アッシュとジェイドが、足並みをそろえて歩くという構図。
後にも先にも見られないような組み合わせが実現している。
この意外な光景が実現したのは、場所が場所であるからだろう。
二人が今居る場所は、ダアトの程近くに建設されたレプリカの多く住まう街であった。
隣接する隣街とまでは言わないが、直通な街道があるためダアトから行き来にそれほど時間がかかるようなものではない。
しかし、彼ら二人を多少なりとも知るものであれば、いぶかしむくらいな出来事なのだが、幸いこの街ではそれに気がつくものはおらず、二人はマイペースに徹することが出来た。
その足取りは、目的地へと向かうために急いでいるというものではなく、街の情景などを垣間見ながらのゆっくりしたものであった。
「しかし、驚きました。随分と、立派な街になったものですね。」
人づてには聞いていたが、ジェイドの想像以上にここはなっていたので、素直に吃驚の言葉を出した。
新築だからでも、みすぼらしく感じる点も一切ない。
町並みの整備も下手な街より立派だ。
合間には、活気付いて覇気のある声が飛んでいる。
長らくの伝統を誇るダアトに比べれば街…というのは憚られる規模であったし、人口だってそれほどはなかったが、こういった大規模な街を人工的に出来るということは近年では初めてで、怒涛の年でもあったことは間違いない。
全面的に支援をする立場にあったから苦労した面もあるが、生産性の殆どなかったダアトからすると、歓迎すべきことでもあった。
最初は手助けをしていたが、今は立派に自立をし、独立採算の道を歩む。
レプリカの街は、ザレッホ火山の下腹部を切り崩して造られた為、本来はそれほど豊かな土地ではないが、そんな条件下でも、皆が協力し合って発起している。
現在のところ、第一次産業に特化しているが、第二次産業への着目も集めている。
多方面へ飛躍も将来的には十分有り得るであろう。
レプリカと言っても老若男女いるから、実際には普通の人間と何も変わらない。
地位や階級がなく、皆が平等であることが一番の違いなのかもしれない。
それは本来の人間がもっていた姿であるから、見習うべきことでもある。
全く同等な暮らしを歩めるわけでもないが、預言に頼りきりだった人々よりは精力的に生きている。
もちろん全く差別がないといえば嘘になるが、ここはレプリカたちの希望の街でもあった。
「それにしても、あなたが私に付き合うなんて珍しいですね。」
整備された歩道を伝い街の中ほどまで入ったとき、ジェイドはアッシュに向かって軽くそう言った。
ユリアシティ港でルークが突然倒れるという事態に見舞われたので先送りになっていたのだが、本来のジェイドがダアトに来た名目はレプリカの街視察であった。
ルークの容態が安定したことでようやくということになった昨今、勝手にダアトを出るのはさすがに差しさわりがあると思ったので一応アッシュにその旨を伝えたら、一緒に行くと言われて正直拍子抜けした。
手早く準備を済ませて、さあ行くぞという状態になってしまい、ここまで来たのだが、やはり今までのアッシュの性格から考えると異例にも感じる。
なんと言っても、甲斐甲斐しく人の世話を進んでするような性格ではない。
ただ一人、ルークは例外なのであろうが。
「死霊使い殿の案内役を、一介の神託の盾騎士団兵に任せるわけにもいかないからな。」
決して、仲良くということではないのが二人らしい。
接点は否応がなしにあるのだが、二人とも歩み寄るような性格はしていない。
少々の皮肉を込めて、アッシュは答えた。
遠慮というか、色々と思うこともあって、ジェイドの方から丁重に見えるように振舞いつつも断るかと思っていたからだ。
「ふむ。私は有名人なんですねえ。」
神託の盾騎士団兵という言葉を強調して言ったアッシュに…ああ、そのことですか。と、ジェイドはそのアッシュの物言いに思いが当たった。
「タルタロス襲撃のことは、悪かったとは言わない。五十歩百歩だが、こちらにも相当な被害があったしな。」
忘れていたわけではないが、アッシュとジェイドの初対面は友好的関係を築けるようなものではなかった。
状況が状況であったから仕方がないと、後で漠然と思い返すと言えるのかもしれないが。
ジェイドのことを多少なりとも知るアッシュならともかく、神託の盾騎士団兵から見れば未だジェイドは驚異的な存在だった。
生傷はそう早くは癒えない。
「それに関しては、お互い様ということにしておきます。」
「相変わらず、食えない男だな。」
誉めるようなでも貶すような物言いをアッシュはする。
「それはあなたもでしょう。私を出しにして、警備の仕事なんてやっていて大丈夫なんですか?」
ジェイドは的確にそこをついてきた。
アッシュほどの人物が、自分の案内役のためだけに、ここまでやってきたとは到底思えなかった。
そう一物置いて観察すれば、わかる。
堅実に歩きつつ、ジェイドに対して公共で造られた施設の場所を的確に示しつつも、最も気を配っているのはそこではない。
建物の僅かな物陰に潜むものはないか。
顔を知らない不審人物が紛れ込んではいないか。
かつて神託の盾騎士団特務師団長として暗躍したときのように、鋭さを垣間見せていた。
「………今日は、ルークが見回りの日だからな。」
一息置いてアッシュは答えた。
「なるほど、代わりという訳ですね。しかし、こんな真昼間から襲われるようなことがあるんですか?」
街の中はそれほど複雑な造りはしていない。
明るく見通しの良いこのような場所での襲撃は、まさに捕まえて下さいと言わんばかりだった。
「今のところ昼間に襲われたという前例はない。だが、夜だけ警戒を強めるというわけにもいかないからな。」
事件が起きるのは、決まって寝静まった深夜であった。
