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鏡 に う つ っ た 約 束   完 結 編  4












この場にアッシュがいると気がついたルークの行動は早かった。
交わった視線を殺した後、これ以上ないというくらいの満面の笑みを向ける。

擦り寄ってきた、目の前の少女に対して。





「せっかく待っていてくれたのに、ごめんな。ちょっと俺、用があるから。今日は…」
この場に本当に二人きりなら、竦んでしまったかもしれない。
ルークはしゃがんで、柔軟材にもなった少女と目線を同列にして、促しの言葉をかけた。
「えー!うーん。わかったよ…… 今度は、絶対だよ!!」
高らかに不満そうな声を上げたが、少女の聞き分けは良かった。
次の取り決めを取り付けると気を取り直して、期待をかける。
そして、来たときと同じように小走りで去っていった。
その後姿にルークは小さく手を振るい、バイバイと声をたむけた。













一連のやり取りが終わるとルークは振り返り、先ほど少女へと向けた顔とは違う表情をアッシュへ向けた。
うっすらと体勢をアッシュの方に向けるように立ち上がったその顔は暗かった。

既に街灯の火がほのかに灯り始める時間帯で、人々も店をたたみ家路への足が揃う。
街角の人並みもすっかり収まり、静寂へと時を進行していく。
夕日が陰を作り出し、赤く染まる。

一定の距離を保ったまま静止する二人の間の影は重ならず、空白がただあり続けるだけだった。
これ以上の距離は縮まらない。
その表情は周りの暗さと言う環境のおかげではっきりとは読み取れないはずだが、二人の間に関してはそんなことはなかった。
表面上では何も起こっていないように見えたが、波は立つばかりであるのが事実。
出会いたいとは思っていたが、心の準備が完全に出来たわけではないから戸惑いの中にあるのは、双方ともであった。
しかし、ルークとしてはまた逃げることもできないし、これ以上の回数を重ねることは出来なかった。
アッシュとしても、これ以上それを見過ごすことは出来なかった。





決して、先に口を開いたのはルークのほうで。

「アッシュ。どうしてここにいるんだよ。」
露骨に上っ面を外に出してぶっきらぼうに言った。
本当なら、何でここに居るんだと怒気を孕んだ声を出さなければいけない場だったのは事実で、でも大方の検討はついていたけどあえてでも聞く。
このあとの布石のために。
そうやって、すこしずつ歯車を狂わして…早く早く早く、壊す。
こんな時期じゃなくてもっと早くやらなければいけなかったのに、ここまで引き伸ばしてしまったのは、俺の甘さだから。
「見回りをしていた。おまえこそ、どうしてここにいる?」
何事もないように完結明瞭に答えた。
そして、半日ほど前に目覚めたばかりだったからてっきりまだベッドで休んでいると思ったのに、ここまで行動力があるとは思っていなかった。
それを踏まえてのアッシュの次ぐ問いだった。
「見回りは俺の当番だからに決まってるだろ。確かに少し遅れたけど…なんでアッシュが代わりなんてしてんだよ。」
やっぱりそうだと思ったと、内心に秘める。
今までのアッシュの動向を考えればこれは有り得ないことではなくて、でも望んでいることではなかったから。
互いにそれが分かって、ぎすぎすとした。
前はけんかというかそれ以前はろくに口も聞いてもらえなくて、ルークからこのような強い口調をアッシュへ送ったことはなかった。
「おまえの調子が悪いかと思ってな。」
「心配してくれるのはありがたいけど、俺はそんなにやわじゃない。アッシュこそ、今日は定例評議の日だろ?そうまでして俺が喜ぶとでも思った?」
振り絞って精一杯たたみかける。
アッシュの大まかな予定くらいルークだって把握しているから、余計に癇に障る原因でもあった。
「…別にそれが目的な訳じゃない。」
見回りをしたのは、自分がそうしたかっただけだった。
確かに予定は押していたが、危惧していることを放置する方がよっぽど影響があると思った。
ルークの意識がなくなっていたときも日程は着実に進んでおり詰まっていたから、ないがしろにするわけにも行かなかったから。
しかし、ルークにここまではっきりと言われるとはさすがに想定していなかった。
「それなら、俺の代わりとか…しなくていいから、本当に。
アッシュは、俺に優しくするから嫌なんだ!」
いつも、心配しすぎて過保護で、優しすぎる。それを強調した。
「おまえ…言っていることがめちゃくちゃだぞ。」
錯乱しているようにも捉えられるほどのルークの言葉が、わかるがわからない。
確かにアッシュはルークに対してだけそうだったから、余計に際立つことではあった。
でも、この物言いは妙に引っかかる。
ルークは本当は何を主張したいのか、はっきりとは掴めなかった。



