[PR] クレジットカード      ル フ ラ ン     












目の前に、酷く単純な選択肢がある。
二人のどちらが永久死の犠牲になるかという、単純だからこそ複雑な二択。





アッシュが死ぬか
ルークが死ぬか





「ローレライの剣を渡してくれ、アッシュ。俺が犠牲になればいい。」
天を突き抜けるほど広い空間にいるのは、二人きり。
誰もいないのは一人だけ残るために宛がられたからで、吹き抜けの平らな地には障害物さえもなく、そのまま抜けるようにルークの声が凛と通った。
眼差しに込めた熱い想いは、アッシュに伝わったようでもあったが無碍になりうる。
「ふざけるな、おまえこそ早く宝珠を渡せ。」
先ほどから場の中心から一歩たりとも動くつもりはないアッシュは、強い口調で全否定をかけた後、その左手を差し出した。
二つの選択肢のどちらを選ぶかは、当人同士である。
今更、話し合いで決めるなどということは、到底無理であった。
二人は互いに生きて欲しいと願い続けていたのだから。
時間だけが経過をする、崩れない均衡。
その結末を無理やり動かすには、もうこの一つの手段しかなかった。





あの時あの選択を選ばなければ、彼は死ななかった
彼がこの選択を選び続ける限り、もう一人の彼もこの選択を選ばざるを得ない…

































































  サクリファイス  1










始まりは淡く儚かった。
今日も何気ない一日のはずだったが、鮮明に覚えている忘れられない日となる。





その公務室は、役務の対価が十分にある人物が入るには、少々不向きな部屋だった。
最近まで人手の問題で半ば書斎と化していたのが実情だったが、元は応接室として使われていたため、部屋自体は広く作られている。
それでも音機関都市ベルケンド知事の屋敷の一室であるからして元来の装飾は見事ではあったが、当人たちはさほどそれには目をやってはいなかった。
物置にさえなっていた物の数々を少々片付け、一つだけあった執務机と同じような同等の漆塗りの机を入れる。
残るは必要な書類達と書籍の山。
これだけで、人が来たらもてなすスペースなどなくなってしまうほどであった。つまり狭い。
しかし、一年ほど前にこの部屋の主としてやってきたアッシュとルークにとっては、居心地のよい部屋となっていたのだった。
エルドラント攻撃作戦から無事に揃って帰還した二人は、数年はバチカルにて簡単な公務をこなしていたが、成人もしている将来を担う王族な為、本格的に領地を任されることになった。
と言っても、子爵という称号は持っているが、二人はあくまでファブレ公爵の息子。
手始めに、ファブレ家の統治するベルケンドの知事を補佐することになったのだった。
この地に住まい一応は季節を一巡りしたとはいえ、まだまだ学ぶべきことは多い。
アッシュとルークは、並んでいる執務机に積まれた書類を掛け合いながら分担整理していた。
「アッシュ。この書類で最後だから、確認してくれ。」
「わかった。悪いが付随資料も置いてくれないか。」
柔らかい生地の略式の礼装に身を包んだ二人は、羽ペン片手に机に向かう。
未決裁の書類を片付けるため、慎重に詮議した。
納得がいくまで終わると、アッシュは了承のサインを施し、左手にはめた指輪を外す。
その紋に刻まれた印で、終わりを記した。
続いて書類はルークにも回されて、同じように記する。
そこからようやく決裁済のケースへと書類が置かれたのだった。
「終わった。これで、予算案…大丈夫だよな?」
感嘆するようにルークが問いかける。
椅子と資料の間を行き来したぐらいなので、少々姿勢も悪くなっている。
軽いのびをしながら、解放を味わったのだった。
「時期が悪かったからな。とりあえず、やれることだけはやった。」
残りの書類をきっちりとまとめながら、さすがのアッシュも顔に浮かぶ疲労の色。
缶詰とまではいかないがそれでも随分と長く携わっていた案件だったので、素直に終わったことは喜ばしくある。
「まだ準備の時間も少しあるし、お茶にでもするか。」
書類を運ぶついでに、ルークが椅子から立ち上がったとき。

トン トン トン
「失礼します。お二人共、お時間は大丈夫ですか?」
軽くたたかれたノックの後に入ってきた人物は、ベルケンド知事のビリジアンであった。
ファブレ公爵お抱えの官僚として知事の職にあると世間では思われているが、アッシュとルークにとっては良き上司に当たる。
遠く離れた地というわけではないが、それでも親元を離れてベルケンドへ来たことで、何も知らない二人は随分と面倒を見てもらったものだ。
「はい。遅くなってすみません。予算案の方は、これから回します。」
手に持った書類を提示しながら、ルークは申し訳なさそうに言った。
随分と長くこちらで預かっていた案件だったから。
「いえ、間に合ったのならいいのですよ。正直、厳しいスケジュールでしたから。でもこれで、明日にでも立てますね。」
「え?」
何のことだろう…と思わずアッシュもルークも首をかしげた。
「もうすぐバチカルでお二人の誕生パーティーがあるでしょう。」
「はい。よくご存知ですね。」
意外なところを突かれたので、アッシュは素直に言葉をかえした。
確かにあと半月ほどで、アッシュとルークの誕生日だった。
レプリカとして生まれたルークの誕生日は正確にはわかっていないが、生まれてからずっとルークはアッシュの誕生日を自分の誕生日として祝ってきたのだから今更違う日というのもずれが生じる気がするので、結局同じ日ということにしている。
それに、どちらが年上でどちらが年下になるのもなんだかおかしい気がするので、あっさりそうなったというのが正しくもあった。
別に当人たちが望んだわけではないがエルドランドからこちらに戻ってきてからは、二人揃ってパーティーが盛大に開かれていた。
折角祝ってくれる両親には悪いが、今年はベルケンドにいるから公務も忙しいので戻れなさそうなので、その旨を連絡しようと思っていたところだった。
「公務もひと段落したことですし、そろそろバチカルのお屋敷に帰ったらいかがですか?」
微笑みながら、ビリジアンはとびきりの提案をした。
「いいんですか!」
思わず崩れた口調で、ルークは半ば叫んだ。
叶うなら本当に一年ぶりのバチカルになる。
かつての旅以外でこんなに長く離れたことはなかったので、色々と会いたい人物も多かった。
「ずっと拘束していたら、私がファブレ公爵とシュザンヌ夫人に怒られてしまいますよ。」
はっはっは、と談笑しながらビリジアンは冗談交えた。

