分かるのだと答えるであろう。
二人の間に常にあり続けるその絆は見えないが、確かにある。
自分勝手に消えさせてたまるか。
失ったらもう二度と戻ってこないなんて、認めることは出来なかった。
どんな代償を支払っても、成し遂げる
ルークの、全てを取り戻す
アトガキ
ルークの口調が難しい。
2006/02/19
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