アッシュがレムの塔のそびえ立つキュビ大陸に降り立ったのは、大分時間がかかったときだった。 一歩立ち止まる度に障気は闇を増していくように感じる。 急がなくてはいけないので、かろうじて船の降り場を塔に近いところを選んだ。 この大陸にはレムの塔以外の建造物は見受けられないので、巨大な塔の姿自体は接岸する前から見えているが、それでも岸から随分と距離があった。 駆け足で入り口を目指していたが、立ちふさがるものがある。 「ちっ…またか」 何度目かの襲来に、アッシュは邪魔をするなと舌打ち交じりに声を出した。 この付近に生息する魔物が目ざとくこちらを見つけて向かってきたのだ。 もちろん言葉は通じないし話し合えるような関係でもないので、殺しはしない程度に潰しにかかった。 少々厄介な敵に囲まれると各個撃破に当たる。 魔物の性か、相手は逃げるようなこともせず、それでも最後には防戦も入れられたが、倒していった。 それを何度か繰り返して行く手をさえぎる魔物をなぎ払いひたすら進むと、天に最も近い場所と称された事もある塔の入り口へとたどり着いたが、この場所も本当に一人きりだ。 今の世界の形になって数年が経過したが、レムの塔はキムラスカにもマルクトにも属していない扱いになっているし、元々 ユリアシティと共にあったため一応現在はローレライ教団が管理をしているが、人手にそれほど余裕があるわけではないので普段は誰もいない。 以前に何度も足を踏み入れているため、扉の戒めは解かれていた。 無造作に開かれた扉から中に入ろうとすると、訪れる高音。 再び手にしたローレライの剣とローレライの宝珠が合わさったローレライの鍵による深い共鳴音がキンキンと響いて耳に触るのだ。 意志を持っているわけではないが、これからすることはわかるらしい。 「反響が大きすぎるな。」 このままの状態が続けば、上層階にたどり着く前に自身の 始祖ユリアも使った鍵…巨大すぎる力を身につけた代償はこれかと思い、アッシュは鍵に手をやり、はめ込まれた宝珠を剣から取り外した。 宝珠を単体で持つと、深紅の色が鈍くなるが熱などは帯びていない。 そのまま傍らにつけた布袋の中に一旦しまった。 まだ、 レムの塔内部まで魔物は入り込んでいないようで、それを確認してから上へと向かう常套手段を探す。 これも随分と使っていなかったが、入ったところのパネルを操作すると上へ向かうエレベーターも問題なく動作を始めた。 どうやら、外階段をのぼっていなくて良いようだ。 時間が無いという理由もあるが、死への階段を登るようにあがっていくのは趣味じゃない。 エレベーター内部に入って、中のパネルで指示を出すと、瞬く間に最上部の中心へとたどり着いたのだった。 眩しい――― エレベーターの扉が開かれたときの第一印象がそれであった。 太陽に近くなってしまったことで、アッシュは目をつぶってしまう。 ついに…という気持ちもあり、安堵していた油断もある。 研ぎ澄まされた感覚がこのときだけは一瞬の鈍りを見せた、その瞬間だった。 身に寄る風を体感してアッシュは構えた。 そして、目的を持った手が伸ばされて、攻撃とまでは言わないが軽い衝撃がアッシュの身体に与えられた。 瞬間的に剣をひいたが、全ては間に合わなかった。 ごろん…と転がり落ちる音がする。 宝珠の入った布袋を止めていた紐が切られて、床に落ちたのを持って行かれたのだ。 かろうじて剣は死守をしてとられなかったが、また敵かと思い、すかさず反撃に向かおうとした。 しかし、その相手を知ってアッシュの手は止まった。 「返せ。」 「嫌だ。」 単純な言葉の応酬から始まり。 「俺がここにくるとわかったんだな。」 あきらめはしないが、そんなため息交じりの声をアッシュは出す。 こんな口調を投げかけられるのは、世界にただ一人。 先回りをされて、外面は嫌な顔をしたが、内面ではこれを待ち望んでいたのかもしれない。 「アッシュの考えている事ぐらいわかるよ。無理にでもアルビオールを使わなかったのは失敗だったね。」 