ND2021・ルナリデカーン・イフリート・38の日
全てが終わり、全てが始まりし、時。
オールドラントのほぼ中心部に位置するユリアシティの情景は、今日も変わらずであった。
徐々に目に見える発展を遂げる他の街とは違う独特の雰囲気を保つ。
創世暦時代に建築されたモニュメントに近いこの建造物が変化を遂げることは、今後もそうはないであろう。
そんな自然とはかけ離れたような場所に唯一の例外がある。
市長であるテオドーロの孫娘、ティア・グランツの自室から続く裏庭。
本来、草木が育つような場所ではなかったのだが丹念に土台を造った結果、セレニアの花々が何とか咲いた。
天からは、それほど明るい日は差し込まないので、夜の光を一身に集めて成長している。
その、むせ返る位に満面に咲き誇るセレニアの花畑の中心にひっそりと佇む一つの石碑。
よく見ると手入はされているのに、その影を潜むように置かれている。
その目の前に集まったのは、かつて墓に名を刻んだ者をその手で天へと導いた者たちだった。
かすかに合いまみれる風を背に受けながら、全員で黙祷を捧げる。
「みんな…今日は来てくれてありがとう。これで、兄さんも少しは浮かばれると思うわ。」
鎮魂歌の役目を果たした大譜歌を歌い終えたティアが、向き直って皆に向かって言った。
月日が経つということは、本当に早いものである。
兄であるヴァンが本当の意味で亡くなって、ちょうど三年の歳月が過ぎた。
「そうだな。今のこの世界を見てくれれば、ヴァン師匠もわかってくれると思うよ。」
慰めるように、ルークがそう言った。
いくら気丈に振舞おうとも、たった一人の最愛の兄をティアは亡くした。
それも、自らの手で。
この傷が癒えぬことはないであろう。
ルーク自身も、たとえ騙されたのだとしても、ヴァンといた時間が楽しかったことは紛れもない事実であったし、救われた部分だってたくさんあった。
いつか、師匠も俺を認めてくれるだろうか。
誰も崇めようとはしない、一時の栄光を掴んだ者。
せめて……………
少なくとも、俺たちは彼を忘れない。
こうやって、また一つの区切りが付こうが、忘れぬことなど出来ぬことであった。
「結局、俺たちは倒すという方法しか取れなかった。俺たちの意思を理想を押し付けた形になるのかもしれない。それでも、俺たちはこの道を選んだんだ。これからの未来を築いていく責任がある。」
宣言するようにアッシュが言った。
説得することが出来なかった。
ヴァンを倒した場面にアッシュは居合わせなかったが、あの時はレプリカであるルークと同調したため、どんな様子だったか記憶には残っている。
自分自身に後悔はない、と思う。
ヴァンと志を共にした奴らもいる。
それは、六神将をはじめとする誰もが神託の盾騎士団に属するもので、それまでのアッシュの身近にいた者たちばかりであった。
裏切り者といわれ恨まれるのなら、この身に受ける覚悟だってある。
一時はアッシュも志を同じくしたが、道は分かたれて生き伸びてしまった。
あの時は、生きたいとは望まなかったのに……生きろということなのか?
代わりに見届けることぐらいは、してもいと思った。
だから、それに恥じぬ世界にしていく義務があった。
自らの手で選ぶことの出来る未来、胸を張れる世界、を築いていく。
「たった三年で、マルクト帝国とバチカル王国が直接貿易をするまでに至ったのは、紛れもなくダアトの仲介があったからです。少しは自信を持って、良いと思いますよ。」
ここまで国境が開けたのは本当に恐れ入ったとかぶりを入れて、ジェイドが言った。
「関税の問題は早々には解決していませんけれども、往来する船が増えたおかげで主点であるケセドニアも潤いましたし、レプリカの街が盛んになったおかげで、世界の総生産も増えました。各地がどんどんと進化していますわ。」
ナタリアが、視点を広げてジェイドの言葉を続けた。
世界は繁栄の方向へと進んでいる。
「ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。おまえが望んだ未来の姿は、これで間違っていないよな?」
それはまるで報告をする様に、尋ねる様に、ガイが石碑に向かって言葉を上げた。
かつて主人と剣を捧げられた相手。
その時の期待に応える事が、今出来るガイの弔い方法なのかもしれない。
譜石に刻まれたその名を付けられ、預言に一番踊らされたのは、ヴァンだった。
しかし、同情はしない。
それにしては、あまりに多くの血を流しすぎたのだから。
そして、そんな彼の行動があったからこそ、世界は変われた。
「ザレッホ火山でイオン様が詠んだ第七譜石は実現しなかった。オールドラントは預言の呪縛から解き放たれたんだと、私は思いたいよ。」
明確な確証などないがそう思い、アニスが口にする。
これは、この場に居る全員の思いを代弁したものでもあった。
ND2019、ND2020共に、平穏無事とは言えないが、それでも混乱が巻き起こるようなことはなかった。
アカシックレコードは費えたのか?
