幸福の灰色鳥  













容赦なく熱い日ざしが照りつけ、じりじりと体内の水分を奪う太陽の直下。
ケセドニア砂漠を横断するルーク一行は、珍しく少しバテていた。
大人数での移動となるとペース的にもそれほど無理は出来なくあるので、仕方のないことなのだ。
ここまで広大な砂漠となると天候上の理由でアルビオールが停泊できないので、結局最後に頼るのは人間の足となる。
野暮用で砂漠のオアシスに赴いたまでは良かったが、その帰り道は行きとは違って必然的に体力的にも落ちている。
ようやく用を終え、また砂漠を越えることとなると思うと、ため息が出るようなものであった。
残念ながら、歩いている最中は終始無言。
しゃべると体力が奪われるのだから当然の事だった。

「ん?あれは、何だ…」
ふと遠くを見つめていたガイが珍しい音を出し、僅かに指を示した。
遠目が効くからこそ出してみた声だったが、最初は半信半疑であった。
だんだんと確証して、陽炎が見せる幻とは違う黒っぽいぐにゃりとした物体が落ちている。
警戒をし、不思議がりながらも少し進路を変えて近寄ると、小さな正体が現れる。
「これは…伝書鳩ね。」
乾いた砂の上でぐったりしている灰色の鳥をティアは見下ろして、手をかざして影を作ってやった。
鳩は小さな足に大ぶりの筒をつけているが、特別な譜術式と譜業の鍵がかかっているので簡単に開けられはしないだろうと思い当たる。
「もしかして怪我してるとか?」
そう言いながらアニスは首をかしげて覗き込んだ。
だが、どうやら怪我をしているというより、過剰に衰弱しているようだった。
無理もない。
砂漠の昼間は圧巻的に暑く、夜は身も凍えるほど寒いのだ。
飛行中に、急激な温度差という環境についていけなくなったということは、容易に想像ついた。
「助けようよ。」
このまま見て見ぬフリを出来はしなかったので、ルークは訴えるように伝書鳩をすくって拾い上げた。
伝書鳩は少し警戒して身体をばたつかせたが、結局は儚いものだ。
予想通り酷い衰弱のようで、すぐに抵抗の姿は消えてしまった。
放っておけば干からびて、チキンへと変貌してしまいそうだった。
「いいんですか?どこの所属の伝書鳩か、わからないのですよ。」
嫌われ役の警告としてジェイドは言う。
巧妙にわからないようにしているが、それでもこの伝書鳩はマルクト所属ではない。
助けた事で有益を運ぶか不利益を運ぶかはわからないのだ。
だったら何もしないほうが責任を負わなくてすむというのが、ジェイドの持論でもあった。
「確かにキムラスカの伝書鳩でもないですけど、私もルークに賛成です。見捨てることなんて出来ませんわ。」
ナタリアも伝書鳩を見ながら、言う。
倒れているのが人だから助ける、鳥だから助けないというのは、人道的に考えても良くない事だ。
「別に反対したわけじゃないですけどね。」
やれやれ甘いですねという言葉は声には出さず、ジェイドはそれだけ言った。
「じゃあ、急ぎましょう。」
照りつける日差しは未だに暑い。
揃って皆がそれを示すと、早足でケセドニアに向かったのだった。









途中で水筒の水を与えて分けていたが、涼しい安静な場所ではなければ、身体は落ち着けない。
ケセドニアでなじみの宿を取ると、ルークはきちんとした日陰の中にようやく鳩を入れる。
あいにく獣医のあてはなかったので、相部屋になったジェイドに頼んだら、引き受けてくれた。
過去が過去とはいえ、助かる。
ジェイドは鳩の一つ一つの関節が無事なことを確認し寝かしつけると、どうやら落ち着いたらしい。
机の横にこしらえた布地の上で小さなまぶたを閉じて、呼吸のために胸を動かしながらもゆったりしている。
寝ている鳩の姿を見るなんてなかなかない機会かもしれない。
ついでに近くでミュウも寝ている。
砂漠の横断なんて何度やっても疲れるものだ、仕方ない。
「ありがとう。後はオレが見てるからさ。」
「では、私は少し情報収集に出ますから、夕食まで戻りません。」
ルークがそう言うと、ジェイドは用が済んだので出かけると声を出し、退室して行く。



