[PR] 看護      ル フ ラ ン     
  盲目的な箱庭  8













“彼”は、最初で最後の聖なる焔の光(ルーク)を浴びた。









アッシュは、進行役に促されて、式典が執り行われている聖堂の壇上へと姿を見せた。
その踏み出す足がこれほど不可解なことはなかった。
吹き抜けの高い天井に見合うステンドグラスに映写される人々は思い思い着飾りをしており、満員の人で隙間なく埋められている。
必要とされるべき注目をされるのはわかるがそれ以上に、その一斉に、あやむようなひそひそと言葉を浴びせられたのだ。
正直、ルークと呼ばれる自分はこそばゆくあったが、それが露見したような様子ではなかった。
不可解そうな顔をされつつ紳士淑女らしからぬ潜めあう声は、騒がしい違うざわめきに包まれている。
一同静粛に、と。進行役が言葉ではなく雰囲気で出すと、皆それを悟って辛うじての静けさを保つこととなる。

こういった場に出るのは初めてだがこれが正常でないことはわかる。
自分がここに訪れる前に、何かあった?
怪訝な表情を取り繕いながらも、アッシュは周囲を注意深く観察した。
ふいに目下の視界に入るのは、自らの歩く赤く染まった絨毯の上であった。

そこにある訝しくも点々とした、どす黒い……何か





アッシュの頭の中で、つい先ほどのファブレ公爵とのやり取りがおぼろげにも、ゆっくりと反復される。
親善大使任命を、聖なる焔の光(ルーク)として受けろ、と言われた。
しかしそれはルークが既に向かっていたことで、なぜ自分が?とアッシュは聞き返した。
「これは、命令だ。たとえ何があってもこの式典を執り行う。穴を空けるわけには行かない。ルークの代わりに、行って来い!」
返答は、アッシュが望んだ明確なものではなく言葉を濁したものではあった。
そして言われるがままに従った。
追求も出来ずに、引き下がった。
でも、最初に部屋に入ってきたときファブレ公爵が開口一番で言った、“問題”とは一体なんだったのだ?

まさか………



その一つの可能性である考えが、ずっとアッシュの頭の中を駆け巡る。
厳かに進む式の内容も耳には入らない。
聖壇で待ちかねるインゴベルト陛下のもとで、親善大使任命を受けたが、
後には、どんな動作をしたのかさえ頭には残っていなかった。













「父上はどこにいる!?」
何もかもが拭いきれないままようやくの閉式を迎えた。
アッシュは掲げられた布帛の幕から裏手へ戻ると、真っ先に目に付いたファブレ邸付のメイドを捕まえて迫った。
「だ、旦那様は医務室に……」
アッシュの形相に驚き脅えつつも、メイドは何とか頭を働かして答えることが出来た。
一回り以上年下のまだ青年の領域にも達していない相手なのに畏怖の念にさえ駆られて、思わず言葉がうまく出なかった。
対するアッシュはそんな様子に一々構っている余裕などはない。

勝手を知らない王城の医務室への道をメイドから聞き出して、そこへ向かう廊下を文字通り翔った。
これほど無心になりたいと思ったことはない。
さほど離れていない城内への道が、険しく遠く感じた。









表立っての人が訪れる場所でもある医務室は、部屋の外にそれを示したプレートがあった。
広く取られた扉を急いでアッシュは開くと、直ぐに見えたのは執事のラムダスであった。
突然現れたアッシュを見ると、酷く狼狽し、慌てて後ろでのカーテンを閉め切る。
ラムダスがこのような場にいるのは不釣合いで、でもその近くに目的のファブレ公爵の姿は見られなかった。
白い衝立やカーテンで区切られた場所である部屋の奥にもしかしたらいるのかもしれないが、入り口から入ったばかりの状態ではそこまでの判断はしかねた。
「……アッシュ様、ファブレ公爵はインゴベルト陛下のところへご報告に行かれました。今は、そちらへお向かい下さい。」
汗をかきながら、ラムダスは酷く言葉を捲くし立てて、何とかこの場をやりすごそうとする。
しかし、そんな怪しい様子に素直に従うアッシュではなかった。
「お、お待ちください!」
遮るラムダスを利き手で除けて、彼の真後ろに位置していたカーテンをざっと開いた。
窓はあるが狭いと感じる区切られた場所が開帳を果たす。
しかし、そこにあったものは、同じような白い空間ではなかった
深く赤い鮮血まみれの………物々しい光景が広がっていた。

「…なんだこれは……………」
わなわなとアッシュの手が震えた。
本当にこちらも倒れそうなぐらいの勢いのシンパシーを感じ取った。
もっと違う言葉を出すべきなのだろうが、頭に浮かんでもこないし、たとえ出そうとしても器官が直結するとも思えない。
信じることを命じるかのように心の目さえも割り開かせて、その事実を目の当たりにした。