預言に囚われない道を人は歩んでいる。
そして、あのアッシュとルークでさえ、この世界に戻ってきたのだ。
ヴァンには先見の目があったのかもしれないが、ここまで予測は出来なかったであろう。
未来永劫にこの平和が続くとは、言わない。
それでも、分かたれた道を選んだ、この世界を見て欲しかった。
見守っていて欲しいというのが、正しい表現なのかもしれない。
ヴァンの墓参りが終わり、時間のある限り皆で談笑をしたが、それは長くは続かない。
そろそろ、帰らなければならない時間帯となる。
ユリアシティの船着場から、各々の場所に帰るためにまた集まりが出来た。
以前のユリアシティには見られなかった光景である。
現在の世界が置かれている場所でもある魔界にユリアシティしかなかった昔は、船での行き来など夢のまた夢であったが、今は世界の中心の場所としての役割も多く、そこそこの往来がある。
この大人数、ずっと居ては邪魔になってしまう。
「ルーク。今日、みんなに集まってくれるように声をかけてくれて、本当にありがとう。」
最後にまとめるように心から喜んでティアが、礼を述べた。
何だかんだといいつつ今回は集まることが出来たが、ふだんは皆仕事を持つ忙しい身である。
こうやって全員が集まるのも、実はレプリカの街の竣工式以来であった。
集まれたのがヴァンの命日というのは、ティアとしても本当に嬉しいことであった。
風化するとは思っていないが、自分をはじめとして誰かの心には残っていて欲しかったから。
「そういえば、ルークが言い出すっていうのも珍しいな。」
こんなに気がきくようになったのは成長した証であろうなと、父母的親愛の目を向けながら、ガイがしみじみと言った。
「先日やっとバチカルにもいらして下さいましたよね。叔父様や叔母様は元より、お父様もとても喜んでいましたわ。」
あれも随分と突発的な行動であったと、ナタリアも言う。
地位という責務がある為、それほど自由に動けないのがやはり口惜しいときがある。
インゴベルト陛下もファブレ公爵夫妻も、外交的問題でそう簡単にはバチカル国外に出られない身である。
手紙のやり取りはしていたとはいえ、非公式にアッシュとルークがバチカルを訪れたのは本当に久しぶりであった。
「あ、うん。今日集まってもらったのは、俺がみんなにも会いたかったから、かな。」
自分にも節目がついたからみんなの顔を見たかったとか、そんな曖昧な理由は言えなくて歯切れ悪く、ルークがそう応えた。
視線は真っ直ぐではなく、やや斜めに落としている。
「そうだ。言い忘れていたけど、アニスちゃんはケセドニアに届け物があるから、アッシュとルークでダアトに帰ってね。」
私的出かけついでの仕事。
ちゃっかり者のアニスらしい行動であった。
「え……二人きりで?」
行きは、アッシュとルークとアニスで船に乗ってここまで来た。
帰りは二人きり…
その事に、ルークは先ほど以上の戸惑いを見せた。
ふいに、アッシュとルークの視線が交差する。
しかし一瞬だけ……先に視線をはずしたのはルークの方だった。
「すみません。私も言い忘れていましたが、少々調べたいことがありますので、これからダアトに同行させてもらいたいのですが、構いませんか?」
そんなルークを射抜くようにジェイドが進言した。
「なんだ。旦那も一緒にグランコクマに戻らないのか?」
「有給とっちゃいました。戦争でも起きない限り、軍人は暇ですから。」
共に来たガイの問いかけに、ジェイドは軽く答えた。
ジェイドのような職業につくものが暇であることは、本当に世界が平和な証なのかもしれない。
人間間の争いが少なくなったとはいえ魔物の脅威は未だあるから、そういった方面に特出すればまさに理想だと言えるであろう。
いつか、軍人などという肩書きでもなくなる日が来るかもしれない。
「別に構わないけど、ジェイドがそんな含みのある言い方をするのは久しぶりだな。」
冗談を交えた中にも、かつて旅を共にしたときのような鋭さが見え隠れして、ルークは素直にそれを口に出した。
そして、一つの安堵を落とす。
アッシュはその動作を見落としはしなかったが、口には出さない。
「大丈夫だとは思いますが、念の為にです。」
本質までは語らずに言葉を返す。
こういったジェイドの口ぶりはいつものことなので、普通に聞いている分にはさして気に止まらないことであった。
「そっか。じゃあ、俺はそろそろ………みんなも、いつでも遊びに来ていいんだぜ。たまには顔を見せてくれよな。」
グランコクマ行きの船が一番に出港しようとする。
名残惜しくもそう言い残して、颯爽とガイが去った。
