[PR] 先物      ル フ ラ ン     
  盲目的な箱庭  5












その日のアッシュの帰りは、いつもより遅かった。



そして、そのアッシュの様子にルークが微妙な違和を感じたのは、何がきっかけだったか、もう覚えていない。
でも、とても自然に先天的のようにそれを感じ取った。
アッシュ自身はルークに感じ取られないようにいつもどおりに振舞っていたのであろうが、それがかえってよそよそしかったのかもしれない。
考え込んだり、物思いにふけることは今までもあったけど、ああとかうんとか生気のぬけた返事を伴われたことはなかった。
あの冷静沈着なアッシュが珍しい動作をすれば、ルークが直ぐに気がつくのは当然と言えば当然でもあった。

「おまえは……現状に満足しているのか?」

ふとした瞬間に問われた言葉。
何でそんなことを聞くのだろうとは聞き返すことは出来なかったから、ルークは答えだけを述べる。
相変わらずを振舞っているから、聞けない。
本当は怖くて竦んでいたからかもしれない。
それを転換させる。

「してないよ。でも、もうすぐだから。」
何もしなくても時間だけは過ぎていく。
アッシュの軟禁が終わる二十歳の誕生日まではあと三年近くもあるが、もうそれはずっと前から切望していたことであったから、今まで手をこまねいて待ちかねていた期間よりは短くなっていた。

「そうだな、あと少しだ。」
そうつぶやいて、アッシュは一人で納得をした。



そうして、二人の間に小さなヒビが始めて入った。
何もかも明け透けに言ってくれていたとまでは過信しないけど、ここまでアッシュとルークの心が離れたことはなかった。

言ってくれないことがある。
隠し事をされている。
そんな些細かもしれないわだかまりに、ルークの胸がチクリと痛み、心が少し軋んだ。
アッシュを信じているから、それは紛れも無い。
誰だって話したくないことはある。
二人の間にそんなものが存在するなんて、思っても見なかった。
何もかもわかりえるわけない。
違う個体なんだから。

同じだと思いたかったけど…
















「ルーク、あさっての方向を見ているぞ。」



ふっと、意識が飛んでいたルークは、その声によって現実に引き戻された。
きちんと目は見開いていたけど、心だけはたなびいていていた。
これは回想。
数日前の出来事がスパイラルして頭に残り、繰り返されていた。
「あ…」
その現実がわかり、ルーク小さく覚醒の声を発して、声をかけた相手の方をちゃんと振り向いた。

「疲れたのか?今日は、特別ぼーとしていることが多いぞ。」
側に控えていたガイが、気をかけた。
本来ならこのような軽い口調は許されないのだが、この場は馬車の中であったので、ガイはいつもの口調で話しかけたのだった。



今日、ルークたちが向かったのは、国境の砦であるカイツールであった。
自分はルークの使用人という命があるが、視察という名目のルーク自身は特にやることなんて、そうは決まっていない。
いつもどおりの…聖なる焔の光として、兵の士気を高めるために馬車から儀礼的に手を振る。
最近、マルクトの関係の悪化が噂されているので、必要なことという認識は十分にある。
笑顔を振りまいて、接待を受けて、これが国のためになるんだと言われ続けていたから、このレールを歩くのでいいと思っていた。
これが嫌なわけじゃないんだ。
望まれていること。恵まれているということはわかっている。
そして、とてもいい人間を演じ続けている。

「考え事をしていたから、ごめん。」
慣れているとはいえ、多少の気疲れがする公務が終わった。
そのまま乗っていた馬車にて、カイツールからカイツール軍港へと向かう移動は、確かに単調なものであった。
多少は揺れる馬車だったが、キムラスカ・ランバルディア王族御用達の車内は上等な材質で作られているため、平民が乗るような辻馬車よりは揺れも少ないので快適だ。
それゆえの、余裕が出来たからの考え事であろう。
でも、一人でうだうだ考えていない方がいいとはわかっているのに、気がつくとそのことばかりを考えていてしまっていた。
そう考えても、何かが変わるわけじゃない。

「別に非難したいわけじゃない。だが、溜め込むことはよくないぞ。」
気持ちはわからなくないが、人生をあきらめたかのような印象をずっと受けていた。
ルークが以前から考え込むのは癖であったから、ガイはそれ以上は何も言わなかった。











