[PR] 産業医      ル フ ラ ン     
  レイ  1










ここは遥かなる高みの音譜帯。
どこまでも続く無限の空間の中は、明るいばかりの世界。
そんな中、いつものようにルークは空を見下ろすようにオールドラントの地に思いを馳せる。
それしか今は出来ない存在だから。



「また、ここにいたんですね。」
雲の上に座り込むようになっていたルークに微笑みかけるように声をかけたのは、イオンだった。
ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「イオン。今日の分の仕事が終わったのか?」
「いえ、今のところは待機中です。」
そう言いながらイオンはルークの横にちょこんと座った。
軽く身体は沈むが、客観的にそう見えるだけで本当は浮いている。
彼ら二人の肉体はもうどこにもないのだから………

音譜帯での生活に関しては、ほんの少しイオンはルークの先輩に当たるのかもしれない。
ルークがここに来たのは最近で、具体的に言えばエルドラントが崩壊して二年が経った後だった。
ここからは下界にあたるオールドラントではオリジナルであるアッシュが無事に帰還を果たしたが、ルークの存在は宙に浮いたままだった。
ローレライの解放と共に体内の第七音素を全て失ったので戻りたくても、戻る身体も力もない。
そんなルークの魂をローレライは拾い上げるが、ルーク自身には未練がありそのまま天に成仏をすることも出来なかった。
見かねたローレライは、第七音素の管理を手伝うように言った。
それは小さな第七音素集合体になった幽霊ルークには最も適したことであった。
主な仕事はオールドラントの第七音素を的確に循環させること。
第七音素の力で物を動かしたりするのは、一般人には目視できないことなので下界では奇跡と呼ばれる。
すでにローレライの近くには元レプリカであるフリングスやイエモンやイオンやマリィが働いていた。
レプリカなのでオリジナルの記憶はないが人格は同じで、皆意思が強かったため残った者達だった。
そんな中イオンはレプリカとして下界にあり続ける期間が長かったため、もちろんルークのことも覚えていて、こうやってよく話をする相手だった。

「イオンは下界にも降りたりするんだろう?いいよな。」
愚痴にもなってしまうが、か細くルークは言ってしまった。
…雲の隙間がほどよくありオールドラントが一望できるので、ここはルークのお気に入りの場所であった。
第七音素集合体になったとはいえ、ルークにローレライほどの力は微塵もない。
視野も人間だったときと一緒なので、オールドラントよりかなり上空にあるこの場所から細部まで下が見渡せるということはなかった。
それでも、膝を抱えても見つめる先がある。
「ルーク…」
目を伏せるようにイオンは呟いた。
「わかってるんだ、下界での仕事はそんなに楽じゃないって。それでも…」
言葉は最後まで続かないが、イオンにはその先が痛いほどよく分かった。
それでも慰められるような良い言葉が浮かばなかった。

「話し込んでいるところ、すみません。」
二人の背後から聞きなれた声が飛び込む。
振り返るとそこにいたのは、フリングスだった。
マルクト軍に所属していたときは少将という籍にあったが、それでも堅苦しくもなく優しい人だった。
今目の前にいる彼はオリジナルではなくレプリカなので、同一人物ではないが元来の優しさはやはりあるのでルークはとても親しみやすく感じていた。
「ローレライがイオン殿を呼んでいました。いつもの場所で待っているようです。」
「そうですか。わざわざありがとうございます。ではルーク、また。」
名残惜しくあったが、ふわりと立ち上がってイオンは一礼をする。
「こっちこそ、付き合ってくれてありがとな。」
左手をあげてバイバイと手を振った。
フリングスもイオンもルークを気遣って言葉を濁したが、多分下界での仕事が待っているのだろう。
諸々にもよるが、一度正式な仕事が入ると数日…長いときは数週間は音譜帯に戻ってこない。
第七音素集合体となった今、特に危険があるようなことはないとわかってはいたが、それでもルークは無事を祈る。
祈る先がいつも直ぐ近くにいるローレライでもだ。
浮き上がったイオンは足を動かす必要もない存在で、流れるようにローレライの待つ場所へと一目に向かった。

「行っちゃったなぁ。あ、フリングス将軍は今忙しいですか?」
「ルーク殿。私のことは呼び捨てでいいのですよ。」
今度は微笑みながらフリングスはそう言った。
「つい癖で…やっぱりそう呼ばれるのは嫌ですよね。」
オリジナルの記憶がない彼にとっては、役職を付けられるのが不愉快かもしれないと、ルークは思い直した。
「いえ、そういう訳ではありませんが。今は将軍ではないので、そう呼ばれるのが少しくすぐったいだけです。出来れば敬語もなしでお願いします。」
「フリングス将軍の方こそ、俺を殿付けしているし敬語ですよ。」
そう指摘されてあっとフリングスは口を押さえた。
「すみません。気質というか、これも癖ですね。なかなか善処出来なさそうです。」
「俺もそうです。」
二人して軽く笑う。どこまでも柔らかい笑みは偽者ではない。
この何者の害も及ばない空間では、常に笑っていられるのだとわかっている。
それでも求めてしまうものがあるのは贅沢な証なのだろうかと、思う。
忘れきれない失ったものがあり続けるから。
「また、下界の話を聞いてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。あまり楽しい話ではありませんが、必要とあらば。」
フリングスの優しさに甘えて、ルークは毎回下界での仕事の話をせがんでしまう。

