鏡の国のルーク 3  












幻想でも幽霊でもなくて、確かにそこにアッシュは存在して、そしてルークもここにいた。
一つの世界に二人があることが許される事なのかは、まだ分からない。



「それで、どうやったら俺は元の世界に戻れるんだ?」
ようやく怒りが収まって少し冷静になったアッシュは、決定的にそう聞いてきた。
まだこの状況を納得したいとは思いたくはないが、考えてばかりいても何も進歩はない。
それにどうやらこの鏡の国というのは常識で推し量れるだけではなさそうだった。
確かに今居るこの部屋は自分と全く同じ部屋ではあったが、だからこそそれが気持ち悪くもあったのだ。
「ローレライの鍵のことは知ってるかな…ユリアがローレライから借り受けたものなんだけど。」
何か話せばいいのか考えたルークは、まず鍵のことを尋ねた。
向こうの世界ではローレライから受け取っていない物の筈だが、本当にどうなっているのかまで細かくは知らない。
とりあえずこの世界に存在しているものは、今ルークが持っているという事実だけはある。
「存在だけならおぼろげに聞いたことがある。だが、俺が知っているのはお伽話レベルだかな。」
ローレライの鍵のことはさっきもルークの口から出たので、直ぐに答える事が出来た。
童話にそれほど感心が深くなかったアッシュではあったが、幼少の頃は女性であるナタリアと付き合う関係でいくつか読んだことがある。
重要な物だと認知はしていたが、実際に存在するとなるとやはりお伽話にも聞こえる。
しかし、今ルークが所持しているものがそうだと言われるとその神秘性に惹かれる気持ちもあった。
「そっちの世界に行くのはローレライの鍵の力が必要なんだ。ヴァンデスデルカとメシュティアリカがユリアの子孫だから、詳しい事は二人が知ってると思うけど。」
あーでもヴァンデスデルカと会ったら驚くだろうなと、口には出さないけどルークは思った。
あっちの世界では確かアッシュの剣の師匠だった筈だし。
「なら、その二人に会いに行くぞ。」
ようやく行き先が終わり、ばっとアッシュは立ち上がった。
いつまでもこんな鏡の前に立ち往生している場合ではない。
「待って、堂々と出て行こうとするなよ。アッシュの存在がそんなに簡単に受け入れられるのは事情を話している人たちだけなんだから。」
間違ってもメイドあたりに認識されてもらっては困るので、慌ててルークは言った。
自分もイオンも確かにアッシュの世界に行ったけど、こちら側にオリジナルが来たことは確かなかった筈だ。
二人が同じ顔なのは嫌でもわかってしまうだろう。
別々に行動しているのならともかく、一緒にいるとなると疑問の目を向けられるに違いなかった。
いくら何でも不用意に混乱を招きたくはなかった。
アッシュがここに来てしまったのは不注意によるルークのせいだし。
それは深く言わなくてもアッシュもわかったらしい。
仕方なく、一旦ドアノブから手を離してくれた。
しかし、次の瞬間に壁越しから聞こえたのは、焦ったノック音。

