SEO対策      ル フ ラ ン     


鏡 に う つ っ た 約 束  14












一つの命を、二人で分け合った















喪失感というものを、これほどはっきり得たことはなかった。

自分もこのまま溶けていくような感覚が舞い降りて、やがてアッシュは重いまぶたを開いた。
まるで高山にでもいるような、妙な気だるさが襲う。
目を開く前と後では、外的には何も変わっていないであろう。
だが、依然とは違う心地を味わった。
虚しさを感じた。
一つだったときは明確ではなかったが、いなくなって初めて気がつく。



失ったから初めて得るものが、これであるのだろうか?













「気分は、どうですか?」
目覚めたアッシュに声をかけてきたのはジェイドで、確認のために反応を探った。
こういったことを今までやったことはないので、後遺症や副作用なものがないとは限らない。
まずは無事に生きてもらわないと何もできようがない。

「俺のことはどうでもいい。あいつはどうした?」
何も身体に変化がないとは言い切れないが、そんなことがアッシュの最優先事項ではなかった。
「隣にいますよ。」
そのジェイドの答えは、あまり答えにはなっていなかった。
アッシュのほどよく痺れていた身体に触感が伝わり、ようやくルークの認識をした。





「おい!こいつは、何で目を覚まさない。」
隣に横たわるルークは、確かにいた。
しかし、その瞳は閉じたまま微動さ程度しかない。
未だアッシュとルークの手はつながれたままではあったがそれに力はなく、アッシュの握り返しに対しての反応もない。
「一先ずは安心してください。生きてはいます。」
たしかにそれはアッシュにもわかる。
だが、生きていることだけが望んだことではない。

「一体、どれくらい時間が過ぎた?」
時間の感覚というのが、掴みづらくなったアッシュはそう問う。
あまりにも長い刻が過ぎ去っても未だルークがこの状態だとしたら、それは限りなく現状維持が続く可能性の示唆でもある。
「それほど時間は経過していませんよ。
正直整った医療設備のないこの場所では、ルークの状態をどうとも判断はできません。
一度、グランコクマに戻ります。それに、あなた自身の身体も見るべきです。」
外面的にはこれは成功し、予断を許さない状況は逸脱したのかもしれないが、意識を取り戻さないルークの状態は、危険でないとは言い切れない。
そして、アッシュも何もかもが安全とも言い切れなかった。
彼も消失という死を体験しかかったのだから。
「俺の身体はどうでもいいだろ。」
別にこれはアッシュが望んだ結果ではなかった。
それなのに、こんな成り行きで形を持ってしまった。
以前は絶え間なく持っていた、やがては消えるという覚えがアッシュの中で消え失せていた。
おそらく自分は大丈夫であろう。
嬉しくなんて全くないが。

「そうはいきません。それに…言っておきますけど、自殺なんてしないで下さいね。
あなたにとっては不本意なことかもしれませんが、生き延びてしまったのですから。
拾ってしまった命ぐらいは、大切にしてください。」
「ちっ…」
そう言われ、軽い舌打ちをしながらアッシュは起き上がった。
身体は正常だろうが、心との接触が万全ではないのだろうと思う。
床へと降り立つと最初はバランス感覚がそれほど機能していないらしく、ふらつきもしたがやがて慣れた。



「では、タルタロスに向かいますが、ルークはあなたが運んで下さい。」
至極、当たり前のようにジェイドはそう言った。
「なぜ、そうなる?」
確かに意識のないルークを、グランコクマまで連れて行かなければいけない。
身体は不安定ではなくなったので出来ないということではないが、それをアッシュが行うということは、本人納得いかなかった。
「私は、ルークの音譜盤フォンディスクやら、さきほどのデータを写して持っていかないといけませんから、手いっぱいです。」
そう言いつつ、ジェイドは荷物を持ち上げた。

「……ディストの野郎はどうした?」
やはり素直にはいかないらしい。
アッシュは目覚める前にはいた筈のディストを探した。
一面を見渡せるこの空間に、ディストの姿は見当たらなかった。
「”これ以上、付き合っていられません“と言って帰りましたよ。私も同感ですけどね。」
「使えねえ野郎だな。」
微力とはいえ一応は命の恩人でもあろうのに、その言い草はないだろうとも思うが、そこはアッシュである。
利用できるものは何だって利用してやるつもりだったのに、利用するものがいないのは不満であった。



仕方なく開き直り、未だ変わらずに装置に伏せるルークに歩み寄り、抱きかかえた。
余計な力が入っていないせいか、無機物のような状態は脱したルークはそれほどの重みは感じなかった。
ずしりとアッシュの腕にのしかかるものではあったが、ここからタルタロスへ行くぐらいの距離だったら難なく運べるであろう。
その様子を見ていたジェイドが、拍子抜けした顔をしてアッシュを見た。

「何がおかしい?」
何だかジェイドの口元が笑ってように見えて、アッシュは不機嫌そうに返した。
「いえ…精々、担ぐ程度だと思っていましたから。一応、冗談も含んでいたのですがね。」
まさか抱きかかえるとは思わなかったので、意外そうに苦笑した。
当初は、タルタロスで待機している部下を呼んで運ばせるつもりだったと言うのはやめた。








