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  盲目的な箱庭  1












ND2000
ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す
其は王家に連なる赤い髪の男児なり
名を聖なる焔の光と称す
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう

















来たるべき日
ND2000・ローレライデーカーン・レム・48の日
















年の終わりも近づいた真っ昼間のファブレ公爵邸は、かつてないと間違いなく言えるほど慌しかった。
忙しいというよりも、屋敷全体に流れる雰囲気は期待と喜びによって包まれる。

そんな中、唯一周囲の慌しい様子とは裏腹のように対照的にしているのが、この屋敷の主であるファブレ公爵であった。
じっくりと椅子に構えて思慮深く思いにふけり、組んだ腕は緩むこともなく微動作もしない。
静かに、その時を待つ。











コン コン コン

やがて、やや急ぎめに叩かれたノックの音と共に、メイドが飛び込んできた。
本来ならもっと清楚に行う行動ではあったが火急のため、少し荒々しく言葉を告げた。



「旦那様!お生まれになりました。」

「………わかった。下がれ。」

「はい…。失礼しました。」

厳格と賞されるファブレ公爵ではあったが、こんな時ぐらいはいつもより表情が緩やかだと思っていたのに、いつもより難い表情をしているのを見て、メイドは気後れしつつ返事を返した。
待ちかねている…という動作だけは見えはしたが、何かが違うような気もする。

たった今、医師から伝えるように言われたのは、ファブレ公爵の第一子が生まれたとのこと。

33歳にして初めて出来た念願の子であろうに、うれしくはないのかと疑問に思うばかりであったが、やや重々しく息苦しい部屋にそのまま立ち止まることは出来ない。
御子が生まれて、これからは忙しくなる。
その準備に没頭するため、メイドはさきほどの不可解な主人の態度のことは忘れるようにして、その場を後にした。














「運命の子が生まれたか…」

それを実感して、ガタリッとファブレ公爵は椅子から静かに立ち上がった。



窓から燦々と照り付ける太陽の光こそが、祝福の証なのだろうか。
太陽から有り余らぬほどの日を集め、輝ける光に導かれて、子は生まれてきた。

何もかもが定められたユリアの預言(スコア)に当てはまる子は、この子ただ一人であろう。
唯一の選択の権利があるはずの名前さえも、これと決まっているから、割り切らなくてはいけない。
預言(スコア)の御心のために、運命という名の職務をまっとうするのが、世界から与えられた役割。

本当はもっと喜ぶべきことであるはずだった。
でも、わかっているから、全てを隠し通してやりとげなくてはならない。





望まれて、生まれてきた。

真実を知る者にも、別の意味で望まれた。









パタンッと部屋を後にし、妻であるシュザンヌと生まれたばかりの子がいるであろう、夫妻の私室へと足を向けた。

十分に敷かれた赤い絨毯を踏みしめながら廊下を、淡々と歩くと子供の産声が聞こえる。
不調和の声とともに、現実が舞い降りる。



上がる声は想像以上に大きい。
こんなにも大きいものなのかと、ファブレ公爵は顔を少ししかめた。
子の性別は聞いていないが、男児であると生まれる前から知っている。
だから大きいのだろうと、自分を納得させる。
泣かない子は良くない…とどこかで聞いたことがあるから、これが普通なのであろう。
初めての子であるからして、基準というものはよくわからない。

だが、心のざわめきがなぜか増した。














夫妻の私室へと入ると、ベッドに横たわる妻の姿が目に飛び込む。
額に汗をかき、やつれている様子を見せた。

元々身体が病弱で、それでも子供を産み落とすと決められたと思うと、少々歯がゆい気持ちもあった。





「ファブレ公爵、おめでとうございます!」

そんな中、嬉々として祝いの言葉を言ってきたのは、シュザンヌの傍らにいた医師であった。
キムラスカ王室専属として長年使えている人物であり、ファブレ公爵としても旧知の仲であった。
それなので、安心して出産を任せられたということがある。
医師は、子の誕生を心から祝福をした。



