[PR] sip      ル フ ラ ン     
  サクリファイス  3










鳥も飛ばない 飛べない
世界の価値は………







ルークのこだました呟きは正しくあり、見渡す世界には障気が満ちて漂っていた。
先の見渡しなど到底無理だったが、それでも目下には死なれた草花が濃い塊となっているのが見えた。
緑溢れていたはずだが、障気をもろに浴びてはやはり困難なのだろう。
虚ろになったルークは動けなかった。
凝視しか許されず、突っ立つ。
やがて、霧雨のように満遍なくあった障気が、一層どんよりとした雲となる。

「ルーク、危ない!」
遠くに聞こえるフローリアンの警告。
呼び止めむなしく、障気は無差別のように見る見る間にルークに襲い掛かった。
警戒の声は耳の中では聞こえたが、ルーク自身は咄嗟に腕で庇いも出来ない。
蒼黒の気流に侵食されかけた時。

突然、ルークは口を塞がれて力任せに後ろに引きずられる。
身体の力が入っていなかったルークは呆気なく、その腕の言いなりになる。
そして、ぱんっと目の前が割れるように破裂した。
弾けた衝動は凄まじく、風を断ち切り立つ。
すんでで掻き消えた障気は、一時的に飛んで食い止めた。
その隙に、フローリアンが駆け足と共に急いで扉を閉めるのが片目で見える。
パタンした音と風の流れが少しだけ迷い込んだが、手早くしたおかげで教会内までは入るに至らなかった。
急いだつもりだったが、それでもルークは完全には間に合わず、僅かに肺に入り込んだ障気に咳き込む。
いくばくか、咳を繰り返し咽んだ後、軽くのど下を抑えるとやっと楽になった。



「大丈夫か?」
聞き覚えのありすぎる声に導かれ、ルークはゆっくりと顔を向けた。
「アッシュ!」
導いたのは、やはり彼で名を呼ぶ。
アッシュの姿を見てさきほどの現象の正体を知る。
おそらく超振動を小規模に集中させて、障気をかき消したのだろう。
以前、障気が大量発生したときにルークも何度か試したことがあるが、それほど芳しい結果は出なかったので咄嗟にも忘れていた。
「あ、ありがとう。」
何をしていたんだ、自分は。
決してただ呆然としていたわけではく、重圧に押しつぶされたまま何かに捕らえられていたような感覚だった。
「いや、無理もない光景だからな。」
苦々しくもアッシュも答える。
そう簡単に直視できるものでもないのは、アッシュとて同じだった。
それでも現実は目の前にあるのだから、受け止めて考えていかなければいけない。
「でも、何で………どうして、障気が。」
どれだけ苦労をしたのか、今でもはっきりと覚えている。
次々に無造作に倒れる人々。
ティアも大量の障気を身体に取り込んだおかげで、酷く害した。
抑制する薬を着用していても痛々しい姿を見せられ、ルークは悩み震えたのだ。
そして、あの障気を封じ込めて自分も犠牲になる筈だった………
「ベルケンドの沖合いに隕石が落下したことは聞いたな?」
「簡単にはだけど。」
アッシュは神妙に言葉を続ける。
「俺は、その落下地点を見てきた。まだ詳しくは調査中だがおそらくは、落石の影響で外殻にゆがみがおき、再びプラネットストームが活性化した。その結果、封じていた障気が発生したというのが有力だな。」
頭の中で光景を思い出しながら、アッシュは説明した。
隕石による地殻の振動で、オールドラントの均衡のバランスが崩れる。
どの程度の大きさの隕石が落下したのか、今となってはわからない。
落ちた場所は深い海の中で、広大な海水に埋もれてしまったのだから。
現場は渦を巻き独自の海流を作り出していたため、船で近づく事は困難を得た。
それでも原因は突き止める―――
せっかく築いてきた街は飲み込まれて、無残な姿を見せた。
完全な天災とはいえ、アッシュも悔しい気持ちに渦巻かれたから。
「そんな…このまままた障気に覆われる世界になったら………どうすれば!」
崩れるようにルークは叫ぶ。
以前のように、無造作に作り出される障気をどうすればいいのだろう。
見つからぬ解決策に、途方に暮れる。
「落ち着け。ここで騒いでもどうにかなるものでもないだろう。」
言葉厳しいが、アッシュはなだめた。
ただでさえ障気に関してはトラウマのあるルークを、これ以上陥れたくなかったから、強く言った。
「ごめん。そうだな、俺も冷静にならないと。」
しんみりと受け答える。
こんなときだからこそ、しっかりとしなければいけないのはわかっていたが、つい感情が表に出てしまった。

