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  接触感染  2












「あーーー!わかんねえ!!」
ファブレ公爵邸の一角にて、おきまりの癇癪がおこった。
声の持ち主はファブレ公爵の一人息子であるルークであり、自室でその見事な赤髪をからめながら頭を掻き、騒ぎ立てた。





「おいおい、ルーク。どうしたんだ?」
喚いているご主人様の様子を見に来たのは、使用人であるガイだった。
ファブレ公爵邸に身の回りの世話などをするメイドはたくさんいるが、ルークが慕って仲の良いのはガイくらいであった。

「ガーイーー。これ、わかんねえよ。」
「これ?」
ルークが、これと指し示す本をガイは覗き込んだ。
「何だ。ただの本じゃないか。」
別段と厚くもない本は、ただ文が乱立しているだけだった。
「家庭教師がさあ、読んどけって言ったんだけどさ。俺、読めねえっつーの。」
拗ねた子供のように、ルークは本を追いやった。
「うーん。何とか会話は出来るようになったんだけどなあ。フォニック言語はまだまだ無理か…」
ガイの呟きのような言葉は、ルークの本心を代弁したものだった。

二年前に誘拐され、コーラル城で発見されたルークは全ての記憶を失っていた。
記憶障害と漠然と言うが、ルークのは重度で、それこそ過去の記憶はもちろんのこと、話すことも歩くことさえも忘れていた。
身体は十歳だったが、最初は生まれたての赤ん坊に戻ったという印象しか受けることが出来なかった。
この二年間で、いろいろと詰め込んで覚えさせて、何とか日常生活(それも最低限だが)が出来るようになり、人と会話をするすべを覚えた。
しかし、勉強というものが苦手なのだろう。
オールドラント共用語であるフォニック言語の覚えは格段に悪かった。
昔はこうではなかったような気もするが、身体を動かしたりする剣術や人と触れ合える会話の方に重点を置き、今まであまりフォニック言語を学ぼうとしなかったという姿勢は事実だった。
嫌な課題は後に残るものであり、最近は家庭教師が毎日のようにフォニック言語を教えているのであった。



「あーあ。折角、ヴァン師匠(せんせい)が来てるのに、たりいってーの。」
ルークは完全にやる気が失せたらしく、ベッドに横たわりじたばたした。
「俺が教えてやりたいのは山々なんだけどな。これから使いに出るんだ。帰りは遅くなるから、また明日な。」
じゃあ。と軽く言い、足早くガイは部屋を出て行ってしまった。

「ひでえ…行っちまった。」
その、少し薄情な様子にルークは不機嫌になる。
ガイは使用人で、ルークの遊び相手が主な仕事であるとはいえ、本当にそれだけをしているというわけではない。
そういったことは多少はわかっていたが、思い通りにならないことが増えたので、ますます勉強をするのが嫌になってしまった。
相当面倒になり、普段ならふて寝でもするくらいの勢いなのだが、なぜか今日はそんな気が起きない。
昨日、寝すぎたせいかとも思うが、とにかくこの状況はうっとうしくて仕方がなかった。
気分転換の為に、ルークは部屋の壁の三分の一を占める広く取られた窓を開いた。
別段、いつもと変わりようのない場景と酸素の循環があるだけの筈だった。



「ん?おまえ、誰だ?」






それが 変化だった
















可能性が無きにしも非ずであったが、来て直ぐの瞬間に身を隠す暇もなく、その窓が全開になるとは、さすがのアッシュも思いはしない。
辿り着いた先が、この部屋になるのは仕方のないことだったのかもしれないが、だからといってあいつに会う必要性を感じはしなかった。

「レプリカ…」
と、アッシュは心の中だけで言った。
ヴァンが創った、ユリアの預言(スコア)を覆す捨てゴマとして生まれた代用品。
レプリカを創るまでの大方の経緯は聞いていた。
それは望まないことではあったが、必然と決められたこと。



「あー!わかった。新しい使用人だろう?最近はガイも忙しいから父上に頼んどいたのが、やっと来たか。
ほらっ、こっちに来いよ。」
差し出された手だったが、アッシュはそれを受け取ることは出来なかった。
フードをかぶって姿を隠しているとはいえ、うりふたつの存在。
何も知らないルークにとっては、自分と同じ存在が存在するとは思いもしないだろうが、それでもわからないのかと感じる。
「何だよ。人が折角、手を出してやったのに。まあ、いいや。いつまでもつっ立ってないで、上がって来いよ。」
呆れた感も示して、ルークは窓際から離れた。

ルークの言葉に従ったということだけは断じてなかったが、たしかにいつまでもそうしているわけにもいかないし、アッシュにはやることがある。
仕方なく、部屋へと上がった。
室内に入ると、二年前をさすがに思い出す。
窓際に置かれた写真たてや無造作に置かれた練習用の剣などは、元々は自分の部屋であるせいか二年前とほとんど変わりがなかったから。
思い出などには囚われたくなくて、直ぐにこの場を立ち去りたいとも思うが、余計なものがアッシュの裾を引っ張った。

