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  骨まで愛して抱きしめて












レプリカホドであるエルドラントが無事に浮上し、ヴァンはレプリカ計画が最終段階に入ったことを確信し始めた。
ここまで全て計画通りに進んでいる。
唯一の盲点といえば、ローレライの同位体であるアッシュがこちらに加担しないことだった。
いざとなったら身に宿るローレライの力を持って押さえ込めば良いと考えてはいたが、ヴァン自身もまだ完璧にローレライを扱えはしないため、自ら出向くことは不可能だった。
しかも今は気がつかれていないかも知れないが、同位体のレプリカであるルークとアッシュが組めば第二超振動の発動が有り得るかもしれなかった。
不安要素は早めに消しておくべきだと考えたヴァンは、側近の一人であるシンクを呼びつけた。
二人きりとなった部屋に響く低い声。
シンクはヴァンから指示を受けると、おもしろそうだからという理由であっさり了承した。

巨大な組織であった神託の盾騎士団の半数がヴァンについていったことは、ローレライ教団の関係者なら周知の事実だった。
元々、キムラスカ・ランバルディア王国とマルクト帝国の間に入り暗躍してきたことが多かったこともあり、各地にいる神託の盾(オラクル)騎士団員の情報収集能力は群を抜いて高かった。
シンクはマルクト方面担当の騎士団員の一人から報告を受ける。
元特務師団長であるアッシュがグランコクマにいるとのことを………








すぐにグランコクマへと向かったシンクは、ルーク一行と直接的な接触を図ろうとしていたアッシュを見つけた。
一人きりになったのを見計らって、シンクは護衛もつけず一人で対峙する。

シンクの存在に気がついたアッシュは鞘からローレライの剣を抜き去り、戦闘態勢に入る。
一度、ルーク一行に敗れて地核に落ちたがヴァンの持つローレライの癒しの力によって以前よりシンクの力は上がっている。
それにアッシュ自身が大爆発現象によって譜力などが弱っていることは、ヴァンから聞いていた。
疾風と名高いシンクにとって今のアッシュの攻撃は、決してかわせないものではなかった。
シンクの目的はアッシュを殺害することではなかった。
ヴァンに指示された通りの目的を施すことで………それは、難無く成功した。
ずしりと身体にのしかかる違和感にアッシュは剣を止める。
痛みは無いが、どこか身体と頭が繋がっていないようににぶい。
感触を確かめたシンクは颯爽とアッシュの目の前から去って行く。
調子がずれたアッシュは一瞬出遅れたため、それを追うことが出来なかった。



どこか身体が重いが、やるべきことがある。
アッシュは既に目的であるルーク一行と接触し終えている。
伝えるべきことは伝えたが、話は決裂したと言っていいだろう。
よく考えれば、いつものことだ。
決戦はエルドラントの地で…と言い捨ててあるし、それをルークもわかっているだろう。
街中で準備をすませたのち、ギンジの待っているアルビオールへと向かった。
グランコクマ港に停泊しておいたアルビオールは、船という形状から外れているのでとても目立つ。
それが二艘もあるのだから、軍関係者と言えど珍しいのだろう。
見物人と見受けられる街の人々で港は賑わいを見せていた。
人目につくのは性に合わないので、アッシュは遠回りしてアルビオールに近付くことにした。

その人気の無い道で、唯一同じ方向を目指していたのがルークだった。
ルークもノエルの待つアルビオールへと向かうためにこの道を選んだのだった。
少し前に激昂を飛ばした相手がいたことで、アッシュもルークもどこか気まずくあった。
ただ、目的の方向が一緒という事でつかず離れずの一定の距離を無言で歩く。
それは短い時間で、やがてルークたちが乗っているアルビオールの尾翼が見えてきた。
次に会うときはエルドラントと決まっている。
返事は返してくれないだろうが、別れの一言を述べようとルークはアッシュの方を向こうとした。



ドスッ!
鈍い衝撃がルークの横腹から響いた。
あまりに突然のことで、他人事のように外から音がやってくるように思えた。
そのままふらりと立っていられなくなるが、何とかルークは足を踏みしめた。
さらけ出された右の横腹を見ると、赤に染まった白刃がぷしゅりと引き抜かれて連れ立った鮮血も一緒に持っていかれた。
剣がルークの身を去ると、物量に塞がれていた大きな傷口から止め処なく血が湧き出る。
決して綺麗とは言えない傷口をルークは右手で押さえて、流血を止めるようとする。
「なんで…」
何を言うべきかもわからずにルークはただそれだけを口にした。
刺したアッシュは、ルークが振り返ろうとしたことで狙った場所を外したのだったが、それをも気にしない様子だった。

