彼らは、ABYSSへと向かう ルークがほんの少し元気だったのはその一握りだけで。 次には、突き刺すような頭の痛みを訴え、つたなくベッドへと沈む。 その様子を聞きつけて場に割り入ってきた医者は、アッシュの顔を見ると一瞬だけ竦んだが、すぐに症状を確認すると、更なる検査をするために別室へルークを搬送していった。 「おまえがよくても俺は………」 アッシュは一人、その冷たい場所に取り残された。 「だから、言っただろう?」 忍び寄るようにうっすらと、背後から声がかかる。 驚くという気持ちさえ湧き立たなくて無言のままアッシュが振り返ると、そこにいたのはやはりヴァンであった。 予期していたその顔色を見ながら、言葉を続ける。 「アッシュ。ルークがいるからといって私の手を取らなかったが、その結果がこれだ。おまえが守りたかったルークはぼろぼろだぞ?」 ヴァンにとって本当に必要だったのは、本当の聖なる焔の光であるアッシュのみではあったが、ルークの存在も気がかっていたため、双方取り込もうとした。 そして二人共連れて行こうとしたが、アッシュは拒否をした。 バチカルにいての選択肢を選び、このままでも幸せになれるからと思っていたから。 待ち受けていた結果を知ろうともせずに… 「ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう」 つい先日、ルークとアッシュに向かってファブレ公爵が伝えた預言(スコア)をヴァンは意味ありげに口にした。 「………それが、何だって言うんだ?」 辛うじてアッシュは言葉を返したが、後に続く言葉を本当は聞きたくなかった。 一拍おいた後はすらすらと全てを述べて、ヴァンは言い切る――― 「そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう 結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる」 「まさか…この これこそが自分たちに伝えられなかった事実であるということを感じ取り、アッシュは憤慨した。 「そうだ。私も知っていたし、おまえの父やキムラスカ王も知っていたことだ。」 「なぜ、誰も…俺たちに言わなかった!」 淡々と語るヴァンを追求する。 今となってはルークとアッシュのどちらが行くことになるのだか判断は出来ないが、このまま言われるがままにアクゼリュスへ行けば、その人物は死ぬだろう。 死へと誘う近い未来があるならば、アッシュの取った行動はもっと違った。 「告げるわけないだろう。誰が好んで死にたがる?英雄として崇められて死ねるなら、そう思ったほうが幸せに死ねるだろう。」 ヴァンが告げなかったのは別の故意だが、バチカルの面々が告げなかったのは、そんな故意を含んでもいた。 「今回のルークのことは、本当の存在を隠そうとした罰だな。二人とも助けようとした結果がこれで、小賢しい策は失敗した。」 身代わりを喰らった少年は堕ちた。 双子として生まれてどこかで間違えたら、片方はもしものときの予備だったのかもしれない。 もしかしたらそれさえもが、範疇。 「俺たちは、物じゃない。」 アッシュは唇を噛み締める。 死にまつわる それを皆が忠実に守っただけのことでもあった。 そして、頑なに守られ、優先させられる。 言わなかったことは、国の判断としては正しいことではあった。 これがキムラスカ・ランバルディアの総意。 黙っていることこそが、親愛なのか? それを知っても、自分たちがそんな歯車の一部にされていることは、耐え難いことであった。 元々、世界のために生きようとは思っていなかったが。 ただ、都合よく英雄と称えて、こんな仕打ちを定めたとしたら許したとしたら、今まで必死に守ってきたものは何だったのだろう。 「なら、偽り続けてきた父を憎むか?それとも、国を憎むか?それも、いいだろう。だが、根本は何だ?」 その選択肢を選ばせた根源があった。 「 生まれる前から決め付けられたその存在をアッシュは口にする。 この世界で何よりも絶対の存在であり、多くの人間は刷り込みをされてきて、何の疑問も持たない筈であった。 それが、当たり前で誰もが疑いをしなかったのだ。 誰も預言に抗おうと、しない。 特にユリアが詠んだとされるものは、絶対に外れたことはない。 それをこの身に与えられたのならば、光栄であると思うべきなのかもしれない。 しかし、ずっと翻弄されてきたアッシュはそんなことを良しとは出来なかった。 結局、 「もう、世界を見捨てるべきだとわかっただろ。この世界は根底から駄目なんだ。だったら作り変えればいい。」 「作り変える?」 その選択を選ばせたのは、突き止めれば世界が悪いのだとアッシュにもわかった。 だが、ヴァンの発した言葉は理解出来かねたので、反証する。 「フォミクリー技術によるレプリカ…聞いたことはあるだろう?その為に、私にはおまえが必要なんだ。」 世界は、 そんな世界を信じられる筈がない。 だから、断ち切る。 「ルークを助けてやろう。その代わり、私と共に来い。」 いつもより低い音声で律した後、ヴァンは再び手を差し出した。 その手を取ってはいけないとわかっていたが、後に下がっても何も変わらないなら。 この道を選んでもきっと…細部に枝分かれをしたどの道も行き着く場所が一緒なら、後に残るものが何だったとしてもかまわない。 一人を失う時は、二人を失う時。 これは、復讐とも違うし、世界不信に陥ったわけでもない。 もう、どうでもよくなったんだ。 ◇ ◇ ◇ 次に、アッシュとヴァンが居たのはバチカルではなかった。 ザレッホ火山中腹部近に位置するローレライ教団の本拠地でもあるダアトの奥深く…かつて、数多のレプリカが作られた施設でもあり、底光りを見せる場所であった。 全てが終わり、先にベッドから起き上がったのはアッシュであった。 「本当に良かったのか?そんなものはレプリカで、いくらでも代用できたのだぞ。」 行き着いたアッシュの姿を見て、ヴァンは改めての確認をした。 「そんなに良く見えなくてもいい、こんな箱庭な世界。それに、俺たちが見るのはあと少しなんだろ?」 この世界は直ぐに終わるんだから。 そう言ったアッシュの左目は深く閉ざされている。 その奥の本来あるべきものは、はまっていないことを示すように。 「ルーク。早く起きろ…」 傍らにあるベッドに横たわるルークを、アッシュはすくい上げて、寄り添うように耳元で呟いた。 そのルークの未だ開かれていない左目の奥には、かつての自分の瞳がはめられている。 そうして、取り戻された翡翠の瞳には、彼と同じ…もとからそこにあったかのように差し込む光と共にアッシュの姿が見えるであろう。 二人共に、両の目共に光を取り戻すことはない。一生。 残り少ない自らと共に滅びる世界には、片目があれば十分。 そんなに何も見えないなら、見えるものない世界にしてしまえばいい。 もうとっくに破綻しているのだから。 世界は、俺たちを見捨てたんだ。 だったら、俺たちも世界を見捨てるべきだろ? こんな世界、終わりにしてやる。 アッシュは、共にアクゼリュスへと向かう。 全てが終わったら、共に死にあおう。 そしたら、間違いなく一緒に死ねるから幸せなんだ。 だから、二人で堕ち合おう。 どこまでも これこそが、盲目的な箱庭 アトガキ 完結までお付き合いくださいましてありがとうございました… タイトルが正式に決まる前の仮のタイトルは「ヴァン師匠、ありがとうございます」(現在進行形)でした。 前半の話で張った伏線で回収し切れていないところがあるのですけども、全てを書くべきことでもないな…と思ったので略しました。 おかしいなと思うことがあったら、それはそのまま残酷な理由だったと思ってください。 2007/04/22 back menu |