メールマガジン      ル フ ラ ン     












今日というこの日を、ルークは指折りで数えていた。















欠けた月の明かりだけでは心もとのない夜にランプの明かりを少しだけ入れ、アッシュは自室でやや遅い読書にふけっていた。
おりしも時刻は日付変更の少し前で、虫の鳴る声さえもなく、静か一辺倒である。
そんな中、ノックをして入室してきたのはルークだった。

これは何気ない日常の一コマであり、アッシュは読んでいた本から顔を上げて


「こんな夜遅くに、何の用だ?」

と、特に感情も込めずにルークへ問いかけた。





問われたルークは少し時間をおいて、すぐには答えようとしなかったが

やがてゆっくりと、次の言葉を口にする。
















「俺、アッシュのことが好きだ。」


アッシュと同じとされている翡翠の瞳、だがそれにうつる色は決して同じではない。
その真摯な瞳で、訴えをかけた。









二人の視線が絡み合う。

こうやって、向き合うのは本当に珍しいことで、それだけで何かに魅了されたようになる。










「そういう冗談が流行っているのか?」

アッシュはいったん目をまるくしたが、直ぐに言葉で切り替えた。
いつもより口調は軽く返した。





「………おどろいた?今日は、エイプリルフールだからさ。」

先ほどの真っ直ぐな瞳とは違う、冗談をはらんだ様子をルークはした。
声の調子は明るく、いつものルークだった。
遊ぶように、これを楽しんでいるかのようにさえも見えた。



「もう少しマシな嘘はつけなかったのか?」
呆れた様に、アッシュは息を一つ落とす。

「アッシュは、何を言っても動じなさそうだからさ。つーか、今日がエイプリルフールだって知ってたんだ…」
残念だと、ルークはオーバーリアクションで肩を落した。
気難しく堅苦しいという印象をもたれているアッシュに対して、そんな事を言ってくる人物はいないと思ったから、もしかしたら騙されてくれるかもしれないと、思っていたのに惨敗だった。
一瞬でも騙されてくれたら、の表情を見てみたかった。

「一般認識くらいはな。」
あまり表立って派手にやるようなイベントではないが、エイプリルフールだからということで簡単な嘘をつくくらいは浸透している。
アッシュ自身が嘘をつかれたようなことはないが、周りがやっているのを見ていて知識というレベルでは知っていた。
遠い目で、他人事のように。





「そういえば、アッシュは嘘をついたことはないのか?」
ふと出てきた疑問を、ルークは口にする。
嘘をつくなどアッシュのイメージではないが、昔からこの性格かどうかなんて、ルークにはわからないから聞いてみた。

「ないな。興味もない。」
本当に興味がないのであろう。
あっけなく、アッシュはそう言った。
その答えは、ルークにとってもやっぱりな…という印象を受けるものだった。



「なら、折角だから嘘をついてくれよ。俺が相手なら、罪悪感もないだろ?」
ぽんっと、名案が浮かんだの如くルークは提案をする。
こんなお遊びをアッシュが快くは思わないとは思ったが、アッシュの嘘というのを聞いてみたかった。

一体、どんなことを言うのだろう…と。





「そうだな。じゃあ…」
意外とあっさりアッシュは、ルークに賛同する。
この時は、珍しい気まぐれが発動しただけだったのかもしれない。
考えと共に時間が経過して…
やがて、その言葉を口にした。
















「好きだ。」



甘く痺れる、その偽りの言葉を。













「これで満足か?」

凍り付いた空気をほんの少しだけ溶いたのは、続くアッシュの言葉で。
ルークと同じように、少し似合わない冗談交じりの声を出した。








「………本を読んでいたトコだったよな。ごめん、邪魔して…じゃあおやすみ。」

ルークは返事をせずに、それだけを最初に口に出すことが出来た。
足を急かして、くるりと後ろを向く。










「嘘を、ありがとう」



最後に少しだけ振り返りそう言って、パタンッと閉じられた音だけが響いた。



















嘘という名の嘘(1/3)

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逃げるように、遠ざかるルークの足音。
それが自分でもわかって、うるさかった。
でも、ゆっくりなんて歩くことは出来なかった。
我慢をすればいい。
時間帯的に廊下を走っていても、誰かとすれ違うだなんてないとはわかっていたが、うつむいて急いで自室に戻る。










エイプリルフールという日を、ルークは待ち望んでいた。



嘘という名の嘘を口にし、アッシュへ想いを告げる。

そのために





初めから駄目だとわかっていたから、アッシュから「そういう冗談が流行っているのか?」と言われたときに、用意しておいた保険の言葉があっさりと出せた。
でも、明るい調子の声が裏返りそうで、見抜かされそうで怖かった。
自分でもわざとらしく聞こえて…何をやっているんだと、心の中で自身を叱る。
引きつった笑みになっていないか、気を使って笑った。



傷つく前に、自分で傷をつけておけばいい。

そう思ったのに、遊びで言ってもらったアッシュの意外な言葉に一瞬でも騙されてしまった自分が浅はかだった。
嘘をつかれるとわかっていたのに、それが前提だったのに
それでも…信じてしまいたかった。

とても居た堪れなくて、ろくな言葉も言えずに不自然にアッシュの元を去った。
この涙を見せることはできなかった。





今日というこの日。
たった一つだけ嘘が許されるとしたら…何を願う?
その嘘に騙されることが出来たなら、どれだけ幸福だろうか。











「……馬鹿だ…俺。」






(好きだ。)




瞳をとじて、思い出して…
この身に焼き付けて…

もう永遠に言われることのない、彼の言葉を刻みつける。



















嘘という名の嘘(2/3)

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パタンッと閉じられた音を、アッシュはどこか遠くのように聞いていた。








突然やってきて、突然去って、何だったんだ…あいつは。
それが、漠然とある心。
嵐のようにけたたましく、何かを攫われた様な気がした。
でも、それが何なのかはわからない。掴めない。

わけがわからない…
アッシュには理解しがたい行動を、以前からルークはすることがあった。
それは自分に対する冗談なのだろうと思っていたし、ルーク自身もそのように振舞うことが多かった。
なので、それに便乗をしたつもりだった。





嘘はつきたくない。



だから、嘘という名の嘘をアッシュは口にした。













ボーン

思慮にふける最中、壁にかけられたアンティーク時計が静かに響き渡った。



日付が変わり、エイプリルフールという日の終わりを告げる。
そして、新しい日の始まり。

それを確認して、アッシュはもう一度…この場にはいないルークへ告げた。















「好きだ。」





0時を越えても変わらぬこの言葉。

これこそが、本当の嘘なのか?



















嘘という名の嘘(3/3)



アトガキ
2006/04/01(再UP 2006/05/14)

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