「ああ、おしかったね。」
誰もいないと思っていたのに、道端から現れて叫んだのはシンクだった。
不敵な笑みを浮かべてこちらを眺めている。
「シンク…これはお前の仕業なのか?」
アッシュの行為に呆然としていたルークだったが、敵であるシンクがやってきたのではっと意識を取り戻す。
「見れば、わかるだろう。アッシュはずっとお前を殺したいと思っていたんだよ。お前もオリジナルがいたらずっと代用品のままだろう。良い機会なんだ。殺ればいい…」
「そんなこと出来るわけない!突然、どうしたんだよ。アッシュ!!」
シンクの発言を退けながらも、ルークは再びアッシュに問いかけた。
憎まれていることはわかっているし、何度か殺されかけたこともある。
しかし、アッシュは一度口に出したことを破るような男ではない。
決着はエルドラントと言った手前、こんなところで不意打ちのようにルークを殺しにかかるとは思えなかった。
アッシュは返答はせずに、言葉代わりだというような勢いで再び切りかかってきた。
キンッ!と刃物がぶつかり合う金属音が目の前で響く。
ルークも抜刀してその攻撃をしのいだが、力が十分に発揮できない。
止血代わりに身に押している右手を離したら、出血多量でそれこそ倒れてしまう。
左手一本だけの力で、アッシュの攻撃を受け止めきるには限界があった。
「案外しぶといなあ。僕が加勢してもいいけど、それじゃあつまんないし。」
必死でアッシュに向かっているルークでは合ったが、シンクのその呟きが耳に入る。
シンクは楽しんでいる?
ルークとアッシュが戦っている様子は確かに都合のよいことであろう。
しかし、どうしてアッシュはシンクの命令を受けるようなことを…
プライドの高いアッシュが命令をきくとは全く思えなかった。
これは本人の意思ではないことだとしかルークの考えは行き着かなかった。

「そうか…これはカースロット。」
大分前になるが、ガイから受けたそのダアト式譜術を思い出しルークは口にした。
「なんだ、わかったのか。つまらないな。でも、わかったからといっても状況は変わらないだろう。」
ルークの言葉を聞き漏らさなかったシンクは誘発するように言った。
ヴァンからすれば、アッシュがルークを殺すのが好都合だろうが、結局はどうなってもいいのだ。
この戦いは、どちらが倒れても最低一人の邪魔者は消えるのだから好都合であった。
「アッシュ!お前、操られるなんてらしくないんだから、正気に戻れよ。」
何度ルークが叫んでもアッシュには届かない。
たとえ鼓膜を通り脳に言葉が伝わっても、意識がないのだから無駄であった。
どうしようもなくルークには解決策も見つからない。
カースロットの厄介さは身をもって体験している。
術者であるシンクを止めたくても、アッシュを防ぐのに精一杯なのでそちらまで手を回す余裕などない。
以前ガイがかかったときはイオンに解呪してもらったが、そのイオンももうこの世にはいない。
カースロットはローレライ教団の導師しか使えないと聞いたので、現在の使い手はシンクしかいないだろうし、無垢なフローリアンが何とかできるとも思えなかった。



「考え事なんてしていて、随分と余裕なんだな。」
そのシンクの合図のような言葉の後だった。
足元がおそろかになったルークの隙をアッシュは見逃さず、目ざとく狙ってきた。
神経がバラバラに切れる…
そのまま痛覚もなくなってしまえばいいのにと過ぎったが、それはルークの希望的な観測でしかなく、しっかりと鋭い痛みがやってきた。
ぼたぼたと水が滴り落ちるように地面に染みを作るのは新たな血であった。
左の太ももに命中したアッシュの剣は浅く刺して途中で止まった。
ルークが回避のためにバックステップをしなければ、その剣先は骨まで響いていたであろう。
それでも凄まじい衝撃にとうとう立ってはいられなくなり、負傷した右足を庇いながらもルークは膝をついた。
この多量な出血は、もしかしたら大動脈を傷つけたのかもしれない。
もう一度立ち上がろうとしても、血の気がひいて極度の眩暈が頭を支配しているので言う事をきかない。
何とか頭だけ上を向くと、すっと右首の横にローレライの剣が添えられた。
さすがアッシュの手元に狂いはなく、首の皮一枚さえ傷つけず紙一重のところで剣は止められている。
「お、やっと終わりそうだね。」
終始を見物していたシンクが近付いてきてルークを見下ろした。