「俺たちは俺たちの出来ることをするんだ。
とりあえず、ローレライの鍵を見に行こう。まだ、行ってないのだろう?」
「そうだ!ここの地下にあるんだよな。アッシュも行っていなかったのか?」
その存在を明確に思い出し、感銘を受ける。
ローレライの鍵…初めてユリアが使ったとされるときは、再びローレライの下に戻ったらしいが、今はこの地にある。
エルドラントから帰還した際、なぜ鍵を持っていたのかルークたちにはわからなかった。
それでも何か意味があるのだろうと心に引っかかりつつも数年が過ぎたのだ。
何かを物語るその時が、来るのだろうか?
「いや、おまえが眠っている時、気になって一度ローレライの鍵を見に行った。だが、何も起こらなかった。」
目の前の鍵を相手に何度か確認をしたが、やはりただそこにいるだけの存在だった。
鈍い光を受けるだけの剣と宝珠の姿だけで、変わりがない。
「そっか…」
残念そうにルークは声を落とす。
「気になっていたのだから、おまえも一度見てきたほうがいい。」
「わかった。」
確かに気がかりなことだったから、納得してルークたちはその場を後にすることとした。











しんとする長い階段を下り進む。
まれにすれ違う教団員は皆次々と会釈を傾けるので、こちらも会釈で返しあう。
ローレライの鍵のある場所へは、一応アッシュとルークが持ち帰ったので一度安置のためにここまで降りたことがあるのだが、一度限りのことをそんなに鮮明には覚えてはいなかった。
事情を聞いていたフローリアンが道案内をしてくれたおかげで、難無くローレライの鍵が安置されている宝物庫の前まで来ることができたのだ。
アッシュもダアト内部は相当詳しい部類に入るだろうが、何しろ暗躍していたため細部まで見知っているわけではない。
その点フローリアンは、まだここにいる年月が浅いとはいえ、自由に行動が出来たため、迷うことなくたどり着くことが可能だった。
最高権力者であるテオドーロやトリトハイム詠師と面識があるとはいえ、アッシュもルークも一応教団から見れば部外者に当たるので、本当にフローリアンがいてくれて助かった。

最深部近くにあたる重厚で彫り込まれた紋章のある鉄の扉の両サイドには、慇懃な兵が待ち構えていた。
どうやら、アッシュの見知った元部下らしいので、直ぐに照合が取れた。
鎖を外してもらい更に錠のかかった鍵を解除すると、ようやく扉が重い軋みをたてて開く。
三人が宝物庫内に入ると、念のためにと一人の兵は後ろについてくる。
随所に仄かな照明があるが、それでも薄暗い中にランプの灯火一つを得て、進む。
あまり人が出入りしない空間なのがわかるように、少し空気が悪い。
もちろん場所が場所だけに、窓一つついていなかった。
ほこりが被らないようにと置かれている物たちは、大きな布が被せられているため見えないが、相当希少価値のあるものと思われる。
ファブレ公爵邸にも似たような部屋があり、幼少の頃にはルークも遊び半分で入った事があるのだが、さすがローレライ教団の宝物庫である。
こちらの方が格段に広く、たくさんの品々が整頓して置かれていた。

順路に沿って歩くと、行き当たる場所にはまた扉があった。
ここが一番に厳重が重ねられている。
「じゃあ、僕はここで待ってるから。二人は中に入って。」
フローリアンは預ってきた鍵で扉を開けると、アッシュとルークを招き入れるように言った。
その場で、フローリアンと兵は待機の形をとった。



息を飲むように更に入った部屋はとても小さな部屋だった。
天井の高さだけはそこそこあったが、それでもアッシュとルークの二人が入っただけでいっぱいになってしまうほどの。
中心に刻まれたダアト独特の譜陣を踏まないようにしながら磨かれた石畳を歩き、奥の壁に張り付けられたローレライの剣を見上げる。
それは、曇りなく存在を示すようにあった。
久しぶりで懐かしいと感じるのは、これがただの剣ではないからだった。
「やはり、何も起きないな。」
エルドラントから帰還してから、ローレライの声は一度たりとも聞こえてこなかった。
必要がないから話しかけてこないのだろうとは思ったが、それでも何度か呼んでみても一向に駄目だったので、あきらめていた部分もあるが。
アッシュが落胆したその時だった。
紅い色が差し込む、その根源はローレライの宝珠の傾光。
白い色が差し込む、その根源はローレライの剣の傾光。
あっという間に小さな部屋すべてを包み込むくらいの天照になり、二人は思わず目が眩む。
ここは室内でしかも暗い地中の中なので、奇跡が起こるからとしか説明のしようがない。
「何だ…これは。」
やっと光量が落ち着き、何とかまぶたを開けられる程度になった時、ローレライの鍵は先ほどのように壁にはなかった。
ぽうっと浮き上がり、自我を持つようにアッシュとルークの上空に漂っていた。

