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鏡 に う つ っ た 約 束   完 結 編  6












アッシュに襲い掛かってきた人物の、確かにその身体はルークであった。










その名前を叫ぶように呼ぶとぴくりと反応は示して微かに震えたような気もしたが、結局は止まらない。
ちらりと覗き込んだ顔は、あまりにも無表情すぎて、狂うとかそういうレベルではなかった。
正気の様子は微塵もなかったので、これはルークの考えての行動ではないとはわかる。
夢遊病かと思いきや、それも感覚的に違う。
それでも、ルークの剣は本気である。
対するアッシュは、ルーク相手となると本気にはなれない心がどこかにはある。
二人の剣の腕は贔屓目を差し置いても互角で、その差が生み出す。

しばらくのうち、攻防する二人には変化が訪れる。
アッシュはやや劣勢に陥り、積極的な行動には移れなかった。
それを良しとはもちろん出来ない。
実はルークの方も、心の入っていない剣ではいつもの示しはしない。
戦いの中で感覚を掴めば、学習能力がきちんと働いているアッシュの方が動きは早かった。
犯人がルークかもしれないという事実を知って、状況的にもここで躊躇して怯んでいる場合ではなく、余計に手加減は出来ない。
絶対に捕らえることが先決とされた。



躊躇なく打ち込んでくるルークに俊敏に近寄り、アッシュは身体をひきつけた。
その距離の近さに調子の崩れを感じつつもルークはまた同じように、一撃を浴びせようとする。
そり立つ剣がアッシュの身に襲いかかる。
アッシュは同じように振り払うのではなく身体の近くで、その剣を受け流すような体勢で止めた。
二人は剣を挟んでにらみ合うように、力の均衡の間に立つ。
そうしてアッシュは、受け止めた剣を持つ力をわざと軽く緩めた。
これは囮ある犠牲。
狙い通りルークはそちらに気をとられて、好都合と言わんばかりにそのまま剣を深めた。
念のため着込んでいた甲冑を外れ、その剣はアッシュの右肩に襲い掛かる。
僅かに肉を断つ感覚が腕を痺れさせる。
それでも受け止めて相殺している分、硬い衝撃が吸収される。
ルークは更なる鮮血を加えようと、力をかけるために身体を前にのめり込んできた。
痛みに眉を潜めながらもアッシュは、それを好機と捉える。

「…悪いな。」
こちらの方が酷い扱いを受けているのにそう謝ってしまうのは、他ならぬ彼だからであって。
その言葉さえ耳に入っていないルークに、至近距離から空いていた左手で魔神拳を当てた。
衝撃波がルークの身に当たる。
「うっ!」
相当予期していなかったらしくルークはここに来て初めて唸り声を上げて、アッシュの身を蝕んでいた剣の力が落ちた。
抜けた感覚を得てそれを期に、そのまま追撃をかけるように、アッシュはルークの下腹部に剣に柄を打ち込んだ。
今度は音もなくルークがずり落ちる。

その存在をアッシュはゆっくりと腕の中に落として掴み取り、抱き寄せた。



これは…この存在は確かにルークだった。
















そして再びルークはベッドへと沈みをかける。
瞳を閉じて、闇に包まれて。

またの自室にてルークの症状を診るのはジェイドで、神妙な面持ちをしている。
少し離れた場所にある窓枠の隣にもたれかかっているアッシュは、意識を失う前のルークの様子をありのまま話した。
時刻は明け方に差し掛かる程度の静かな時間帯。
淡々と述べるアッシュの言葉だけが室内に凛と響いた。



「見聞きした限りですが状況から推測するに、私は似た症状を知っています。」
全てを聞き終わった後、ジェイドはそう切り出した。
その現象を実際にこの目で見聞きしたことがあったから、大方な確証でもあった。
「あなたは会ったことはないでしょうけど、ゲルダ・ネビリム………彼女の行動に酷似しています。」
その固有名詞をジェイドは口にする。
苦々しく未だに口に残るその名を。
「確かディストの野郎が資料を漁っていた人物だったな。うちに所属していた惑星譜術の一人者でもあるが死んだ…と聞いた。ディストがマルクトに捕らえられたときに、神託の盾オラクル騎士団から再度資料を提出した覚えがある。」
探り寄せるようにアッシュは記憶を探った。
あのディストが執拗に固執していなかったらそれほど覚えているはずがないほど、アッシュには無関係な人物でもある。
そんな彼女の名前が出てくるはさして思っていなかった。
「そこまで知っているなら話は早い。彼女は私が殺しました。そして、レプリカを作った…彼女こそ私が始めて作ったレプリカだったんです。」
「っ!」
フォミクリー技術の創設者でもありレプリカの生みの親であるジェイドのきっかけまで聞き及んでいなかったアッシュはさすがに驚きを示す。
最初のレプリカ…とルークのあの症状が同じ?
嫌な予感が明確にアッシュを包み始める。
「最初のレプリカは不完全でした。破壊をすることしかわからなかったのです。そんな彼女を、私は殺し損ねました。そうして何年も経って再び会ったとき、彼女はレムとシャドウの音素フォニムの補給の為、譜術士から音素フォニムを盗んでいました。」
冷たい瞳の狂気に駆られていたルークの、法則を持っての意図。
本能に赴くままの行動に見えて、本当の本能でセーブをし、相手を切り傷程度で済ませていたとしたら。
「まさか…ルークも音素フォニム不足に陥っているとでも言うのか?」
即ちの結果をアッシュは言葉に出した。
そうとしか、ジェイドの文脈からは読み取れなかったから。
「残念ながら、そう考えるのが自然です。ただ、ルークに限っては足りないと思われるのは第七音素セブンスフォニムですね。そこが、ゲルダ・ネビリムの時とは違う症状であります。」