ドン ドン ドン
「ルーク。いるのか!?」
荒々しく聞こえるのはノック音だけではなく、響く声も同様だった。
こちらの世界に来てルーク以外の人物に初めて接触するというのに、その声にアッシュは非常に聞き覚えがあった。
というか、屋敷に居るときは何だかんだと毎日聞いている人物だ。
しかし、アッシュの知っている男はこんな切羽詰った声を出したりはしなかった気がするので、聞き間違いだとそのときは一瞬過ぎった考えを払いのけた。
「ガルディオス伯爵!?」
非常にびっくりしてルークは声と顔を上げた。
「いるんだな、ルーク。開けるぞ。」
「ちょ、開けるのは駄目だ!」
ルークの声を聞いて一瞬安心した声を出したようだったが、突っ走って結局扉を開けられてしまった。
扉近くに居たのは確かにアッシュであった。
しかし、その姿はきちんと認識していなかったらしく、真っ直ぐにルークの目の前にやってきた。
「ルーク!無事だったんだな。良かった。心配したんだぞ。だからあれほど行くなと言ったのに!」
言われたとおり無事に帰ってきたわりには叫びまくってうるさくされた。
両肩を掴まれて、がくがくと揺さぶられる。
振動で頭を揺さぶられながらも、だから嫌だったのにと、もう慣れているルークは諦めムード満載だった。
この人はいつもそうだ。
いや、自分以外には結構女性とかに優しかったりするのに、自分には異常に過保護すぎた。
「……………もしかして、ガイなのか?」
その様子を唖然と見ていたアッシュは、まさに信じられない光景を見たとしか言えなかった。
はしたないという気持ちがなければ、指を一本指してしまっていたかもしれない。
でも確かに間違う事のないガイだった。
アッシュの中のガイのイメージといえば、使用人兼自分の遊び相手だったが、どこまでも儀礼的で冷静で、とても忠実で気が利く人物ではあったが、間違っても感情的になるような事はなかったから。
しかし目の前のガイはというと、その性格から真逆としか思えなかった。
「誰だ?」
ルークの室内に不審者がいたことで、ガイは問答無用に帯刀している剣に手をかけた。
自分のファーストネームを呼ばれたことより気に障ることがある。
向けられる鋭く冷たい瞳…
本来なら主人に向けられるような瞳ではないのだが何度か見たことがあるから、やっぱりガイだなとアッシュはこの時に改めて思った。
「ガルディオス伯爵!マジで抜くなよ。ほらっ、前に話しただろ?俺のオリジナルのアッシュだよ。」
冷たい空気がルークのほうまで伝わってきたので、大急ぎでそう説明してガイの剣を抑えた。
「…お前がアッシュになるのか?」
ルークの言葉を受けた途端、ガイの対応は様変わりする。
一通りアッシュの姿を一周するように眺めると、さすがに剣を抜くのをやめて、手を元に戻した。
「アッシュ…わかったと思うけど、ガルディオス伯爵だよ。そっちの世界で言う、ガイ・セシルといえばわかりやすいかな?」
「ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。爵位は伯爵だ。ヨロシクな。」
ルークに紹介されたので、改めてガイは自己紹介をした。
もちろんという感じで握手付だ。
逆に戸惑ったアッシュだったが、まさか差し出された手を払いのけるわけにもいかず、そのまま右手を繋ぐとしっかりと握り返された。
アッシュにとってガイとの付き合いは長いので、今だギャップに酔ってると言っても過言ではない。
よく考えたら自分とルークも随分性格が違うので、仕方ないと割り切った。
「で、どうして。オリジナルがこっちの世界に居るんだ?」
落ち着いたところでガイが説明を求めてきたので、ルークは口を開いた。
その説明のしようから何となく、この世界の様子が垣間見れたアッシュだったが、前途多難ということだけは深く刻み込まれていることをより知ったのだった。

「そうか。じゃあ、ヴァンデスデルカとメシュティアリカに用があるんだな。二人はローレライ教団員との会合に行ってるから、そうだな、屋敷に帰って来るのは夕方になると思うぞ。」
うーんと口元に右手をやりながら、ガイは伝えた。
ルークはまた厄介な事を持ち込んだなと思うが、苦笑に留めておく。
「知り合いなのか?」
ただの使用人だと思っていたガイが、こちらの世界ではマルクトの伯爵ということでアッシュは更に質問を投げかけた。
ガルディオス家のことは知っていたが、ホドで一家諸共撃ち宝剣がファブレ公爵邸にあるという苦い事実だ。
ガイが本当にその生き残りであったとしたら、必然的に自分に近づいてきた理由が連想され、少し気が重くなった。
でもそんな憂鬱を抱えている場合でもないので、肝心の二人との関係も知りたかった。
「ああ、ヴァンデスデルカとメシュティアリカはガルディオス家に使える騎士家の兄妹なんだ。俺がマルクトから派遣されてキムラスカに駐屯してるんで、一緒について来てくれているんだよ。ユリアの子孫だからローレライ教団にも所属しているけどな。」
少し複雑な関係なのだが、なるべく完結明瞭になるようにガイは伝えた。
「もしかしてヴァンデスデルカとメシュティアリカは導師守護役に会ってるのか?俺、まだイオンのこと伝えてないんだけど。」
思い出したかのようにルークは言い出した。
元々アッシュがこちらに来てしまったのは不運な事故で、本当ならイオンを連れてくると思われていたのだから。
「いや、どうやら違うみたいで、もう少しお堅い相手みたいだ。屋敷にヴァンデスデルカとメシュティアリカが戻ったら事情は説明しておくよ。ルークは先に報告に行ったらどうだ?」
今はちょうど真昼を過ぎた頃で、夕方までには随分時間がある。
時間つぶしというわけではないが、本来の目的を先にこなす方が得策だろうとガイは提案した。
「わかった。じゃあ、行ってくるよ。アッシュはどうする?部屋に閉じこもりっぱなしというのはあんまりオススメできないんだけど。」
部屋に居ては嫌でもメイドや誰かが来てしまうということを危惧して、ルークは伝えた。
「俺も行こう。外の様子も気になるしな。」
改めてアッシュが立ち上がると、じゃあ俺は自分の屋敷で待ってるからと颯爽と帰るガイとすれ違った。









アトガキ
ガイ登場編終了。次のキャラに続く。
2008/10/13

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