「「じゃあ、私たちも。」」
そして、バチカルとケセドニアに向かうナタリアとアニスも、別れの言葉を残してそれぞれの船へと向かった。
ティアも街のほうへと戻っていくのかと思いきや、見送ってくれるようで岸に居てくれるのが見える。
「ダアト港行きの船はこっちだな、行くぞ。」
きびすを返して、アッシュが先頭に立とうとした。
「あ…俺、先にチケット買ってくるから、待っててくれよ。」
有無を言わさずに、ルークが駆け出す。
アッシュを遮り、早々に行ってしまった。
「おいっ!」
アッシュがそう声をかけたときには、ルーク姿は豆粒のようになってしまっていた。
残るのは一陣の風のみ。
そのあわただしい様子に、アッシュは一つため息をついた。
「そろそろ、二人が個別になって一年が経ちますね。」
頭を少しだけ抱えるアッシュに、後ろからジェイドが問いかけた。
「それが、どうかしたか?」
何だかとても今更で当たり前のことを言われたので、アッシュは軽く返した。
アッシュでありルークでもある存在がエルドラント以来に皆の前に姿を現したのは、ルーク・フォン・ファブレの成人の儀の日である。
それから何日間かは、アッシュが表だって姿を表そうとしなかったのだが、コーラル城にて二人は個々の身体を得て今に至っている。
特にその日を意識などはしたことなかったので、ジェイドの言葉にアッシュは少しの違和を感じた。
「いえ、言ってみただけです。…何か、変わりはありませんか?」
アッシュの疑問には答えない。
別の新たな質問をジェイドは重ねた。
「ある…と言ったらどうする?」
冗談ではなく、重い口調でアッシュは返した。
まるで、そう言われる事がわかっていたかのように。
「話したくないなら、話さなくてもいいです。」
ルークの良い影響もあって、以前よりはアッシュは丸くなったと思っていた。
しかし、どうだろうか。この口ぶりは。
それは…思い違いだったのだろうか。
「ルーク、遅いですね。様子を見にいきましょうか。」
別段急いでいるわけではなかったが、このまま沈黙していてもアッシュの二の句を期待出来るとも思えなかった。
とりあえずこの場は終了にすることとしようとして、言葉を区切る。
やがて、二人は微妙に足並みを揃えた。
「お客さん。チケット、買わないんですかい?」
目の前の売り場に居る船員にそう言われて、やっとルークははっとして気がついた。
そういわれるのも仕方のない。
随分と淡々とした時間、ここに立ち尽くしていたようだったから。
「すみません。買います。」
促されて、ようやくルークは手続きを済ませた。
ダアト行きの便がそれほど出ていないというわけではないが、あまり遅くなるはルーク自身が一番困ることであった。
声をかけてくれた船員に礼を言って、少しその場から離れる。
波うつ海を、目的もなくただ見据える。
「駄目だな…俺。」
そう、一人っきりの場所でぽつりと呟いた。
こうやって思いつめても、何の解決もしないことは自分が一番良くわかっているのに、考えても仕方ない。
それでも考えるのは、やはりアッシュのことで、思考が魅了されている。
そう…どうしてもっと自然に振舞えないのだろうか。
気がつかれてしまう。
いや、ぎこちないことは既にバレている。
彼を騙すなんて、これで本当に出来るのだろうか。
これは…エゴなのかもしれない。
でも、それでも、隠し通さねばならない。
この事実だけは………
だから
一度は変わると俺が決意をしたこの場所で、本当の決意をして
ここからもう一度、始める。
そして、終わる。
本当の覚悟を、ルークは今ここでようやく決めた。
「ルーク。」
その背後から、慣れた声質でその名前を呼ばれた。
いつもと何ら変わりのない様に思えて、立ち振る舞おうとする。
くるりと、きちんと振り返った。
ルーク自身は、そのつもりだった。
ぐらりっ…
その場でルークの視界が、暗転する。
そんなことないとわかっているのに、世界が回るように思えたが、それさえも直ぐに曖昧となってしまう。
(ルーク!)
また続けて、名前を呼ばれたような気がした。
今度は緊迫をした音域で。
大丈夫だと、答えたかったのに、直ぐには声が出せなかった。
こんなときに…
そのまま、ルークは意識を手放した。
アトガキ
アッシュとルークの仲が微妙ですが、紛れもなく鏡にうつった約束の続き話です。
宜しかったら、これからお付き合い頂けたらと思います。
2006/10/23
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