[PR] 服飾      ル フ ラ ン     
  サクリファイス  4










堂々たるに降り立つ、二人の男がいる。
近づけないようにと周囲に降り積もった雪が多々あったが、ざくっと雪が軋む音を踏みしめながらも進む。
歩く姿は二人ともごく自然な様子で、雪深い中で他には目もくれず入り口を目指す。
そうして、しっかりとした足取りで目的地を見つけると、中へと消え入った。
入り口は広くあり閉ざされていない。
その為、流れる風が舞い雪を迷わせていた。
それと共に薄紫色の光が幻想的にベールを作り、これから行く場所の暗さを跳ね除けるように美しかった。
あれも、記憶粒子(セルパーティクル)の逆行の一つかと男の一人は目を向けた。
踏み込んだこの地の名は、アブソーブ ゲート。
プラネットストームの収束地点であり、同時に閉ざされた世界の要の一つでもある。
終点として君臨し、今でも活動を続けている筈だった。

内部は外に比べれば寒さの比は和らいだが、それでも防寒着なしではいられない。
芯まで冷えが残る中では、髪に覆われていなければいずれ耳まで凍るであろう。
それでも、ひとふるいもする様子が見られないのは、二人が寒さ程度には慣れているからだろう。
黙々と進んでいたがいくばくか過ぎた後、前を進む男が半分冗談の根をあげた。
「なあ、ジェイド。まだ、着かないのか?」
雪焼けをした褐色の肌に照り返しが当たるのもかまわず、フードを外したピオニーは一つの声を飛ばした。
楽しく進むような道のりではないとはわかっているが、それでもずいぶんと歩いた。
本当は違うのかもしれないが、綺麗な石に磨かれた道。
創世暦時代に作られたという石は無機質に不思議な輝きを見せているが、淡々と進みすぎたら目を回すくらいにかなりうねっている。
そろそろこの言葉、一つ落とすのは仕方ない時期でもあった。
「まだまだです。地図を差し上げたでしょう。」
脇に抱えた地図を指し示しながら、ジェイドはいつもどおりに言った。
三つの封咒が解かれた後であるから今は簡単に出入りできるが、元々は侵入者を警戒するために作られた場所である。
何度足を踏み入れても、本来ならば慣れるような場所ではない。
「だって、これだろー。」
不満ついでに、ピオニーはばさっと分厚い束になっていた地図を取り出して、丁寧に折りたたんであった紙を開いた。
折り開いていくうちに段々と手一杯になって全ては広げられなくなる。
まあ、つまりでかくて広いというわけだ。
ここまでくると、さすがのピオニーでも見る気が微妙におきないと、暗に語った。
「予め長さについてはお伝えした筈ですよ。」
ジェイドは手元から崩れそうになった地図を支えながら言う。
自身は何度も往復しているので、さして気にもとめない。
大体、零しそうになっている地図だって、以前にアブソーブ ゲートへ調査に入ったときに作ったものだ。
迷わないでたどり着けるだけでもありがたいと思わなくてはいけないのが本筋だ。
「あー、わかったよ。まあ、運動がてらには丁度いいかもな。」
口で聞いていた予想より長くても仕方がないのかもしれないが、けったいな物を作るものだと感心しながら、ピオニーは靴の裏に残った雪をトントンと落としつつ楽観的に言った。
入り口からしても随分と立派なことではあったが、ずいぶんと下層まで降りてきたので、すでに天は果てしなく見えなくなっている。
ここに降りてくるまでにだって随分たくさんの魔物と遭遇したので、その目的だけは果たされているだろう。
「筋肉痛になったりしないでくださいね。」
外にいるときは大分着込んでいたが今は動きやすい軽装に上着を羽織っただけで、ジェイドの方はいつもの軍服で涼しい顔を見せている。
特にジェイドは、コンタミネーション現象により作り出した槍を素早くしまうので、手ぶらに見えて楽そうだった。
「お前は、俺の護衛役だろうが。もう少し頑張ったらどうだ?」
「いえいえ、楽できるのに越した事はありませんから。大体護衛が一人などいうことが、問題なのでは?」
肩をすくめながら、いつものやり取りが交わされる。
ピオニーは体術には特化しているので、二人きりの行幸もさほど苦にはなっていないのが現状で、本来ならば前線に立つべきジェイドより、ピオニーの方が頑張ったりもしていたりいた。
「なんだ。一人じゃ自信がないのか?」
元々、オールドラントの半分を支配するマルクト帝国皇帝が出歩くとなると、護衛が一人などというのはありえないのだが、忍びなこともあり、また只一人の護衛が腹心であるジェイドであるから、許されているようなものだった。
「まさか、面倒なだけです。それに、のりのりで敵を真っ先に倒しているのは誰でしょうね。」
別に心配などは微塵もしていないが、それでも元気すぎる様子を思い出して、ジェイドは呆れた。
「お前らが俺を王宮に閉じ込めるからだろう。たまには身体を動かしたいんだよ。」
普段は散々窮屈な生活ばかり強いられている。
しかし、ジェイドはピオニーがお忍びでよく抜け出しているのを知っていた。
キツイ王宮住まいを強いているとはいえ、彼は比較的自由にしているほうだ。
グランコクマの治安は良い方だが、それでもこれを機会に釘をさしておくのも悪くはない。
「戻ったら多々仕事はありますので、ご覚悟を。なんなら、今この場で草案を読み上げてもよろしいのですよ。」
いつもする、たっぷりの嫌味な笑顔を見せてくれながらジェイドは言う。
「お前、マジで言ってるから性質が悪いよな。」
ジェイドの提案を丁重にお断りしながら、うへーと息をありありと落とした。