この場に訪れたアッシュに待ち伏せをかけてから不意打ちを食らわせて、宝珠を奪ったのはルークであった。 ルークもユリアシティで宝珠を掠め取られたのだから、これでおあいこだとも思った。 ギンジに頼んでアルビオールを飛ばしてもらったが、タイミング的にはギリギリだったから。 「………死ぬつもりなんだな。」 オールドラントを脅かし死滅させる障気を道連れにする…そのことを改めてルークは口に出した。 以前にも同じことをしたことはある。 しかし、そのときとは状況がまるで違う。 悪い言い方かもしれないが、あの時は身代わりとも言える一万人近いレプリカが共にいたのだ。 彼らは跡形も無く消え去り二度と帰ってはこなかった。 実行したのはルークで、その場では存在は消えなかったが、エルドラントでローレライの解放という役目を終えたら瞬く間に消え去った事は記憶に新しい。 アッシュの身と、新たな力を得たとはいえローレライの鍵のみで障気を除去しようとすれば、たちまちその身は耐え切れずに息絶えてしまうであろう。 「そうだ。わかっているなら、話は早いだろ。」 多くは語らずにアッシュは示唆をする。 これから死に行こうとする言葉とはとても思えなかったが、覚悟は出来ていた。 「アッシュが死ぬことを、俺が認めるわけがないだろ。」 「じゃあ、どうする?このままの障気の充満する世界にするつもりか?」 「それもわかっている。だから…」 違う。そんなの無理だってわかっていると、心に留めながら、ルークは動作をかける。 手を差し伸べる。 まっすぐとアッシュに向けて……… 「なんのつもりだ?」 ルークのその行動に、低く唸る様にアッシュは怒った。 前にもこんなやり取りをした。 今は、以前のようにルークの仲間がいない。 二人だけの空間は、邪魔をするものは誰もいないということでもあった。 目の前に、酷く単純な選択肢がある。 二人のどちらが永久死の犠牲になるかという、単純だからこそ複雑な二択。 アッシュが死ぬか ルークが死ぬか 「ローレライの剣を渡してくれ、アッシュ。俺が犠牲になればいい。」 天を突き抜けるほど広い空間にいるのは、二人きり。 誰もいないのは一人だけ残るために宛がられたからで、吹き抜けの平らな地には障害物さえもなく、そのまま抜けるようにルークの声が凛と通った。 眼差しに込めた熱い想いは、アッシュに伝わったようでもあったが無碍になりうる。 「ふざけるな、おまえこそ早く宝珠を渡せ。」 先ほどから場の中心から一歩たりとも動くつもりはないアッシュは、強い口調で全否定をかけた後、その左手を差し出した。 二つの選択肢のどちらを選ぶかは、当人同士である。 今更、話し合いで決めるなどということは、到底無理であった。 二人は互いに生きて欲しいと願い続けていたのだから。 時間だけが経過をする、崩れない均衡。 その結末を無理やり動かすには、もうこの一つの手段しかなかった。 あの時あの選択を選ばなければ、彼は死ななかった 彼がこの選択を選び続ける限り、もう一人の彼もこの選択を選ばざるを得ない… 「いつも決着はこれで決めてきたからな。」 わかりきった間柄。 アッシュは抜いてあったローレライの剣をルークの鼻先へとむけると、一歩遅れてルークも剣を抜いて対峙する。 ローレライの宝珠をしっかりと身につけたまま、それが互いの対価として。 再びこの地で奪い合いを行うなんて酷い皮肉だが、それでも一時の平和を味わえただけでも幸せと思うべきなのだろうか。 今まで模擬での手合わせは何度もしたが、それは優劣がつかないほどの互角で、互いに負けないようにと鍛錬の日々でもあった。 その中でも一番の本気を見せる。 障害物もない場所ではただ力と技が求められる戦いで、猛襲の連打が容赦なく繰り広げられる。 アッシュが譜術を唱えている隙もないほど激しい打ち合いだったで、何度も殺す事もいとわない本気の素早い激突が繰り返される。 これが互いの為だと思ってやったことで、それが随分と長い時間続いた。 