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  盲目的な箱庭  2












キムラスカ王国軍元帥ファブレ公爵家の嫡男
ユリアの預言(スコア)によって導かれた、聖なる焔の光

ルーク・フォン・ファブレ


それが与えられた、彼の代名詞

















翻弄する される
ND2018
















また、いつもが始まる。



満足とは言うことが出来ない、今日という名の響き。

部屋から見える限られた晴天とわずかな雲によって成り立っている空を、ルークはぼんやりと見上げて眺めていた。
外からみる空とは随分と違い、当たり前の如く狭く感じる。
合間に入るのは、譜石帯。
あまたの粉々になったような石が、浮かんでいる。

なぜ、あれが虚しくどこか儚く感じるのかルークにはわからない。
譜石が何を物語っているのか習ったような気はするが、それは本当なのか。
本当のようには、なぜか思えなかった。





しばらくそうしていると、垣間見る窓から眩しいほどの光がルークの見事な長い赤髪に集まる。
キムラスカ・ランバルディア王室、そして聖なる焔の光を象徴するもの。
傍目からみれば羨ましいの一言であろうそれを、ルークは素直に好きにはなれなかった。

称えられ、英雄と崇められた。
自分がそんな大層な人間とは、どこまでも思うことは出来なかった。
















コン コン コン

ふいに入るノックの音に反応して、ルークは窓から離れる。
振り返るとさわやかに奏でるように流れる風が、その長い髪を少し攫った。



「ルーク、起きてるか?」

「あれ…ガイか?」

聞きなれた声がして、ルークはその名前を呼んだ。
ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、やっぱりガイであった。

三歳のころから子守役として使えてきたガイは、使用人の中では一番気心が知れる関係となっている。
友達感覚の言葉遣いを本来ならば咎めなければならないのだろうが、別に気にしていない。
自分だってそんなに口が上手な方じゃないのだから、お互い様だと思っている。





「おはよう。ガイが起こしにくるなんて、珍しいな。」
軽く朝の挨拶をかわし、続く疑問を口にする。
ルークを起こしたり用事がある際に呼びにくるのは、大抵メイドの仕事であったから。



「十日ぶりのご帰還だから、挨拶にな。」
よっと、ガイは軽い仕草をした。

ルークは幼少の頃から、生まれながらの英雄として、キムラスカ・ランバルティアの象徴…シンボルとして、ずっと公務に携わってきた。
公務と言っても直接政治に関わる様なものではなく、視察、儀礼的な外交、災害のお見舞い、国内の公的な行事の参加する程度でもあったが。
困った人を勇気づけ、頑張った人を励まし、模範的立場を貫く。
卓上の書類に向かうような公務は殆どないので、屋敷外に出ていることが大方を占めていた。





「帰還なんて、大々的なものじゃない。俺は何もしていないよ…」

そう、浮かない顔でルークは影を落とした。

たしかに公務は、出来る限り努力はしている。
でも、聖なる焔の光(ルーク)という名前だけが一人歩きしているとしか思えなかった。
祭りたてて、不相応なものを背負っている気がする。
ルークと名づけられ、決められたレールの上を走り、今まで育ってきた。
他の人とは違うとはわかっているが、もっと何かが違う気がする。
王族って、こうなのだろうか。
恵まれている、望まれていると、本当は感謝しなくてはいけないのか?
それは、わからなかった。

「相変わらず悲観的だな。何もしていない訳じゃないだろ?今回のシェリダンへの視察だって、事前に俺に譜業について色々尋ねてただろうが。」
ため息と僅かな怒りを込めて、ガイは諭すように言った。

ルークがこんな性格になってしまった原因はよくよくわかっていたが、多少は是正して欲しいとも思う。
本当に嫌ならサボったりもするだろうに、そういったことは全くしていなかった。



「今回は本当に駄目だったんだ。ほとんど、とんぼ返りだったし。」

謙遜するほど、立派なものは何も持っていない。
ただ、血と肉を持っているだけなのに。

「そういえば、予定より随分と早く戻って来たな。何かあったのか?」

ほとんど屋敷にいないルークではあったが、仕えるという立場の関係でガイにも大体のルークの予定は伝えられている。
いつもは殆どそれに狂いはないのだが、珍しく今回のルークは早く帰ってきたのだった。

「詳しくは聞いてないんだけど、マルクトの造船関係でトラブルがあったみたいで、ほとんど見て回れなかった。」

何かあっても、心配をさせないようにか他の意図を含むのだかはよくわからないが、ルークの耳に入ってくる情報は恐ろしく少なかった。
いくら英雄と言われていようが、まだ成人もすませていない17の子供であるから仕方がないのかもしれないが、そこも歯がゆい部分でもあった。





「マルクトか……」

ふいっと視線を外して、ガイは腕組みをする。
真っ直ぐだった顔を少し落として、しかめる。

「ガイ?」
いきなりだったので、思わずルークは声をかける。



「ああ、悪いな。
そういえば、朝食の準備が出来たそうだ。料理が冷めると、料理長に怒られるからな。早く行ってやってくれ。」
「そっか、じゃあ食べてくるよ。ありがとな。」





ときどきガイは、こういった表情をする。

昔、理由を聞いたことがあったが、うまくはぐらかされて以来、ルークは何も聞かないようにしている。
誰にだって心に秘めたことはあるだろうとは、思うから。



どこか急速に話が飛んだような気もしたが、ルークはあっさりと受け入れて場を展開させた。























自室からそれほど離れていない食堂に行くのはもちろん慣れていることで、すたすたと廊下を歩く。
屋敷の警備に当たる白光騎士団に声をかけながら足を進めると、だんだんとかぐわしい香りが鼻孔をつく。

