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  盲目的な箱庭  7













「ND2018
ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう」





少し呆然としてしまったルークに、続いてそのファブレ公爵の言葉が耳に届いた。
「これが、我が国の領土に降った、ユリア・ジュエの第六譜石の一部から読み取った預言(スコア)だ。
ルーク。ND2000年に起こるとされた預言を覚えているな?」
その当たり前なことを確認するかのように、ファブレ公爵は促した。

「ND2000
ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す
其は王家に連なる赤い髪の男児なり
名を聖なる焔の光と称す
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう」
何度も何度も言い聞かされたその預言(スコア)を、無意識に呟くようにルークは口に出した。
そして、背中を通るような実感を覚える。
先ほどファブレ公爵が口にした預言がその続きだとすると…ローレライの力を継ぐ若者と詠まれているのは自分のことである。
鉱山の街アクゼリュスへと行くことが決められていた?
今まで聖なる焔の光(ルーク)と称えられても、具体的に何をすればいいかもわからなかったが…これが真実なのかとルークは悟る。

「親善大使を、受けてくれるな。ルーク。」
「……………」
駄目押しのように問われたが、ルークは即答できないでいた。
確かにマルクトとの関係をなんとかしたくもあったが、いくら預言(スコア)に詠まれていたとはいえ親善大使などという大役を任されるなど、やはり自分には力がないとも思う。
しかし、聖なる焔の光としての最大の功はこれであるのだから、事実は拒否出来ない。
選択権はあるようで、実は生まれたときからないのだ。



「そう案ずるな。何も、一人で行けとは言ってない。アッシュも一緒だ。」
意外すぎる言葉が降ってきて、ルークはまさか…とばっと顔をあげた。
奥歯を強く噛みあげるぐらいの勢いであった。
「俺もですか?」
それはアッシュも当然同じで、疑問の声を素早くあげる。
もちろん、アッシュとしては一緒に行けるものなら行きたいものであったが、それは今まで願っても叶う事のない途方もない夢ぐらいの位置にいたことであった。
アッシュの存在は世間には認められていない。
だから研究所以外の外へは殆ど出たことがないのに、その言葉はあまりにも突然であった。





「今まで欺いていて悪かったが…
おまえたちは確かに双子で生まれた。が、先に生まれたのはアッシュの方だ。」
ルークの根底を覆すことをファブレ公爵は宣言した。



「…………じゃあ…本当の聖なる焔の光(ルーク)は…アッシュ?」
その事実は、言葉に出さなければ理解できないぐらいだった。
ぐらりと世界が揺れるように激しい眩暈がしたが、搾り出すようにルークはといた。
そんな…だったら今まで俺は……
よろめく足元がおぼつかなく、アッシュの方へともたれかかり、受け止められる。

「アッシュは驚いていないようだな。」
ルークと同じ反応をアッシュにもファブレ公爵は予想していたが、素振りがそれほど見られない。
元々、感情を露骨に出すような性格ではないが、最低限の歳相応な表情でさえ読み取れなかった。
「まさか…アッシュは、知ってたのか?何で俺にも言ってくれなかったんだよ!」
冷静なアッシュからルークは感じ取ってしまった。
二人の間に隠し事が全くない…とは思っていなかったけど、これは知る必要がありすぎる事柄だったから、責めるように聞き質す。
「言ったら余計におまえは気に病むだろう。俺自身は今のままで別に構わないと思っていたから黙っていた。」
さすがに少しはすまないと思ったが、それでもなるべく淡々とアッシュは言った。
ルークは、アッシュが軟禁生活を送っていることを酷く気にしていた。
それで彼の世界が変わるほど。
これ以上の負の要因を増やすわけにはいかなった。
どんな仕打ちを受けようと、ルークを傷つけるわけにはいけない。
だから、実際が偽りだろうと、どちらが本物でも、アッシュにはどうでもよかった。

「それを、どこから聞いたのかは知らないが、ならわかるな。
預言(スコア)に詠まれて望まれているのはただ一人だけだった。双子は忌み子。そのまま放っておけば、後から生まれてきた子は存在を元からなかったことにされていた。だから私はインゴベルト陛下に進言した。この状況を―――あえて後から生まれてきたルークを立てることで、その存在を世界に認めさせた。それがおまえたち二人を守る為に必要なことだった。」
預言(スコア)は絶対だ。
わかっているから、普通の双子という道は生まれる前から選べることではなかった。
そして、預言に選ばれた象徴がキムラスカ・ランバルディアには必要だった。
人生としては短いかもしれないされど長き十七年…世界に存在を刷り込ませてきた。
それもようやく十分だろう。
私の息子は預言(スコア)に利用された。
だから、私も預言(スコア)を利用した。
それの何が悪い?

「おまえたちは二人で一つの存在だ。アクゼリュスには二人で行って貰う。」
改めての言葉を満面に、アッシュとルークの二人に示し言い切った。



この時、いつもは厳格なファブレ公爵の表情が少し緩んだ。
自分たちにこんな顔が向けられたのは、生まれて初めてだった。



















そして、この日は待ち望んでいた素晴らしい日になると思っていた。

ルークの親善大使任命式が執り行われる旨は、キムラスカ・ランバルディア王国だけではなくマルクト帝国に向けても大々的な告知がされ、睨み合いを続けていた国境間の張り詰めも多少の変化を遂げようとしていた。
それは喜ばしいことだが目下の問題であるアクゼリュスへの危機は、変わらなく迫りきっている。
火急と言っても過言ではないので、聖なる焔の光としての名を知らしめる場となる任命式はすぐに執り行われることとなった。
その光に、人は集まる。






