マリッジリング ネットワークカメラ      ル フ ラ ン     
  レイ  6










ルークの世界は、あるのだろうか?




「ルーク。」
寂しそうにこちらへ目を向けるローレライはいつもより余計にぼやけた印象であった。
その声は確かにしっかりしているのに、ルークにはまるで見えていないのだ。
かろうじての光がとてもまばゆく、何かを伝えるようにうごめく。
「…ローレライなのか?まだ、俺は………」
本当に声しか聞こえないし、自分がしゃべっている感覚も今のルークには全くない。
回想という終わりのようで、意識がただ朦朧として、もう…
あれ、今まで俺はどうやって生きていたんだ。
生きるってなんだ。死ぬってなんだ。誰のため?自分のため?
それでも、生きたい、生きたかった。
短い人生の走馬灯が一気に駆け巡る。
ああ、とうとう何もできない存在になり下がったのだ。
「間もなくお前は、私の手の届かない世界に行くだろう。こんな結果になってすまないと思っている。」
今まで酷過ぎたから、せめてもの平穏をと思い手の範疇に置いておいたが、それも限界が来てしまった。
最後の最期まで、この子は幸せだったろうか。
「そっか、ありがとう。俺、別に後悔なんてしていないよ。むしろ、良かったんだ。これで…」
もう少しうまく生きたかったと欲を言えばきりがなかったが、背中を合わせて、最後に会えて未練もなくなった。
アッシュと手をかざした、触れ合ったことが嫌じゃなかった。
ただ、黙っていたことをアッシュは怒るだろう。
アッシュに触れて消えてしまったとしても昔のように、自然に振舞って欲しかった。
あれは、不可抗力だから。
それに、本当の意味であの少女を助けられただなんて思い上がりは、ルークは感じてはいない。
でも、それでも何かのキッカケがないと人間は生き続けることができないと、ルークは知っていたのだ。
その些細なキッカケの一つになれたのなら、いいと思ったのだ。
生きている意味なんて、誰しも持って生まれてはこない。
自分自身で作り上げていくことに意味があるから、最後は自分の選んだ道を誇らしく進みたかった。
それが間違って通ってきたアクゼリュスという道の上に成り立っていたとしても、少なくともあの過去がなければ今の自分はいなかったのだから。
「おまえは確かに生きていたよ、ルーク。」
次第にうつろになりゆくルークにローレライは最期の言葉をかけてやる。
ルークと呼ばれた光の物体にはもう何も届かないとわかっていたが、それでも優しく包みこんで。

ああ、俺は生きていた。
そして、大好きな人の側にいたのだ。
それだけで良かった。



さようならは言っていない。だから−−−














◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇














本当に無力なのはアッシュの方で、二度もルーク死なせてしまった…

きらきら光る粒子の粒を綺麗だと、アッシュはとても思うことができなかった。
また消え去ったルークは、今度は完全に、掴みとれない存在へと。
何も残りはしないはしないのだ。
それはまるで、それは後ずさるような後悔をしてはいけないという警告のようだった。
触れた手の感触は果たして本当にあっただろうか。
それをも、一瞬すぎた。
説明もされずに、ただアッシュは置いていかれた。
思えば彼はそこにおらず、アッシュも音譜帯にいけない。これが現実。
「ルーク……」
握りしめた両の手を開くと、まだそこにはルークと呼ばれた存在の一部が残っているような気がしたが、それも砂のようにさらさらと消えゆく。
その行先が向かった先は………音譜帯だけではなく、アッシュの良く見知る場所な気がしたのだ。











彼が完全にいない世界では、月日が流れるのは早すぎる。
光の示す先、向かう先は王都バチカル。

「アッシュ様!お戻りになられるのを心からお待ち申しておりました。」
門番から連絡を受けた、執事のラムダスはあまりの驚きに走りはしないが、限りなく早足でエントランスへと向かった。
何しろ、きちんと戻ってくるのは相当久しぶりなのである。
ファブレ公爵家の唯一の嫡男は、エルドラント崩壊の際、一度死したと思ったが戻ってきた。
しかし、少し顔を出して話をすると、やるべきことがあるとのことで、ダアトに向かってしまった。
それ以来、全くバチカルの屋敷によりつくことはなかったのだ。
色々あった子供のころとは違い、稀に手紙で連絡をくれるようになったことは、進歩であったが、それでも一抹の寂しさを感じていた。
「今、戻った。皆、変わりはないようだな。」
ラムダスに一度目をやったアッシュは、あたりをぐるりと見渡す。
ここは何も変わらないが、変わったのは自分自身なのだと実感する。
「アッシュ様もお元気そうで、何よりです。留守中、お噂はかねがねお聞きしています。先日など、不正を働くスコアラーを一掃したとのことで、さすがご立派です。」
「…ああ。」
少し溜めおいてからアッシュは濁った声を出した。
あのスコアラーは、ルークが突然現れてしゃべって消え去ったことに驚き、あのあと呆気なく捕まえることができたのだ。
スコアラーといえど、未知の存在に遭遇しては、動揺は隠せないようで、そう思うと信仰心深いあの少女の方がルークに話しかけたりと度胸が据わっていた気がする。
ダアトへと連行したスコアラーはあまりの事態に拍子ぬけした男となっていたが、アッシュが捜査の手を緩めることはない。
身柄を引き渡した後も、そのまま芋づる式に仲間を捕まえ、レプリカ関連施設を破壊し回った。
これですべてが終わりだとは思わないが、少なくとも以前よりは解決の道を歩んでいて、いたちの追いかけっこのようにはならないだろう。