何十回合わせたかわからないが、剣を重ねるごとに二人は会話をしているような浮遊感に到る。 隅々に傷は作ったが、体力を消耗するだけで決定打には到っていなかった。 「はぁ、はぁ………」 訪れる疲労を促すように、同じ息を二人は何度も吐き出した。 失速した後は、動けない。動かない。 近づいたままなのに、そんな状態が随分と長く保たれた。 会話をしなくてもわかることがある。 ふっと、二人は互いに笑った。 始めから決着なんてつかないことはわかっていた。 二人共本気が出せるわけがなかったが、この結果はそのことから出たミスではない。 これは、三つ目の選択肢を作るための戦いに過ぎなかったのだから――― 「もっと早くこうすれば良かったんだな。」 どちらがそう言ったのか、二人とも同時に言ったのか、それはわからない。 それでも、互いに向き合って、剣と宝珠を差し出した。 揺ぎ無くはめ込み、二人で鍵を持つと、太陽から有り余らぬほどの光を集めるように、剣の先に ローレライの剣と宝珠がそろっている今なら、出来る。 このときこそ、ローレライより授かった力を使う時なのだ。 そして、天はこちらに開く。 やがて障気をレムの塔上空へ集め始めて、引き込まれるほどよどんだ深淵が作られる。 オールドラント中の全てをかき集めて地核に残っているものも全て、余すことなく。 急激な活性化を得ると、その場だけ密集しすぎて元の色など到底わからなくなるほどの、どす黒い世界になっていた。 もう二度と障気に侵される世界にならないように。 今度こそ、命をかけるために。 「本当にいいんだな。」 最期の確認をアッシュはする。 「そっちこそ。俺は、むしろ本望だよ。」 最期だからこそ思い切って、ルークは笑って答えた。 ルークが死ぬか。 アッシュが死ぬか。 二人共死ぬか。 三つ目の選択肢が、もう胸には出来ていて、二人がどれを選ぶかは明白すぎた。 選択肢とは選ぶものではない。自分で作り出すものだ。 誰かを犠牲にして生きるのも、一人が死ぬのも、冗談じゃない。 だから二人で死ぬよ。二人で死にあおう。 二人は、二人で一人で一つなのだから。 丸ごと包んで、寄り添って。 「これでいい。」 彼方へと向かって呟いた。 これで、死ぬまでも、死んでも一緒。 命は軽んじてはいないけど、こんなちっぽけな命でも代わりになるのなら、いくらでも差し出しましょう。 それで、俺たちの汚れきった手の断罪の一つになるなら。 どうしても惹かれあってしまう二人で。 彼がいなくなったら、俺は枯れてしまうのだから。 《さあ、死にあおう》 二人は自身を切り捨てる方向を選び取った。 互いが重なったときに、第二超振動が発動された。 二人の命全てが対価になることを見通して、すべてのものを無にする拡散能力を障気へと向ける。 俗に言われる心中という絶命を果たし、死に合いながら、苦しまずに眠るように亡くなっていく。 二人の死が障気を払う。 障気が端から段々と消え行くのと共に、アッシュとルークの身体も透けて行き、存在が切り取られる。 呆けた頭の中でも、ローレライがここまで迎えに来てくれるのがわかった。 それととても、すまなそうな顔をしていて。 別にそんなことはないと、動かない唇を震わして返事をする。 手をとって共に、天へと上っていった。 彼らは墜ちる…そして、どこにも行き着かない。 死ぬ最期の時こそ、生まれた意味がわかる。 鏡が合うということは、それ自身は見えないものなのかもしれない。 それでも、俺たちは二人だからこそ幸せだったよ。 そう呟きながら 二人の犠牲の上に生きることになる世界は、美しいだろうか? そんな問に答えるのは… アトガキ これにて、完結でした。 このお話はアシュルクとしては悲恋ではないとは思いますが、救いのない感じなので申し訳ないという気持ちが多少あります。 元々、人柱をテーマにしていたので、この結末は仕方ないなというのが私の見解なのですが。 ここではない世界で二人はずっと一緒なので不幸ではないと思って下されば、幸いです。 2007/10/05 back menu |