二人に与えられた礼服は双子であるということを強調するように、全く同じであった。
真紅を基調としたでも派手すぎない絹布の胸の部分には、七色を集める日を照らすように銅貨色の精緻なキムラスカ・ランバルディアの紋章が模様として刺繍されている。
装身具も一つ一つが怜悧な彫金であり、帯の横には水晶のついた金具の鞘と細長い剣がはまっている。
髪は特に結わずに下ろしているが、見事な絹糸にさえ見えることには変わりはなかった。
その髪に隠れて平時では見ることは出来ないが、瞳の色と同じく翡翠の耳飾りが付けられおり、細微だが精巧な細工が彫られている。
まさに自発的に発光するくらいの輝きを持つ、聖なる焔の光の名に恥じない格好であった。
国中の贅を尽くした職人芸品の数々を身につけたのだが、それ以上に二人の気品は滲み出ていた。

任命式が閉式した後直ぐに、ついにアッシュのお披露目となる…
そのこと自体にはルークは喜んで声を上げていた。
これがアッシュの人生の本当の第一歩だと思いたい。
正直、本当の聖なる焔の光(ルーク)がアッシュであることは、そんなにすんなりと受け入れられるような事実ではなかったけど、ひと時の喜びを得た。

そろそろ式が始まるという時間になると、一瞬二人は互いを鏡として見合うように向かい合って。
「じゃあ、あとで。」
と、言葉を交わした。



これ以上に嬉しそうにしていたルークを、アッシュは後にも先にも知ることはなかった。














「さすが、瓜二つだな…」
後ろからかかってきた三十前とは思いかねぬ、太い声。
ここにはいないもう一人の人物と重ねての言葉だった。
「もう、式典は始まっているぞ。」
式典場近くの個室でその時を待っていたアッシュの元へやってきたのは、神託の盾(オラクル)騎士団長であり自分たちの剣の師匠でもあるヴァンであった。
いつものように教団服を身にまとってはいるようで、ゆっくりとそれほど広くない部屋の中心へと近づく。
「私は正式な迎賓ではないから居なくても構わない。」
「では、なぜここにいる?」
「アクゼリュスへは私も同行することになったからな。」
そう言いながら、アッシュの近くにある見事な柄の編みこまれた壁掛けの横に背中をつけた。
二人とも、故意的な視線は合わせない。

「自らの出生をファブレ公爵から聞いたのだな。どうだ?私が教えた内容と相違はなかっただろう。」
満々とヴァンは言った。
「だからと言って別に何かするわけじゃない。感謝はしない。」
自分の出生に興味がないといえば嘘になる。
だが、別に教えて下さいと頼んだわけではない。
勝手にヴァンが教えたことで、多少の驚きはあったが、アッシュにはゆるぎないものがあった。
それに外に出られないアッシュはかわいそうではない。
守られて中にいたのだから。

「そうだな。だからお前は“共にダアトに来い”と、私が言っても断った。それで、世界で一番、預言(スコア)を恨んでいてもおかしくはないのに、無くそうとする私には賛同しない。か。」
これを告げたのは期間にすると最近である。
考える間もなくアッシュが速やかな拒否を示したのは、ヴァンの記憶には新しくあった。
自分で言っておきながら、なぜアッシュが来ないのか理由はわかっていた。
何者よりも繋ぎ止める存在が近くに居るから、ヴァンに必要な聖なる焔の光は動かない。

「あまり、べらべらとしゃべらない方がいいんじゃないか?俺は、今までのような軟禁状態じゃなくなるんだぞ。」
繰り返されるその言葉に、飽きれたように忠告してやる。





「私は、心配されるような無能な男ではないから安心することだ。私の方こそ忠告しておこう。
アッシュ。おまえは必ず私の手を取る。必ずだ。」

呪いの念を押すように強くヴァンは言いつけた。











ゴン ゴン ゴン   ガチャッ!
鈍いノックがなって反応と声を返す間もなく、漆塗りの艶光る扉が荒々しく開かれた。
先ほどのヴァンのように無断に入ってこれる人物は限られている。

「アッシュ!ここか。」
未だ扉は半開きで声の持ち主もその場からではあったが、名を叫んだ。
室内にはもちろんヴァンもいたが、それはろくに目に入っていない様子をありありと見せる。
「父上…?」
さすがにその人物がやってきたことは予想のうちには入っておらず、アッシュの瞳孔が僅かに開いた。
後ろに整っている髪形は、今となっては振り乱されていて、少しくたびれていさえする。
汗をかき、こんなに焦っている姿を見たことはないし、息子と言えど見せるようなものではない程度であった。
それよりなによりおかしいのは、今は式典の真っ最中な筈なのにファブレ公爵がここにいるという事実だった。

「問題が起きた。直ぐに式場へと向かう。」
間髪いれずに捲し上げる。
「もう閉式したのですか?随分と早いように思えるのですが…」
アクゼリュスへ出立することになっているので、長い時間がかかるような挨拶などはなるべく略した式だとはいえ、さすがにこの時間に終わるというのは早すぎだ。
目線より上の壁にかかっている豪華絢爛の石造りの壁時計で時間を確認する。
それを見ても、アッシュが皆の前に出るのはもう数十分は後の事だと思っていた。

「おまえの披露のために行くわけではない。」
「では、何を?」
荒い口調の父相手ではあったが、何かを判断するようにアッシュは聞いた。










「そのまま親善大使任命を、聖なる焔の光(ルーク)として受けろ。」

それは確かに、ファブレ公爵の口から出た言葉であった。













アトガキ
2007/04/16

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