ベッドに横たわっているルークは、拭いきれない血に染まっていた。





「どういうことだ!」
何をどう理解しろというのだ、これを。
向けるべき怒りの矛先が定まらない。
それでも、近くに居てしまったラムダスへと怒声が響く。

「申し訳ありません!任命式で、ルーク様は何者かに襲撃されました。帯刀されていらっしゃいましたのでルーク様もご反応なさって、辛うじて致命傷は避けはしたのですが……そのまま足を踏み外して壇上から落ちてしまいました。その時、頭部を強打なさったようです。」
平謝りしながら、ラムダスは何とかそのままの状況を説明した。
「ふざけるな!警備は何をしていた!?」
いつもはルークの側にはガイがいたが、今回はそれもなかった。
が、何て低落だ。
アッシュの当然の言葉に、ラムダスはただ黙って頭を深々と下げた。それ以上は、ない。



おそらく聖なる焔の光の存在を芳しく思っていない輩の仕業であろう。
だがアッシュには、誰がやったとかそんなことはもう、どうでも良かった。
問題は叩きつけられた結果だ。
あれだけ英雄と称えておいて、祭っておいて、都合のいいようにしていて、ルークはそれに応えるように精一杯尽力してきたのに、その結果という仕打ちがこれなのか?

ルークにだんだんと危機が迫っているのは、わかっていた。
俺がもっと早く決断していれば、こんな目に合わせることもなかった。

煮えたぎる憎悪―――
アッシュは何を憎むべきなのか、判断もつかなくなった。









「その声…もしかして、アッシュ?」
アッシュの冷静を取り戻すためのように、か細い声ではあったがルークが呟いた。

「ルーク!」
素早く気がついて、アッシュはベッドサイドへと駆け寄った。
血だまりの中でもルークは生きていた。
その意識があった。
自分の名を呼んでくれた。
死という最悪の状態だけは陥っていなかったことに、アッシュは一瞬だけ安堵することが出来た。
そのままルークは何とか身をあげようとするが、寝返りさえも叶わなかった。
仕方なく、何とか動いた配線と染まった包帯が巻かれた右手をアッシュへと向ける。
「アッシュ。どこにいる?」
ルークの右手は宙に浮かび、不自然に探し泳ぎ漂うようにアッシュを求めている。
「俺はここにいる。」
そのルーク手を、アッシュは両の手でしっかりと掴み取った。
生きているという実感をする。
それがかなったことで、真正面を向いていたルークはようやくアッシュへの方向へと向いた。
しかし、アッシュが目線を合わせようと腰を折っても、それが交わることがない。
ルークの身体だけはこちらへ向いているが、二人は合わなかった。
「ルーク。どうした?」
この状況はルークが一番の被害者で、色々と起きたことに戸惑っているのはわかる。
だが、ルークのあらぬ方向への仕草はそれに関連付いたこととは思えなかった。



「ごめん…ちゃんとアッシュの顔が見れないんだ。俺、失明したらしいんだ。」
焦点の定まらないままとても言いにくそうに、ルークは答えた。

それは、アッシュを更なる地の果てに落とす事実だった。





「何だって?」
反動で、アッシュは握った手をより強く握ってしまう。
今、ルークはなんと言った?
本人の口からこれほど残酷な言葉が出るなんて…

「壇上から落ちて倒れたときに、視神経と眼球を損傷したみたい。暗いか明るいかとかは何となくはわかるけど、色とかはもうよくわからないんだ。直ぐに検査受けたけど…医者が言うにはキムラスカの医学でも治らないみたいなんだ。」
最後の方の声は段々と小さくなっていく。
キムラスカ・ランバルディアの王族が受ける治療は、国内どころかオールドラント一と言っても過言ではないほどの最高峰の治療である。
もっと詳しく検査をしてみれば、もしかしたら…はあるかもしれないが、それでも完全に治るとは思えなかった。



ルークは、明確な光を失った。








「俺は大丈夫だよ。でも…
アッシュの姿がもう見れないことだけは、やっぱり悲しいかな。」

耐え切れなくなってルークは、すとんと肩を落とした。





そして、宿すことのない光を集める瞳から、ただ、涙を流した。



















アトガキ
最初にこの連載を始めたときに、一桁で終わらせると言いました。
いつも長くなってしまう性格なので、たまには宣言したとおりに一桁で終わらせてみます。
ということで、次が最終話です。
注意書きにも書いてあるように、後味の悪い終わり方なので、駄目そうな方は読まないほうが賢明と思われます。
2007/04/18

back
menu
next