「今、シュザンヌ様はお眠りにつかれていますが、御子は元気でございますよ。どうぞ、こちらへ。」

特に反応を示さないファブレ公爵の様子など気にも留めず、医師は子のいるベッドの方に手を差し出した。
白い厚手のタオルに包まれているようで、その姿は遠目から確認することは出来ないが、声でその存在だけは確実に確認は出来た。
未だ鳴り止まない産声ではあったが、先ほどよりは音低めに響く。



顔を見ることを進められたので、ファブレ公爵はその場所へと足を進めた。

そして、覗き込む。








「な、なんだ!これは……」

暗い音で、ファブレ公爵は半分叫んだ。

期待はしていなくて、わかりきったことがそこにあるはずだったのに、違いと歪みが生じた。
目の前にある光景を信じてよいものかと、天を疑う。



確固たるものがあったからこそ、それは全く予期せぬ望むことのないことだった。





そんな…バカな。
と、心の中で何度も呟き、木霊する。

ベッドの上でお互いの手を繋いで、いる男児は二人。













絶対的なユリアの預言(スコア)によって生み出されたのは、二人の幼子だった。













「ああ、まだお伝えしておりませんでしたね。元気な御子が、お二人もお生まれになりましたよ。」

てっきり生まれた子は一人であろうと思っているから喜んで驚いたのだろう…と思い、医師は声をかけた。
しかし、背後からかかる明るい医師の言葉などは、ファブレ公爵には全く聞こえもしなかった。
別の思慮が頭を占めて、素通りする。



ユリアの預言(スコア)が外れただなんて…

いや、確かに外れてはいない。
しかし。
不安定要素も不確定要素も、あることは何も詠まれてはいない。

思いたくもなかった。
考えたくもなかった。
いや、考えたとしても、この事実は覆せないように目の前に置かれている。





抗えない運命が待ち受けているとしたら、いっそ………









「……どちらが先に生まれた子だ?」

苦い汗をぬぐいながら、腹の底から響き渡る音域でファブレ公爵は医師に問いかけた。



「こちらの御子でございます。」

未だ瞳の閉じられた子であったが、片方の子をゆっくりと示した。
幼少では見分けがつきにくい。
双子なら、それはなおさらである。












そこにただ、沈黙が走る。












「私は、今からインゴベルト陛下に了承を得てくる。民には、予定通り男児が一人生まれたと通達しろ。」

悩んだ末に漠然と出た結果だけを、ファブレ公爵は言い放った。
その言葉に、特に感情は入っていない。



「え?それは…」

意外すぎる言葉に医師は戸惑いの色を隠せない。

公示をしなくてはいけないという事実は、確かにある。
第六譜石に詠まれたユリアの、キムラスカ・ランバルディアを栄光へと導く預言(スコア)は、希望という形として国内の大方の人間が知っている。
だから、国中が活気をつきこの子の誕生を待ちかねていたのだ。
双子ならより一層、めでたい事であろう。
それなのに、なぜ……という言葉ばかりが、巡った。



「双子が生まれたと他言することは、固く禁ずる。わかったな。」

「…はい。」

今までに見たこともない凄みを押し付けられて、医師は命令に従った。
抗えるはずもなかった。










「その子の名は、ルーク。聖なる焔の光だ。」

それだけ言い捨てて、ファブレ公爵は一旦部屋を後にする。



















ユリアの預言(スコア)が道を外れたというなら、それを利用してやろう。

私も、ユリアの預言(スコア)に利用されるのだから。



それも、キムラスカ・ランバルディアの未曾有の繁栄のため。



















運命によって、この世界に産み落とされた二人は

生まれたときから、歯車が狂っていた。
























アトガキ
暗くて痛い話になる予定です。お付き合い頂けそうな方は、よろしくお願いします。
2006/05/16

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