運命とは、もちろん残酷に出来ている
人形に命が吹き込まれたかのように、ルークの瞳が開いた。
意識が安定していないのだろうか、特に何も話さずに虚ろな目をしている。
ゆっくりとその身を起こすが反応は薄く、呆然とぼうっとしていた。
ガンッ!
そのルークの左頬に、結構痛烈な衝撃が走った。
さすがに吹っ飛びはしなかったが、ルークの体制が崩れた。
アッシュがルークを殴ったのだ。
「痛ってえ!」
殴られた頬を左手で押さえ、ルークは唸った。
「馬鹿野郎!自分で自分を殺すとはどういう了見だ!!」
文字通り、アッシュは怒鳴った。
アッシュ自身も似たようなことをしたかもしれないが、同じとは思えなかった。
少なくともアッシュは、自殺志願者にはなったつもりはない。
とにかく、ルークが死を選ぶ理由が、気に入らない。
俺が死ぬから、自分も死ぬ…だと?
なんで、そんな破滅的思想になれるんだ。
アッシュとルークは全然全く関係ない人間だとはさすがに言わないが、それでもイコールで結ばれるようなことではない筈だ。
それなのに、あっさりと選んでルークは自己満足しやがった。
拳に最大の怒りを込めるが、これでも一応の手加減はした。
未だその拳には、力が有り余っているような気がするが、一度で我慢してやった。
「病み上がりにあまり無体は……もう一度死にますよ。」
驚いたのはジェイドも同じであったが、激昂するアッシュの気持ちもわかる。
的確に抑えの言葉だけを言った。
「なんで、俺が殴られなきゃいけねーんだよ!」
少し痛みが引いてきたのか、それでも頬に手はやったままルークは逆にも怒った。
キッと顔を攣らせ、アッシュに向ける。
「殴られるに決まっているだろう。
死ぬなら勝手に一人で死にやがれ!目の前で死ぬな!こっちの死ぬ気が失せるだろうが!!」
何だか少し無茶なことも言っているのだが、事実でもある。
ルークの自殺行為を正当化にだなんて、一ミリもしようとはアッシュには出来なかった。
「はあ?何言ってんだよ。つーかさぁ……お前誰だよ!」
ベッドに腰掛けたまま、上目遣いに瞳だけを上げた。
怒りは含むがめんどくさそうに、不満の声をルークは言った。
考えたくもない言葉が、ルークの口から放たれたのだ。
「なんだと…?」
あまりの言葉に、アッシュの怒りが違う方向へと吹き飛んだ。
ルークがアッシュのことを“誰?”と聞いてきたのだ。
あれだけ騒ぎ立てた、無二唯一の完全同位体の存在を。
ルークの悪意のない素の顔が、アッシュに向けられた。
その、顔が近づく。
ルークが17歳の身体に入ったので、多少の年の違いはあれどアッシュとはやはり同じ顔。
だが、ルークの瞳にかつての光はない。
少なくとも最後に見たルークの眼差しはこれではない。
こんな顔を、あのアッシュに向けるはずはなかった。
壊れた?
壊れていたのだ。
「おまえ、自分の名前を言ってみろ!」
思考だけは、いつも最悪の展開から想定してくれる。
もしもの時のための、準備のために…
それを払拭すべく、アッシュは最初の確認から始めた。
「あ?先に自分の名前を名乗れよ。
まあ、いいや。俺は、ルーク・フォン・ファブレ様だよ。」
命令形のアッシュの口調ではあったが、ルークは高飛車な物言いでそう返した。
自慢をするような、この懐かしくとも思いたくない口ぶりで。
「なら…俺の名前はなんだ?」
「そんなこと、知るかよ。
つーか、俺とおまえの顔似てるよなー。いとことか?だとしたらナタリアとも、いとこだよな。」
ぶつくさとルークは自己納得に徹した。
こうやって能天気に頭を切り替えられるのはある意味才能ではあるが、今はそんな冗談を言っている状態ではないはずだ。
おかしい。
いや、おかしいだなんて単純な言葉で済ませられるような問題ではない。
ルークも何だかよくわかっていないようだが、こちらこそよくわからないと言いたい。
「知らない…だと?ふざけるな!!」
こんな、馬鹿な話があるか!
