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  彼を再び失うための一日  2










ルークが

「消える?」
今度こそ完全に………













目の前ではっきりと言われたのに、ガイはそれを呆然と反復するしかなかった。
ルークが生きているという奇跡は何度も目の当たりしていたから、今回もそうだと思いたかった。
でも、本人の口から紡がれた言葉は、確実な喪失への意図。
音譜帯という遥かなる天空にいたという言葉は、常人では信じられないことだろう。
だがガイは信じたし、疑うことさえも考えなかった。
しかし、消えるなんていう人間味のない言葉を、またルークの口から聞きたくなかったから信じたくはなかったのだ。






コン コン コン
固まってしまったガイを差し置いて、響くのは手馴れた手つきの軽快なノック。
沈黙を破るように、室内に鳴り渡る。
「ガイ、ここに居るの?お茶はどうする。」
その声は、先ほど話しをしていたメイドで、気を使ってガイを探してきてくれたようだった。
カップの揺れる音が混じっているので、どうやらお茶道具一式を持参しているらしい。
音を聞いて、状況的に人目につきたくはないルークは、びくりっと震えて誰が見てもわかるぐらいに慌てた。
この部屋はそれほど狭いというわけではないが、どこかに隠れる場所はないかと、ベッドの下の空きスペースを確認しようとした。
「悪いけど、用事ができたから急いで戻らなくちゃいけないんだ。また、今度ゆっくりもらうよ。」
潜ろうとしているルークを片手で止めながら、ガイは扉の外に向かって言い放った。
この部屋に入ったときに鍵はかけていない。
ここで無造作に扉を開けられたら一巻の終わりのため、何とかする言葉を選んだ。
「あら、そう。じゃあ、また城でね。」
少し残念な言葉を落としつつも、メイドはあっさりと下がっていった。
振るかえる僅かな音が漏れる。
それほど大きくない足音が完全に消え去るまで、ルークもガイも息を潜めるように黙っていた。

「ありがとう。助かったよ…」
肩の荷を降ろしながら、ルークは感謝の意を述べた。
もしかしたら、気づかぬうちに冷や汗をかいていたかもしれない。
かれこれ自分の存在が消えて数年の歳月が経っている。
とうの昔に、死んでしまったと周囲に認定されていることぐらいはルークにもわかっている。
事情に詳しいガイならばいざ知らず、他の者に存在が知られ、騒ぎになることは一番に避けたいことであった。
「ここじゃ、ゆっくり話も出来ないな。一旦、屋敷を出るぞ。」
少しだけ考えた後、ガイは部屋の手短にあったフードのついた灰色の地味な羽織りを拾い上げて、ルークにかぶせた。
突然のことで、ルークはうぷっと予期せぬ声を出したが、反射的に理解しきちんと着込む。
自分の部屋にあるものなのだから、さすがサイズはぴったりで着心地も良い。
「わかった。」
一般人がルークの姿を見ても気がつかないかもしれないが、屋敷の中ではほぼ全員が知り合いのようなものだ。
誰かと鉢合わせた時点で大騒ぎになることは間違いないからの危険性を危惧して、ルークは了承をした。






そろりと部屋を出ると、まずガイに先行してもらって、人目を確認してもらう。
この年になるといくら太くて立派な柱だとはいえ、その影に隠れられるほどの体格ではないから、空いている客室で待機をして、合図が聞こえたら一気に廊下をかける。
姿を隠して身を潜めながら屋敷の出口を目指したが、ルークが考えていたよりは難しくはなかった。
急ぎ足で、植木の剪定をしている庭師の後ろをすり抜けて行くと、あっという間にエントランスホールが見える。
いつもならもっとたくさんのメイドや白光騎士団が歩いているのに珍しい。
今日という日ということもあって、比較的すんなりとファブレ公爵邸を出ることに成功した。
ルークは首を傾げたが、見つかることは望んでいないので、このときだけはそのことをすぐに忘れてしまった。



屋敷を一歩出ると、景観はがらりと変わっていた。
吹き抜けの風を身に受けて、目の前に広がっていたのは、街道を埋める人々であった。
それほど狭き道というわけでもないのに往来激しく、皆浮き立つ足を伴い、笑みをこぼしている。
それは老若男女問わずであったが、特に子供はにこやかにはしゃぎまわり、ルークの足元を無造作に通り過ぎていくほどだった。
人ごみをかき分けて進むと、次々に目に飛び込んでくるのは、隙間なく開かれた屋台や露天であった。
景気付け宜しく、明るく商魂魂たくましい声が飛び交い熱気に満ちており、そこへと荷物を運ぶ大型の馬車には果実や野菜などの食材がたくさん積まれている。
便乗した祭りのようではあったが、さすがに飛ぶように売れていた。
そして、臨時の屋台や露天だけではなく、比較的安いと評判な宿には客があふれかえっているのも見える。
この日のためにみすぼらしい姿は見せないようにと、宿を含めた通りの家々は外壁に至るまで雨をはじくほど綺麗になっており、照明も新調されている。
夜になれば点された明かりがさぞ華やかで綺麗だろう。
昼間の今、バチカルの街を包むのは、満杯の祝いの白い花々であった。
街を包み込むように所々に飾られているだけではなく、手一杯の花を抱える少女もいる。
広場に向かえば、楽隊が笛の音を軽快に奏でており、ルークは半ばのまれてしまいそうなったほどだった。