一人になったので少しルークは伸びをする。
自分に出来る事など少なかったが気を使ったため、やはり多少の疲れがある。
「…おまえ、どこに手紙を届けるつもりだったんだ?」
返事はないとわかっていたが、大切そうにしている筒を見て、思わずルークは尋ねている。
ちなみにアニスいわくダアトの伝書鳩でもないらしい。
郵便という媒体が比較的スムーズに流通しているので、一般人で使うとなるとかなり珍しい。
一体どんな人物が、この手紙を待っているのだろうと、想像を巡らした。
「ん…ちょっと寒いかな?」
換気のために開いた窓から僅かに涼しい風が舞い込む。
砂風じゃないからいいかなと思っていたが、一陣が強風にも思えた。
締めようかなと、ルークは立ち上がって窓枠に近寄った。
キィっとガラスに手をかけると、横を素早く駆け抜けるものがあった。
「あ、どこに行くんだよ!」
ルークの伸ばした左手は間に合わなかった。
よろけた様子ではあったが、風に誘われるように伝書鳩は窓から外へ飛び立ってしまったのだ。
見下ろすがその飛び立ちようは、力弱い。
慌ててルークは部屋を出て、宿の階段をバタバタと駆け下りる。
眩しい外へ出ると、視界にはまだかろうじてだが伝書鳩が見えた。
かなり低空飛行しているので、なんとか追いつけない距離ではない。
運良く人ごみが込み合っていなかったので一直線にルークは伝書鳩の後を追う。
ふらふらとしているので進行速度はつたないものだ。
裏路地へと続く角をなんとか曲がったのを見て、一気にルークもそこへ突っ込んだ。
ドンッ!
壁ではない何かとぶつかって、衝撃によってルークは後ろへとよろめいた。
じゃりっと利き足の砂を踏みしめる。

「てめぇ!どこ見てやが………レプリカか?」
最大限の怒りを発したのはアッシュで、相手がルークだったことで一瞬疑問視を示した。
少し拍子抜けしたような感じがする。
「アッシ!ごめん。俺、ちょっと伝書鳩を追ってて…」
あっちゃーやってしまったという感じだったが、謝りを誤魔化すようにそう言った。
正直、上方の伝書鳩の姿ばかりを追っていて前は全然見ていなかったので、結果はルークが悪い。
「伝書鳩?これのことか。」
顔を少ししかめてから思い当たったものをルークの目の前に出した。
その通りの伝書鳩を、アッシュはちょこんと軽い様子ではあったが、両手で持っている。
「捕まえてくれたんだ、ありがとう。」
どうして突然飛び去ってしまったのかは、わからなかったが、やっと一安心してルークは感謝を述べた。
アッシュの手元にいる伝書鳩を見ると、無理して飛んだからやっぱり疲れた様子を見せているようだ。
ルークは、伝書鳩をこっちに渡してくれという手を見せた。
「おい、何でこの伝書鳩を探していたんだ。」
「えーと、それは。」
成り行きだったが、ちょっと言いにくいので言葉を濁す。
ルークが感心を持ったのは鳩自体であったが、一般的に見れば伝書鳩の持つ手紙の方に関心が行くであろうから、助けたと言ったら何と言われるやら。

「理由を言えないなら…いや、言っても渡せないな。これは俺宛の伝書鳩だからな。」
「え!?」
これほど盛大に声を出したのは久しぶりだった。
それぐらい驚いたのだった。
となると、伝書鳩が最終的にアッシュの元にたどり着いたのも納得がいく。
「俺宛で、何か悪いのか?」
そう言いながらルークの横目で譜術式を解き、譜業の鍵を筒にはめ込んだ。
簡単に中の手紙が姿を現す。



えーと、ますます言いにくくなってしまった。
どうしようかと、ルークは背中に汗をかいたような気持ちにさえなった。
その伝書鳩を助けたのは自分だと訴えたら、アッシュはどんな反応を見せるだろうか。





感謝してくれるのか、それとも…
















アトガキ
2009/01/14

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