ルークは意識を取り戻した筈だ。
それなのに、アッシュは完全にはルークを掴み取れなかった。
修復までは行き届いていなかったのだ。
なぜ……望んだのに。
抗うことの出来ない、大きな力に制圧された。
「何、勝手に怒ってんだよ。知らねーもんは、知らねーんだよ。」
目が覚めて、知らない奴に殴られて、怒鳴られて…
第一印象は最悪だ。
これ以上、悪いことなんて他には思い当たらないくらいだった。
「ルーク。あなたは、アッシュのことを忘れてしまったのですか?」
正直これはアッシュとルークの問題だから、本当はあまり口を出したくなかったが、見かねてジェイドが口を挟んだ。
わからない状態のルークとの会話を、このままアッシュに任せておいたら再び殴りかねない様子だから。
もしかして、アッシュのことだけ忘れている?
いや…それにしても、何だか噛み合わないような気がした。
腑に落ちない点が残り、訝しむ。
「お…ジェイドいるじゃん。
なに、こいつアッシュっていうの?たしか、六神将にそんな名前の奴がいたよな。」
やっと顔見知りの顔であるジェイドが視界に入って、ルークは少し安堵する。
しかし、アッシュのことを他人行儀に言った。
アッシュが六神将であったことは、確かに事実である。
だが、それが最初に出てくる関連の言葉であったとしても、それだけで終わるわけがない。
もっと大切なことが山ほどあるのに…
そう思うが、ルークが嘘を言っているようには見えなかった。
やはりこれは、本心から言われている言葉なのだ。
「なあ…他のみんなは?ここも、コーラル城なのかよ。」
きょろきょろと、辺りを見回しながらルークはそう言う。
「あなたは、ここをコーラル城だとお思いなのですか?」
確かにルークが目覚める場所は、コーラル城である筈だった。
しかし結局それは単純には叶わなくて、こうやってグランコクマまで来たのだが。
医療設備が充実に整ったこの部屋をコーラル城とも思うとは、考えにくかった。
話がどこまでもしっくりと来ない。
「俺がアリエッタの魔物に攫われたのは、コーラル城の屋上だろ。そんなに移動したのか?」
「待ってください。あなた、何を言っているのですか?」
アリエッタもアリエッタの友達である魔物も、もういない。
ほぼ直接、手にかけたのはルーク達であるのだから。
信念を持ったアリエッタの死に目を、その生き様を、しっかりと刻んだ筈であった。
冗談でそんなことを言えるはずがない。
「聞いてるのはこっちだ。ここは、どこだよ?」
「ここは、グランコクマのマルクト軍基地本部です。」
「はあ?なんで敵国にいるんだよ。バチカルにいくんだっつーの。マ逆じゃねーかよ。
これから、カイツール軍港からバチカル行きの船に乗るんじゃねーのかよ?」
むすっとしながら、惨憺の言葉をルークは言った。
それで、ジェイドは全てを理解できた。
あっさりと、してしまった。
残酷な真実を…
「おまえは、さっきから一体何を言っているんだ!?」
何とか黙ってルークの言葉を聞いてやっていたが、ついにアッシュがキレた。
ルークの放つ言葉全てが、アッシュにとっては意味不明であった。
状況が全く持ってつかめない。
消化も理解もできない。したくない。
流石に殴りはしないが、アッシュはルークに掴みかかろうとした。
「アッシュ、待ってください! 彼は…」
ただの止めるだけではない。制止の言葉をジェイドは言った。
信じたくないもないが、認めなくてはいけない。
「ルークは……………
コーラル城で、同調フォンスロットを開いた以降の記憶がないようです。」
全てを取り戻したわけではなかった。
ルークの大切なものは、ごっそりと抜け落ちていたのだ。
そう
ルークの身体は当然のこと、心さえも…
十七歳の、あの日で止まっていた。
ルークは ここには 居ない
アトガキ
2006/02/16
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