てっきりローレライを解放して預言の呪縛をオールドラントから解けば、全ては終わるのだと思っていたが、そうではなかった。
混乱した世界はそう簡単には顕著な道に戻りはしなかった。
未だダアトは統制されておらず、不正に預言を詠む者やローレライへお告げを求めるものが多々いた。
ルークと同じくローレライの手伝いをすることになったフリングスの仕事は、預言を詠む者を欺くことだった。
預言を詠ませるのを防ぐことは、肉体のないフリングスには不可能なことだった。
出来る事は信頼を失墜させること。
預言を悪用するもの、預言にすがるもの、その全てが叶わないようにしむける物悲しいことをしなくてはなかった。
彼らは預言から解き放たれて自立していかなければならないのだ。
全てを排除しろとは言わないが、このように神頼みになってはいけなかった。
ある預言者が一人の男に「西へ向かえば大金を拾うだろう」と預言を詠む。
ならばフリングスは先回りし、そのようなことが必ずないように細工をしよう。
いつかはあきらめて、預言にすがるようなこともなくなり、預言者の信頼も失墜するだろう。
実際、第七音素が減少しているオールドラントでそれほど正確な預言を詠める預言者は少なくなっているのだから、これは自然の成り行きでもあった。
自分たちのやっていることは、ほんの少しそのスピードを速めているに過ぎない。
それでも早ければ早いほど進む道も開かれるであると、思っていた。

「………と、今日の仕事の話はこれで終わりです。」
とてもわかりやすく概要を話したフリングスはそう言葉を締めた。
「ありがとう。いつも我が侭聞いてくれて。」
「いえ、私にはこれくらいしか出来ませんし、案外話す相手がいるというものはいいものです。たまに、自分のやっている行動で本当に人は救われているのかと悩むことがありますから。ダアト…はともかくとしても、キムラスカとマルクトはまだ全面的に預言を排除する方向へと向かっていませんからね。」
珍しく表情を曇らせてフリングスはそう語った。
人々に祈りすがられて、望まれていることを踏みにじっている。
何も知らないオールドラントの民にはそう見えても仕方ないことをしている。
少しフリングスが手を貸せば逆に叶える事だって可能…という誘惑に後ろ髪をひかれたこともあった。
「うん、知ってる。今までずっと預言に頼ってきた人たちに、いきなり預言を信じるなと言って簡単には押し付けられないってわかってる。」
「各国共に、王位に付く者や上層部は同意しているらしいですけど、戦争を起こしてしまったことでこれ以上民衆に過度の不安を抱かせるようには出来ないみたいですね。この前もキムラスカで預言に対する取り扱いで一騒ぎがあったようですし。」
「キムラスカか…」
懐かしすぎる場所をルークは呟いた。
生まれ育って、生きている間の大半をあの地で過ごした。
そして今はそれ以上に大切な人たちがいると思われる場所になっている。
「あ、ルークは下界に下りられないのでしたね。不安にさせるようなことを言ってしまい、すみません。」
ルークがキムラスカの王族出身なことは、いくどかした会話の中でアスランは知っていた。
だから不用意な言葉で失言に当たってしまったと、謝る。
「感傷的になって、ごめん。俺のことは別にフリングス将軍のせいじゃないですから、気にしないで下さい。」
そう明るく声だけは出したが、内心は何も変わっていないと、バレバレだった。



他のみんなは下界に降りて方々の仕事をこなすが、ルークだけは下界に降りることが認められておらず、いつも音譜帯での仕事ばかりだった。
ルークが下界に降りられないのは理由があった。
音譜帯に上ったレプリカは皆、死亡している。
それなのに当人のオリジナルだけには姿が見えてしまうのだ。
ルークはオールドラントに、まだオリジナルが生きている稀有な存在。
万一、近づく事があったら姿を隠すようにと。
死んだのだから、存在を気取られてはいけないと厳しく言われていた。

こうやってまだ世界の役に立っていると思うだけで幸せだと思わなくてはいけないのに、それ以上を求めてしまうのは手を伸ばせば届いてしまうから。
その歯がゆさばかりが残っていた。






ルークが最も会いたいと思っている人物こそ、一番会えない人物なのだ。
















アトガキ
2008/03/23

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