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  盲目的な箱庭  4












清々しいほどの晴天の空の下。

ファブレ公爵邸の中庭にて、木刀を構えてアッシュとルークは程よい感覚を開けつつも向き合っていた。
今まさに二人は、ヴァン・グランツ師匠による剣術指南の一環として、木刀を用いての模擬試合をしようとしていた。
模擬試合は何度も経験しており、こうやって対峙するのは数え切れないほどで、アッシュにとってもルークにとっても互いに真剣に相手出来る唯一の相手である。

不逞の輩から身を守るための護身。
他に許してくれることなど少ないが、護身術のための剣術だけは父も許してくれた。
同じぐらいの力がいた方が上達するものというヴァン師匠の口ぞえがあったから、こうやって正々堂々とアッシュと共にいられる剣術の時間がルークは一番好きであった。
こうやって訳隔てなくしているときが一番楽しい。



そして、師であるヴァンのことを、ルークは尊敬しているし憧れてもいた。
この人だけは、聖なる焔の光(ルーク)とか聖なる焔の燃えかす(アッシュ)とかそんなことは関係なく、俺たちを対等に見てくれる。
それが分かっていたから。
むしろ、アッシュの方を認めてくれるヴァン。
勉強はアッシュの方が紛れもなく出来るし、他にも適わない部分はわかっているのだから、無理にお膳立てられるのは嫌であった。

それをどうと思っているのかは直接聞いたことはないが、アッシュ自身はあまりヴァンのことを良くは思っていないようで、上辺は敬っているがたまに言葉に棘が見られることがある。
鈍いと言われているルークがそれを感じ取るほどであるのだから、他人から見ればもっと過度なのかもしれない。
でも、それでも剣術指南は真剣に受けているから、ルークには何が何だかよくわからない。
以前、アッシュに尋ねたときにもはぐらかされてしまった。
性格が合わないということもあるだろうから、結局それ以降追求することはやめてしまったのだった。





それを、後にどんなに後悔したことか………














「では、始め!」



余談に頭を費やしている場合ではない。

始まりの合図がヴァンから掛かると、互いに一歩を踏み出しつつ間合いが一気に狭まる。
最初に攻撃をしかけたのはアッシュで、流れるように振り下ろされる刀を、ルークは手早く払う。
叩き込まれる攻撃を感覚だけで受け止めていると、やがてルークも攻撃的となり二人の刀が目の前でかみ合う。
それでも優位に立っているのはアッシュで、木刀の力を流すように下から払って対抗する。
鈍い音同士の衝撃音が、幾重にも折り重なる。

アッシュの一つにまとめた髪がゆれて、それは見惚れるほど綺麗でまるで剣舞を踊るようであった。
ルークの完全には研ぎ澄まされてはいない剣筋では、防戦になりがちである。
そこに、更なる振り下ろされた重い一撃が加わる。



「つっ!」
木刀で何とか受け止めるが精一杯で、その衝撃の強さに思わずルークは声が出てしまう。
いくら木刀と言えど、もし直撃したら見事な青痣が出来るくらいの痛さはある。

怯んだ拍子に追撃すると思われるアッシュの次の攻撃に身を縮めると、何かおかしさを感じた。
力が収まっている?
まるでアッシュの方が怯むように、打ち込む力が弱まって落ちてきた。
先ほどよりは格段に軽く、攻撃をなぎ払うことが出来た。
何でだろう…と考えている場合ではない。
とにかくチャンス!と、それをルークは捉える。



明確な決定打は食らわせようとしないアッシュの隙を見つけて

「双牙斬!!」
渾身の技を放った。

三連携の通常攻撃から素早く繋いだその技ではあったが、見切られていたようで始めの頭上から斬り落とす段階からアッシュはガード体制に入っていた。
それがジャンプをする前からわかったルークは、最後の切り上げの部分でポイントを絞ることにする。