しかし、夜だけにその不逞の輩がいる…とは思えなかった。
ダアトとレプリカの街を中心に事件は起きている。
当然昼間にも起こりえる可能性はゼロではなかった。
「そうですか。それなのに、よくルークの警備を許しましたね。」
「どうしても…と食い下がられてな。さすがに、昼間しかさせていないが。」
確かに大切な仕事ではあったが、本来のルークの立場では警備という仕事はやるべきことではない。
実際にアッシュは、通常持ち回りにしているローテーションでは入っていない。
危険を伴うからもう少し立場が違う者が行うべきだと考えていたし、それ以上に公私混同は不味いとはわかっているがルークが襲われるような可能性は出来るだけ排除したかった。
レプリカと第七音譜術士しか襲われない…
このことがアッシュの頭には相当引っかかっていた。
内部に精通したものの犯行かとも当初は思ったが、それほど把握しきれることではないし、レプリカや第七音譜術士であることを隠したりしている者さえいる。
以前は容姿等で分かることも出来たが、今では溶け込んでいて一目では判断することは難しい。
それなのにどうして的確に狙うことが出来るのか。
それ以上に、目的は一体何なのか。
手がかりが少なすぎるのか、与えられているのに知りえないのか、わからなかった。
しかし、いつまでも野放しにしておくつもりは毛頭なかった。
アッシュの進む足が自然に速まる―――
「これで、一回りした。大体はわかったか?」
外周を回り要所を説明した後、アッシュは最後の問いかけをした。
まだ出来たばかりでそんなに広い街ではないから、半日足らずで回りきることが出来た。
「そうですね…また、今度ゆっくり見て回ろうと思います。」
簡単な納得の言葉を交えてジェイドは言葉を返した。
伝ってきた道を少し見渡す。
「その言い草だと、目的は成し得てないか。どうせ、言うつもりはないのだろ?」
ジェイドの返答には不満があるが、ある程度性格も分かっているので半ば厭きれて一応言ってみた。
最初に何気なく目的を聞いてみたのだが、あくまでも、自分はレプリカの生みの親みたいなものだから、様子を身に来ただけだと通されたので、あまり返事に期待はしていない。
「杞憂であることを祈っているので、口には出したくないだけです。」
結局、ジェイドは何一つ詳しいことは言わなかった。
そんなことに嫌気がさしたわけではないが、もう随分と時間が経過していることにアッシュは気がつく。
案内をするようなルートではない場所こそ警備の必要があるため、アッシュはここで一旦ジェイドと別れることとした。
一人の方が、やはり動きやすくある。
一方、ジェイドは、気になるところを見て回る…とだけ伝えて、足並みを外した。
そこで、二人のやり取りは終わる。
「もし、確証を得ていたら、もう手遅れなんですよ。」
風に流されるように呟いたジェイドの言葉は、誰の耳にも止まらなかった。
「あれー。ルークお兄ちゃんじゃないよね?」
大方見回った後、異常がないことを確認する。
そんな街の広場の噴水近くに立ち止まっていたアッシュに対して言葉がかかる。
その声の持ち主は、年端もいかない少女で、軽く首をかしげながらいつの間にかアッシュを見上げていた。
「悪いが俺はルークじゃない。ルークに何か用か?」
久しぶりに間違えられたような気がするとアッシュは思いつつも、返した。
ダアトでは二人の存在はローレライ教団の象徴とまで言うくらい大げさにされているから、平たく言うと有名人で、間違えられるようなことはそうはなかった。
少しでもアッシュやルークに面会したことある人なら、まずその纏っている雰囲気は違うということに気がつくであろう。
しかし、元は二人は同じなのだから小さな子供が混在するのは仕方ないことだった。
「うん!今日は見回りの日だから、また遊んでもらえると思ってたんだ。今日は遅くなっちゃったから、あたし一人だけどいつもはみんなで遊んでもらってるんだよ。」
本当にルークと遊ぶのが好きなのであろう。
えへへと笑みを浮かべながら、少女は楽しそうに言った。
「…そうか。ここで油を売っていたわけか。」
一人納得するようにアッシュは呟いた。
仄かに、その口元を緩める。
昼間だけの見回りのはずなのに、道理で帰りが遅いと思ってた。
毎度、子供にせがまれて付き合っていたのだろう。
本人もどうせ楽しんでいたのだろうが。
別にアッシュは子供が苦手というわけではないが、素直にそうやって接することは出来ないし、寄ってもこないから、改めてのルークを感じ取る。
最近、二人の仲が良好ではないことは、周りにも察しられていることで、どうかしたのかとストレートに聞かれることさえある。
アッシュ自身は何も変わったつもりはない。
が、ルークが一方的にアッシュを避けるという事態が続いていた。
理由があるなら言って欲しいし、簡単に問い詰めたりもしたのだが、逃げられた。
一体いつまでこれが続くのか…
昔はもう少し強引に推し進められたのだが、ルークのこととなるとたちまちそうは行かなってしまった。
しかし、いつまでもこの微妙な関係を続けるわけにも行かない。
今度会った時こそ、はっきりとさせなければ。
と、アッシュは決めていた。
「あっ!ルークお兄ちゃんだ!!」
先ほどより格段と喜ばしい音程の声が、少女から上がった。
言い切る前に、嬉しそうに翔りだす足音が聞こえる。
考える間もなくアッシュはそちら方向へと振り向くと、その人物がいて。
危うい均衡の上に成り立つ二人が、久しぶりに対面した。
アトガキ
話が進んでいなくてすみません。次は修羅場なので、頑張りたいです。
2007/02/06
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