バチンッ!と、ルークは頭を叩かれた。 意識もしていなかった衝撃に、そのまま首と共に頭は逆方向に流れた。 痛い。 元々がぼんやりとした頭になっていなかったら、確実にその突くような痛みを実感したであろう。 悪意ある攻撃だった。 「おい、起きろ。」 聴いたこともない男の低い声が降ってきて、命令がかった。 不快を感じたもののルークが仕方なく瞳を開けると、そこは真っ暗だった。 視界が開けたというのに暗い世界は変わらずなのが、余計に意味がわからない。 加えて頭の働きが悪く、よく思い出せないでいた。 ここは、糸遊のごとくおぼろげに見える造りからしてバチカル城の一室? 暗闇で色の識別などはもちろん出来ないが感触的に、先ほど廊下を歩いていた際に敷かれていた絨毯と同列のものの上に居るようだ。 別に汚いわけではないが、床の上に座っている状態な理由が、やっと思い出せてきた。 そうだ。自分は少し前まで王城の廊下を歩いていた。 そして、この目の前の男に、何かを嗅がされて…急に眠くなった。意識を失った。 ずるずると身体ごと引きずられて、近くにあったこの部屋に連れ込まれたことだけは、何となく感覚としてあった。 少し頭がまともになってきたので、ルークは立ち上がろうとしたが、後ろに詰まるように引っ張られた。 いや、正確には違う。 身体の自由が利かないだけだった。 「ちょっ…何だよ、これ。」 ルークの両腕は、後ろ手で布か何かで縛られて固定されていた。 無理やり外そうと乱雑に動かすが、摩擦が起きるだけで頑なにそのままであった。 「やっと、自分が置かれた状態がわかったようだな。」 再び、男の声がかかった。 この暗闇では、相手の男もルークが起きたのかどうか判断がつかないでいたので、ルークが戸惑いながら話し出したおかげでやっと起きたのだと判断をした。 「おまえ、誰だよ?こんなことして、目的は何だよ。」 相手には伝わらないだろうが、ルークは目をキッと強めて言った。 声質から若い男、という識別は出来るが本当に知らない相手であった。 部屋に明かりがともされていなくても、せめて外が月夜ぐらいであれば顔の識別くらいはついたかもしれないが、いまだ雨が降り続いている状態で、大まかな人間という輪郭しかつかめない。 ともかくルークにはそんな相手に、こんなことをされる身に覚えはなかった。 「偉そうな口を利くな!たかが、レプリカの癖に。」 ルークの物言いが気に障ったようで、男は神経質に叫んだ。 途端ルークは、ああそうか…と納得しながらも、血の気が少し引いた。 観念したかのように、理解をする。 今までも散々きいてきたことのあることではあったが、久しぶりにその罵倒を聞いてしまった、この耳で。 こうやって無事にバチカルへと戻ってきてから今まで、アッシュをはじめとして周りに守られすぎていたことを実感する。 大切にされていた。されすぎていた――― これが、すべてが妬みだとは思わない。 自分自身は、ぽっと出の存在であることは確かで、そう簡単に認められるとも思ってはいないけど。 この男のように、直情的に行動に出るのはほんの一握りだろう。 レプリカという存在に対して、嫌悪を抱く人物は本当はもっとたくさんいることを悟った。 「むかつくんだよ!ちやほやされて。俺がどれだけ苦労をして貴族でいられると思って嫌がるんだ?」 一般大衆から見れば、貴族は憧れの的である。 それも誰もが望んでなれるようなものではなく、持って生まれた家柄が大抵は作用する。 その貴族さえをも上回るのが、王族… 努力は何も必要とはしない、血筋だけの存在と思われている。 本当に一握りの存在で、ましてや直系となるものの存在は計り知れなかった。 そんな存在に、ルークはあっさりとなってしまった。 簡単に王族になった…みたいな印象を受けるのは仕方ないことでもあるのかもしれない。 「それで…気が済むまで俺を殴るのか?」 さっきみたいに。と、ルークは隔意ある言葉で言った。 殴られるような趣味は毛頭ないが、レプリカという事実だけはどうしようも出来ないから、それで終わるならいいと思った。 そんなくらいの肉体的苦痛ぐらい耐える自信はあったから。 