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  サクリファイス  7










最初で最後に出会って、それで……
これからはとても幸せな日々が続くと思っていた。









再び襲った隕石群による激震を身に受けなかったのは、宙に浮かんでいるルーク達だけだった。
それでもオールドラントを震わせる振動が大気を伝ってこちらまで伝わるように、体感して震えていた。
そんな様子をこのまま凝固して眺めていても、ゆるやかな後退しかないのは明白だった。
ノエルはぎゅっと舵を持ち、前方を向く。
隕石により雲と気流が乱れたので、多少視界が悪い。
アルビオールは下降をして少し航路から外れている。
再び浮き上がり雲の上の大空へと、そして一直線にユリアシティを目指した。
アルビオールはこんなに急いで飛んでいるというのに、それでもルークの汗はなかなかぬぐえなく、挙動がとまらない。
一人焦りを感じていてもどうしようもないのはわかっていたが、それでも地団駄を踏むようにじっとしていられる心境ではなかった。
後の機内はさびしく会話もなく、ミュウはちょこんと座っているだけで押し黙って静かにしていた。








安全に且つ慎重にユリアシティに着陸すると、ルークは周囲に目を向ける。
カラーリングは多少違うが、アルビオール三号機が近くに停泊してあるのがわかった。
やっぱり先に着いている。
一旦、目をやり、ノエルに悪いと断りを入れてから、街の中心を目指して駆け出した。
ユリアシティはオールドラントの中枢箇所という役割上、古くから秘密裏に住んでいたローレライ教団員たちが細々と生活するくらいで、他の街に比べるとそれほど多くの人は滞在していない。
しかし、それを踏まえた上でも今は格別に人とすれ違うことは少なかった。
一組、無邪気な子供が横を駆けってはいたが、直ぐに母親と思われる人が家から飛び出てきて、叱咤した。
再び家に閉じこもる前に一瞬だけ空を見上げたが、その表情は不安に浸っていた。

足音がうるさくなるほど目指すとき広場に差し掛かり、ルークは書類を見ながら急ぎ足で移動しているジェイドを見つけた。
その表情にいつものような余裕は見えず、手早くめくりを入れて難い顔をしている。
「ジェイド!」
街一番の広場に当たるというのに今日という日に他に誰もいなかったことをいいことに、ルークはいっぱいに名を叫んだ。
その声は障害物少ない広い空間に、素早く伝わる。
対するジェイドは足をピタッと止めて、久しぶりに驚いたようにこちらを向いた。
「ルークですか。ちょうど良かった。」
カツカツと軍靴を慣らしてジェイドが近づくより先に、ルークも走りを入れる。
「ユリアシティは大丈夫だったんだな。」
一先ず安心できることの確認が、それである。
もし、ベルケンドと同じように津波に呑まれて、凄惨な状況が広がっていたらと思うと、震える。
「はい。隕石はユリアシティのかなり沖合いに落ちました。方々から連絡が来ていますが、安心して下さい。他の地域にも多少の高潮はあったものの、甚大な被害は出ていません。」
不幸中の幸いというところかと、それでもジェイドの表情は緩やかを見せない。
「でも、障気が………」
はるか昔の創世暦時代の人が造りし建物は頑丈で、先ほどの隕石の衝撃にもびくともしなかった。
もしかしたらこんな日を預言しての構造なのかもしれないが、ドーム状になっていたのがよかった。
それでも荒波がやってきたことはありありと姿が残るように、いたるところに水しぶきが張り付いており、空気の循環口から落ちてきたと思われる海水が、足元を滲ませる。
その外には黒く薄い雲のもやのような障気がある。
既にうっすらと障気が立ち込め始めており、ルークがここまで移動している間にも大分濃さを増した。
ユリアシティは元々魔界(クリフォト)にあった為その点の障気に対する防備は万全だが、他の街では確実にそうではない。
近い未来とも言えない明日にも、オールドラント中を覆った障気は襲い掛かるに違いなかった。
「アブソーブ ゲートとラジエイト ゲートより無線が入りました。両地点共にパッセージリングが支えきれなくなっているそうです。現在は疑似超振動発生器も切断しています。」
「だったら、俺はアブソーブゲートに直ぐ戻った方がいいのか?」
あれだけ苦労したものが一瞬で崩れた。
それでも、嘆いている暇は微塵もない。
自分たちに出来る事ならなんだってやる。それを決めたのは遠い昔でも。
「無駄です。これから詳しい計測はしますが、おそらくは地核に埋めたタルタロスが今回の衝撃によって破壊されました。今までと同じように両地点より超振動を加えても、障気を抑えることは不可能でしょう。」
結果は目の前にあるから、ジェイドは淡々と事実を述べた。
「俺たちがゲートにいたら、それは防げたことなのか?」
安易に離れたことが理由なら…
「いいえ。かえって、生身の人間に制御させたら体が持たなかったかもしれませんでしたから、良かったと考えるべきです。起動していた疑似超振動発生器のいくつかは暴走を起こしているほどです。」
二人がいても、どうしようもなかったことだ。
そしてこれから先、二人の超振動をもってしてもどうすることは出来ない。
その事実を思い知り、ルークは歯を食いしばる。
「…これから暫定的ではありますが、対策会議を行います。まずはそれを経てからです。あなたも臨席して下さい。」
促すようにジェイドは踵をかえしたが、繊細にはいくばかか欠けている。
誰もが絶望的な状況がわかるかのように。
「アッシュは?」
「そうですね。彼にも臨席してもらわなくては。先ほどまで、ティアの部屋の奥にある庭にいました。呼んできて下さい。」
「ありがとう、行ってくる。」
ティアの部屋はここから直ぐ側なのに、ジェイドも一緒に向かわなかったのは二人に対する気遣いであろう。
それに到る礼の言葉だった。