ルークを姫抱っこしてずんずんと進むアッシュを、ジェイドはただ追った。


























タルタロスは行きと同じように急ぎめに、走行する。
いっぺんの曇りのない大海原を越えて、グランコクマ港へ入港を果たす。
港には兵が待ち構えており、ジェイドがあらかじめ放っておいた伝令によって手早くマルクト軍基地本部内の医務室へ直行した。

アッシュとルークの担当をしたのは、以前グランコクマでルークが音素フォニム固有振動数検査などを受けたのと同じ軍医であった。
もう状況はわかっているらしく、検査中はそれほど驚きもせずにもくもくと結果に目をやっていた。
二人は別々に検査を受けた。
アッシュの場合は詳細な健康診断の延長みたいなものであったが、ルークは少し違った。
アッシュが受けた検査の後に継いで受けた検査は、まるで生体反応を探るように難航したものであった。



全ての検査が終わり、アッシュがイライラと立ち往生していると、検査室より大きい別の部屋に呼ばれた。
そこは何か特別な検査をする部屋らしく、端々に重厚な装置が置かれている。
その一角のベッドに横たわるのはルーク。
一刻をあらそう事態は免れたのかもしれない。
しかし、未だ状況が回復しないのはここに来ても同じだった。
ルークを片目で見ながら、アッシュは早足で軍医とジェイドが待ちかねる位置まで歩いた。





「こいつは、どうなんだ?」
アッシュの開口一番は、それで…
それ以外は、興味も関心もなかった。
「落ち着いて下さい。まずはあなたの結果から…」
軍医はその言葉を続けることが出来なかった。
強固な言葉で遮られたから。
「俺は生きている。それで十分だ!」
自分の身体なのだから、検査などしなくとも大体はわかる。
「…わかりました。そうですね、あなたも大丈夫です。全ての測定値が正常の範囲に入っていますから。
そして、そこに横たわる彼も大丈夫な筈なのです。」
アッシュの凄みに一瞬躊躇した軍医だったが、そこはさすがのプロである。
明確に実情を簡易に伝えた。
「どういうことだ?」

「あなた方の結果は、全く同じなのです。彼も、全ての測定値が正常の範囲に入っています。
ですが、意識が戻らない理由が掴めません。もしかしたら、このまま一生……」
全てを言い切るのは、あまりに酷薄であった。
つまり、ルークの身体は大丈夫なのだ。
それに伴わないのは意識の方。
そう、アブソーブ ゲート下の地核で自らを射抜いたルークの意識はどこまでも戻らなかった。
回復の兆しさえないのだ。





「このまま…だと?冗談じゃねえ!!」
死に近い意識に落ちたルークが、そう簡単に戻ってくるとも思ってはいなかったが、こんな結果をアッシュが納得できるわけがなかった。
これでは死んでいるのと一緒だ。
意味がない。









ガツガツと荒々しく足音を立てて、アッシュは横たわるルークに近寄った。
この身体に何をやっても意味はないということは、よくわかった。
だったら残された道は一つしかない。
その道に…意識に繋げるのは、自分だけ。

「アッシュ。あまり無茶なことは、やめて下さい。
あなたも意識があるとはいえ、何が起こるかはわからないのですから。」
アッシュが何をしろうとしているのか悟ったジェイドは、止めの言葉を放つ。
身体だけが大丈夫なのは、アッシュとて同じ事。
一度は生きてしまった身体とはいえ、場合によっては舞い戻る可能性があった。



「うるせえっ!ここまで来たら、二人で生きるか二人で死ぬかのどっちかだろうが!!」

被写体オリジナルであるアッシュだけが生き残るなんて、これでは潰した筈のヴァンの理想の再来だ。
こんな…こんなことは認めない。



俺に許可なく死ぬことは許さない。











全身のフォンスロットを解放させると身震いが起きたが、構ってはいられなかった。
思考全てを意識へと集中させる。
それをルークにぶつけるために。

ズキンッ
と、頭に突くような痛みがアッシュに到来する。
今までアッシュが回線を使うのに、このような痛みを感じたことはなかった。
ルークと同調フォンスロットを繋ぐことが出来るのは、当たり前であったから。



それでも、閉じられていた扉を割り開くように、回線を無理やり繋いだ。
伝が少ない。
辿り付く事が出来るのかと思うのは初めてのことだったが、目印だけは途絶えていなかった。
か細い糸を伝うように、ルークの意識に到達した。










「俺の声に応えろ!
人に約束を強要したくせに、それを受け止める人間がいなくてどうする!?」



真ともに会った最後の場所、エルドラントで”必ず生き残る”と約束をした。
消え行くアッシュは、無謀とは思いつつもそれを了承した。
出来ない約束はするものではないと思っていたのに、それでも約束をしたのはこうなることをルークが望んだから。
その、ルークの約束は叶ったのだ。








俺は…生きている
だったら、だったらおまえも生きろ!
それを望んでやる!!














「目覚めろ!」

最大最上級の命令が、ルークに伝わった。
























たえずアッシュとルークの間にあった鏡に、光が舞い降りた





鏡が映った

約束が移った














ルークのアッシュへの約束が、アッシュのルークへの約束になった。





















びくんっ

その身体が震え、望まれた瞳が開かれた。










二人は、もう一度出会うことが出来た。


























これで、全てが解決した………

と、誰もが一瞬だけ思えた幸福の時間だった。






























アトガキ
折り返し地点にて、ようやくタイトルの意味が判明。
2006/02/12

back
menu
next