プレゼント      ル フ ラ ン     
  ケミストリー  1












久しぶりに在り付けた宿屋。
まさか、こんな状況になるとは思わなかった。








ナタリアの偽王女疑惑を向けられた一行は、バチカルを追われた。
砂漠が崩落しているため、イニスタ湿原を越えて音機関都市ベルケンドの第一音機関研究所へと情報を得るため足を向けたのだが、そこで会ったのは想定の人物であるスピノザではなく、ヴァンとリグレットであった。
この場での戦闘は今後にも影響する。そう言って、間一髪で避けられたのはアッシュのおかげだった。
アッシュは宿屋で、イオンから渡されたという創世歴時代の歴史書を引き渡し、それをジェイドが読み解くというので宿屋に一泊することになった。

連日連夜の野宿。
しかも場所は、あのベヒモスがいるイニスタ湿原であった為、身体の疲れはほとんど取れておらずやっとの宿屋である。
早くベッドに転がり込みたいという気持ちは強かったが、なにぶんお腹はすくものである。
食事を取ってから就寝ということになり、注文をとって皆はイスに腰掛けた。








「すみません。あいにく、店が込み合っておりまして…相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
ほどなくすると食事が運ばれて来たのだが、それを持ってきた女性ウェイターは同時にこんなことを言った。

「えっと…どうする?」
たまたま皿の取り分けをおこなっていたのはティアであり尋ねられたのだが、そう軽々しく決められるものでもない。
みんなへの意見を促す。
元々ベルケンドは音機関都市であるからして、工場や研究所などに勤める人が多いところであり、別に観光地というわけではない。
しかし、この街にある宿屋はこの一件だけであり、相当な賑わいを見せていた。
ルークたち一行は、総勢六名という大家族でもなければいない大所帯である。
真ん中の一番大きいテーブルを貸しきって円をとったため、余計に混んでしまったのは間違いないであろう。
やっぱり罪悪感というものはあった。

「あちらの方と相席をお願いしたいのですが…」
決めかねぬ表情をしている一行に推しを進めるべく、女性ウェイターは控えめにカウンターの前にいる人物に手を向けた。
それは…



「アッシュ!」
ざわめいていた店内だったが、それ以上に大きい声をあげた。
名前を呼ばれて、うるさいその声の持ち主がルークだとわかり、アッシュは少し嫌そうに顔を向けた。
「お知り合いですか?」
「ええ。アッシュならば別に相席をしてもかまいませんよね?」
女性の質問に答えつつ、ナタリアはみんなに賛同を流した。
「べっつに、いいよん。」
フォーク片手に早く食事にうつりたそうなアニスがそう言うと、みなも片言に頷いた。
少し前まで敵だったアッシュと一緒に食事を取るなどという風景が起こりうるとはそうそう考えはしなかったが、今彼は敵ではない。
味方とも単純には言えなかったが、それでも節々に助けてくれたのは事実であるからして、相席くらいは何とも思わなかった。



「良かった。では、あちらの席にお願いします。」
なんとか治まったと思ったのだろう。
女性ウェイターはアッシュの傍へと寄って、案内の手を差し出した。

「断る。あいつらと一緒に食事をするぐらいなら、空くまで待つ。」
そもそも食事は頼んだが、相席までは頼んではいない。
何を勝手に話しを進めているんだと言わんばかりに、アッシュは拒否の言葉を示した。
「ですが、あいにくシェフが忙しい身で…早く席について頂けないと、今日はお食事をお出しできないかもしれないのですが……。」
アッシュの口調は強かったが、女性ウェイターもそういうことには慣れている部分があるのであろう。
実情を話し、下手に応対した。

「まあ、アッシュ。いいじゃないか。ただ、席に座って食べればいいんだからさ。
俺たちの存在を無視してくれてもかまわないよ。」
フォローの言葉を入れたのはガイで、性格的にアッシュを助けるということよりも女性ウェイターを助けるという意味合いの方が多いであろうが、ぶすっとしているアッシュを宥めた。
生憎ベルケンドには食事が出来る様な場所が他にない。
ここで食事が出来ないとなるとかなり厳しい状態になるであろう。
アッシュとて生身の人間。
それなりに、食欲は持っている。

相変わらずの表情ではあったが、いつのまにか女性ウェイターが開いた場所にイスをテーブルに一つ追加していて…仕方なくアッシュはそこに座った。








「あら、ルーク。全然、食事が進んでいないみたいだけど、調子でも悪いの?」
ティアの心遣いはうれしかったが、だったらこの現状をなんとかして欲しいとも思った。

ルークの左隣には、実に優雅に食事をしているアッシュがいる。
イスを置かれたのがたまたま空いていたルークの左隣だったわけで、深い意味などは微塵もないのであろうが、ルークは緊張してなかなか食事を口に運べなかった。
ルークもアッシュも同じチキンのソテーを食べているのだが、アッシュは器用に鶏肉を切り捌き食べている。
一方のルークも育ちはいいのだが、なにぶん我が侭を通せたためそれほどテーブルマナーがよくない。
食べ散らかすとまではいかないが、どうしても隣のアッシュと同じ物を食べた後なのか?と思える惨状になってしまう。

だが、そんなことより本当に気になるのは、アッシュ自身だった。
一応イスはほどよくは離れているが、敵意ある剣を交えた時を抜くと、過去最高の至近距離で…
これが、ルークを悩ませていた。
アッシュに近づけることは相当うれしいし、一緒に食事を取るなんてないと思っていたが、うれしいというより別の感情が勝る。
嫌われたくない…と。
仕方のないことかもしれないが、アッシュのルークに対する応対は冷たい。
少なくても何かヘマをしないようにと、ルークは身を縮めていた。



カチャッ
そんなルークの裏腹など気に留めず、アッシュはもくもくと食事を進めていた。
たまにルークとは逆隣に座っているナタリアがアッシュに話しかけて、それに反応したりするようなことはあったが、ルークの方など向く気は一切なし。
本当にさきほどガイが言っていたように、無視をするような対応だった。
それをルークもわかって…ますます意気消沈していた。

「そんなことねーよ。ちょっと考え事しててさ。食べるよ。」
それを見てルークもやっとのことで、ティアの言葉に返信をする。
何だか悩んでいてもしょうがないような気がして来た。
やっぱりここは平穏無事を祈るように、さっさと食事を済ませて寝た方がいい。
そう判断をし、急いで鶏肉にナイフを持っていき、その一口を切ろうとした。





カチャンッ
と、背筋が凍りつくほど、非常に嫌な音がした。

そして、さぁっとルークの顔色が青ざめた。
ルークのナイフを持っていた左腕とアッシュのナイフを持っていた右腕が接触したのだ。
不意をつかれたのは完全にアッシュの方で、その反動でアッシュの持っていたナイフが音を立てて落ちた。

「あ……………ごめん。お、俺……」

あまりの出来事過ぎて、唇が震えて続きの言葉を紡ぎ出せない。
こんなときに限って回りは静かで、視線が集中する。
まともに顔も上げられなくて、目線は降下を辿る。

「…代えのナイフ貰ってくる。」
アッシュの瞳は見ない。
さっきのたじたじ気味とは反比例し、落ちたナイフをルークは素早く拾うと、小走りで厨房へと駆け出した。










しばらくして、代えナイフを持って来たのは、女性ウェイターであった。

それから何分経ってもルークは戻っては来ず、殆ど食べられていない冷めた料理だけが残った。




















アトガキ
ルークが左利きなのが、好きなんです…
2006/01/18

back
menu
next