「………アッシュは俺が好き?」
ふいに、ルークはそう聞いた。
こんな改めての確認なんて、照れくさくもあって今までしたことはなかったから。
そんなことをしなくても答えは分かりきっていることで、同じだった。
ずっと、変わらないはずだった。

「ああ。好きだ。」
なにも躊躇するようなことではないから、きっぱりとアッシュは答えた。
迷うそぶりさえ見えない。
別に恥ずかしいとも思わない。紛れもない事実なのだから。

それを聞いて、その様子を見て、ルークは一瞬だけ目をふせた後…





「そう………なら、さよならだ。」
まるでつまらない提案のように、あっけなく言った。
引きつった微笑を蓄えて。

「…何を言っている?」
自分は耳が悪いのかと疑うくらいな言葉を吐かれた。
今、ルークはアッシュに対して何を言ったというんだ?
アッシュともあろう者が、理解したくても出来ないことを言われたのだろうとだけは理解した。
「アッシュと一緒にいたくない。もう、好きじゃなくなったんだ。こう言えば、わかった?」
すっぱりと断ち切るように、声高に強く言った。
いくら混乱しようが、ここまで言えば誰だって理解できる言葉を並べた。
ルークはアッシュと別れたい…それを提示したのだ。
「だって、おかしいと思わないか?俺たちの関係。オリジナルとレプリカだよ?いくら同じだからって、一緒にいることは義務じゃないだろ。」
今は病的に一緒にいてそれが当たり前すぎるけど、昔は相当別々だった。分かり合えなかった。
ただそれに戻ればいいと、ルークは思った。

「……それがお前の本心か?だから、最近俺を避けていたのか?」
唇を固く結び、静かにルークの言葉を聞いていたアッシュがやっと口を開いた。
心底、重い言葉だった。
ここまで言われれば、これまでのルークの不可解な行動に合致は流石につく。
アッシュが自分から何かしたような記憶は、全くない。
ルークのほうに何かあるとは思っていた結果が、これか―――
二人は長く一緒にいたわけではない、そう月日で表すとたった一年さえも経っていない。
年数にこだわるつもりはないが、そういうものなのだろうか。
「俺がアッシュに抱いていた恋愛感情は、憧れが強かったんだよ。レプリカだから…オリジナルのような人間になりたかっただけなんだ。それに…俺たち、今まで近くに居過ぎたんだ。離れよう。」
しっかりと前を向くオリジナルに思い焦がれたのは事実だった。
それは、最初は本当に恋愛感情だったのかもしれない。
しかし時を隔てるにつれそれはいつしか違う認識へと代わって言ったのだと改めて実感した…と言いつけた。

「そうか…わかった。無理強いして、悪かったな。」

今にも泣きそうな顔をしているルークは、ぼろぼろと抜け落ちて言うように歯止めがきいていない様子だった。
本当に嫌なんだと、そこまで言うほどに理由まで言われて、アッシュは納得の言葉を出した。

二人とも、言葉の否定はしないから、会話も続かない。



アッシュはダアトへ戻るために、帰路へ向かう。
ルークは見回りをするために、その場に残る。

日が暮れると共に、二人も暮れた。
















違う…アッシュは何も悪くなんてない。
悪いのは俺なんだ。
だから、俺だけが悪くなればいい。

一番の本心だけは決して言わずに、ルークはただアッシュの背中を見守った。
こうやって、彼の後姿を見るのは最後だと思った。
本当は、もっと手酷くするつもりだったのに、これでもルークの限界だった。
震えてしまったけど、大丈夫だよな?うまく出来たよな?
最後の、望んだことが終わったよ。
これで…嬉しいはずだよな?

だから、お願いだから嫌いになって。
心の中で、叫んで………嫌いだと。






嘘だよ、全部好きだよ。
心にもない嘘をついて、自分さえも欺いて。
そう…これは、俺のためでもあることだから、吐露できはしない。
最後まで、嘘をつきつづける。

涙に明け暮れるようなことも出来る暇はないから。
これが一番自分の心を砕く行為だとわかっていても、これ以上に自分の心を砕く行為がこの後にあるのだから。



これで…あと、やることは一つ。






この我侭に気がつかれないことだけを、望んだ。













アトガキ
2007/02/20

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