ダイエット      ル フ ラ ン     


鏡 に う つ っ た 約 束  10












コトバとは不思議だ
たった一言で、相手を天国にでも地獄にでも突き落とすことができる















酩酊をうつような、酷い頭痛に襲われた。

ぶちん。
こんなに嫌な音は、したことがなかった。





「てめえ!あいつに何を吹き込んでいる。」
先ほどまで呆然と声を出すことも出来なかった彼が、突然そう叫んだ。
咄嗟に切り替わった身体は安定しないだろうに、そんなことには構わない様子だった。
もう一人の彼であるアッシュが表面化した。

「よく、強制的に出て来れましたね。それだけ本当ということでしょうか。」
ジェイドにも、半信半疑だった部分は多かった。
でも、そこまで声を荒げるというのは確信に近づいた証拠でもあった。
「何勝手に、べらべらしゃべってる?」
自己納得するジェイドの様子は心底気に入らない。
アッシュは、具体的なことは何一つとしてしゃべってはいない。
それなのにああだこうだと言われるのは、非常に癪に触った。
「はい。私は勝手な人間ですから。」
あくまでもジェイドは開き直る。
ジェイドを少しでも知っている人物であればそれはいつものことであるのだが、こういった状況でアッシュの頭がそこまで冷静に働きはしなかったのが、不幸だった。

「本当だという証拠はあるのか!?」
「嘘だという証拠もありません。」
アッシュの言葉にしれっとジェイドは返した。
「私には自発的に切り替えているように見せかけていたようですけど、これでも人を観察するのは得意なんです。だまされませんよ。
ルークはともかく、この体はあなたの体だ。自分のことは、自分がよくお分かりでしょう?」
たとえ影響力が落ちようとも、生来共に過ごしている身体である。
本質的なことはアッシュ自身がよくわかっているだろう。

「一体、何かしたいんだ。」
「いい加減、ルークとの回線を繋げてくれませんか?
私にメッセンジャーは全く持って性に合わないので、二人で話をしていただきたいのですがね。」
そうは言うが、今までジェイドがメッセンジャーとして役割を成したことは、あまりなかった。
何しろ、アッシュは話をしないのだから。
それでもルークに様子を伝えたりはしていたが。
メッセンジャーという役割が面倒というわけではない。
こんな間接的方法を取っても、一向に進展が見られないからの言葉だった。



「これは、俺の問題だ。あいつは関係ねえ。」
あくまでその言葉を押し通す。
その言葉に変更はなかった。

「関係ないねえ…」
詠嘆というため息をジェイドは吐き出した。
ここまでの鉄槌ぶりはまさに感心と賛美を与えたいくらいだったが、それでは何も変わりはしない。
いや、アッシュにとってもルークにとっても、ある意味、衰退という進展がある。








「ちっ………限界か。」
そう小さく呟いたアッシュに、身体を持ってかれるような酷い眩暈が到来した。
肉体的痛みなんてアッシュにとっては、どうでもいいことだった。
意識さえも持っていかれた。





アッシュが表面化していられた時間は、本当に一握りであった。






















鼓動が早い
息がつまる

そうして、瞳を開いた。





急激な切り替えによる疲労だけじゃない。
得体の知れる何かがルークを襲った。

横たわっていたベッドの素材は上質である。
だから、安静に寝れる筈なのに気分は最悪であった。



アッシュが表面化している間は、ルークの意識に考えるということは出来ない。
だが、今は考えるということが出来る。
悲しかった。
何もかも。
認めなくてはいけないのかもしれない。
だけど、認めたくないものは認めたくない。
考えたくなかった。
夢ならいいと思う。
夢は夢を見るところなのだから。
しかし、それは同時に逃げ場である。
これが現実なら、受け入れなければいけない。
どんなに辛くても、自分は生きているのだから。
考えるという思考を与えられてしまったのだから。









「………アッシュが消える…」

寒さからではなく、ルークの唇が震えた。
そんな…だって。アッシュが消えてしまうだなんて。
全ての思考がそれで埋まった。



「ルーク。大丈夫ですか?」
ルークをこんな状況に追いやったのは、自分の言葉によってであったが、それでもジェイドに後悔はない。
真実を告げないほうが良いと思える状況ではなかったから。