アッシュの木刀を持つ右手方向に比重を掛けながら、全体重を込めた一撃を食らわした。



「くっ……」
声と共にアッシュの顔が、少し歪む。

これはかなり珍しいことで、ルークの狙いは成功したことも同時に語る。
アッシュはルークの一太刀を、右手で持っていた木刀ほぼ一つで受け止めたようで、相当な衝撃があった筈。
これで、利き腕は暫く痺れて使えないだろう。

勝敗は決したと思い、ルークは油断をした。





しかし

「な!?」

終わったかと思ったのに、未だアッシュはルークに淀みなく畳み掛けてきた。
ルークが一番驚いたのは、アッシュがただ攻撃してきたからではない。

その木刀を持つ手が、いつもの右手ではなく左手であったからであった。

いつもアッシュと対峙するのとは違う、慣れない衝撃が到来する。
動きは変わらずにあざやかに舞うようになのに、普段とは違ってかみ合わない感覚にルークは陥った。
押し出すように前へ前へと進むアッシュとは反比例するように、ルークはじわりじわりと足の後退を余儀なくされられた。



やがて、残像が残るほど俊足な剣になぎ払われて、今度はルークが強烈な一撃を食らわせられた。

カランッ…
受け止めた木刀がそのまま、地面に転がる。
その衝撃に後ろめいたルークは、そのまま尻餅を軽くついた。








「そこまで!」

渋い顔をして腕を組んで見守ってきたヴァンが、制止の言葉を素早く投げた。
勝負あった。
木刀を落としてしまったルークの、明らかな負けであった。










「ちえっ…またアッシュに負けたよ。容赦ないなあ。」
少し痺れの残る左手を押さえながら、ルークは残念そうに言った。

ここ最近、何度か模擬試合はしているが、相打ちは元よりなかなかアッシュに勝つ機会がなくなっていた。
以前は同じ力量であったのでこうも差がついてしまったのが、やっぱりルークには悔しくあった。

「アッシュが左手使うの久しぶりに見たな。というか、剣術では初めて見たよ。」
アッシュもルークも生来左利きであったが、躾の一環で右利きを示唆されて、アッシュはいつの間にか右利きになっていたのだが、愚図ったルークはどうも性に合わなくて結局左利きのままであった。
アッシュは元々左利きであったのだから、今でも使おうと思えば使えるのだろうとは思ってはいたが、まさか鍛錬の必要な剣術まで普通に振るえるとは思っていなかった。
出来るなら同じがいいと思っているのにアッシュは両利きにさえもなってしまって、いつも自分の一歩も二歩も先に進んでいる。
それを素直に喜べなくもあった。
本当はこういった感情を持つ事は、良くない事だとは分かっていたけど。



「左手を使うつもりはなかったが、お前に負けるわけには行かないからな。」
ルークの落とした木刀を拾いつつ、アッシュは答えた。

思ったより危機に陥るという不測の事態だったから仕方なく使ってしまったが、本当は左手を使うことを想定はしていなかった。
それほど、ルークとアッシュの力の差は近いということでもある。
しかし、持ち前のプライドからルークに負けを取るわけにはいかないと思っており、やや強引に打ち込んで勝ちを得たのだった。





「ほらっ。」
アッシュは、じんわりと残る左手の痺れを解消すべく軽くぷらぷらと振っているルークの元へと向かい、開いた手をさしだして立ち上がらせる。

「ありがと。」
右手でその手を掴みとりその反動でルークは、すっと立ち上がった。











「二人とも、こちらに来なさい。」

多少の雑談を入れた後に声がかかり、アッシュとルークはヴァンの前に潔く整列する。
礼儀を重んじることも重要とされているので、背筋をきちんと伸ばしだらだらとすることはもちろんない。
放たれるであろう換言の言葉を静かに待つ。

「アッシュ。相手が誰であろうと、手を抜くと失礼に当たる。親しいものでも、敵である可能性を常に考えるようにしなさい。」
「……はい。」
対峙していたルークには感じ取られていなかったであろう僅かな力の抜きを、ヴァンは明確に指摘した。
不本意にアッシュはその視線を少し外す。
相手がルークであると思うと、わかってはいるが過度の力を与えることが出来ないのを自身でも自覚していたから。
この指摘はかなりの図星に当たっていた。