そこまで言われて、ガンッ!と、アッシュは近くの壁を殴った。
材質にめり込みバラバラと崩れるが、そんなことも殴った手の痛みも感じはしなかった。
襲う相手…レプリカや第七音譜術士セブンスフォニマーだと判断するのは今日では難しい。
その時点で、ルークという可能性を気がつくべきだったんだ。
「ジェイド。おまえがわざわざダアトに来た理由はそれか?」
元々冷静な正確だがそれ以上にさえ動揺も律しないジェイドの様子を見て、アッシュは追及した。

「そうですね。近いことではありますが……」



コン コン コン
ジェイドが続く言葉を言い切る前に、部屋にノックが鳴り響く。

「アッシュ様。医務室にヒーラーを呼びました。そちらで、治療をなさって下さい。」
ルークのために念のためにヒーラーを手配したが、ルーク自身の外傷は特になかった。
外目から見てもアッシュの方が右腕に怪我を負っており、それに気がついた神託の盾オラクル騎士団兵は声をかけにきたのだった。
「いや、後でいい…」
気遣いはありがたかったが、すぐさまアッシュはそう言った。
「先に治療をしたほうがいいと思いますよ。ルークは私が見ていますから、行って下さい。
それに、目覚めたときにアッシュが居るとルークの精神状態が芳しくないかもしれませんから。」
切られた言葉の続きを言うわけでもなく、ジェイドはアッシュにそう切り替えした。
「ずいぶんとはっきりと言うな。」
「遠慮をするような間柄ではないでしょう。
それに、そのルークの気持ちはあなたが一番良くおわかりでしょう?」
そこまで言われてアッシュは少し悩んだが、ルークの方を少しだけ見た後、その場をジェイドに任して部屋を出て行った。









黒晶の中に閉じ込められたルークは、歪む空間の中で闇に溺れそうになりながらも必死にもがいていた。
発作的に湧き上がる衝動は、意識から乱立をしても定まらなく、合致も簡単には望めない。
荒い呼吸を吐き出すと、やがて心臓が弾けるように高鳴る。
眠っていても、割り開かれる内側から沸き立つ餓え。



瞬間―――
ルークは、もたれかかっていたベッドより飛び起きた。
求めるものがあって。
唯一部屋にいた人物へと咄嗟に手を伸ばす。
「私は第七音譜術士セブンスフォニマーではありませんよ。」
とうとう見境までなくなるのか…
そのルークの手を遮るように退けて、ジェイドは言った。
「あ、あ、……俺は……何をしようとした?…」
咄嗟にルークの正気が戻ってきて、なんとか意識下に置く。
「やはり、覚えていないのですね。今まで、自覚症状はなかったというわけですか。」
確証を得るようにジェイドが呟く。
ぽっかりと抜けた意識は、眠っていたからだと思っていたが、それは違うというのをどこかで知っていたのに、知る権利をルークは与えられなかった。
整理をつける前に、意識を持っていかれたからだ。
ようやく考える時間を与えられて、記憶に残っていない行動をこじ開ける。

「俺は…なんてことを。何であんな…」
その手を握り締めて思い出す。
警備さえ進んで携わったというのに、その自分自身が犯人であった。
今までどれだけの人を傷つけた?無意識とはいえ…
そして、アッシュにも向かっていったあの感覚さえも確かに覚えている。
「ネビリム先生と同じ症状…そう言えば、あなたにはわかりますね。」
アッシュと違い、ルークはネビリムと実際に会い、その症状を目撃している。
だから、自分の身に巻き起こったことを瞬時に理解した。
そしてその結末も。
「俺は、第七音素セブンスフォニム不足なんだな。」

「そうです。そして、それ以上の問題があなたの身体には起こっているのでしょう?」
答えを自ら導き出すかのようにジェイドは言った。
これこそが、ジェイドが本当にここにきた理由でもあったから。
「………何言ってんだ?俺は別に…」
ふいっと顔を背けて、ルークは視線を外す。
ジェイドがこの後に何を言うのかわかっていた。
それでも、決定打にはしたくなくて、わざととぼけた。



「ルーク。あなたは生まれてから十年以上が経ちました。そこまで生きた生物レプリカは今までいません。だから私も失念していました。」

レプリカ……精巧な複製物。
あくまで、人間ごときが作った物であることを。








「あまり知れ渡っていることではありませんが、クローン技術と一緒なのです。テロメアという遺伝子が生まれつき短い。レプリカは短命なのです。
あなたは、自分の死期を悟っていましたね?」











ルークの将来性はない。



















アトガキ
2007/04/26

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