「そうしたいのは山々だが、身体に傷をつけると周りが不審がるからな。」 そう言いつつ、男は更にルークに近づいてきた。 何も見えない中、手が伸ばされたのはわかったのは、着ていた上着を掴まれ引っ張られたからで。 きっちりと着込んでいた礼服の前が開かれ、ルークの肌が外へとあらわになる。 「な、触るな!」 「これなら、公爵様にも訴えられないだろう?」 この意味がわからないわけがない。 わざわざ拘束したのはこれが目的かと、悪寒が走った。 こんなこと…冗談じゃない。 比較的自由な方であった足で蹴り上げようとしたが、それが適う前に男はルークに重くのしかかり、太ももと足の付け根を押さえ込まれる。 「やめろ!放せよ!!」 かろうじて動かせるのは口だけで、反抗の意を示すが効き目があるわけない。 陵辱に徹っする男の手はルークの服を剥ぎ取り、身体を強く撫で回してきた。 腰へ手が回されると、身震いなんて度合いじゃないくらい、ぞっと気持ち悪くなる。 これから起こる事実を考えたくないのに、残酷なように時間はゆったりと進んでいた。 男はある程度の感触を味わうと、今度はざわつく唇を胸に当てられた。 途端に萎縮して強張ると、背筋に悪寒が駆け抜ける。 蒼過ぎる青年とは言えない少年であるルークにはこんなことは、理解できない。 嫌悪だけを心に植付けられる。 やがて、這い回っていた手がなぶる意図のある下方へと進む。 びくんっ 不快を逃がすためにルークは震えた。 このまま思惑通りの成すがままになるのか、どうにもならないのかと、歯を食いしばった。 ドタンッ!!! 近くで雷が落ちたかの如くな轟音が立った。 しかし、その雷に伴うような閃光はいつまで経ってもない。 冷静に思い返すとそれば、物が激しく壊れるような音で、その証拠に、ほんの少し新しい風が部屋に入ってきた。 同時に、人が入ってくる気配がした。 もしかして誰か来たのかと、ルークはすがる様に思った。 アッシュはルークを探していた。 だが、見つからないので、周囲には気取られていないが内心焦っていた。 会中はよからぬ者が近寄らないように目を光らせていたのに、何事もなく晩餐会が終わったので、不覚にも油断をしてしまった。 しばらく御者と共に待っていたが、いつまでたってもルークはこなかった。 騒ぎになるのを危惧して、アッシュは一人で探しに行くと、しらみつぶしに王城をばっこし、行き着いた先の鍵のかかった客間から漏れる抵抗の声。 アッシュがルークの声を聞き間違えるはずがなく、気がついた瞬間には扉を蹴破っていた。 壊した瞬間、相当無茶な音が響いたが気にするはずがなかった。 一番大きいであろう扉の木片である切れ端が、近くにおかれていたらしいテーブルへとぶつかり、余計に騒ぎを立てる。 こういった場所で暗躍の任務を遂行することが多いアッシュは、それに伴い人より数段に目が慣れている。 目の前に広がる暗闇の中の晒された状況を瞬時に理解した。 ―――こんなに怒りを一瞬で沸かせたのは初めてで。 「誰だ?」 っと、突如現れたアッシュの正体にも動乱にも気がついていない男は悪びれもなく反論を言おうとしたが、その全ては叶わなかった。 次の瞬間には、アッシュに詰襟を持ち上げられて身が上がった。 のしかかっていたルークから引き剥がされると、無言で床に思い切り叩きつけられた。 落ちどころが悪かったのだろう、腕からもろに落下した男は「ぎゃあっ」と薄汚い声を出して痛みを示した。 アッシュは、そのままもだえる男を利き足で蹴り上げると、めり込むように腹に収まり、ドスッと鈍い音を立てる。 肢体が浮き上がって、再び床へと不恰好に転がり落ちる。 そして、続けざまに思う存分蹴り上げる。 「ひっ、、、や、やめてくれ!……」 搾り出した男の声に応えてやるつもりは毛頭なかったが、タイミングを見計らったように近くで雷が落ちた。 瞬間の眩しさにアッシュの足が止まると同時に、とりどりの名石で飾られた格子がはまる窓近くに居た男の顔がはっきり見える。 その照らされた男の顔は覚えがあった。 本人の名は覚えてないので家名での認識程度ではあったが、成り上がりの豪族の嫡男だった。 アッシュが、装飾用の剣しか帯刀していなかったのがこの男の一番の幸いだろう。 