「ルーク。相手が、いつも決まりきった行動パターンであるとは限らないことを良く覚えておきなさい。」
「はい。わかりました。」
油断してしまったことをズバリと言われて、ルークも素直に忠告をその身に受けた。
外部の者と剣を交えるようなことは普通に考えたらないのだが、それでも万が一ということがある。
そうしたら、相手はみんな初対面の人物であるからして何もかも始めてとなるわけである。
どんな相手にでも全力で経ち向かなければいけないと、常日頃から良く言われていたから、もっとそれを自覚しなければいけないと、反省しつつも再認識をした。





「今日の訓練はここまでとする。二人ともかなり上達したな。」
軽く口元に笑みを浮かべて、労わりの言葉をヴァンはかけた。

二人の剣術指南に携わるようになり、もう随分と年月が経過しているが、それでもまだまだ発展が見られる。
オールドラントでも屈指の名家であるファブレ家の子供であるのだから、才能は生まれついてあるとは思うが、それ以上にも増して二人は努力をしていたし、これからも伸びがあると思われた。



「はい。ありがとうございました。」

褒められて嬉しくないわけがない。
二人は声を揃えて、終わりの一礼をした。





















訓練が終わると、僅かに用意した道具の片付けを二人は始める。
剣術指南を始めた当初は、メイドたちにやらせていたしそれが当たり前だとも思っていた。
だが、自分たちが使ったものは自分たちで片付けるということも大切とヴァンに諭されて、今は自主的に行っている。
それほど大変な作業ではないので、手分けしててきぱきと行えば時間が膨大にかかるというわけではない。





「ルーク。今日の後の予定は?」
大分片付いてきて手が空いてきたところに、ヴァンから声がかかる。
忙しい合間をぬってこうやって剣術指南に来てくれているヴァンだが、公務を行っているルークには定期的にいろいろな予定が入っていた。
平均的に見ると普段ならもっと長い時間指南してもらうのだが、今日もルークの都合で短めに抑えられていたのだった。

「これからバチカル城へ登城して、講和会議の傍聴に参加します。」
講和会議と言っても、未成年で何の爵位も持ちえていないルークに発言権はない。
ただ、証としてはそこにいなければならなかったから、聞いているだけとはいえ気を抜いて臨めるものではない会議であった。

「そうか……では、着替えるのだな。時間が決まっているから、早めに行きなさい。」

そう言われて中庭から程よく離れたところに設置された時計を見ると、たしかに時間が迫っていることを示していた。
遅れて体裁を繕うことは、もちろん良しとはされていない。
出来るなら早くに行って待っている方が、清く感じられる。
その役割を果たすために、ヴァンの言葉に甘えてルークは急ぐこととした。





「では、先に失礼します。」

動かしていた身体を止めて軽く一礼をしてから、駆け足へと自室に向かった。



促されたヴァンの言葉は、いつもどおりのやんわりとした感じだったから、ルークは裏に含まれる意図を察することが出来なかった。





もし、このときに振り向くことが出来たのなら、少しは未来が変わっていたのかもしれない。








でも…それを知り得るのは今ではない。















ヴァンは、ルークが去り切った事を確実に確認して視野へと退けた。

そして今度は、片づけが終わったアッシュへと声をかける。
先ほどルークに話しかけたのと同じように、やんわりとした口調で。



「アッシュ。少し話がある………終わったら、こちらに来なさい。」



少し身をひいて、アッシュはそれを聞いていた。

ルークがいない今、それを素直に従う義務はない。
ただ多少の義理はあったし、他の思慮も雑ざる。





少し考えてやがて「わかった。」と了承の意図を示した。










これから、何かが壊れるとも全ては知らずに。















噛み合っていた二人の歯車が、ほんの少し狂いだしたのはここからであった。





















アトガキ
ゲーム本編と、少し話は変えてあります。アッシュは、一応誘拐はされていません。
2006/07/26

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