会いたいな…とずっと思っていた。願っていた。祈っていた。
回線を通じての会話だからこそ、降り積もる想い。
そして、やっと会えたのにこんな……悲惨な状況が待ち受けているなんて。

いくつかのノックをしても返事はないので、悪いと思いつつもルークは中に入り、再会を果たす。
実際に会うのは全然違う。
庭の中心のヴァン師匠の墓の前に、彼の姿が確かにあった。
昼間のため、咲かない花畑をルークはすぎる。
こんな再会になるなんて思ってもいなかったが、感動している場合ではない。
「パッセージリングだが…」
喜びを一入も入れずに、アッシュは本題を入れた。
雑談などしている暇はない状況だから、これも仕方ないと割り切るべきなのだろうか。
「ジェイドから話は大体聞いたよ。」
「そうか。」
「どうして、こんなことになってしまったんだろう。手立てはないのか…」
ここでルークは一番の弱さを見せた。
単純に見せてよい相手ではないのかもしれないけど、一人では不安に押しつぶされそうだった。
これから対策会議が始まる。
もし、それでよい案が浮かばなかったら?
障気の件は最初に発生したときからずっと考えていたことで、なんとか消滅させる方法をずっと研究してきた。
疑似超振動発生器はその集大成とまでは行かないが、かなりの結果に当たる。
しかし、今回の隕石をそれをも粉々に打ち砕く上を行ってしまった。
想定していなかったわけではないが、あまりにあっけなさ過ぎた。

「………ローレライの言った言葉を覚えているか?」
「え?」
ぐるぐるしている中で問われたので、ルークは即答出来なかった。
聞き返しを求めたわけではなかったが、そんな声を漏らしてしまう。
「お前はここにいろ。」
確実な命令を下すように、アッシュは放つ。
言葉には強い意志が加えられていて、凄みを利かせていた。
「…どうしたんだ、アッシュ。おかしいぞ。これから会議なんだから、そんなことは…」
ルークが疑問を全て言い切る前に、アッシュは足を踏み出す。
草の一部が踏まれるのも構わずに黙々と。
そうして、首を傾げるくらいのルークにアッシュが触れた。
それは柔らかいものではなく、強く。
ぐっとルークの腹に衝撃が加えられたのだ。
内側を回す痛みにルークは涙目になるが、それさえも段々と消え行く。
「なん………で…」
「すまない。」
制止をするようにアッシュの手をつかみとろうとするが、間に合わない。
アッシュは、埋め込むように拳を押し上げた。
ぐらりとルークが倒れる合間にも虚ろが現れてくる。
予期していなかった身体の変化に正直になっていて、勝手にアッシュに支えられる格好となった。
アッシュはゆっくりと開いていない花畑の中にルークをおろす。
体制の安定を確認すると、その服の中を探り始めた。
懐をまさぐると目的の物を転がり落ちてきた。
草の上で止まった、淡い光を放って存在感を示す球体を持ち上げると、少しの汚れをぬぐう。
アッシュはローレライの剣を取り出して、球体を本来の位置にはめ込んだ。
滾々と紅い光が漏れ出して、剣全体も輝きだす。