「なーなー。これを読めよ。」
その余計なものはもちろんルークで、ベッドの縁に軽く腰掛けながら、本をアッシュに押しかけた。
「自分で読め。」
「だから、読めないんだっつーの。」
何がだからなのかはよくわらなくて、アッシュは眉間に皺を寄せるが、一応はその本を受け取る。
そうするとパラバラと本を捲り、このページだ。とルークは読んで欲しいページを示した。
「何でもかんでも人に頼るな。読めるところまでで良いから自分で読め。」

「おまえ、口が悪いな。」
完全に癪に触ったというわけではなかったが、使用人だと思っているアッシュの物の言い様にルークは不満をもらした。
「人のことをどうこう言うなら、自分の口の悪さを直してから言うんだな。」
「何だよ。そんなこと俺の勝手だろ。大体、他の使用人たちは口調を直せなんて言ってこねえっつーの。」
ガイあたりはたまーにそんなことを言っていたような気もするが、ルークはさして気にも留めていなかった。
そもそもルークが会うことができる人物は限られており、言葉を選ぶような機会もなかったから。
「人に言われる前に、自分の脳みそで少しは考えろ。ガタガタと文句を言ってないで、読むならさっさと読みやがれ。」
ずいっと持っていた本をアッシュはルークに押し返した。
「あーもう、チクショウ…わーったよ。読めばいんだろ。」
観念して、ルークは本へと目をやった。



「N…D……2…000………ローレラ…イの……力を…継…ぐ者……………………
うーん。あとは、わかんねえ。」
しばらく記憶を探るように考え込んだが、それでもルークはわからないという表情で返した。

「…おまえ、本当にわからないのか?ここまで読めるなら、次の文も読めるだろうが。」
「家庭教師が毎回この文ばかり読んで、覚えさせようとしてんだよ。暗記しているだけで、理解はしてねえ。」
「けっ……屑が。」
小さく悪態をついたその言葉は、ルークの耳元には届かなかったようだ。
どこまで他意があるかはわからないが、それでも家庭教師風情が知っているユリアの預言(スコア)は一般的にも認知されている程度であろう。
預言(スコア)に自分の死が予言されているとは、誰だって思わない。
今まで外れたことのない、ユリアの預言(スコア)なのだから。

「ここまで読んだんだから、次を読んでくれよ。」
今度こそはと、ルークはアッシュに読むように強制してきた。

「ND2000
ローレライの力を継ぐ者
キムラスカに誕生す
其は王族に連なる赤い髪の男児なり
名を聖なる焔の光と称す
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう」

機械的なようにアッシュは読み上げた。
「ふーん。そう、書いてあるのか…」
やっぱり内容は理解していないようで、ルークは文字をなぞりながら覚えようとしていた。
















コン コン コン
その時、部屋の扉が叩かれた。
この独特な叩き方は、間違いなくメイドによるものだった。

「何だ?その場で用件を言え。」
邪魔をされたくなかったのか、ルークは入室を許可はしなかった。
「ルーク様。ヴァン・グランツ様が宿屋にお帰りになります。」
「ヴァン師匠(せんせい)が?何で!?」
「今日の晩餐会にご出席なさるご予定でしたが、奥様の容態が芳しくないので取り止めとなったからです。」
「見送りに行く!玄関で待ってもらうように伝えろ。」
「かしこまりました。」
お辞儀をしていたようでしばらくはその場にいたようだが、直ぐにいなくなる足音が聞こえた。

その会話は、アッシュにももちろん聞こえていた。
ヴァンが宿屋に戻るなら、ファブレ公爵邸に用はない。
元々は、バチカルにさえも近寄りたいとは思っていなかったのだから。
開かれたままの窓から、再び抜け道へと向かうべく、アッシュは窓枠に足をかけた。

「おい!どこ行くんだよ。」
やっぱりというか当然というか、ルークが疑問の声をあげた。
「用は済んだ。帰る。」
「何だよ。おまえまで帰るのかよ…」
一瞬怒ったような感情もみせたが、名残惜しそうにしゅんと落ち込む。



「あーもう、しかたねえ。おまえ気に入ったから、また来いよ!じゃあな。」
何とか切り替えて終わりの言葉を告げた。





「ああ。」
ためらいはあったが、さすがに無言で立ち去るわけにもいかずに、アッシュはそう返した。
満面の笑みの少年が手を振り見送る中、アッシュは再び闇に戻る。










『また』ということは、ない筈だった。
それでも、肯定を匂わせる様な言葉を返した理由はわからない。






自覚のない一粒の思いを残して、やがて二人は再会の刻を迎える。


















アトガキ
2006/01/13

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