「それにしても、あれだけ恨まれてるとか騒いでおきながら、よく行く気になりましたね。」
カツンっと一つの軍靴による足音がするともう一つの音も消えて、ジェイドの声が響く。
「ここはマルクト領だしな。俺の国だぞ。自分が統治している場所くらい足を運べないでどうする?」
「ごもっともですが。」
それ以上の理由があることをジェイドは知っていたが、暗に口には出さなかった。
「それに、俺は命令者の一人だ。この目で見る責任があるからな。」
ピオニーもジェイドも、あの光景をゆっくりと思い出していった。





湧き出る障気に犯される人々を横目に従えつつ、ユリアシティでの会合として三国会議は始まった。
以前の犠牲は多すぎ、残った人々の心の痛みも多すぎた。
またレプリカを犠牲にも出来ない。
約束をしたのに度重なる犠牲を求めるわけにはいかないし、この時勢ではまた新たに彼らに協力をこうむるのは無理だった。
無論、第七音譜術士(セブンスフォニマー)だって同様だ。
地殻の振動が再開したのは紛れもないことで、アブソーブ ゲートとラジエイト ゲートの様子を見てからダアトへやってきたジェイドは場で自体を説明した。
そして、一応確証は得られたことがある。
根本的な解決にはならないが、一時的に抑えることは可能だった。
これが一番確実で安全な方法として、楔が必要だった。

三国を代表して下した言葉。
『世界はこれを決めた。私たちは命令をする。受け入れなくてもいい。人生を壊すことだ。』
『勅命を受けるまでもないです。俺たちの意思で行きます。』

そう答えはもらったが、またこの言葉を言うなんてなと、ピオニーは苦々しく思い出す。





「俺、ルークに嫌われているだろうし。けっこう酷い言い方だったぜ。」
あれ以来ルークには会っていないから、ジェイドに対して愚痴るように呟いた。
「別に恨んでなんていないと思いますよ。」
ピオニーには、何よりも優先すべきこととして国を守る義務がある。
完全には情にほだされはしないと、誰もが知っている。

「恨まれた方が幸せなのかもな。」
ぽつりと呟いた言葉は飲み込む。
しんと凛として冷たい空間の奥底でもあり、終わりの場所の最下層を目指して歩いた。













最深部は、地中深くにあたる程よい寒さの中にある。
与えられた空間は無限にも見えるほど広くはあったが、ただ一人しかいないというのは物寂しい。

「よっ、ルーク。」
目的の彼の姿を見つけ、ピオニーは普段会うときみたいに、微笑を蓄えて気軽に声をかけた。
「へ、陛下!?どうして、ここに。」
一人きりの世界にいたルークは拍子弾んだ声を出したが、直ぐに誇張する。
なんせ人のこない場所であるし、こんな深層だと魔物さえも滅多には見かけない。
誰かが来るのでさえ珍しいのに、その相手がピオニー陛下だというのは、相当驚く。
「かしこまらなくていい。他の目もないしな。全く…お前に会いに来たに決まってるだろ。」
きさくに、もちろんだと口を揃えて、ついでにわしゃわしゃとルークの髪を撫で回した。
「こんなところまで来るなんて、危ないですよ。」
「うんにゃ、全然。それに護衛もいるしな。」
俺を誰だと思ってると言わんばかりな声調で、後ろに控えていたジェイドを示す。
「そうですね。優秀なお守り役がついているので、大丈夫ですよ。」
それまで呆れ顔で見ていたが、改めて顔を覗かせたジェイドは、ピオニーの言葉を微妙に切り替えした。