「アッシュ…俺はお前に殺したいほど、憎まれてたんだな………最初は…それでも構わなかった
……でも、…今は…違って欲しかった。………………一緒に、いたかったから…」
痛みに頬を引きつらせながらも、何とかルークは言い切る。
今の状況は本当に悲しい。
それはアッシュに殺されかけているからではない。
今も、そしてこれからも、憎まれ続けられていることを知ったからだ。
どんなにルークが想ってもアッシュは変わらない。
ルークという憎むべき存在がなければアッシュがいられないことはわかっていたけど、苦しかった。
彼を苦しめるだけの自分という存在が、そして今も無力でこのまま…終わるだろう。
「無駄だよ。カースロット状態に陥った人間は言葉を発すことさえ出来ないんだ。」
再び、術の力をシンクは送り込んだ。
一度剣を引いて勢いをつけてからルークの首を飛ばすように、命令を。
しかし、その強い術の反動はアッシュの身体が無意識に揺れるほどであった。
慣れてない方向からの力の加わりに、頭と共にアッシュがよろけた。
元々意識のない状態なのが災いし、引いた剣を握る力に余剰が加わる。
あろうことに、アッシュの右手から剣が落ちた。
まっすぐ突き刺さるように、下へと向かっている。

「危ない!」
剣が完全に落ちる前に叫んでそれを遮ったのはルークだった。
動かない身体だったが、上半身だけ身を乗り出してローレライの剣を掴んだ。
既に血で染め上がっていた剣だったが、ルークは素手で握ったため容赦なく左手の平が切れた。
半端なく痛みが走るが、間に合った。
あのまま無防備に剣が落ちていたらアッシュの右足に突き刺さっていただろうから、最悪の事態を免れたことを知ったルークは自分の身の心配よりその安堵をした。
その様子をアッシュは見続けていた。
「…レ、プリカ………」
聞き覚えのある声が頭の上から降りてくる。
「まさか、しゃべった!」
驚いたのはシンクの方で、有り得ないことに狼狽する。
アッシュは焦点の合わない瞳のままであったが、確かにその口を動かしたのだ。
「ちっ…かつての仲間だからって甘くしてたよ。いいさ、一番深いカースロットをかけてやるよ。」
改めてシンクは術をかける動作をした。
今度はさきほどよりも深く長く集中して操りをかけた。
眠っていたかのように隠していた本心を、むき出しにするように。
「…や、め……ろ!俺は………」
頭が割れるように響く。
アッシュの抵抗の言葉ごときでは、もちろんシンクがやめるわけなかった。
「このカースロットは、本人が意識していない隠している心も曝け出すんだ。さぁ、本心の奥底にある憎悪を呼び起こしな!」
「ぐっ………」
シンクが叫ぶとようやく術がかけ終わり、アッシュが苦痛の声を滲ませる。
はじめは頭の痛みに耐えられないという様子のアッシュだったが、やがて悟ったように身をあげた。

「ア…ッシュ……」
もうルークの方は限界だった。
様々な要素が混在した結果、目が霞んで視界がほとんどなくなる。
頭に酸素が回らなくなり朦朧としてきたので、放っておけばいつ意識を失ってそのまま絶命するのかわからない。
「さあ、早くコイツを殺せ!」
命令が下る。
先ほど何度もきたカースロットを伝わった音が……
アッシュは一度は落としたローレライの剣をしっかりと握りなおす。
振り上げて一瞬で終わる筈だった。





ローレライの剣が肉に食い込む音が当たりに響く。
「う゛っ!ぁ………」
その矛先はルークに向けられたものではなかった。

「…随分と俺をおもちゃにしてくれたな。シンク!」
怒髪をついたアッシュがシンクの肩を貫いたのだ。
完全に油断をしていたシンクが今度は膝をつくことになり、肩を押さえる。
「まさか、僕のカースロットがきかなかったのか…」
「きいたさ。ただ、お前が思っていたのと違っただけだ。」
ついに地面に倒れこんだルークを庇うようにアッシュは立ちふさがり、シンクと向き合った。
「くそっ!ひとまず預けておくからな!!」
前に出会ったときのようにシンクの逃げ足は速かった。
今のアッシュならば、負傷したシンクを追うのは難しくはなかったがあえて追わなかった。

シンクが遠ざかるに連れて、ずっと重かったアッシュの身体が元の重力に返ってきたかのように動けるようになる。
これは術者がいなくなったことでカースロットの呪縛が遠のいたからであろう。
あの分では、アッシュにはもうカースロットがきかないとわかったであろう。
再び、術を使ってくるようなことはないと判断した。



カースロットの効力が完全に抜け切る前に、アッシュはルークに近寄った。
血の海に近いその中心に沈んで倒れている。
アッシュが刻んだ二つの大きな傷は痛々しく残り、ルークの意識は完全に飛んでいた。








「俺の自覚さえなかった本心か………」
この想いをアッシュは理解していない。
それでも確かにあったのだし、認められる自分が居る。

アッシュはルークを抱きかかえて持ち上げた。





そして、その腕の中の存在を強く抱きしめたのだった…………

















アトガキ
2008/01/22

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