(我が意思を次ぐ二人よ。ようやく私の元に来たな。)
「この声はローレライ?」
姿は見えないが天から響く声が脳に伝わる。
(そうだ。随分と久しいな。)
まるでそこにいるかのように、ローレライは言葉を続けた。
「やっぱり、俺たちを呼んでいたんだな。」
(その通りだ。私の声に気が付いてくれて感謝する。おまえたちのおかげで、今私は音譜帯にいる。だが、以前とは違い遠き存在となったため、簡単には話をすることもままならない。この場でこうやって話せるのも、鍵を媒体としているからだ。)
ふわりともう一段とローレライの鍵が浮き上がった。
存在を示すかのような光は衰えず、力を示す。
「…教えてくれ、ローレライ!やっぱり、あの隕石が降ってくるのは必然だったのか?」
ローレライが自分たちを呼んだ理由は明確には知りえなかったけど、今までは静かに音譜帯にいたのだ。
語りかけてきたという事は、目下の問題の事に違いなかった。
(必然…なのかは私にもわからない。だが、一つだけ言えることは、あの隕石が落下することは私の見た未来にはなかった。)
「それは、オールドラント外からの干渉だからか?」
第七音素をつかさどる存在とはいえローレライに全ての先見の目があるとは、さすがにアッシュでも思ってはいないので、一つの可能性を示唆するように尋ねる。
(そうなのかもしれない。しかし、預言(スコア)を覆す…それは確実におまえたちが成したことだ。それは胸を張っていい。)
「ありがとう。」
そうだ。それによく考えれば、ローレライが隕石がやってくることを知っていて自分たちに予め伝えておいたとしても、止める手立てがそうあるものでもないことも事実だ。
知っていても回避は出来ないかもしれないから、ローレライに言うのは筋違いだったとルークは思う。
あれは警告だった。どうすることも出来ない警告であるのかもしれないが。

(問題は障気の方だ。あれを放置しておくほど、私も非情ではない。しかし、音譜帯に上り詰めた今、私に出来ること少ない。)
やはりいくらローレライとて集合体としての身がこの場にないので、以前のような力はない。
音譜帯という天上に連なる高層地帯に上り詰めた、限界だった。
「俺たち自身が、何とかしなくちゃいけないんだよな。」
いつまでも、ローレライに頼ってばかりはいられない。
ここは、俺たちの住む世界なのだから、自分で為すのが筋である。
わかってはいたが、改めて決心をかけるようにルークは言った。



ふいに、ローレライの鍵が降りて来る。
鍵の形状になっていた剣と宝珠は別々に分かれ、剣はアッシュそして宝珠はルークの手元に緩やかにやってくる。
今まで一つとして輝いていた剣と宝珠は、分断してもそれぞれに輝きを保ったまま存在を示す。
(地上における私の力を最大限まで剣と宝珠に集約させた。またおまえたちに託すことになってしまうが、それを使って世界の歯車を正しい方向に戻して欲しい。
頼んだぞ、私が認めた我が分身…聖なる焔の光たちよ………)
段々と消え逝くローレライの声は、小さくなりつつ消え入った。

未だ輝きを失わない剣と宝珠をそれぞれ持ったアッシュとルークは、了承の意を示すように頷いたのだった。





そう、二人はもう決めていた。
悪する障気が消え世界が元に戻るのなら、どんなことでもやる…と。














数週間後、ユリアシティにてキムラスカ・マルクト・ダアトの三国間による首脳会談が行われた。
この会談による最大且つ唯一の議題は、再び現れた障気の一時的な抑制方法についてだった。
慎重な検討は数時間にも及んだが、弾き出された結果の概要は変わらなかった。
最終的な結論は、発案者であるマルクト帝国軍に所属するジェイド・カーティスが当事者たちに伝えることとなった。





その方法を知り逝けば、勅命という形を取られなくても二人はおこなうつもりだった。
だから。








「障気を一時的に抑える方法があります。
ルーク…そしてアッシュが、同じく了承して頂ければの前提ですが。」

二人の目前に現れたジェイドは、最も痛む人数の少ない方法を表すことになった。
反応を探るように一旦言葉を区切ったが、返ってきたのは沈黙だった為、言葉を続行する。





「二人とも、犠牲になってください。」
ジェイドの落とした声が、静かに二人の耳へと響いた。
















アトガキ
2007/08/22

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