「これが、与えられた力か。」
それがルークが見た最後の記憶で、内側から放たれる気持ち悪さに瞳を閉じて、意識を潰した。








「……さん………ルークさん……………大丈夫ですか?」
相手ははっきり叫んでいるのだろうが、ルークの耳には完全には届かない言葉。
言葉だけでは反応が薄い事に気が付いた相手は、更にルークの身体全体にゆさゆさと揺さぶりを入れた。
ようやくおぼつかない意識が上がってきて瞳を開ける。
それでも、視界が駄目だ。
視点を絞ってみるが、直ぐには見えなかった。
「………ギンジ?」
ゴーグル姿の特徴的な服に身を包んだ蒼い姿からそう判断して、ようやく名前を呼んでみる。
「どうしたんですか?こんなところに倒れていて。」
語りかけてくれた安心から、やっと具体的な言葉をギンジはかけた。
仰向けに倒れていたルークを起きあげるか、不安定なので立たせるまではいたらない。
目だった外傷はないが、持病なので倒れられたのならばとんでもない。
「医者を呼んできますね。」
「いや、俺は大丈夫だ。」
アッシュに当てられたみぞおちを擦りながらもルークは言う。
じくじくと響く多少の痛みがあるが、時間が経っているため大分楽になった。
遠慮をしたわけではなく、本当に大丈夫だと思った。
わずかに残る感覚から耳を澄ませる。
そうだ。アッシュは俺の持っていたローレライの宝珠をどうした?
肌身離さず持ち、大切にしまいこんでいたが、今はない。持って行かれた。
それが、確信になる―――

「アッシュは、どこにいる?」
「それが、アッシュさんも見当たらなくて探していたんです。みんな会議に出席しているので、おいらとノエルで。でも、どうやらユリアシティにはいないようなんです。行きも帰りもアルビオールでと話をしていたのに。」
少しの戸惑いを見せるギンジは考え続けていた。
オールドラントは再び障気によって充満を得てしまった。
濁り合う空気の中の毒気に侵された人がどうなるか目の前で見ていたから知らないわけはない。
外に出てしまってはどんな人間にも障害が出てくるに決まっているから、そんな中をたった一人でどこへ行ってしまったのだろうかと。
「やっぱり、行き先を悟られないようにするためにか………」
ギンジの言葉を受けて、独り言のようにルークは呟いた。
どこまでも悲しそうな表情をして俯いたが、それも一瞬で。
「ギンジ、悪いけど俺を乗せて行ってくれないか?」
「それは構わないですけど、どこに。」
アルビオール内部は構造的に密閉空間に当たる。
障気の世界でも乗り降り時はさすがに万全ではないが、一時の風を巻き起こしてカバーできるだろう。
それでも世界中は不安に駆られている。
対策会議も終わっていないというのに、ルークの行動もまた一つの疑問に感じた。

「レムの塔だ。そこにアッシュもいる。」
障気の件は、もう少し研究すれば将来的にはどうにかなるかもしれない。
でもそんな時間は一刻もないのだ。



そう、ルークにはわかっていた。
アッシュは死ぬつもりだ。
もちろん無駄死になどはしない。

先ほど問われたローレライの言葉なんてもちろん覚えている。
今までの制御は、超振動だけで事足りていたので剣も宝珠も必要はなかった。
力を与えられたのは剣と宝珠自身で、鍵となったとき完全な形になる。
ローレライの力を最大限に借りて、無限の第七音素(セブンスフォニム)を集める力を持つのだ。
これなら障気を消し去るのに、一万人分のレプリカや第七音譜術士(セブンスフォニマー)は必要ない。





アッシュは障気と共に心中をする…

もうこれしか考えられなかった。



















アトガキ
次で、ラストです。
2007/09/28

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