本当に、相変わらずだ。
それでもずいぶんと久しぶりに二人のやり取りを見ることが出来たとルークは思う。
こんなふうに心が和むのは、気を使ってもらっている。
それを使わざるを得ない状況なのだ。
二人きりで来たのも、大勢でぞろぞろ出向いたらこちらが気にすることを危惧してのことだろう。
本当は恵まれているって、わかっていた。



「その…まあどうだ。暮らしは。」
躊躇いながらもピオニーは聞く。
「良くしてもらってますよ。家まで建ててもらったし。暇なときは、剣術の稽古とかしてますし。」
ふんだんに物資も定期的に届けられるし、見た目よりは悪い暮らしぶりじゃない。
「本当は…お前はこんなところに閉じ込めていい人物じゃないんだかな。」
キムラスカ・ランバルディア王族のファブレ公爵家に連なる…世界を救った英雄の一人の筈なのに、こんな世界の忘れられた最果ての地で居ることを強いられている。
ルークは何も言えなくて、無言でピオニーへ言葉を返したる
「一人で寂しいだろう。ここにどーんと、街でも作るか。」
人が住まうには到底不釣合いな場所に閉じ込めているから、自然出てくる言葉。
「ありがとうございます。」
その様子が、かみ締めて伝わるから、ルークは笑って言葉を返した。
ここを離れることが出来ないルークに対して最大限の言葉だったから、素直に嬉しく受け止めた。





ジェイドが提唱した障気の一時的中和方法とは、地核振動を抑える為パッセージリングの常に制御を続けてセフィロトツリーの形成を誘導するというものだった。
パッセージリングの制御には並みの第七音譜術士(セブンスフォニマー)には不可能で、必然的に順ずべき人物が決められる。
ローレライと同じ音素(フォニム)振動数を持つアッシュとルークが、書き換えをするには最適だった。
それ以上の問題として挙げられたのが回数で、一日に数回だが定期的に超振動を輪に向けることが必要とされた。
ただ、ここにずっといなければならないという、それだけといえばそれだけである。
身体に特別な負担がかかるというわけではないから、生命を縮めるわけでもない。
パッセージリングはユリアの血を引くものにしか起動させられないので、定期的にティアにも来てもらっているがそれほど頻繁ではなく、ずっとここにいるのはルークのみであった。
今のところは、とてもうまく正常にいっている。
この目ではまだ見ていないが、オールドラントを包んでいた障気は地表へと戻り、再来した暗雲は消えた。
これも暗い地中に入り、二人が身を捧げるからの成果で。
アッシュはラジエイト ゲート―――プラネットストームの始発地点で押さえ込むように、アブソーブ ゲートにいるルークと同等のことを同じタイミングでしている。
入り口からの流出も出口からの流出も、抑えて留める。
循環が正常の役割を得た中で、世界の均衡が保たれ続いている。
その結果、二人共に一度制御に入ったら抜け出せない身を奉げる輝石になった。
犠牲になっていると周囲には言われたが、それでもアッシュとルークが会うことは叶わないだけの安い犠牲だし、こうやって生きているだけ十分だ。



「すまないな。」
深く声を落としながら、ピオニーは改めて言う。
マルクト帝国民を代表しての言葉より、個人感情が先たつほどの心情だった。
オールドラントの根源を支える人柱にし続けている後悔で、一体何度責務を負わせればいいやらわからない。
「陛下、それ三回目ですよ。」
無力でどうしようもない時もあるから、まだ力を与えられただけマシだった。
過去にルークもそれを何度も味わったしアッシュも了解してくれるなら、二人にしか出来ないことでも何でもやる。
障気に包まれた世界ではそう長くは生きられないものだし、これは自分自身のためでもある。
「もう少し待ってくれ。今、マルクトとキムラスカの研究員たちが一致団結している。そのうちには必ず何とかすると、約束しよう。」
預言(スコア)のように未来は見えなくとも、固い言葉をピオニーは貫いた。
少しでもルークの負担を軽くする為に。
「そんなに気にしないで下さい。俺はアッシュと話せますし、そんなに寂しくはないですよ。」

二人を繋ぐ、唯一のチャネリングでの交信。
正直、これしか手段はない。





会えないだけで心は繋がっているから大丈夫だと、言うことが出来た。
















アトガキ
ルークはアブソーブ ゲートにアッシュはラジエイト ゲートにずっと居ることになって、便利連絡網のみが通信手段。という感じです。
2007/09/02

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