「ルーク、急ぐぞ。」
思わずぽかんと立ち尽くしたルークだったが、名前の部分だけ小さくガイに呼ばれた。
はっと気がついて、早足に徹する努力をする。
一応、暗めのフードで身を隠しているが、立ち止まれば目立つ存在になる。
何で街がこんなに賑わっているのか非常に気になったが、顔をおおっぴらには覗かせられないルークには追求するような余裕もなく、腕をひかれてずんずんと進んだのだった。









いくばくか歩いてたどり着いたのは、バチカルでも最高等級を誇るホテルであった。
今日のように混み合っていなければ、城からほどよく近い場所だ。
他の宿屋は混み合っていたが、ここはさほどでもなかった。
ロビーにはちらほらと客と思われる正装に身を包んだ者たちがいたが、この広さから比例すると気になるほどではない。
ガイは受付に寄ると、預けていたルームキーを慣れた手つきで受け取った。
その場には階級に恥じぬ、彩色の装飾タイルや綺羅を飾る亜麻色のタペストリーが出迎えはしたが、それには特に目もくれず、そのままルークと共に室内型昇降機に乗り一気に最上階へと上っていく。
その行動は功を賞して、難無く部屋につくことが出来た。

「もう、大丈夫だよな?」
部屋に入ったルークは辺りを見回してから、ようやくフードを取り去った。
やはり、普段慣れないフードをかぶるのは息苦しく感じる。
やっと落ち着ける場所につけたので、一息つくように胸を撫で下ろした。
ついでに閉め切りだった部屋の窓を開けようと、窓枠に近寄った。
広く取られている窓を少し重かったが力を込めて開くと、心地よい風が入るのでゆっくりと外の空気を吸い上げる。
窓の向こうはバチカルの街を一望できる絶景で、先ほど歩いてきた場所は小さく見えたが、その賑やかさは肌に伝わった。
「あのさ。今日って何の祭り?こんなに賑やかなの、俺初めて見たんだけど。」
屋敷に長年軟禁されていたルークとはいえ、この様子は通常ではないことぐらいはわかる。
歳月は過ぎたが、それほど情景は変わってはいないはずと思っていたのに、あまりの違いに驚きは隠せなかった。
「…………ルーク、おまえ今日一日しかここにいられないんだよな。それで、何をする為に来たんだ?」
少しの沈黙の後、ガイは逆に質問を問いかけた。
「えーと、それって外の賑やかさと関係あるのか?」
「ああ、大切なことだ。」
質問の意図を掴みかねていたルークの続く言葉を、ガイはきっぱりと返した。
いつの間にか腕を組んでおり、その顔にも神妙な面持ちを蓄えて、ルークの返事を待っている。

ルークは返答を一瞬躊躇したが。
「…俺は、アッシュに会いに来たんだ。そのためだけに、この一日を使う為に。」
今度こそは、目を見開いてしっかり宣言するように言った。
アッシュに会いたい…ルークの望みは、そのただ一つ。
今のルークは、生きているわけでも死んでいるわけでもなく、ただここに存在しているだけの個体である。
夢とでも幽霊とでも思われてもかまわない、未練がある。
それでも純粋に生きているつもりだから。
本当の今を生きているアッシュの邪魔をするつもりはない。
だけど、最期の望みだけはわがままを言いたくて、何とかバチカルに来たのだった。



「やっぱり、そうか…」
ガイは瞳を閉じて、一つのため息をついた。
ルークがそう言うことは想定していたことだったが、嘆息せずにはいられない理由があったから。
「あのさ。アッシュはバチカルにいないのか?ローレライには、アッシュが居るところに送ってもらったつもりだったんだけど。」
アッシュが今何をしているのかルークは全然知らないが、彼の性格的にも恐らく多忙な毎日を迎えているであろう。
レプリカであるルークが居なくなった昨今、さすがにバチカルの屋敷にいるだろうと見当はつけたが、その様子は微塵もなかった。
ローレライが行き先を間違えた…とはあまり考えたくないが、ルークに残された時間は本当に僅かである。
もし、バチカルにいないなら、早く向かわなければとも思った。
「アッシュは、今バチカル城に居る―――」
「そっか、ありがとう。じゃあ俺は、城に行くよ。」
短く切ったガイの言葉に、すぐさまルークは反応した。
やっぱりさすがに近くにいるようで、これなら残り少ない時間にも余裕が生まれる。
きびすを返して、そのまま部屋を出ようとしたが



「アッシュには会うな!」
ガイの強い引き止めの怒声が、部屋に響いた。
それはびりびりと鼓膜に残るくらいの低音で、瞬間にしてルークの足を止めるくらいであった。
「どうしてだ?」
びっくりしながらも、首をかしげながらもルークは問いただした。









「今日は、アッシュとナタリアの婚約パーティーが開かれる、からだ。」

そして、追撃をかけるように、ガイは言い放ったのだった。
















アトガキ
2007/06/28

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