慣れた手つきで扉を開くと、予想外の人物がいて
ルークは少しだけ戸惑いはしたが





「…おはようございます。父上。」
と、少し頭を下げつつ挨拶をした。



「久しぶりだな。とりあえず、席につきなさい。」
「はい。」

促されて所定の位置へとルークは、腰だけは落ち着けた。
暖かい朝食がそこには既に並べられていて、食事が始まる。



こうやって、ファブレ公爵とルークが朝食を共にするのは、かなり珍しい。
ファブレ公爵は基本的に忙しいし、ルークも相変わらずの強行スケジュールであるから。
たまにそういう機会があるとしても、大抵母であるシュザンヌも一緒であるのだが、今回は別。
シュザンヌは現在療養のために、ファブレ家がいくつかもっている別荘に足を運んでいる。
それは年に何度か行くことなので、別に稀なことではなかった。










「シェリダンへの視察は、ご苦労であったな。」

最初の挨拶以来、黙々と食事が続くだけであったが、その沈黙はファブレ公爵より破られた。
労わりなのが義務的なのか判断つきにくい音質が出された。

「いえ、公務ですから。」
それに淡々と、ルークは返した。

与えられた役割をこなす。それが必要とされたことだったから。
長年やってきたことだから、もはや当たり前という領域にまで達していた。



「歓迎されなかったのか?」
「そんなことはありません。詳細は後に報告書で、伝えますので。」

歓迎は、されすぎなほど受けた。
シェリダンは大陸が違うとはいえ、比較的バチカルから近い。
ルークは何度も公務で訪れているから顔が知れていたので、歓喜の渦に沸いた。

ひねくれた性格をしているというわけではないと思う。
でも、素直に全てを受け入れられない。
喜ぶことが出来れば本当に良いのだけど、必要とされているのはルークという名前なのか身なのか、それはわかっていたから。





「そうか。この後の予定はどうなっている?」

「今日は、マルクト軍駐屯大使との対談に出席ですが。」

「…それは中止となった。今日の公務は取りやめだ。」
漠然と、ファブレ公爵はそう言った。



予定はあくまで予定であり、変更があることもたまにはあるのだが、外交関係が変わるのは久しくないことであった。
だが、そんな勘ぐりを入れても、ルークには関係ないと叱咤されるだけであろう。

「わかりました。」
と、無難に言葉を選んで返事をした。











またしばらく、沈黙が場を支配する。











やがて、ルークが席を着く前から食事に徹していたファブレ公爵は席を立った。

一緒に食事をするというのが目的ではなかったし、食後の余韻にのんびりとしていられるような暇もないのであろう。

もとより、子供にそれほど関心はない印象を持つ。





ルークは、この父親を苦手としていた。

思春期とかそういうわけではなく、その前から何もかもが合わなかった。
自分を生んでくれた親なのに、そう思ってしまうのは理由がある。
立ち去ろうとするファブレ公爵を引き止めるように、それをルークは口にした。








「父上。アッシュは、屋敷にいないのですか?」





ルークが最も気になる存在が、ここにはいない。



アッシュ・フォン・ファブレ



世間一般には認知されていないのだが、ルークにはその双子の弟がいる。
王室と屋敷に出入りする一部の者しか知られることのないアッシュは、一部の施設に必要なときだけ行くだけで、屋敷にほぼ軟禁状態にあった。








ユリアの預言(スコア)に詠まれなかった子供。

後に、生まれた。
たったそれだけで、アッシュの存在は許されなかった。










「アッシュは、研究所に行っている。
お前がアッシュのことを気に病むのは、わからないでもない。だが、いつも言っているだろう…」



「二十歳になったら、軟禁状態から解放する…ですか。」
続けるように、ルークはその言葉を言った。





アッシュの軟禁は、生まれたときからのインゴベルトの勅命でもあるので、絶対であった。

ユリアの預言(スコア)は、もちろんルークも聞かされている。
望まれずに生まれてきた子は、忌み子として扱われるらしい。
本来ならそのまま生涯を経たれてしまうところだったのを生かされている、聖なる焔の燃えかす(アッシュ)
というのが大義名分だ。 子という段階を逸脱する成人の儀には解放されるとはいえ、まだまだ先のようにも感じて程遠い。
もっと早くどうにか何とかして欲しいと進言を何度もしたが、ばっさり切り捨てられていた。
そのことが、ずっと納得の出来ないこととして、ルークのわだかまりとなっていた。





「わかっているなら、何度も言わせるな。」

くどい…という言葉も添えられるように、言い放った。
それが捨てる言葉のようになりこじつける様に言うと、ファブレ公爵は早々に足を急かした。













パタンッと完全にファブレ公爵が退室する音が聞こえると、ルークはフォークを皿に置き深く息を吐いた。










俺は、何をしているのだろう。




預言(スコア)によってあらゆる物を与えられているのに、最も大切な存在がその預言(スコア)によってあらゆる物を断絶させられている。





それなのに、今の生活を甘んじて受け入れるのは紛れもない自分。



全ては、約束の日のために。

与えられた時間を、削るように生きる。


















また、同じ日が始まる。



でも、時が経つのだからそれでいい。








と、どこかで自分を納得させなければ、生きてはいけなかった。





















おかしいと気がついたときは、もう手遅れだったのかもしれない。





いや、ターニングポイントなんてものは、元から存在しなかったのだから

























アトガキ
アッシュの登場は、次話からとなります。
2006/05/22

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