「誕生日、おめでとうございますね。」
きっと当日には伝えられないだろう。
一足先の祝いの言葉をビリジアンは伝えた。
若く将来有望な国政を担う二人に。
「ありがとうございます。」
アッシュとルークは声を綺麗に揃えて、それを受け入れた。











ベルケンドで一番外見晴らしの良い場所は、少し高台に位置する。
研究所などの建物も全て見渡せて風通りが涼しかった。
瞬く間にベルケンドを立つことになったアッシュとルークは、久しぶりにその階段を上るためにブーツを進めた。
最近忙しくてあまりゆっくり景色見ている暇なかったので、感激は増す。

しばらく堪能していたが、前方の階段から駆け上がってくる若い従者の姿が見えた。
僅かだがある積荷を運んでくれる手配をした人物で、それが終わったということは差し迫る時間を示しているのと同じだろうと思っていた。
「アッシュ様、ルーク様。神託の盾(オラクル)騎士団のアニス・タトリン殿から、急ぎの伝書鳩が届きました。これがその書状です。」
走ってきたことで少し息切れをしながらも、従者はしっかりと用件を伝えた。
「ご苦労だったな。」
受け取ったアッシュだったが、アニスからの伝書鳩に身に覚えはないので、少々考え込む。
普段はやり取りしていないので急ぎでまで鳩を使われるのは珍しい。
最近は通信技術も発達しているので、一部の譜業や譜術によってもある程度簡単な通信は出来る。
それを差し置いてもの手紙は、疑問の投石を投げかけるには十分なものだった。
伝書鳩に括りつけられたままの形状と思しき筒を開くと、その下には上等な包み紙に覆われていた。
「何て書いてあるんだ?」
同じく身に覚えのなかったルークが、アッシュの手元を覗き込んでくる。



『数日前よりダアトにて安置しているローレライの鍵が、不定期に光を放っている―――』



肝心の手紙に記された記述は、その短く簡素な内容だった。

「ローレライの鍵が?」
しばらく目にしていない、剣と宝珠からなる譜術武器とまで言われている鍵を思い起こした。
ローレライから託された鍵だったが、役割を果たしたと思われたエルドラントから戻ってきても、なぜか二人の身と共にあった。
本来預かっているようなものだし、手に余る人が使えし武器ではないのがわかっていたので、アッシュとルークは相談をしてダアトに預けることにしたのだった。
元々ユリアが作ったもので、ユリアの最期と思われし土地ホドはすでにないから、管理を任せるならダアトが適任と思った結果だった。
その鍵が光っている?
何らかの意思をもっての掲示としか思えなかった。

「アッシュ…」
「わかっている。ダアトに行くぞ。」
言葉を交わすまでもない。
すぐに二人の行き先は一致して、方向が変わりいった。

次にもう一度見上げた空…に見つけるものがあるまで。








「ん?あれ、何だろう。」
拍子抜けしたわけではないが上空に何かを見て、ルークは疑問の声をあげた。
連鎖するように同じく空を見たアッシュに指を示して、教える。
「確かに何か見えるな。こんな時間帯に…黒点ではないな。」
確かに今は輝ける昼を過ぎたころだったが、太陽から明らかに離れた箇所に見える黒い点は徐々に大きくなり迫ってくる。
「何かが、天から落ちてくる!」
ルークが急いで叫んだときには全てが手遅れであった。

瞬く間に物体は地表へと降り立ち、光が闇を吸い込むように一瞬だけ空間がねじられた。
直接的な音は聞こえない。
しかし、大気が振動をし戦慄いて衝撃を伝えた。
南の空から地への惨状が伝わる。
考える間もなく立ちすくんでいると程なくして、太陽の光をさえぎるほどの豪雨にベルケンドは呑まれる。
只の雨ではなかった大粒は、空から舞い降りたものではなかった。
これは、海のしぶきだ。
二人は弾かれようにとっさに手を繋いだが、かろうじて掴み取った瞬間には背の丈以上もある津波に襲われた。
無常にも間に割り入る、うねる波濤。



「ルーク!!!」
「アッシュ!!!」



互いに名を呼ぶ声はかき消され、離れ合うことを意図する。








この日から、二人の引き裂かれが始まったのだった。














アトガキ
珍しくプロローグを入れてみました。
いつもどおりの展開な話ですが、よかったらお付き合いください。
2007/07/24

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