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鏡 に う つ っ た 約 束   完 結 編  5












それ以来、アッシュとルークが接触するのは、
ローレライ教団という役割における立場であるときだけに限られた。








それは事務処理のように整除した、徹底したものだった。
たとえ周囲が何を言おうがそれに左右されるような二人ではなかったが、割り切った関係になってからは、はたから見れば悪い意味で上辺が整っているので元に戻ったように見えた。
当人同士が心の奥底でどう思っていようが、ぎこちない様子は晒さない。
互いに仕事も出来るし、あからさまな態度を見せなければ穏便なものだった。

これは、すれ違いではない。
もう、決別していることなのだから。
そうアッシュさえも区切りをつけた。

ルークの言葉にすんなりと引き下がったのは、あのまま一緒にいても駄目だと思ったからだ。
強引に推し進めても、互いに何も得はしないと。
少し距離を置いてみる…
この判断が正しいとも限らないが、間違っているとも限らない。
これで冷めるような関係とも思わなかったし、それ以上にルークの様子がそれほど正常でないこともわかっていたが、それは建前。
納得したようなふりをして、耐えた。

そうでも体裁を整えなければ…



この口からどんな言葉が飛び出すか
この手が何をするかわからなかったから











紅い夕暮れの時間が終わりを告げて、星々輝き始める境に当たるその時間帯に、見回りの交代の時間を狙って、屯所である詰め所へとアッシュは訪れた。
ダアトから少し離れたレプリカたちの街の一角にあるぽつりと佇むその場所は、大の大人が数人ほどしか入れない程度の簡易な建物であった。
しかし、数ヶ月前に新しく造られたものであるから荒ら屋などではなく、レンガ造りのしっかりとした建造物であった。
昼勤と夜勤が詰める為、最低限である一人が横たわる程度のベッドや休憩できるようにと机や椅子が完備されている。
その日もいつものように交替制で屯所へ詰める神託の盾オラクル騎士団兵は、見回りの始まる規定の時間になるまでその場で待機をしていたのだが、扉をやってきた意外な人物に椅子から立ち上がった。

「今日の夜の見回りは俺がやる。」
ローレライ教団でも上層部に属する突然のアッシュの言葉に、兵はますます驚いた。
「………お一人で、ですか? せめて、護衛を…」
敬礼を払いながらも恐る恐る尋ねる。
直接手合わせをしたことはないがアッシュの無類なき強さは知っている。
身の危険は大丈夫だろうとはわかっていたが、ここは引き止めるのが筋であった。
「護衛が必要なほどのことじゃないからな。おまえはこのまま待機していろ。」
そう言われるのはわかっていたので、階級に習った命令口調で言いつけた。
「わかりました。くれぐれもお気をつけ下さい。」
命令なら仕方がないと色を見せてしぶしぶながらも、兵はアッシュを見送った。

こうやって突然やってきたのは、アッシュ自身も予め周りに言っていたら止められていたからでもある。
これで一応、話をしたことにはなる。
色よい返事ではなかったが、押し通した結果でも。
こんなふうに権力を振りかざすのはしていいことだとは思わないが、引き伸ばすよりはマシであった。
本当ならもっと早期解決を望むべきものなのだから。





まだ日が完全には沈まない時間は、なるべく街の中心部を見回った。
通常の見回りの兵と比べれば慣れていることではないが、特にこれといった異状は見受けられない。
夜という暗さが辺りを包むに比例して、行き交う人はいなくなる。
この時間に意味もなく一人で歩いているような人物はいるはずがない。

そして、とうとう寝静まった時間帯へと突入すると、アッシュは目的でもあった路地に足を踏み入れた。
このような視野の悪い場所は見回りの規定箇所ではない。
それでもアッシュが来たのは人目を避ける為。
つまり、囮。襲われやすくするためだった。
以前からこれは決めていたことで、自身がその餌でもある。
名目は、襲われている人物を助けるのが目的だから、通常はレプリカや第七音譜術士セブンスフォニマーの見回りは許していない。
そのような人選が選ばれるようなら秘密裏に外していた。
一連の事件の相手は、相当なてだれと思われる。
そして慎重でもある。
過去に数件聞いたことがある無作為に襲うような馬鹿ではない。
護衛を引き連れて大人数でぞろぞろと歩いて、のこのこと出てきたらよほどの大物だろうから、あえて一人でアッシュは行動を起こした。
この大役が賄える人選は少ない。
実際、第七音譜術士セブンスフォニマーの資質のある神託の盾オラクル騎士団兵も襲われているし、アッシュの技量が一番必要なことであった。