「また、俺のせいなのか?」
「そうともいえます。」
ここで気遣いを入れても、前途はない。

音素フォニム固有振動数の結果を思い出して下さい。
本来一つしか存在しない筈の振動が二つあった。一つは正常で、もう一つは弱々しかった。
弱々しい振動の方は、おそらくアッシュでしょう。」
「あれが、アッシュ?俺じゃなくて…」
いつも不安定なのはルークの方だった。
だから、駄目なのは自分なのだと思っていたし、考えるような余地も持ってはいなかった。

「本来なら、アッシュは死んでしまった。
しかし、ローレライを解放して第七音素セブンスフォニムが一時的に集約した。乖離しかかったアッシュを構築する音素フォニムが、その癒しの力で再構築されたのでしょう。
今のアッシュは、染み付いている被験者オリジナルの身体に辛うじて繋ぎとめられているだけの存在です。」
そう、二年という歳月持ったことの方が奇跡と言えよう。
近頃の急激な退歩は、期限という名のタイムリミットの近さを物語っている。



「どうすれば……どうすれば、アッシュは助かる?」
道はあるのか?
やっと掴み取れると思ったのに…
より遠く…いや、何をしても掴み取れない者になってしまう。
再び、アッシュを失うかもしれないだなんて、どうして考えることが出来よう。

「アッシュ自身が生きることを望まなければ、アッシュが独自の身体を持ち得ても定着しません。
しかし、彼は生きようとしていない。」
至極簡単そうで、至極難しい事。
アッシュの口ぶりから察するに、自分が消えるということはわかっているようであった。
そして、それを甘んじて受けるつもりということも。
アッシュが生きる決心をしない限り、彼は助からない。
「どうして…アッシュだって、死にたくないって言ってたのに。」
レムの塔やエルドランドで、アッシュが自暴自棄になったのは自分がいつかは消える存在であるとわかっていたからであろう。
誰だって、死にたくはない。
生きていたい。
どうして、その当たり前の選択を選ばない?
選んでくれないんだ…
ただ、生きていて欲しい。
人間として最初に与えられた権利を放棄するだなんて。
「アッシュにはアッシュなりの理由があるのでしょう。けれど、それを彼が言うとは思えません。
私も説得はしたいのですがね。彼が、私の話に耳を貸すとも思えません。」
アッシュは、ジェイドにさえも手があまる人物だった。
依然として、会話らしい会話さえ成り立ったこともないような気がする。
嫌っているという感情的で幼稚な答えではない。
何か別の明確な答え、をアッシュは持っているように感じられた。










「俺が……俺が、説得する。」

まるで何かに乗り移られたような暗さで、ルークはそう言った。
近づこうとしなければ、距離はどんどん離れていく。
気弱になっている場合じゃなかった。



「あなたが…ですか?しかし、どうやって…」
ルークが説得するというのは、やはり理想の形であった。
いや、ルークの説得を聞かないようであれば、他のどの人物が説得しようとも無理であろう。
かつてルークも死を選んだ、アッシュとの対の存在であるのだから。
だから、ジェイドもアッシュにルークとの回線を繋げるように言ったのだが、それは叶うとは思えなかった。





「アブソーブ ゲートに行く。
あそこは、唯一俺がアッシュに話しかけられた場所だから。」

プラネットストームを閉じる為に、巨大譜陣の中心でローレライの宝珠を使った時、地核に落ちてアッシュを掴み取ることが出来た。
また、同じ現象を起こすことが出来るとも限らないが、ローレライの宝珠が装着しているローレライの鍵はここにある。
可能性がゼロでない限り、ルークはどんなことだってやってやるつもりだった。
「やれやれ、アブソーブ ゲートですか。
あそこに一般の船は出ていませんからね。タルタロスでお送りしますよ。」
本来、航海予定に入っていない領域を横断するのは、他の船の進行を妨げる危険が在る為、許可されはしない。
しかし、タルタロスの乗組員は優秀であるし、万が一のことはないであろう。
ルークは自分で決心をしたのだ。
ジェイドもそれなりの応対を見せた。



「ごめんな…色々と迷惑かけて。」
本当に、ほとんどジェイドに頼りっきりである。
自分で出来ることは自分でするが、それでもどうしようも出来ないこともある。
それは、情けなくもあったが、情けないと言っている場合でもない。

「私はそんなやさしい人間ではありません。ただ、自分の犯した研究が間違っているという証明をしたいだけです。
あなたは、いつも私を裏切ってくれますから。」



そう言って、ジェイドは遠いところを見つめた。

























アトガキ
2006/02/04

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