ダイエット      ル フ ラ ン     
  ケミストリー  2













「ルーク、戻ってこないですわね。」

先ほどまでは、少しは会話が花開いていた円卓だったが、現在は全くの無言であった。
料理を食する音だけが淡々と響く中、ナタリアの言った言葉はまるでこだまするように聞こえた。
ルークの代わりにナイフを持ってきた女性ウェイターが来たのはもう何十分も前で、最初は所要で席を外しているだけかもしれないと思ったりもしたが、今はそんなこと全く考えられなかった。
そう、どう考えてもさっきの慌てようが原因。





「誰かさんのせいで…ね。」
ふっと視線を外しながら、アニスは毒ずいた。

「上等だ、クソガキ。俺のせいだとでも言いたいのか?」
「べっつに、アッシュのことだなんて言ってないじゃん。それとも覚えがあんの?」
やはりその言い様にムカついたのか、アニスが更に言葉を悪くした。
揚げ足を取られた…とまではいかないが、そのような感じになってアッシュは気分がすこぶる悪い。
「二人とも、公衆の面前で言い争いは止めなさい。」
こちらは食事が殆ど済んでいるが、周りはまだ静かに食事をしている席もある。
声量の大きくなったアニスとアッシュを、ティアは止めた。



「はいはーい。じゃあ、こうしましょう。
アッシュはルークを連れて帰ってくる。残りの私たちはさっさと寝る。これでいいですね?」
シリアスムード真っ只中に、ジェイドの妙案がさも当たり前のように走った。
「おい!なんで、俺がそんなことをしなきゃならねえんだ!」
明らかに大損そうな役割がアッシュに当てられて、冗談じゃねえと吐き捨てた。

「だって、ルークが左利きだということは、剣を交えたのだから知っていたでしょう?
彼、結構あなたに気を使って、食事をしていたと思いますよ。」
「……………」
ぐっとアッシュは押し黙った。
しかし、いつまでもそうやっているほど、アッシュは堪え性ではない。
やがてガタリッと立ち上がった。

「アッシュ、どうしましたの?」
「お前達といると不愉快だ。外に行く。」
そう言うと、さっさと宿屋の外へと繋がる扉へと向かった。
パタンッ





「あれは、探しに行ったね。」
「あいかわらず、素直じゃないねえ〜」

その冷やかしの言葉は、もちろんアッシュの耳元に届くことはなかった。
















こんな日に限って、天気というものは悪いものである。
昼間のどんより曇り空は夜にまで反映しており、星はおろか月さえも陰りその存在を証明はしない。
ぼんやりと照らす街頭の少し離れた階段下の通路で、ルークもぼんやりしていた。

「バカだな、俺。」
どうして、いつもうまくいかないのだろう。
元々それほど器用な性格ではないのがわかっているが、うまくやろうやろうとすればするほど空回りして駄目な気がする。
二人の距離は開いたまま、いや自分のバカな行為のせいで余計に遠くなった気がする。
アッシュに嫌われたくない…
ただ、それだけのことさえも成就ができなかった。



「おいっ」

ビクンッ
少し前まで望んでいた筈の声だったのに、ルークはその声を聞いて身をふるえさせた。

「ア…、アッシュ…。」
喉が引き攣って、どうしようもない。

「おまえ、こんなところで何をしている?」
「ごめん…」
わかっているとは思うが、それでも素直に逃げていましたと告げたら余計に怒りそうで、ルークはとりあえず謝りの言葉から始めた。

「俺は別に何も言ってない。なんで、おまえはいつも謝ってばかりなんだ。」
「さっきアッシュ、怒ってたから…」
「誰が、怒っていると言った?勝手に俺を決め付けるな。」
思い込みが激しすぎる。
少し前までは我が侭し放題のお坊ちゃん。
処変われば、卑屈根性丸出しのなさけない奴。
どうしてアッシュの前でのルークは、こんなところばかりなのであろう。

「でも、俺…左利きだから色々と邪魔だったし。」
さっき食事をしていてアッシュと肘がぶつかったように、右利きが主流の社会では左利きだと不便を感じさせることが多い。
たとえば黒板は必ず西に設置されており、南窓からの太陽では左手で字を書いていると、自分の左手が影となってノートが見にくい。
日常生活のあらゆる物は右利き用に出来ており、それが当たり前であった。
ただ、ファブレ公爵邸ではルークが生活しやすいようになっていて、なかなか右手社会に慣れなかった。
だからこそあまり気がつかなくて、コンプレックスでもあった。

「だから、ごめん…」
ルークはまた、謝った。
「軽々しく何度も謝るな。言葉が安く聞こえる。」
また、怒られてしまった。
二人の距離は縮まない。








「……ここには、散歩にでも来たんだろ?俺、邪魔だからどくよ。」
嫌われることよりも、何とも思われない存在になることの方が怖くなった。
嫌いでも意識をしてくれるだけ、何倍もマシだった。
これ以上、アッシュを呆れさせたくなくて、ルークはその場を退こうとした。

「待て。手を出せ。」
制止の言葉と共に、少し理解しがたい言葉がアッシュの口から出た。
「え?」
まさか、呼び止められるだなんて思いもしなかった。
短く切った言葉ではあったが、たしかにアッシュの声。
振り返るという権利が与えられた。
「手を出せ、と言っている。」
聞こえなかったと思われたのだろう。
アッシュは同じ言葉を続け、半強要してきた。
なんでそんなことを言われるのかはわからなかったが、二度も連呼されたのにそれを尋ねるのは悪い気がして、ルークはそろそろとその手を差し出した。
「違う。」
ルークの出した手を見て、アッシュは顔を歪ませ否定の声を出した。
「何が、駄目なんだ?」
やっぱり分らない…
聞かないとルークは完全にお手上げ状態だった。
「まだ、わからないのか?そっちの手じゃない。」
そっち。と言われてハッとした。
ルークが差し出した手は左手だったのだ。
慌てて、左手を引っ込めて右手を出した。



パンッ
と、ルークの右手とアッシュの右手が触れた。
それは本当に僅かな時間で、軽い衝撃と共に直ぐに離れた。



「わかったか?世の中は、お前が中心で回ってはいないんだ。
俺のレプリカなら、もっとうまく立ち回れ。」
それだけ言うと、バッと翻りアッシュはルークに背を向け、歩いて行ってしまう。





「…アッシュ!ありがとう。俺、もっと気をつけるよ。」

夜風に流されてルークの声は心地よく舞った。
ルークの手残る、甘い痺れはどこまでも伝わって駆け抜ける。













そう…これはただの気まぐれだ。

心の中でその言葉を反復させ、アッシュは自分自身に言い聞かせた。




















アトガキ
ラスボス戦後、ジェイドとの握手シーンでルークが右手を最初に出したのは、こんな経緯があるんじゃないかな。と想像。
それと、ゲーム中唯一このシーンだけはアッシュとルークは同じ宿屋に泊まった!ですよね?
相変わらず、セーブデータ残していないので、記憶をさぐりさぐりでした。
2006/01/21

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