やがて、周囲の一定の気が不自然に人為的に張り詰る。
アッシュの長年の経験という勘が冴え渡る時。

近くにいる―――

まだ一定の距離は保ったままではあったが、静かにとても静かに背後へ忍び寄られる。
アッシュは振り返るのではなく、わざとそれに便乗し誘い込むように月夜に晒されぬより狭い路地に入り込んだ。
雲交じりの月明かりで、この場所はそれほど視界が良好なわけではない。
背の高い建物の間には、不用品というわけではないのだろうが、樽や木箱などが無造作に道に並べられていて少々歩きにくい。
段々と奥に進むにつれ、差し込む月明かりも細くなり、影ばかりが空間を覆う。

じゃり…
土地柄の砂埃の音と共に、僅かに踏み込む音が立てていた耳に入る。

今まで殺害までには至っていないという狙いがわかっている分、こちらの方が有利。
最初の一撃をかわすのが一番の鍵で、踊り狂うように畳み掛けてきた人物の剣を身一つでアッシュは避けた。
余裕とは言い切れない寸で、左肩の横を剣が無造作に空を横切った。
衝撃の代わりに、空だった小振りの樽が足元を転がる。
続く第二撃は凄烈のたたみ掛けではあったが、アッシュは抜刀してひるがえりながら払うように止めた。
受け止めた側であったため重くはあったが、いくつもの戦場を抜けた自分に耐えられない程度ではない。
向き合ったことで相手の姿を薄明かりの中でも確認しようとしたが、無理だった。
色合いははっきりとはわからないが纏ってる服は黒系統で、体に密着をしていないゆったりとしたその様子からは男女の区別さえつかない。
隠すように深くフードを被っているので視界が鮮明ではないであろうが、剣に鈍りは見受けられなかった。

「おまえが、一連の事件の犯人か?」
何度か対峙し交じり合った剣が出し抜けに離れたと共に距離をとった人物に、アッシュは言葉を投げた。
しかし声での返事はなく、間合いを再び詰めてくる。
その代わりのように襲い掛かることは、やめようとはしない。
一撃でしとめられなかったのに、逃げる素振りは見せないのは好都合であった。
こちらもそれに応えるように何度目ともなる剣を合わせて受けてたった。



…この、反応?
互いに打ち合うばかりで決定打を浴びせられない状況ではあったが、そんな中でもアッシュは着実な違和を感じた。
まず、この相手が人間であるのかを疑った。
今の状況は命を取り合っているのだから、人間の本能的に踏みとどまる部分があるはずなのに、相手にはその寸前の見極めがない。
たがが、外れているようにしか思えない。
そして一番の違和は、殺気がそれほど感じられないということだった。
悪く言えば機械的な行動だった。
それなのに、繰り出される剣術にどこか覚えがある。
アッシュの頭の中に一番の理解のある…でもどこかが違う、その剣術。

捕らえることが目的であったので手加減をしていたが、その中途半端が通じるような甘い相手ではなかった。
最悪でも姿を判断しなくてはいけない。

寸毫の隙を見つけて、アッシュは剣を両手でしっかりと持ちつつ狙いを定めて、勢いよく上方へと切り払った。
が、それは相手も見越していたようで、上半身を反らして寸前で避けられた。
アッシュの剣が伝ったのは狙いをつけた身ではなく、簡素なフードを切ったのみであった。
ちっ…思わず、舌打ちをして手を止める。
触感がないことからもわかるように相手は無傷であったが、体勢を直すように身をあげると破れたフードが、ぱさりと落ちた。
暗闇の下ではあったが、ようやく顔が現れて外へと晒された。



そして、正体を知る。
アッシュはそれが誰だか、一瞬でわかってしまった…

たとえ、誰に信じろと命令されても信じられぬことだった。

虚ろゆく瞳を伴っていていつものような明るさは皆無であったが、彼を見間違えるはずがなかった。
これを、認めろというのか?



今まで冷静にいた心が一気に乱れて、アッシュはただ彼の名前を呼んだ。









「ルーク!!!」





ルークはそれを聞いていない顔で、再び剣を握りなおしてアッシュへと剣先を改めて向けた。



















アトガキ
2007/03/27

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