この聖像…自分に似てるか? 目の前に立ちふさがるのをぼんやりと見上げたのは、モデルになったと言われるルーク本人だった。 王都バチカル街の中心部の太陽の光を一心に浴びる場所にその銅像はあった。 自分が死んだと言われていた二年ほど前に作られたらしいが、ルーク自身は詳しく知らなくて、こうやってマジマジと見たのは多分始めてだ。 世界をかけた戦いの直ぐに建立されたらしいが、その後に俺たちが直ぐに生きていたわけではないのでまさに想像で作られた像だ。 四人の内の誰かか、それとも誰でもないのかと、ふてくされたようにルークは見上げた。 ルーク・アッシュ・ルク・アシュの四人が無事に帰ってきたときに、この聖像をどうするかと一騒動あったと聞いたのはいつだったろうか。 あまつにも自分に似た姿と言われしものが取り潰される姿は見たいものではないというのが本心で、勇者として称えるために作られたのだから壊すのもどうかなということで、今日まで綺麗にあり続けるのだ。 似ているのか?と思う部分もあるが、どうやらルーク橋というものもシェリダンとベルケンド近くにあるらしい。 悪いが、ファブレ公爵邸の方にあった墓の方は片付けてもらったが、仕方ないだろう。 ちょうど四人分の部屋を確保するためにも必要のあったことだ。 周囲から見れば四人の容姿は酷似していると言われ、冗談なのか本気なのかは知らないが、ファブレ四兄弟とか呼ばれている。 元は一人の人間で、半分はレプリカ。 残りはオリジナルとレプリカが合体した形らしい。 なんだか意味はよくわからない。 「あの…失礼ですが、ルーク様ですか?」 がやがやと後ろがうるさいのが気になってはいたが、場所柄仕方ないと感じていた。 しかし、決定的に呼ばれてさすがにヤバいと感じた。 「ち、ちげーよ。じゃあな。」 「あっ…」 呼び止めた老婆は残念そうにルークの後ろ髪を見続ける。 やっぱりこの髪のせいかと、走りながらルークは髪を一つに縛った。 自分で言うのもなんだが無駄に有名人らしく、目印である髪が目立つという要素もある。 眩しい太陽に包まれるようにバチカルの中心を示し、一番降り注ぐその場所に造られた祭りを見守る形となっている彫像からルークは素早く離れた。 今だ、がやがやと周囲がうるさいのは、今日がユリアの聖誕祭だからである。 預言の加護から外れたとはいえ、宗教としては根強く残っているし、ローレライ教団がある以上、恒例を廃止することもない。 「お、りんご飴。」 開かれた露天は色とりどりであったが、その中の一つであったりんご飴にルークは目が移る。 真ん丸とした赤い果実の周囲をコーティングするように眩しい飴がまかれている。 食べたいという純粋な食欲が沸き立つ。 が、生憎今のルークには先立つ財布というものがないのだ。 そのくらいの知識は持ちえているが、どうしようもないという結果を改めて実感することにもなる。 「それを一つくれないか?」 ルークの横からさっと一人の男が声をかける。 銅貨を示しながら、指した先にはルークがじっと見つめていた熟れて赤いりんご飴があって、うらめしく見上げた。 「アシュ!」 意外な人物がいて、ルークは声をあげる。 「食べたかったんだろ?」 アシュはそのまま金を店主に渡し、りんご飴をルークに渡した。 「助かった。ありがとな。」 豊満な笑みを浮かべてルークは感謝を述べる。 すぐさま、がぶりっと一口すると、硬い飴の部分とりんごの甘さと程よい酸っぱさが絶妙に混じって、うまさをかもし出す。 「アシュも、さぼりか?」 ばりぼりと三分の一ぐらい食べたところで、ルークはそう聞く。 「そんなわけないだろう。お前を探しに来たんだ。」 呆れたようにアシュは口を滑らす。 「ルクとアッシュは?」 姿が見えない同居人の名を出す。 「二人は授業中だ。」 そう答えられて、彼だけは自分に気がついてくれると、ルークにそんな嬉しさが滲む。 四人が通っているのはお堅い学校だから、祭りだろうがかまわずもちろん授業がある。 特別な午後からの開放だというのに待てないであったのだ。 「じゃあ、アシュもさぼり決定じゃないか。今から戻ったってもう授業は終わりだろ?だったらせっかくだから一緒に回ろうぜ。」 せっかくの祭りなんだからと、アシュの片手を取って引っ張った。 なんだかぼっーと見ていてもつまらないと思っていたところだったんだ。 「仕方ないな、晩餐会の時間までだからな。」 「げっ、」 嫌な事を思い出して、ブルーな声をルークは出した。 晩餐会と催される式典は王城で開かれるのだが、自分も参列しなければいけないので、つまらない。 