次にアッシュが足を踏み入れたのは、墓の前だったが、決して墓参りがしたかったわけではない。
バチカルの屋敷はルークがいなくなった日から何も変わりない。
ただ、墓が一つ増えただけだろう。

レプリカ問題は一時とはいえヴァンに加担したアッシュの問題であった。
預言者を取り締まって、やるべき事が完全になくなってしまったわけではないのだが、ダアトは当面の心配はない。
この場所に本当にアッシュが戻ってきたのは、ルークが家に戻ることを望んだように思えたからだった。
今までは、彼が帰ってくると思っていたからわざと明けていた場所だったが、今は…空虚に落ちる。
結局、複雑な気持ちでまた、この地に足を踏み入れる結果となる。
最初は、身代わりに死んだみたいなのが気にくわないだけだ。
でもそれが全ての本心ではない。
ルークが消えたからこそ、戻ってくるのだから。
そう…あの時、あの瞬間にルークは確かに消えてしまったが、でも確かにここに呼ばれた気がしたのだ。
築くことが出来なかったからこそ、彼との関係が、ここからまた始まるような気がしてならなかった。
途端、ふいに彼の存在を感じた。
「ルーク!?」
彼の気配を、察して思わず名を呼んで後ろを振り向く。
「あら、アッシュ。お帰りなさい。」
そこにいたのは、母親であるシュザンヌであった。
どこまでも優しい母親が優雅な笑みを携えて、息子を出迎える。
戻る…と旨書かれた手紙はもらっていたから、この場にいることに驚きは感じない。
だからこそ、まるで数時間前に出かけたのから帰ってきたような口ぶりをするのが、母親としての務めだと思ったのだ。
「……母上。ご無沙汰していて、申し訳ありません。」
間違えたことに苦笑しつつ、アッシュは謝罪した。
何を馬鹿なことを考えているというのだ。
彼が消え去って、ローレライとの連絡を取ることもできず、完全にいなくなってしまったのは完全同位体の自分が一番よくわかっているじゃないか。
それでも引きずろうというのか。
失って気がついたものの、あまりの大きさに驚くのばかりだった。
彼と母親とを間違えたのは、望んでいたのと、半分遺伝子が通っているからだろう。
「ふふ、いいのよ。今日まで長かったけど、これからは、屋敷にいるのでしょう?それだけで十分よ。」
シュザンヌは一言で物語る。
色々と言いたいこともあるだろうに、それでも長くてもそれだけで良かったのだ。
生憎、今日父親であるファブレ侯爵は所用で長期的に出掛けているとアッシュは知っている。
確執のあった昔とは違い、たまの手紙をやり取りする仲に戻れた。
いや、預言に惑わされなければ、本来は家族三人仲良くいられたのかもしれない。
それでも、預言があったからこそ、生まれた命があった。
「俺は今まで親不孝者でした。父上が帰ってきましたら、また三人で暮させて下さい。」
本来ベルケンドを統治するファブレ公爵家は、預言に詠まれたルークのことがあってバチカルの屋敷で生活していた。
長い間過ごしたここに残るのでもいいし、生まれた時のようにベルケンドで暮すのでもいいとアッシュは思った。

「いいえ、三人ではなく…四人なのよ。」
ゆっくりとアッシュへと歩み寄るシュザンヌは、確かにそう言った。
アッシュは何を言われているのか直ぐには理解できないで立っていると、シュザンヌに左手を取られた。
いつまでも暖かいぬくもりを感じる母親の手は、そのままアッシュの手を掴んだ。
そしてその手をシュザンヌ自身の腹部へと持っていく。
「母上…まさか………」
そう言われてみれば、少しふくよかな……でもまだそれほど目立つことのない、その場所にいるのは。
そして何より自分が感じた彼の存在に、嘘いつわりがなかったとしたら。
「この子もいれてあげてね。まだ、男の子か女の子かもわからないんだけど。」
コウノトリが運んできた存在。
シュザンヌは自身の腹部をさすって、いとおしむ。



「…きっと、赤毛の男児ですよ。」

ああ、間違いない。
彼の居場所はここだった。
あのアッシュが見知った、ルークだった。











廻る。巡る。輪廻。
たとえ、この身が朽ち果てようとも、真の意味での始まりは、またある。
二人の必然。
僕らは必ず出会うと、決まっているのだから。















アトガキ
これにて、このお話は完結です。
本当は、アッシュとルークが協力してスコアラーを捕まえるというエピソードがあったのですが、話の軸が変わってしまったので挿入できなかったことが、一つだけ口惜しいです。
終わり方についてはベタでしたが、やっぱりアッシュとルークは引き離れない運命にあると信じています。
さほど長い話ではありませんでしたが、お付き合いくださってありがとうございました。
2009/05/04

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