「と……」

ふとした折、馬車が激しく左右に揺れた。
馬の動きがリアルに後ろにつながれたこの場所にも、伝わってくる。
それと共に身体も揺さぶられて、移動する。
判断もよくつかないまま、急ブレーキがかかるようにルークは少々前にのめり込み気味になる。
とっさに前の背もたれに手をつき、身体を支えなかったら激突するところだった、危ない。

「ルーク、大丈夫か?」
完全に馬車が止まったのを確認して、多少な打撃が頭の中に回っていたが、ガイが声をかけた。
ガイ自身は、ひじ置きに掴まっていたらしく、かなり無事である。
「ん…大丈夫だけど。」
驚きを混じらわせながらも、ルークは体制を立て直す。
ずり落ちそうになった椅子へと戻り、もう一度きちんと座った。



「おい、何があった?」
そう声を発したのはガイではあり、その声への相手は馬を操る従者へかけた言葉であった。
これは、第三王位継承者であるルークが乗る馬車である。
ルーク自身にはそのような気は無いと思うが、このような不敬はすみませんでは許されることではないので、ガイは強い口調で言った。

「大変申し訳ありません。何かが、街道に置かれているようでして。」
未だ荒々しく動き回る馬の手綱を強く握り締めながら汗をかき、従者は言った。
声だけは緊迫しているが、そちらを宥めるのが精一杯らしく、ルークの方を見る余裕が無い。

仕方なく
「ちょっと様子を見てくるな。」
その従者ほどではないが、ガイも使用人教育の一環として馬の扱いはある程度知っていた。
状況を掴むためにルークに一声かけて、馬車を降りて前方へと足をやることとしたのだった。



ガイを軽く見送り、ルークは数時間前にはその手を振っていた小窓の外を見た。
カイツール軍港へと伸びる街道は本来障害物もなく、清々としている。
国境に近いこともあり、この地を往来する人は軍事関係者ぐらいであるから、休憩所などもない。
少し街道を外れれば野原と森林に囲まれるような場所ぐらいなので、今も街道にあるのはこの馬車のみである筈だった。



「ぐあっ!!」

何だ、この声は?
そんなのどかだけが響く場所に、不調和な声が突然と響いた。
稽古では聞けない剣の交わる嫌な金属音も共にある。
不ぞろいな足音を感じてやっと、何か馬車の外で起こっていることを確認するが、ルークに与えられた小窓という狭い視界ではその全てを確認することは出来ない。
死角から、黒い影がうごめいているようだった。

「ルーク、出てくるな!」
ガイの怒鳴り声が、耳を突き抜ける。

と、次にはその馬車自体が、がくんっと前方から崩れていく感覚に落ちた。
続いての断末魔を上げたのは引いていた馬で、車輪の安定が保てなくなり地を這う格好になる。
「つっ……」
座っていたクッションやらが痛みを和らげたおかげで怪我などはしていないが、予想していなかった衝撃がルークに伝わった。
バランスを崩した車内では、外を出ることを余儀なくされる。
落ちたせいでひしゃげた扉を足で蹴って割り開き、ルークは地面とほぼ水平な体勢で車外へと何とか出た。



「ルーク・フォン・ファブレだな。」

代わり映えの無い外の様子に、胸を撫で下ろしている時間はなかった。
真上から、野太い男の声が降ってくる。
それは知り合った相手ではない。
ただ、淡々とした確認の口調を落とす。
ルークは答えない。答える余裕もない。



男の、既に抜かれた剣が上から振り落とされて、ルークへと確実に襲い掛かる。
急いで避けようと本能が動くが、身動きの取れない不安定な体勢とこんな狭い場所では、それは不可能。
帯刀したままの鞘にしまった剣で対処できるものではなかった。

一触即発のまま、間に合わなかった。
ルークは、衝撃に備えて目をつぶる。





しかし、与えられた痛みは鋭いものではなく鈍いもので、咄嗟に目を開く。

「……ガ…イ?」



いつの間にか剣とルーク間に身体を割り込ませたのはガイで、その背に受け止めて、庇った。
全ての衝撃波はガイの身体に集中され吸収された。
訪れる衝撃と共に、血の赤が舞い上がる。








それを押えつつずるりと落ちながら、体勢を無理やり向けて、ガイはその剣の持ち主である男を切る。

そして、真っ平らな地面の床にそのまま落ちた。















アトガキ
2006/12/10

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