この腕なら、たちまち男を手にかけられたのだから。 足を止めたままアッシュに対して、男はこれ幸いとなんとか立ち上がった。 相当よろめく足元ではあったが、なりふり構ってはいられない。 おぼつきながらも、「ひいっ」と叫びながら脱兎のごとく逃げた。 俺から逃げられると思っているのか? いっそここで完膚なきまま叩きのめされた方がマシだったと思わせてやる。 男の家柄にお似合いな報復処置に、アッシュは頭をめぐらせ、あえてこの場では追わなかった。 「あの…」 部屋に二人きりとなり雷も大体の収まりを見せ始めたとき、ルークはかなり恐る恐るであったが声をかけた。 そうだと、アッシュはルークへと向きなおした。 着衣の乱れから判断すると最悪の状態だけは免れただけだったが、間に合った。 しかし歯軋りする事態に変わりはない。 こんなことが起きるかもしれないと思ってはいたが、まさかこんな公の場所で堂々と…下種な男にルークがと思うと、はらわたが煮えたぎるぐらいだった。 軟弱すぎる男は、所詮何かの力に頼ることしか出来ない。 「誰だかわかんねえけど、助けてくれてありがとう。」 くくりつけられたルークの布を緩めようと、アッシュが手をかけた瞬間、そう言われた。 “誰だ?”と、尋ねられたのだ。 そういわれれば、アッシュはこの部屋に入ってから怒りで何も言葉を発していなかったし、暗すぎる部屋でルークが判断できる材料は何もなかった。 最も、暗闇なのはあの男のわざとであろうが、確かにこれなら、誰が襲っているのか普通は分からない。 アッシュはいつもの口調で「俺だ」と、言おうとした……… が、不意によぎった考えに纏わり付かれて、声が出なかった。 ルークにアッシュは認識されていないこの状況………気がつかれていないなら。 今なら、ルークに気がつかれずに手に入れることが出来る――― ルークが望んでいる関係を崩したくはなくて、今まで表立っては何も出来ていなかった。 仲良くするのが当然という状況ばかりで、ぬるま湯に浸って、このままでいいと思っていて。 好きだからこその、壊せない関係。 本当に望んでいたものは違うのに。 俺は狡猾だった。 こんな機会は後にも先にもない。 叶ってしまう状況が目の前に下りた今、何かの衝動に突き動かされた。 環境が悪かったのだろうか、止めようにも止められなかった。 アッシュも闇に囚われて、呑まれて身を任せてしまった 繋がれた後ろ手を外さずに、アッシュはそのままルークに触れた。 「何?まさか…」 と、ルークが嫌な予感に気がついたときは手遅れで、「何でこんなことをするんだよ!」と喚くのを押さえつけていた。 引きつった全身が反り返るように拒絶されるから、それでも出来るだけ優しく、アッシュは押し進めた。 何度も何度も思い描いた情景がある。 夢とは違うのは、拒否されていること。 涙交じりの声はあれにはなかった。 表面では泣かせたくないと思っていたが、本心という本当は泣かせたかった。 ルークを壊せることがアッシュには嬉しくもあったから、こうでもしなければ手に入らない。 何をやっているんだ、俺は。 こんなことをして傷つけて、やっていることはさっきの下種と一緒だ。 それでも、耐え難いほどの快楽の海のどこにも理性が残るはずもなく、ただ、ルークに溺れた。 何も言わないし、言えない。 ルークに、自分を悟られないようにするだけで精一杯であった。 先ほどの男に対しての抵抗で既に力尽きてしまったルークに対して、思うがまま最後までした。 関係を崩したくなかったこそのエゴ。 全ての行為が終わると、ルークを捨て置くように、アッシュは何も言わずにその場を去る。 名乗りを上げることも、慰めることもしない。 便乗した、ただの男を演じる。 そして再び二人がいつものように会えば、何事もないかのように振舞うのだろう。 「そんなに、俺のこと嫌いだった? アッシュ…」 アッシュが部屋を出て行った後、 枯れたはずの涙を拭いながらルークは小さく呟いた。 アトガキ 薬を使うかどうか凄く悩みましたが、結局使わなかった話?でした。 色々とすみません。 2007/03/29 back menu |