というか、堅苦しい。だるい。疲れる。面白くない。 無駄に注目されるというのも付け加えておこう。 だから同時に、尚更今の時間を楽しみたくもあった。 「その制服だと目立つぞ。」 明るい陽気に誘われて、様々なところへと繰り出そうとしたルークを、アシュは寸でのところで止める。 自分自身は比較的目立たない地味な黒地を基調とした私服にざっと着替えてきたが、ルークは学校の指定制服のままだったから。 いわゆるお坊ちゃま学校なので、制服だけでも目を引く格好となるだろう。 「そうかな…仮装だと思われからオッケーと思ったんだけど。」 「これでも羽織っていろ。」 良く見ると細かい刺繍が決め細やかにされている、茶色のフードをアシュは手渡した。 ルークは、制服の上着だけ軽く脱いで、フードをかぶる。 被りが甘いせいで長い髪の端がチラチラと垣間見られたが、うまく賑やかな人ごみに紛れることに成功した。 そこにある光に気がつく人物がいなかったのは、今日が国民的祝祭であったからであろう。 子どもははしゃぎ回り、立ち並ぶ店先や出店に目を奪われて、祭りというだけでも雰囲気を楽しめる。 馬車を先導するように、中心街を通って、古来よりの祭り独自の独特な帽子を調達して伝統的民族衣装を着た子どもたちがパレードに参列していた。 大広場には、固定式の巨大天幕が張られて譜業で形成される移動式遊園地が現れる。 回転木馬などは一番の人気だ。 その周辺には、小型の射撃大会や福引場や巨大なビアガーデンなどの娯楽も数々あり、音楽演奏会場やダンスフロアには、音楽隊が集まる。 本来の立場も忘れて、ルークはたっぷり遊び尽くした。 「今日は、ありがとな。」 祭りも夜へと差し掛かった時間に、心からの感謝をルークはアシュへと向けた。 言葉少ないアシュだったがそれはいつものことで、嫌そうな顔もせずにルークと一緒に回った。 彼と一緒だったから、余計に楽しかったのだ。 「お前が楽しかったのなら、それでいいさ。」 目を細めて、見守るようにアシュはそう言う。 あ、いつもそうだ…とルークは気が付く。 「あのさ…ずっと思ってたんだけど、アシュって何で俺には特別気にかけるんだ?」 決して堂々となんてしないけど、いつもアシュは優しくルークを見守ってくれている。 ルクやアッシュにも同じように振舞っているけど、本当に少しだけ自分に対しては違う態度をされる。 壊れ物を扱うような、触れるのを恐れるような…何でこうなんだろう。 素直な疑問が今、ルークの心の中にあった。 そんな質問を受けて、少し驚いたような表情をアシュは珍しくこちらに見せる。 さらりさらりとゆっくりと二人の周りを流れる風があることを実感できるくらい、アシュの沈黙は続いた。 「それは…昔、俺はお前に酷い事をたくさんしたし、言ったから。もう壊したくないんだ。だから…」 言葉は選んだつもりであった。 四人でいっぺんに帰って来てしまったこともあり、タイミングを失い、これを伝えることがずっと出来なくあった。 大爆発現象を身に体験して、最後まで生き残ってしまったアッシュだからこそ、ある後悔。 今となっては八つ当たりとしか思えないほど、ルークに当たった時期があった。 レプリカルークの存在を知り、あのアクゼリュス崩落が巻き起こるまでは、その程度は最悪でもあった。 断髪後ならまだしも、あの時代しか体験していない、このルークに対して、アシュは対応に困っている面も多かった。 ただ、見守る事しか出来ない… 「な…なんだよ、それ。じゃあ、俺に優しかったのは同情なのかよ!」 誰がそんなもの欲しいって言ったんだと、怒涛のようにルークは叫んだ。 だって、まさか勝手に自分一人で舞い上がっていただなんて。 アシュの優しさが本心ではない、計算の上での行動だとしたら、とても耐え切れなかった。 ルークは現在に到るまでを確かに何も知らなかった。 アクゼリュスまでしか知らないルークにとっては、考えるのが少し面倒くさいぐらいで、英雄になりたかったが、なんだか何もしないうちに称えられていたし、身に着けたのは子爵。 軟禁状態が解除されたのが一番嬉しい事でもあったが、何か一人だけズレたとか言われるのだけは気になる。 何も知らないことが罪なのだろうか。 そしてルークという本来の名前が自分に残ったのは哀れみだったとでもいうのか。 同情なんかいらない。 その場にはとてもいられなくなって、ルークは身を反転させて走った。 「ルーク!」 叫ぶアシュの声に、返事をすることも振り向く事も出来るはずがなかった。 アトガキ 続くかもしれない… 2009/02/11 back menu |