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  年生












「ガイラルディア。この書簡をインゴベルト陛下に届けてくれ。」



なんでもないかのように軽くその言葉を放ったのは、この国の最高権力者であるピオニー九世陛下であった。
ゆったりと腰掛け、命だけを称える。

所用があるといきなり謁見の間に呼ばれ、そう言われてガイは。
玉座の前だったので、短に「はい。」と答えるしかなかった。






謁見の間を退室した後ほどなくすると、書簡がガイの下に届けられ、その詳細も伝えられた。

書簡の中身を知り行くと、火急ではないという節が加わる。
そして、この役目は自分ではないもっと適任の者がいると、ガイは漠然と思い当たった。
それなのに、ピオニーが自分を指名したのは、この行き先がバチカルであるからだろう。
気遣いであるのだろうと思いたいが、もしかしたら安直にそのままな皮肉を含めているのかもしれない。
自分は、そんなに気落ちしているように見えるのであろうか。
一年前のバチカルのファブレ公爵邸からとは、がらりと生活が変わって今に至るから。
ここに改めて籍を置いてから、初めての遠出。



もうすぐ、ルークがティアと共に擬似超振動にてタタル渓谷へと飛ばされて、丸一年となる。

変わらない筈の日常が変わった日。
それがルークのほんのわずかな自由な時間で、結局は数ヶ月しか持たなかったかと思うと、拭い切れない。
その期間でさえ怒涛で、自由というのは名ばかりである。
記念日にこだわるなんて、女じみたこと、いままでした記憶はなかったのにな。
同時に、あの全てが終わったエルドラントから帰還をして、一ヶ月半が経つことになる。
しばらくどころか、ずっと…崩れ行く放とうのエルドラントを見ていた。
それさえも、終わった時。
有り余る瓦礫の山は墓標となり、ルークの姿はなかった。

それを求めていたのに。
途方もなくそれを探し続けても、何も変わらないとわかっていたから、本能が自然にそれをやめた。

長い付き合いだ。
親以上の親を持っているとさえ感じる。
どういった方法をとったとしても、忘れることなど出来ようか。



そして、思う。
なぜ、ルークは戻ってこないのだろう。と。
誰もが待ち望んでいるのに。

ルークが外にいることのできた時間は、今まで自分などと屋敷で過ごした時間をも超越したぐらいだったのかもしれない。
その、凝縮されたリバウンドが今という結果なのだろうか。



ルークが戻ってくるのが無理だなんて、思ったことはただ一度もない。
だから、これが彼の望みなのかもしれない。








このとき、そのことは曖昧にしかわかっていなかった。



















そしてガイは、光の王都であるバチカルのこの地へと足を下ろした。



見上げる目的地である場所は、雲のような霧のような霞がかかっている。
そんな中を過ぎる風たちは気持ちよいのだろうか、とふと思う。
しかし、そんなことは過ぎる程度で、果たすべきことを果たすことに、また意識がいった。

正規の手続きを経てバチカル城へと赴き、承った書簡を据え渡す。
それは呆気ないほど簡単に終わってしまうものだった。
ぽっかりと、穴が空く。
それとわかっていたのに、思い返すのはなぜか。



そうしてやはりというべきに、次に訪れたのはファブレ公爵邸であった。
長く居ついた場所であり、ガイ自身のひとつの決別の場所でもある。
踏み入れて用を伝えると、アポなしのわりにあっさりと屋敷内に入ることを許可された。
全ての者が事情をわかっているわけではないが、元同僚や見知った白光騎士団やメイドなど、築いてきた人脈が流れている。

かつては自分の父の剣や多種多様な装飾具が飾られているロビーにて、しばしの時を過ごすように空間に浸っていると
「ガイ。久しぶりね。」
メイドの知らせを受けて、わざわざ自室から来てくれたのだろう。
応接室の方から赴いたシュザンヌが、声をかけてきた。

「ご無沙汰しております。」
まさかここまで来てくれるのだとは思わず、ガイは使用人時代にも多用していた深いおじぎをまた、した。
これでも、仮面を被っていない、初めてきちんと挨拶をしたような気がする。
全てが露呈して、敬遠していた部分はやはりある。
直接的要因ではないとはいえ、連帯という殺意。
順繰りしてきた心に巣食う闇が全て吹き飛んだかと聞かれたら、全てを肯定する自信はないから。



「主人は出掛けているの。ここでは何だから、ルークの部屋にでも行きましょうか。」
ファブレ公爵不在を伝えつつも、シュザンヌは直ぐの移動を示した。

今日がどういった意味合いを持つ日なのか、それはわかっていたから、ガイがここへと訪れた理由が察せられた。
ガイはそれに対して直ぐに返事は返さなかったが、シュザンヌはあっさりと踵を返して先に行ってしまった。
ついて来いという意味合いとは少し違う。
屋敷のルークの部屋など、ガイは目をつぶったって行ける場所なのだから。










しかし、さすがにそこは許可が無ければいけない場所。
季節の花が色とりどりに咲き乱れる中庭を抜け、ガイはかつて通い慣れたその扉を開いた。



何かが心に押し寄せた筈なのに

その部屋は自分が出て行ったときと何の変わり映えもない、変わらずにあった。
彼の戻るべき場所はここだと示すかのように。

ガイ自身も、ここまで来ると懐かしいという気持ちさえ、忘却の彼方に旅立つようになっていた。
そして記憶を、走馬灯のように一瞬だけ思い出し、そして直ぐ消え去る。



「やっぱり、あなたにここは辛いかしら。」
呆然と突っ立つ形となったガイを見て、先に部屋に入っていたシャザンヌがそう言い放った。

「いえ、多分そういうことで敬遠していたわけではないと思います。」
むしろ自分へのエゴ。
崩れた日常という現実を真の当たりにはしたくなかった。
見知った場所であるからこその。
ある程度の気持ちの整理をつけて来た筈なのに、やはり甘い。
脆くも揺さぶられた。



そのガイの返事を本当の納得のようにシュザンヌは聞いた。
そしてその足を、清らかな風が舞い込む窓に近寄らせた。
換気の為に開けているであろう窓だったが、何と心地の良い風が送られてくるのだろう。
そのまま窓際に置かれた日記に、そっと手を触れた。
正直、綺麗とは言いがたい。
屋敷にいたときとは違う、使い込まれたそれは過酷な旅もあいまってこの部屋自体には少し見劣りする部分も持っていた。
しかし、それが何よりも大切な証。

このルークの本当の日記が始まって一年が経ったのに、一年全てが埋まったわけではない。
書き手がいなくなったのだから。



「あの子たちは仲良くしているかしらね。」

譜石帯が浮かぶ空を見つめながら、シュザンヌはひっそりと呟いた。













ああ、そうか…
やっと、ガイは確信をすることが出来た。
それを認めることが出来た。


あのルークに必要なことは、生きるとか死ぬとかそんなことじゃないんだ。





そう、ルークは戻って来れないんじゃない。
自分の意思で戻ってこないんだ。





この世界には用がない。
先に行ったもう一人の彼の後を追い続けるために。
何よりも大切なものの場所へと飛び立った。








それが掴めたのかなんて途方もないから、もしかしたらこうやって自分が待つのは無駄かもしれない。

でも、もし彼がこの世界に戻ってきたとしたら、その時は一人ではない。



だから、俺はその日を待ち続けよう。
永久の時を刻もうが。








ただ、一言

「遅かったな」

と、言うために。
















アトガキ
二人で戻って来て下さい。
2006/12/15

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